マリアンヌから渡された紙。
 それにはリーシェがこれからすべきことが書かれていた。
『まず私が、明日、父――皇帝と直接話をする機会を作ります。そこであなたはまず、なにがなんでも「濡れ衣です!」と言い続けるのです。それだけではきっと信じてはもらえないでしょうが、そこであなたから皇帝に取引を持ちかけるのです。話を切り出すのは難しいかもしれませんが、取引と聞けば皇帝は話を聞いてくれるはずです。それからは、絶対に目を逸らさないでください。逸らしたら負けです。いいですね? 取引の内容は――――』
 一通り読み終えると、息を呑んだ。
 失敗すれば罪人として重い罰を与えられ、成功すれば濡れ衣を晴らすチャンスが生まれる。
(すごいなぁ。こんなことを思いつくなんて)
 十二歳の少女だとは到底思えない。
 リーシェは欠伸をすると、寝台に横たわった。
(明日に、備えて……もう、寝よう)
 もう一度、今度は大きな欠伸をして目を瞑る。
 埃の臭いで寝辛かったが、少しすると健やかな寝息を立てて眠りに付いた。

* * *

 翌日―――
 リーシェは再び玉座の間に連れて来られた。
 目の前には皇帝がいる。
 高い位置からリーシェを見下している様は、威厳たっぷりだ。
「余に話とは?」
 皇帝が問う。
 リーシェは大きく深呼吸すると、皇帝の目を見て口を開いた。
「あたしは泥棒の共犯者じゃありません!」
 それを聞いて、皇帝はあからさまにつまらなそうに息を吐く。
「だからなんだ。余に信じろとでも言っているつもりか?」
「はい」
「愚かな娘よ。そう簡単に信じるほど世の中は甘くない」
 リーシェの額から一筋の汗が流れる。
 冷や汗だ。
 紙にあったように、どんなに恐ろしくても、リーシェは皇帝から目を逸らさなかった。
 何も言わず、ただじーっと皇帝を見続ける。
「なんだ。まだ言いたそうだな」
 冷たい視線は突き刺さる。
 本心を言えば、今すぐにでも逃げ出したかった。
 背を翻して、騎士の手を振り切って、この部屋から出たかった。
 心臓がバクバク脈打って、今すぐにでも爆発しそうな勢いだ。
(取引を切り出すなら、今しかないわ)
 リーシェは思い切って口を開く。
「陛下にお願いがあります―――」
 リーシェの力強い視線に、一瞬目を丸くすると皇帝は「申してみよ」と言った。
 息を大きく吸い込む。
「あたしと、取引をしてください」
 言った。
 ついに言った。
 皇帝は黙っている。
 思案するように目を閉じると、皇帝の口端がつりあがる。
「面白い、お前は余とどんな取引をするつもりだ……?」

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