ウェストエンド、『華の都』―――
 カランコロンとベルの音がする。
「いらっしゃいませー」
 ドアの方へと目も向けず、その店員らしい少女はいつも通りの決まった言葉を言った。
 テーブルを拭き、メニューを拭き、一通りやることを終えた少女はやっとのことドアへと向き、お客様を見て目を真ん丸くした。
「あらあらあら、あなただったの。今日は何をお求めかしら〜」
 少女――ニーナは、パタパタとお客様に近付いて笑みを浮かべる。
「出た。猫かぶり」
「黙らっしゃいな。オカマのくせに」
 裏方にいたマオラが聞こえないくらい小さく呟いた声を見事聞き取ったニーナは、即座に言い返す。その表情は真顔で、先ほどまでの可愛らしい少女の顔ではなくなっていた。
「相変わらずだな。マオラも、ニーナも。まるで姉妹みたいだ」
「久しぶりね、アージム。でも、一言いいかしら」
「ん? なんだ」
「こんな猫かぶりババァと姉妹なんて真っ平ごめんよ。二度と言わないで」
「それはアタイの台詞よ! それよりもマオラ、あんたいつまで居座るつもりなの? この大食いオカマ!」
「なんですって!! この……」
 お客様――アージムそっちのけで漫才のようなそんな言い合いが始まる。
 なんとも言えない顔で後頭部を掻きながら、アージム小さくため息をついた。止めたいのは山々だが、下手に手を出してとばっちりを食うのは避けたい。しかし、このまま放っておくといつこの言い合いが終わるのかがわからないのもまた事実。
 止めるべきなのだろう。しかし、とばっちりを食うのはイヤだ。
 矛盾した思いが脳裏を巡る。
 まあしかし、署の方には外出届けをきちんと出しているし、それに時間が遅くなる場合にはそのまま帰宅する旨を伝えている。それだけが幸いだったと思う。
 今日はうるさい上司≠ヘ署にいない。怒られることもない。
(ま、今日はのんびりとするかな)
 ニーナとマオラの横を通り抜け、カウンター席に腰を下ろす。大きな欠伸をすると、近くに置いてあった酒瓶を手に取りコップに注いだ。本来なら氷を入れたいところだが、まあ、いいだろう。なくても飲めないことはない。
 言い合いが終わるまで気長に待つことにしよう。
 タダ酒を飲みながら。

***


 ウェストエンド、ハルワール美術館前―――
「ようこそいらっしゃいました! ヴィリエ警部のお噂はかねがね聞き及んでいます―――! 若きエリート直々に来て下さるなんて、なんて光栄なことか。私はとても嬉しく思います」
 到着と同時に美術館館長の中年男性がキリルに駆け寄ってきた。無遠慮にも無理やりキリルの手をとって握手をかわす。
 キリルの数歩後ろにいたリーシェだったが、一気に不機嫌な雰囲気になるのを見逃さなかった。館長は気付いていないようだがだいぶイライラしている。隣にいたルーカスも気付いているようで、なんとも言えないような顔をしていた。
「―――館長。早速で申し訳ないのですが、予告状にあった『天女の羽衣』を見せていただけますか?」
「ああ、そうでしたそうでした。ささ、どうぞ中へ」
 本来の目的を思い出したらしい館長は、ぱっとキリルの手を放すと美術館へ入るよう促す。
 館長の案内の下、予告状に記されていた『天女の羽衣』の元へと向かう中、リーシェは普段目にすることのない美術品に目を奪われていた。
 黄金に輝く瓶。
 黄金に輝く龍の置物。
 古代壁画の一部。
 太古に存在していたといわれる恐竜≠フ骨。
 何百年も昔に描かれた天才画家の絵、などなど。
 忙しかった日々。こんなことにならなければ恐らく一生見ることはなかった代物だ。
 傍から見ればまるで幼い子どものようだと思う。
「『天女の羽衣』はこちらです」
 美術館の奥。
 何重にもある扉が開かれ、中を覗くとキラキラと輝く布が見えた。あれが『天女の羽衣』なのだろう。とても綺麗だと思った。
 館長曰く、予告状が送られてきてから心配でその日のうちに幾重にも鍵が掛かるこの場所へと移したらしい。警察に予告状が送られてきたことはその後に報告したという。
 それを聞いたルーカスは「賢明なご判断ですね」と館長を褒めた。
「どうぞ近くまで寄ってご覧ください」
 館長はキリルが来たことで安心したらしく、終始ニコニコと微笑んでいた。
「女、お前はそこから一歩も入るな。俺は貴様を信用したわけではない」
 『天女の羽衣』が保管されているこの部屋に入ろうとした瞬間、ギロリとキリルに睨まれた。『天女の羽衣』を近くで見ようと動かした足が、ピタリと止まる。
「良いじゃないですか。リーシェさんが奴≠フ仲間だという明確な証拠もありませんし」
 救世主。
 リーシェはそう思った。
 ルーカスはキリルと違い優しい。それが仕事だからなのか、それとも性格なのかは分からないが、今はそんなことはどうでもいい。
 キリルは明らかにリーシェを敵対視しているし、それを隠そうとしない。隠されるのもイヤではあるが、こうあからさまなのもどちらかと言えばイヤだ。
「証拠もないのに問い詰めることなどできないでしょう?」
 ルーカスが言うことももっともで、キリルは苦虫を噛み潰したような表情に一瞬なりそれからすぐにいつもの表情へと戻ると「好きにしろ」と言い残し、館長と話をしにいってしまった。

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