なんでサッチ隊長?3

Side:Thach



暖かな心地よい風の吹く春島で、昼間は楽しく遊んだんだが、その日の夜のこと。
夜も同じく楽しく遊んでいたハズなんだ、おれは。
いつものように美味い店で、いつものように可愛いお姉ちゃん侍らせて。
夜もバッチリオッケーってなるとこだったんだ。
なのに、今おれは、モビーに向けて全力疾走中。
とにかく一番先に思いついたマルコのところを目指している。
陸地から甲板までかかる梯子をひとつひとつ上ってる暇さえなく、一気にジャンプで飛び乗った。


「マルコォオオ!マルコ、マルコはどこだ?」


途中見かけたクルーの胸ぐらを掴んで、ガクガクと揺さぶってマルコの行方を尋ねた。
そいつは首を左右に振るのみで…全く使えねェ!
マルコの居場所くらい、把握しとけよ!
食堂には…いない、これはおそらく自室だな。
一気にそこを抜けて廊下に出ると、ドリフトしながら廊下を曲がる。
マルコの部屋までもう少し。
速く、もっと速く!


「マルコ、マルコ、マルコォ!」


部屋の中に誰がいたって知るもんかってんだ。
万が一、コトが起こっていたところで、気にしねェ!
そんな些細なことなんて、後で謝ればいーんだ。
そんなことよりも…。
おれの一大事!
もう、人生始まって以来の一大事よォ!?


「マルコ、マルコ、いた!マルコちゃぁああああん!」
「何事だ……うるせェ…ッ……な…っにやってんだい、離れろ!」


名を叫びながら自室の扉を押し倒さんばかりに開いて、室内を覗くとクローゼットを開いていたマルコを発見した。
いつもなら、おれの突然の来訪に顔色ひとつ変えることなく、驚くことさえしないマルコが、珍しくビクっと震えていた。
珍しい光景は目に入っていたものの、頭の中には入ってこなかった。
だから、おれはとびかかる勢いで抱き着いたんだ。
いや、正確には抱き着こうとした。
おれとしては、ミンク族みたいにほっぺたぐりぐりやって、ガルチューくらいの勢いだったんだけど。
マルコとしては間一髪だったんだろう、寸前のところで肘と掌で阻止されてしまう。
尚も力を込めてマルコに身を寄せようとするも、ものすごい力で押し返される。
あ、コイツ、本気だ。
ギリギリと互いの力がぶつかり合い、行き場を失った力で互いの腕が震えた。
いや、そんなのいーから。
マジ、助けて!


「もうほんと、お前だけが最後の望みなんだッ!!!」
「……はァ?」


おれの訴えに怪訝な表情を浮かべているが、冷静に考えれば最もだとは思う。
だけど今は、それどころじゃねェんだ。
とりあえず落ち着け、とマルコに諭されたけど、落ち着いてらんねェ。
今すぐにでも、目的のことを実行したいのに、とりあえず椅子に半ば無理矢理座らされた。
ドスンと尻がそこに落ちると、まるで決まっていたかのように目の前にすっと水の入ったコップが差しだされた。
それを見た瞬間に、猛烈に喉の渇きを覚えた為、一気に中身を飲み干した。


「…ぷはぁッ!」
「で、落ち着いて話す気になったか?」
「お前こそ、おれの話を聞く気になったか?」
「帰れ」
「いっやいや、マジごめんって。うそうそ、ちゃんと話すから聞いてくれよォ!」


机を挟んで対峙する形になり、マルコは自分の椅子に座っていたが、危なく背を向けられるところだった。
それはマズイ。
泣き真似をしたところで、コイツには効かねェ。
だからマジで、真正面から、真向勝負でしか、こいつに真実を伝える術はねェんだ。
もう付き合いも長いんだ、今更恥ずかしいことなんか何一つねェ。
腹を割って話そうと思った。
いや、最初から洗いざらい全部話して、相談に乗ってもらうつもりだったんだけどね。

