「えっ! あ、いや、俺は怪しいもんじゃ……。うわ、ちょっ、投げんな! うお、危ねぇ」
リーシェは悲鳴を上げながら、手当たりしだい近くにある物を投げつけた。
「こ〜な〜い〜で〜っ!!」
「だから、俺は怪しくねえのっ!」
「どっからどうみても怪しいわ! 怪しくないって言う奴ほど怪しい〜」
投げながら端へ端へと移動する。
「リーシェ!! どうしましたのっ!?」
騒ぎに気が付いたミトラたちの声が聞こえて、勢いよくドアが開かれる。
「うげっ、やべーな、取り合えず逃げるか」
青年は、身を翻すとカメラで窓を割りそこから逃げた。
青年の姿が見えなくなって、やっとリーシェは物を投げるのを止める。
身体に巻いていたタオルの端を握り締め、乱れた息を整える。
「怪しい男がいたの!」
「まあ、あの窓から逃げましたのね! エルザ! 今すぐ警察を呼んで。ええ、キリルですわ。彼を呼んでくださいませ。え? くだらないことで呼ぶなと釘を刺された。まあ! そんなことはこの際無視ですわ。相手は不法侵入しましたのよ。これは立派な犯罪ですわ」
声のやり取りしか聞こえないが、エルザが脱衣所のほうにいるらしい。
「は、はい! 今すぐに」というエルザの返事に、ミトラは満足するとリーシェの傍にしゃがみこんだ。
「なにかされませんでした? どこか痛いところは」
「それは大丈夫。でも」
(見られた……)
タオルは巻いていたとはいえ、見られたことには変わりはない。
恥ずかしい。
「お顔が赤いですわ……。とりあえず、着替えてからお話しましょう?」
ミトラの言葉に頷くと、リーシェはゆっくりと立ち上がり脱衣所へと向かった。
「ふふ、それはそれは災難だったこと。でも、それはわたくしに暴言を吐いたバチが当たったのです。自業自得ですわ」
「それとこれとは別でしょ!! それに暴言なんか吐いてないし、事実だし」
「まあ! それが暴言だと言うのですわ!」
エルザが用意してくれたものに着替え、ミトラの部屋に戻ると優雅に紅茶を飲んでいるダリィが目にとまる。
リーシェと目があうと、ダリィは馬鹿にしたように鼻を鳴らしたのだ。
暫しの間、黙って睨みあいをしていると、遅れて戻ってきたミトラがリーシェの身に何があったのかダリィに説明して、今の会話に至る。
「暴言じゃありませんー。ただの嫌味ですー。それぐらいもわからないの?」
「減らず口を……!」
今度はリーシェが鼻を鳴らした。
ちょっとした仕返しだ。
ダリィは顔を真っ赤に染めて、勢いよく立ち上がる。
「わたくし、帰らせていただきますわ!! そこの愚民と話をしていると頭が痛くなってきますの!!」
ビシッとリーシェを指差してダリィが言う。
「ああ、わたくしとしたことが、柄にもなく取り乱してしまったわ」
「……いつものことだと思うけど」
「黙らっしゃい!! はあ、ほんとにあなたといると疲れますわ。良いですこと? さっさと無実を証明してわたくしに報告しなさいな」
「なんでダリィに報告しなくちゃいけないのよ」
「それは……、ああもう! そんな細かいことを気にする必要はなくてよ! とにかくわたくしに報告すればいいのですわ!」
それだけ言って、ダリィは部屋を飛び出した。
結局なんだってのよ、と呟くと背後でミトラはクスクスと笑っていた。
「まあ、可愛らしい方ですわね」と言いながら。