「初めまして。わたくし、ミトラって言うんですの!!」
 屋敷に入るなり、癖のあるウェーブがかった髪が特徴的な少女が抱きついてきた。
 ふわり、とドレスの裾が広がる。
「お会いしたかったですわ! お怪我はしてません?」
「し、してまセン」
「あら、そう。それは良かったですわ」
 幾分か声音が下がった。
 少女――ミトラが離れると、どこか残念そうな表情をした顔が見えた。なぜ残念そうなのかがわからないが、優しそうな人たちだということが一目でわかる。
「ミトラ様、先ほどから申し上げてますでしょう? この王都で怪我などするはずがありませんって」
 中年の威厳ある男性をつれて、メイド服を着た少女が入ってきた。
「あら、エルザ。もしも、の場合があるでしょう?」
「その、もしも、は起きなかったのです。それで良かったではありませんか」
「でも、それでは楽しくありませんわ。スリルが……」
「スリルは入りません! 平和が一番です!」
 使用人の少女は、両手を腰に当てて言う。
「お見苦しいところを見せて悪かったね。エインズワース嬢」
 男性――アローズ公爵は、リーシェの前に立つと破顔した。
「あなたのお名前をお聞きしても?」
「はい! あたし、リーシェ・エインズワースって言います」

* * *


「んで? いつが狙い時だ?」
 血に染まったように紅い髪が特徴的な男は、街中にある庶民的なカフェに居た。
 目の前の席には短髪の相棒が座っている。
 男に問われ、相棒はめんどくさそうに肩を竦めた。
「三日後、皇帝主催の舞踏会が催されます。そのときに」
「……待てねーよ」
「それは堪え性がないのが問題なんです。『待つ』という言葉を知っていますか?」
「それぐらい知ってるっての。馬鹿にしてるだろ」
「……、……。していませんよ」
「ちょっといいか? その間はなんだ」
「……なにも」
 微妙な間が空く。
 男は眉間に皴を寄せて机を叩き、相棒を睨みつけた。
「お前は、頭はキレるが、一言多いな」
 怒りを堪えているのか、一段と低い声になっている。
 それを知ってか知らずか、相棒は溜め息をつくと席を立った。
「そうみたいですね。……自分がここにいるとますますあなたを怒らせそうなので、退散するとします」
「おお、そうしろそうしろ」
 顔も見たくない、とでも言うように顔を背けてひらひらと手を振る。
「ええ、そうさせていただきます。我が侭でお馬鹿なあなたの傍にいると疲れるんですよ」
「……ほんと一言多いな」
 男は溜め息をついた。
 去っていく相棒の後姿を見て、「ちょっと待てよ」と呟く。
「あいつ、金払ってねぇよな……」
 やられた、と感じた。
 まさか、これが狙いだったわけじゃないはずだが、いかんせん、あの相棒は有能だが捻くれた性格の持ち主だ。
 ちょっとした嫌がらせのつもりかもしれない。
「ったく、変な相棒を持つと大変だな」
 ジョッキに注がれた酒を一気飲みすると、息を吐いた。
(ま、あいつらしいがな)
 むかつく奴だが、一番信頼がおける。
「覚えてろよ。扱き使ってやる」
 口端を持ち上げてにやりと笑みをこぼす。
 男は酒を飲み干すと、手を上げて次の注文を頼んだ。

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