今日の出来事。
おれはいつものように、店で話して仲良くなったお姉ちゃんと、宿へ行く予定をしていた。
指二つ立てたらオッケーしてくれたからさ、肩抱いて、途中キスなんかしちゃったりして、楽しく向かったわけよ。
いやぁ、あの唇の柔らかさといったら絶妙でよ?
途中、おっぱいも触っちゃったんだけど、ぷにぷにのふわふわで…。
え?
余計な話は必要ねェって?
これだって大事な話なのにな。
マルコはせっかちでいけねェ。
まぁそれで、宿に着いたわけよ。
そこで、まぁ、コトの及ぶよね、普通?
でもさ、おれ…その時、何故か勃たなかったんだよね。
マジ、ありえなくね!?
お互い全裸よ?
めっちゃ興奮だってしまくりだったし、手に吸い付く肌もすっげぇ気持ちいいし。
いざ!ってとこまでいってたし、もう寸前だったわけよ。
わかる?
この超絶残念な状況。
…あぁ、この気持ちだけはわかるんだ…。
なんか生々しいこと思い出させて悪ィね。
まぁ…仕方ねェから、舐めて貰ったんだけどね…。
全くの、無反応。
えっ?ってなるだろ?
お姉ちゃんだって、シラケちまってるし!
でも何度試してみてもダメで。
マジ、ありえなくね!?
もう仕方ねェから、金だけ握らせて帰ってもらったわけよ。
もしかしたら、その子が気に入らないだけかもしれねェだろ?
だからさ、おれまた別の店に行って、女の子誘ってきたのよ。
いや、最低だなとか言うなよ。
どうしても、今日は遊びたかったんだよ!
悟れよ!
恋人が同じ船にいて、年中発情期のお前らとは違ェんだよ!
い!!…ってェな!
瓶とか、人に向けて投げるんじゃねェよ。
…で?
ああ、その先ね。
次のお姉ちゃんも、宿に連れてったんだけどさ…。
やっぱりダメなワケ。
サッチさんのサッチさんが、全然反応しねェの。
だからまた金握らせてさ…。
この時点でおれ、二人分の支払いしてんのに、なんっにも出来てねェんだぜ?
可哀想だろ?
どうしたもんかなァって、モビー帰ろうかなってしょぼくれて歩いてたんだよ。
そしたら、道中でうちのナースちゃんに会えたんだよね。
だからさ、ちょっとそのナースちゃんにお願いして、揉ませて貰ったのよ。
あ、テオドラちゃんね。
え?
知らない!?
ちょっとウェーブがかった髪の長い…。
いや、説明はいらねーとか言うなって!
今度見かけたらこの子だって、教えてやるよ。
唇が情熱的で可愛いから。
いやいや、遠慮すんなって!
え?
お前元気だなって?
いや、マジで落ち込んでっから!
聞けよ、話を。
だから、テオドラちゃんの胸をね、ちょっと揉ませて貰ったわけよ。
路地裏に入って。
それでもさ、ダメ、だったんだよな…。


「おれ、女の子がダメになったってことか!?」
「…だとしたら、今後かなりの人数の女が、救われるいい話じゃねェか」
「いやいやいやいや、それ違うだろォ!?」


バンッと掌を机に当てて立ち上がると、思った以上に大きな音がした。
マルコは眉間に皺を寄せていたけど、そんなことは気にする必要もない。
ただただ、おれの、サッチさんの心配をしているのみだった。


「だから、な?」
「なんだよ、気持ち悪ィな、首傾げんなよい」
「ちょっと男でどうなのか、試させてくれよ!」
「……………は?」


やっとこの部屋に来た目的を伝えられた。
だが、その当のマルコといえば、状況を全く理解できていない様子で、ポカンとしちまってる。
こんなマルコの様子を見るなんて、付き合いも長いが初めてな気がする。
丁度いいじゃねぇか。
初めて繋がりだ。
もう、どうにでもなれ、だ。


「サッチ、お前…冗談も休み休み言えよい!」
「冗談でこんなクソダセェこと、お前に頼めるかよ」
「キモイ…近づくんじゃねェ!自分の部屋へ帰れ!」
「おれは本気なんだよ!」


この今の距離がもどかしく、机に乗り上げてマルコに迫ろうとした。
そういえば、どっちがどっちの役割をするのかってのも、全く考えてなかった。
いやもう、そういうのはどっちでもイイんだ。
とにかく、おれが男で反応するかどうかの瀬戸際なんだから!


