久しぶりのお風呂にリーシェは満足していた。
心身ともに暖まる。
(それにしても、ダリィのあの顔ったら)
思い出しただけでも笑いがこみ上げてくる。
嫌味返しをした瞬間、カッと目を見開きフリーズ。持っていたカップを床に落として、口をパクパクと開閉させていた。
ダリィは気が強い分、正面から嫌味を言われることは滅多にないものだから免疫がないのだ。
カップが割れる音に我に戻ったミトラが「あらあらまあ」と暢気な声をあげ、エルザが慌てて片づけを始めた。少しして回復したダリィは珍しく「早く行きなさいな!」と大声を上げた。
恥ずかしかったらしい。
顔が真っ赤だった。
(素直じゃないんだから)
嫌いな部分のほうが多いけど、そこまで嫌だとは思っていない。
(ん〜、気持ちい……)
湯の中に頭のてっぺんまで浸かり、ぶくぶくと口から息が漏れる。
「ぷはっ」
湯船から出ると、腕を伸ばす。
そのとき、
「うわあぁ!」
「っ!?」
天井から何かが降ってきて、湯柱が立つ。
咄嗟に湯船に入り身体を隠すと、もくもくと湯柱がたった方へと視線を向けた。
(な、なに……?)
バシャッと音ともに、人影が現れる。
「あいたたた、またドジっちまった」
湯煙が晴れ、姿が見えてきた。
「くっそ〜、頭打った……」
「……」
「ん? あ、やべっ」
リーシェの目に映ったのは、淡いパープル色の髪が特徴的な青年。湯船に落ちて、全身びしょ濡れ。肩から腰にかけてショルダーバッグのようにカメラを背負っている。
「カメラがだめになっちまった。くそっ、買い換えなきゃだめか……」
どうやらリーシェには気付いていないらしい。
カメラを上から下から全方向から見ては溜め息をついている。
「はあ、ここに忍び込めばビックスクープが見つかると思ったんだけどな」
名残惜しそうにカメラのレンズを覗き込んでは溜め息をついたりとそれの繰り返し。
(あたしには気付いてないのね)
嬉しいような嬉しくないような複雑な気分だった。
でも、カメラに気を取られている今なら抜けることが出来るかもしれない。
なるべく音を立てないように、見えないように湯煙に紛れるように湯船の端まで行く。ちらり、と青年を盗み見てまだカメラに夢中になっていることを確認すると、思い切って湯船から出た。
(え……!)
しかし、運がいいのか悪いのか、足元に石鹸が転がっていた。それを湯船から出るときに踏んづけて、リーシェは大きな音を立てて転倒する。
(いったーいっ!!)
腰とお尻を強打。
「だれだ! だれかいるのか」
派手に転んでしまったせいで、青年に気付かれてしまった。
リーシェが今身に纏っているのはバスケットタオル一枚のみ。
相手が誰であれ、こんな姿を見られるのはとても恥ずかしい。
バシャバシャと大きな音を立てて近付いてくるのがわかる。
早く立ち上がらなくちゃ、と頭の中で警報が鳴っているが足に力が入らず、立ち上がることが出来ない。
「あんたは……?」
ついに姿が見える距離まで来てしまった青年と目が合う。
きょとん、とした目でリーシェを見られ居心地が悪い。
「お嬢さん、ここの家の人? ちょっと、聞きたいことが――」
青年の手が伸びてきて、リーシェは大きく息を吸い込んだ。
そして、
「きゃぁ―――――っ!!」
思い切り叫んだ。