会場に再び戻ると、華やかだった雰囲気は一転、黒を基調とした大人びた雰囲気になっていた。
たくさん並んでいたテーブルはなくなり、代わりにワイン入りのグラスをお盆に乗せて会場内を歩くメイドの姿が見える。
「リーシェ。申し訳ありませんが……」
入って少し、というところで申し訳なさそうにミトラが口を開いた。
「そろそろ挨拶回りをしようと思いますの」
「挨拶回り?」
「ええ、本当はずっとリーシェと居たいんですけれど」
公爵家令嬢としてのお仕事だ。
「行ってきて良いよ。あたしは一人でも平気だし、そりゃあ、心細いのもあるけど、仕方ないじゃない? 終わったらすぐに戻ってきてね」
「ええ、もちろんですわ! それでは、またあとで」
ミトラはにっこりと微笑んで、行ってしまった。
残されたリーシェは、どうしようかと腕を組む。
「平気」とは言ったものの、そこまで平気じゃない。
貴族令嬢としての礼儀も、舞踏会で踊るダンスも知らない。
申し込まれることはないだろうけど、貴族令嬢としての最低限のマナーだ。
今更ながらに姉たちに教われば良かったと思う。
会場の端で溜め息をついていると、シンバルの合図と共に厳格な中年男性が入ってきた。
「皇帝陛下」
「陛下だわ」
遠くから声が聞こえる。
見るなり一斉に頭を垂れ始めたので、リーシェも慌ててそれに合わせる。
ドレスの裾を掴み、膝を少し曲げるように屈む。そのときは決して腰を曲げてはならない。
足音が止まり、「面を上げよ」と声がかかった。
恐る恐る頭を上げ、入り口とは反対にある場所へと目を移す。
立派な椅子に腰をかける中年男性――皇帝がいた。
「よくぞ集まった。今宵一夜限りの宴だ。存分に楽しむが良い」
低いテノールの声。
皇帝の言葉に歓声がわき起こる。
(すごい……)
それが、リーシェの素直な感想だった。