「お前、百戦錬磨じゃねェかよぉぉぉおお!相手がおれでも問題ねェだろ?」
「大問題だ」
「だってお前、昔5人くらいと同時に付き合ってなかったか?」
「…あれは女が勝手に…!」
「でも全員相手してたろ?」
「若い頃の話だ」
「今だってイケんだろ……ッ…ぶっ」


机を乗り越えてマルコの方へ降り立とうとした時、ものすごい力がおれの身体にかかって机に叩きつけられた。
ドガンッ!
大きな音を立てて、おれの身体が仰向けに床に押し当てられている。
後頭部も背中も腰も、全てが床に打ち付けられた。
何が起こったのかわからなかった。
ただ痛みにうめき声を上げ、そのおかげか、ようやく冷静になれたようでぼんやりとしていた視界が開けた気分になる。
おれの身体にかかったものすごい圧力。
急所は外されているものの、これは一瞬殺意があったな。
あぁ…デスヨネー。
それは紛れもなく、不死鳥化したマルコの足だった。
おれの左右には割れた机、その上に乗っていたグラスや酒瓶は見事に割れてしまっている。
そして上には、片足でおれの上に乗り上げ、全体重をかけているのだろう。
怒りに燃えたマルコの表情が見える。
怖ェ…。


「その話、二度と口にするな。次は、コックに欠員が出るよい」
「…悪い、マジで。ほんと、すげぇ悪かった」
「頭冷えたか?」
「……冷えた」


マルコの足が元に戻り、おれも上半身を起こせた頃、クルーが何事かと室内へ入ってきた。
部屋の中央に転がるおれ、真っ二つの机、散乱した文房具や割れたグラス。
やって来た一番隊のクルーは何をどこから突っ込んだらいいのか迷っている様子だった。


「サッチ隊長がご乱心だよい、悪いが片づけてくれるか」


悪びれもなく、しれっとおれのせいにしたマルコ。
いや、間違っちゃいねェな。
まさに、ご乱心だ。
確かに焦ってたし、この世の終わりなのかと思ったくらいだ。
冷静に判断する機能まで、故障しちまっていたらしい。
室内を片付け出すクルーの邪魔にならないよう、部屋の隅へ移動すると、野次馬に紛れて見えたのはマルコが愛しくて止まない彼女の姿。
ここは彼女の部屋でもあるんだ。
見たところ、持ち物が壊れた形跡はなさそうで、それだけが救いだった。
まァ、マルコの奴もそれがわかってて、被害を机だけに留めたのかもしれねェけど。
彼女はマルコに怪我がないかを必死で尋ねていて、それに笑みを向けるマルコの優しそうな顔ったらねェよ。
頭を撫でたり、ほっぺたを触ったり、次第にいちゃいちゃし始めた二人を、野次馬どもは最初こそ見ていたけど、そのうち散り散りになっていった。
まぁ、バカらしいよな。
おまけに今夜船にいるということは、不寝番なんだろう。
島に女を抱きにも行けねぇ奴らには、目に毒だ。
まぁおれもいろんな意味で抱けねェけど。
あ〜あ…。
ほら、こっそりキスまでし始めちまった。
部屋の入口にマルコが背を向けて、彼女を隠しているつもりなのかもしれねェけど。
おれからは、バッチリ丸見えですからね?
ちゅっちゅって愛しそうに何度もするんじゃありません!


「サッチ、もう帰れ」
「そうね、部屋でおとなしく寝ることにすっか」
「最後はどうだったんだよ?」


は?
最後?
なになに、詳しく!
お前の話はいっつも主語が足りねェんだよ。
もっと詳しく教えて欲しかったのに、しっしっと部屋を追い出された。
同時に、片づけも終えたクルー達も一緒に部屋を出る。
こいつら優秀だよなァ。
優秀な上に、エースが昔オヤジに特攻かけてた時、散々モビー壊したもんだから、慣れたんかねェ?
ゴミや不要物を綺麗に纏め、さっさと食堂の方へと向かっていくクルー達。
おれにちゃんと挨拶をすることも決して忘れないところは、マルコの教育の賜物なんだろう。
うちの隊じゃこうはいかねェ。
クルーも行っちまったし、おれも部屋の前にいるのは野暮ってもんだ。
仕方ない、ひとりで考えるか。
おれは自室へと、ゆっくりとした足取りで向かって行った。



**********



『最後はどうだったんだよ?』


マルコの言葉が頭の中を巡る。
あの後、結局自室には戻ったものの、ムラムラとした気分はどうしようもなくて眠れるはずもなく。
シャワーを浴びに行ったり、酒を少し食堂から拝借したりして、気を紛らわせたりしたけど、結局眠れずに今に至る。
部屋の灯りを落として、ベッドに横になるも、さっきの言葉が全く解釈出来ない。
最後…。
最後ってなんだよ。
今夜の最後は、失敗したんだよ。
全裸でいたのに。
最後なんて服の上から揉ませて貰ったのに…。
服の、上、から。
服の上。


