「ああ、まだかしら」
今日も今日とて朝から玄関前をうろちょろしているミトラ。
「落ち着きなさい。ミトラ。報告によれば、そろそろ着くはずだ」
「でも、でもですわ。何か事件に巻き込まれていなければ良いのですが。わたくし、とても嫌な予感がいたしますの」
事件ではなかったが、ミトラの予感はある意味当たっていた。
ちょうどうろちょろしている、今、ミトラの待ち人はスリにあっていたのだから。
「ああ、お父様! もし、大怪我をしていたらどうしましょう! だとしたら、お医者様が必要ね。エルザ! 今すぐお医者様をお呼びして!」
ミトラの妄想が暴走し始めた。
彼女の脳裏では、待ち人は悪いやつに襲われて、大怪我をした姿になっている。
顔も知らないのに、よくここまで想像できるものだと、アローズ公爵は感心した。
「そうね、百人いれば大丈夫かしら。ええ、ええ、きっと大丈夫ね。エルザ、百人のお医者様よ!」
ついには自問自答し始める始末。
アローズ公爵は呆れて何も口に出すことはできなかった。
その頃のリーシェと言えば、豪華な屋敷が並ぶ住宅街を暗い顔で歩いていた。
「ああ、もうだめかもしれない」
ドレスが盗られなかったことは良かった。
もちろん招待状もだが、ドレスを盗られてしまったら父にどんな顔を見せれば良いのか。
最近溜め息をつくことが習慣になりつつあった。
「えーっと、確か、ここら辺だったよう、な……」
太陽が沈み始めていた。
とぼとぼ歩いているうちに、夕方になってきたようだった。
父が書いてくれた住所を頼りに歩いてきたリーシェ。立ち止まって辺りを見渡してみる。
「あ、こっちの家か」
見ていた屋敷と反対側を向く。
やっと目的の屋敷に着いたようだ。
「おっきいなー」
故郷の屋敷より数倍大きい。
「どちら様でしょうか」
声が聞こえて、門の内側を見る。
黒髪の美女が花に水をあげながら立っていた。
豪華なドレスに身を包んだ美女に、リーシェの動きが止まる。
「あら、もしかして、エインズワース家のお嬢さんかしら?」
小首を傾げて問う。
「あ、はい……。そう、です」
キラキラと輝いていて、目が放せない。こんな人、リーシェは見たことがなかった。
「まあ! ふふ、良かった。無事に着いたのね。わたくしは、アンシェル・アローズ。よろしくね?」
美女は門を開けると、リーシェに「中へどうぞ」と促した。