一人残されたリーシェは、足元に転がる本に気をつけながら先程まで父が座っていた場所に行くと、そこに今度はリーシェが座った。
 膝を抱えるような体勢になる。
 先程まで父がいたところは、ちょっぴり暖かい。
 久しぶりの父の温もりだった。
「舞踏会、かぁ」
 招待状を眺める。
 裏を見たり、明かりに透かしてみたりする。
 どこからどうみても招待状だった。
 初めて届いた招待状。
 リーシェは舞踏会やパーティーというものに一度も行ったことがなかったから嬉しかった。
 母が亡くなってからというもの、それどころじゃなかったからだ。
 嫁いでいった姉たちですら、愛妻家だった父を心配して数日の間里帰りしてきたほどだ。
 まるで蝉の抜け殻みたいで、生気を感じなくて心配だった。
「リーシェ、これだよ」
 程無くして戻ってきた父が手にしていたのは、埃の被っていない純白の箱だった。
「レーラが着ていたものだ。私は行かないけれど、楽しんできなさい」
 リーシェは、箱を受け取ると蓋を開けた。
 出てきたのは、記憶通りの薄桃色のドレスだった。
 基本的にだらしない父のことだったから、こんな丁寧に、しかも綺麗に保存されていたなんて信じられなかった。
 知らず知らずのうちに涙が頬を伝う。
「ありがとう、父様」
「うん? お礼を言われるようなことを私はした覚えはないよ。そうだね、王都についたらアローズ公爵家に行きなさい。舞踏会までの間、泊まらせてくれるよう頼んでおくからね」
 「さあさ、行っておいで」とリーシェを立たせて背中を押す。
「ま、待って! 父様、公爵って」
 五つある爵位の中で、一番高い位を持つ貴族のことだ。
 分家筋の皇族だけが名乗ることを許されている。
「大丈夫。私の古い知人だから」
「そ、そういう問題じゃない気が」
「リーシェならきっと大丈夫。ほら、早く行かないと間に合わなくなるよ。ルイスとリリィも出席するはずだから安心するといい」
「なら、姉様と行った方が」
「ん? リーシェ、何事も経験だよ。繋がりを作っておくこともとても重要だ。これからを生きていくためにね」
わかったかな、と口にする父。自分の負けだとリーシェは悟った。
 だらしなくて、ダメダメな父だけれど、こうと言ったら絶対に意見を曲げない頑固な人だった。
 リーシェは諦めたように「はい、わかりました」と返事をすると、書庫から出た。

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