「あぁああああ!」


一人だってのに、思わず叫んでベッドから飛び起きた。
服の上から揉んだ胸!
そういや、あの時は自室に戻ってひとり自慰に励んでから寝たんだった。
とてもじゃねェが、出さないと眠れなかったから。
あの時☆☆☆の胸を服の上から揉んだ日。
『最後』ってそういうことかよ!
最後に勃起した時、とか言えよ。
わかりにくいんだよ!
ああ…でも、あの子がいたから言えねェか。
そんな直接的なことは。
おれの相談も含めて、彼女に話さなきゃならなくなるもんな。
分かったから、まァいいや。
そうだ、あの時。
☆☆☆の胸の感触が忘れられなくて、おまけにあいつの身体を思い出して、どうしようもない熱に犯されたんだ。
とても冷静じゃいられなくて、逃げるように自室に戻ったけど。
それに…このベッドで、☆☆☆を抱きしめて眠った。
もう随分前だから、匂いも残っちゃいねェけど。
確かに、☆☆☆がこのベッドで寝たんだ。
あの時、強く抱きしめたから、胸元にすら☆☆☆の胸の膨らみの感触が残っている。
張りがあるのに柔らかくて、尖りもおれ好みの大きさで…。
ちょっと想像するだけでも、目に焼き付いている☆☆☆の胸の形や何もかも全て、脳裏に浮かんでくる。


「…!!」


はぁ?
うそ、だろ…?
勃った…。
マジか。
想像だけで!?
ズボンを下ろして対峙してみる。
ああ…良かった。
元気じゃねェか、サッチさんのサッチさん!
感激で涙ぐんでしまったけど、今のうちに何とかしてやらねェと。
必死に自分を慰めていたけど、浮かぶのは☆☆☆の顔ばかりで。
料理作ってる真剣なカオ、おれに照れて頬を赤く染めたカオ、よく笑ういいカオ。
それに…泣き顔。
さすがに泣いてるカオなんか思い出したら萎えるんじゃねェかと思ったけど、より一層興奮した。
なにおれ、変態?


「サッチ隊長?」


コンコンっというノック音と共に聞こえてきた☆☆☆の声。
これがもし、別の奴だったら無視してたかもしれねェ。
ほら、だっておれ今真っ最中だし。
でも聞こえてきた声が、今正に頭の中を支配する☆☆☆の声だったから。
とりあえずズボンを押し上げたけど、主張するモノの質量までは隠せずそのままにした。
完全に上を向いているけど、とりあえずはズボンの中でおとなしくしとけ!
立ち上がり、鍵もかけてなかった自室の扉を開いた。
そこにはやはり、想像していた人物の姿。


「…☆☆☆?」
「サッチ隊長、ものすごい走って帰ってきて、マルコ隊長と喧嘩したって聞いたから…」
「喧嘩なんかしてねェって、今あいつ、あの子とムフフよ、絶対」
「大丈夫ならいいんです、島での夜なのに遊んでないで帰っ……」


思わず抱きしめた。
いや、何でって訊かれたら、多分答えられない。
話だって途中だし、なんなら☆☆☆の言葉だって途中だ。
ただ、こいつに、遊んでたなんて言われたくなかった、ってことかな。
理由があるとすれば。
コイツにだけは、言われたくない。
おれのだらしない下半身事情なんか。
知られ…てはいるだろうけど、口に出して欲しくなかった。


「隊長、どうしたんですか…」
「わっかんねェ!」
「それに当たってるし」
「それはお前が!」


当たってる、が何か見当がついてしまい、思わず抱きしめていた☆☆☆の肩を掴んで引き離した。
腰も引けた。
ただただ、驚いておれを見上げている☆☆☆。
おれだってビックリしてる。
なんで抱きしめてんの。
なんで☆☆☆を思い出して勃起してんの。
なんでコイツ今ここにきたの。
なんで、今おれ、ドア閉めて鍵かけたの。
さっきまで自慰してた時でさえ、かけてなかったってのに。
鍵をかけられたことで、動揺を隠せていない☆☆☆。
おれだって動揺中だっての。


「私が…何ですか?」


恐る恐るといった様子だった。
そりゃそうだ、☆☆☆にとっては一番意味がわかんねェはずだ。
だっておれだってわかんねェんだぜ?
わかってるのは、今夜部屋でずっと☆☆☆のことを考えてたってこと。
☆☆☆のことを考えていると、勃起しちまうってこと。
今そいつは、おれの腕の中にいるってこと。


「わっかんねェ!でもとりあえず、お前は今おれに抱きしめられてろ!」




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