「たっかーい」
感嘆の声を上げる。
近付けば近付くほど大きくなっていく壁。
リーシェの身長の何倍あるのだろう。
きっと何十、何百もあると思う。
「お前は何者だ」
声をかけられて、視線を下に戻す。
厳つい門兵が二人、リーシェを睨むように見ていた。
「あ、あたし、リーシェ・エインズワースって言います」
軽く頭を下げる。
だが、門兵たちの顔はまだ厳ついまま。
「嘘をつくな。エインズワースと言えば伯爵位を持つ貴族だ。お前のように軽々しく頭を下げることはしない」
「それに、なんだ。そのみすぼらしい格好は、貴族を名乗ってなにをするつもりだ」
門兵たちはリーシェを疑っているようだった。
(なによ。あんたたちが、聞いたんじゃない)
リーシェは顔を顰めた。
(格好は仕方ないじゃない。貧乏なんだから)
むかつく門兵ね、と思う。
こんなのが門兵をやって良いなんて、王都はどうなっているのかとすら疑問に思うほどだ。
「何をする、って。あたしは正真正銘の貴族よ! っていうか、嘘ついてどうなるのよ。あんたたちの目が腐ってるんじゃないのっ!?」
思わず反論する。
それがはしたない行動だということにも気付かずに。
「んだと! 仮にもお前が貴族だとして、それを証明できるものを持っていないだろうが! それに、貴族の令嬢が汚い言葉を使うはずがないだろう」
「確かに、証明できるものはないけど、歴とした貴族なんだから! それに、あたし宛に王城から“招待状”が届いてるの!」
ほら! と懐から豪華なカードを取り出して、門兵に見せる。
数日前に父から渡された手紙に入っていたものだ。
「ふん、お前が本物の令嬢から盗んだに決まっているだろうが」
「おい、違うだろ。こんな頭の悪そうなちんちくりんが盗みなんかできるもんか、贋作に決まってる」
屁理屈を言う門兵に、リーシェの頭に血が上る。
(むかつくだけじゃなくて、うざいわ)
きっと、門兵なんてやっているが破落(ごろつ)戸(き)だったに違いない。
(あたし以上に口悪いし!)
なんだかムカムカしてきた。
(頭ぶん殴って、中に入ってやろうかしら)
とさえ思ってしまう。
「あらあら、何をしているのかしら? 邪魔でしてよ。下民風情が」
(………)
聞き覚えのある声が聞こえた。
気のせいであって欲しい。
「ちょっと、なにを無視しているんですの!? こっちを向きなさいな」
溜め息をついて振り返る。
見覚えのある声。見覚えのある顔。会いたくない女、ナンバーワンの巻き毛が特徴的な少女だった。
あからさまに嫌な顔をすると、一瞬驚いた顔をしてからもとの表情に戻り「ふん」と少女は鼻を鳴らす。
「まあ、なんて不細工な顔ですこと」
馬鹿にしたような口調に、言い返そうと口を開こうとした瞬間、少女が再び話し出す。
「そこの門番。わたくしは、ダリィ・レクシーヌですわ。門を開けなさい」
凛とした声。
「わたくし、愚図は嫌いですの。ああ、それからそこの不細工な下民も通しなさい」
「で、ですが」
あきらかに門兵の態度が違う。
(確かに、ダリィの方がお嬢様っぽいけど)
わがままだし、高飛車だし、いつも命令口調だし。
しかし、この扱いの差が気に食わない。
「あら、わたくしの言葉の意味がわからないんですの? 通しなさい、と言ったのですわ。……セバスチャン? ここの責任者に、今起きたことを伝えなさい。すぐに門兵を変えさせるのよ。話のわからない門兵は使えませんもの」
顔は見えないが、どこからか「はい、お嬢様」という声が聞こえる。
セバスチャンとは、ダリィ付きの執事のことだ。とても有能らしい。
「ほら、開けなさい。伯爵家令嬢を馬鹿にしているんですの!?」
すさまじい剣幕に、門兵は戦(おのの)く。
それからすぐに門が開いた。
それを見て、満足そうにダリィは「それで良いのですわ」と頷く。
「ダリィ、ありがと」
「あら、何を言っているのかしら。不細工なリーシェ。従姉妹として、恥ずかしいですわ。それと、一つ言っておきますけれど、あなたのために言ったわけではありませんことよ」
「わかってるけど、お礼言ってるんだから素直に受け取りなさいよ」
「まあ、なんてことかしら。上から目線でわたくしに言うなんて。信じられませんわ! もう、行きますわよ。セバスチャン」
ムキになって言い合いしていると、疲れたのか溜め息をついてセバスチャンに話しかける。
「仰せのままに」とセバスチャンが返事をすると、ダリィが乗っている馬車が動き出す。
「ごきげんよう」
おーほっほっほ、と高笑いしながら横を通り過ぎていく。
昔からなにも変らない従姉妹に心の中で少しほっとする自分がいることに、リーシェは驚いたのだった。