ダリィが帰り、部屋は一気に静かになった。
「ミトラ様、キリル様がお見えになりました」
 それから少ししてエルザの声がドア越しに聞こえる。
 ミトラが「どうぞ」と返事をすると、ガチャリとドアが開きエルザが警官服を着た青年を連れて部屋に入ってきた。
 銀色の髪、緋色の瞳、平均より高い背丈。きちっとしている警官服がよく似合う青年。リーシェと目があうと、あからさまに嫌そうに溜め息をついた。
「ミトラ、今度は一体何の用だ。俺は、お前が思う以上に忙しい」
「まあ、キリル。不法侵入者が現れたのですわ!!」
「は?」
「ですから、不法侵入者です。お風呂場に出たのですわ」
 キリルと呼ばれた青年は、眉間に皴を寄せてもう一度溜め息をつく。
「たかがそんなことで俺を呼び出したのか? ……あとで、他の奴をここに来させるから、そいつに話せ。さっきも言ったが、俺は忙しいんだ」
「まあ! なんてこと! それが警察の言う言葉ですの? か弱き乙女が危ない目にあってたというのに」
 バチバチと二人の間で火花が飛び散る。
 互いに一歩も引く様子はない。
「か弱き乙女? 犯罪者の間違いだろう」
「それは誰のことを言っていますの?」
「そこの女だ。確か、泥棒の共犯者だったな」
 話の矛先を急に向けられ、リーシェはビクンと肩を震わす。
「俺が知らないとでも思ったか? 皇帝と取引したらしいが、肩書きは共犯者のままだ。不法侵入に関してはあとでなんとかしてやる。とりあえず、そいつの身柄を警察に寄越せ」
 キリルの鋭い視線がリーシェを貫く。
 リーシェは蛇に睨まれた蛙のように、固まった。
 視線が泳ぐ。
「だめですわ! 友人を売るようなまねは、わたくしには出来ません!!」
 ミトラがリーシェを庇うように立ち、キリルを睨みつける。
 再び火花が飛び散った。
「なら、お前を犯人隠匿の罪で逮捕し、その女も連れて行く」
 懐から手錠を取り出すのを見て、リーシェは息を呑んだ。
 ミトラまで巻き込めない。
「あたし、警察に行きます」
 リーシェは、大きく深呼吸するとキリルに向けて言った。
 それを聞いてキリルは満足そうに目を細め、ミトラは驚愕の表情を浮かべる。
「だめです。行ってはいけませんわ」
 ミトラは縋るようにリーシェに抱きついた。
 リーシェは、そっとミトラを離し「大丈夫だから」と安心させるように言う。
「……あたしが行けば、ミトラは逮捕されないですよね」
「ああ、いいだろう。外に馬車が止めてある。別れの挨拶を済ませたら来い」
 キリルは手錠を仕舞うと、何事もなかったかのように部屋を出て行った。
 エルザもいつのまにかいなくなっていたから、ミトラと二人っきりになる。
「リーシェ……」
「ミトラに迷惑かけれないし、それに、期限は一ヶ月しかない……。良い機会かもしれないから」
「……そう、ですわね。わたくしも、できる限りお手伝いいたしますわ! そうですわね、時間が空いたときとか、外に出られるとき、ウェストエンドにある『花の都』という喫茶店に行ってみてください。そこに、ニーナという女性がいますわ。彼女は情報通ですから、きっと良い情報がもらえるはずです」
「ありがとう、ミトラ」
「いいえ、これぐらいしかお力になれなくて……。わたくし、応援していますわ」
「うん」
 最後にミトラと抱き合う。
 これで最後の別れにならないためにも、家のためにも。
「じゃあ、行ってくるね」

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