リーシェは下唇を噛んだ。
是と答えれば、父が人質になる代わりに無実が証明できるチャンスがもらえる。
否と答えれば、この取引はなかったことになり、ありもしない罪で処罰されるのを待つばかり。
バレてたとはいえ、マリアンヌがこのチャンスをくれたのだ。いや、バレているのをわかっていて、リーシェにこの話を持ちかけたのかもしれない。
しかし、リーシェが選べるのは「是」のみだ。
俯きかけた顔をなんとか無理やり上げて、皇帝の目を見る。
「あたし、その条件を呑みます。あたしに、チャンスをください」
「良い目だ。今より、外にでる許可をやろう……。行け、時間が惜しいだろう?」
皇帝は騎士たちに目配せする。
それを見た騎士たちは、大きな扉を開きリーシェに行くよう促す。
「あ、ありがとうございます」
お礼を言って軽くお辞儀する。そして、騎士たちに連れられ玉座の間を後にした。
バタンと大きな音を立てて背後の扉が閉まると同時に、リーシェはその場に力なく座り込む。
(ダメダメダメ、もーだめ。緊張した――……)
心臓が今更ながらに激しく脈打っている。
胸元を押さえ、数回深呼吸する。
落ち着いてきた頃、小走りの足音が聞こえてそちらに視線を移した。
そこにいたのは、薄緑色の瞳が特徴的で、初めて会ったとき以上のフリルが使われたドレスを着た少女――マリアンヌだった。
「良かったです! どうやら無事成功したみたいですね」
リーシェの傍まで駆け寄ると、目の高さを合わせるようにしゃがむ。
「マリアンヌ様、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、どうぞです。あ、でも、それは私の部屋で話しましょう? ここでは人が多すぎるです」
マリアンヌに部屋まで案内してもらい、先に入るよう促されリーシェは中に入った。
「あなたたちは下がりなさい。私は、彼女と二人でお話したいのです」
「しかし」
「私の言葉が聞けないのですか? 下がりなさい、と言ったのです」
もう一度、今度は強く言い直した。
すると、渋々ながらも騎士たちは持ち場へと戻り「お待たせいたしました」とマリアンヌが入ってきた。
窓辺にあるイスに座り、正面にマリアンヌが座る。
「私に聞きたいこととは?」
座るなり早速本題に入った。
ニコニコ笑っているようで笑っていないマリアンヌの目に、リーシェは一瞬戸惑う。
「皇帝陛下は、今回のこと全部気付いてみたいなんです」
「ええ、そうでしょうね」
「えっ……?」
「父は、そういう人なんです。父は、この城で起きたことをほぼすべて把握しているでしょう。私がリーシェの元へ行くことも、なにをしようとしているのかも。すべてです」
マリアンヌはリーシェから視線を窓の外へと移す。
「私、一度だけこの城から抜けだそうとしたことがあるのです。でも」
「でも?」
「すぐに捕まってしまいました。私が抜けようとする十分ほど前には、父から命令があったそうです。とても人間には思えないですよね。それが父なのです。それに、今回のことは父が“知っていた”からこそ成功したのです」
知らなければ、あんな穴だらけの取引内容では失敗する。
鼻で一蹴され、再び牢に戻されていただろうとマリアンヌは言った。
リーシェはそれを聞いて声を失った。
ということは、リーシェはすごく危ない橋を渡っていたのではないか。
一歩間違えれば、その場で死罪なんてこともありえたかもしれない。
(皇族って、みんなこんな感じなの……?)
皇帝も皇女も然り。人の命をなんだと思っているのか。
リーシェは溜め息をついた。
溜め息をつけばつくほど幸せが逃げるとよく言うが、今以上に不幸になるはずがないとリーシェは思った。