似顔絵

Side:☆☆☆



誰もいない夕食後の食堂にて、私はひとり真っ白な紙に向かっていた。
自室で一人孤独に机に向かっていたのなら、きっと朝になってしまうだろと思ったからだ。
でもすでに、明日の仕込みをしているはずの4番隊の人達は厨房には居らず、結局ここでも私一人だった。

どうしよう…。
一枚きっちり埋めろと言われた紙は、未だに真っ白だ。
一行すらも埋まらないなんて、一体どうしたらいいの…?
たった一枚の紙切れが途方もない量の難題に見えて、私は頭を抱えた。

何をしているのかと言うと。
先日酔っぱらって露顕してしまった、私の失敗談。
笑い話というか、マルコさんがいかに格好いいかを皆に伝える為に口にしただけだったのに。
マストの修理の時に、気楽に命綱なしで作業して、まさかの強風に煽られて落下した時の話。
落下している私をマルコさんが飛んで救いに来てくれて、お姫様抱っこで救出してくれた時の話だ。
あれは今思い出しても、とても素敵だった。
危ねェよい、なんて軽く言葉にして、そっと甲板に下ろしてくれた。
抱きしめられた腕に、かなりドキドキした。
本当に、王子様みたいだったのに!
それをお知らせしたくて皆に話したら、それが大事になってしまって…。
遂にはオヤジに、船大工長に知られることになってしまったんだ。
盛大に叱られた後に、反省文を命じられた。
それが、この紙一枚。

反省してます
もうしません
すみません
☆☆☆

って書いて提出したら、ものの見事に引き裂かれた先代の紙。
舐めてんのかゴルァ!!って鬼のように、あんなに怒った船大工長を、初めて見たくらいだった。
そして再び叩きつけるように渡された二代目の紙。
これにはびっしり書いて来いと言われてから、もうかれこれ2時間は経過している。

文章を書くのは苦手だ。
何をどう書いていいのか見当もつかない。
文字で埋めるって、どうやって?
いっそ、役に立つ製図を引いた方がよっぽど喜ばれるんじゃないかと思った。
だけどそんなことをしたら、また引き裂かれて三代目の紙を渡されるのは目に見えている。
私は再び頭を抱えた。


「何やってんだい」


両手で頭を抱えて下を向いていたから気が付かなかった。
声のする方に顔を上げると、台詞と声色の通り、そこに立っているのはマルコさんだった。
カップに口を付けながら、私にもくれたんだろう、目の前に置かれたカップには、湯気の立つコーヒーが入っていた。
お礼を言いながらそれを頂くと、なんだかホッとして一息ついた気がした。
私の向かいに腰を下ろすマルコさんが、私の手元の紙を見て首を傾げている。
そりゃそうだ。
白紙なんだから。
白紙に、羽ペンが一本。
先程、綿に沁みさせたインクは、もうとっくに乾いていると思う。


「何、書きてェんだい?」


疑問に思うのも当然だと思う。
普段の私の仕事なら、ここに定規の一本や二本なくてはおかしいんだから。
それすらなく、白紙を目の前にただ困っているだけの私。
格好悪い…。


「反省文です」
「…あァ………なる、ほど」


独り言のように言った後に、首を横に向けて肩をプルプルさせている。
めっちゃ笑われてる!
そりゃそうだよね…。
言わなきゃバレないことだったのに。
いや、マルコさんは知ってたことだから、それに割と大きな声で悲鳴を上げていたから、甲板にいたクルーも数名目撃していたはずだ。
だからいつかどこかでバレていたのかもしれないけど。


「もう、そんなに笑うことじゃないです!」
「いや、悪ぃ。…何に悩んでんのかと思えば……ぶふッ」


謝りつつももう一度吹き出したように笑うから、私の頬も膨れるっていうものだ。
目の前のマルコさんは、何が楽しいのかずっと笑っているし、私は乾いた羽ペンの先を振り回して、立てた肘に頬を乗せた。
ちなみに一枚目は三行で出したら破られました、って自虐気味に告白すると、また耐えられない様子で笑い出した。
暫く、くっくっくと喉を鳴らして笑うマルコさんの声が食堂に響いていた。


「なんでこんな、反省文とか書かせるんですかね。意味ないですよね?コレ」
「あー…おれは書かせる方だからなァ」


そういえば、一番隊の人達は何か事あるごとに、反省文を書かされていると聞いたことがある。
小さなことから大きなことまで、とにかく書類重視なんだと、サッチさんが言っていた。
おれは書かせるのも読むのも面倒だから、鉄拳ひとつで解決するけど、なんて豪快に笑っていたっけ。


「何故書かせるかと問われたら、そいつが二度と同じことをしでかさねェように、だよい」
「……こんな文章で、ですか?」
「いや…なんつーか、オッサンの長話とでも思って聞けよ?戯言っちゃあ、戯言だ」

「文章の内容がどうこうってわけじゃねェんだ。文法だって繋がりだって左程気にかけちゃいねェ。ただ、自分の仕出かした事柄を思い出し、向き合う時間を作りてェってだけだい。どうやったら次はやらかさねェのか、紙一枚二枚書く頃には、大分自分でも纏まるんじゃねェかとおれは思うよい」
「内容より考える時間…」
「それに、苦労すりゃ苦労しただけ、反省文っつーリスクを背負うことになるって、身に染みるだろい」


確かに、こんな文章書くのはもうイヤだ。
次は絶対命綱つけよう、とはさっきも思った事柄だった。
多分これが、船大工長に言われたんだとしたら、不貞腐れて反発したんだろうと思う。
マルコさんが言うから、すっと心に入ったんだと思う。
言葉より、人、かなぁ。


「歳とると、話が説教くさくなっていけねェよい」


マルコさんこそ、自虐気味に自分で言って眉を下げているけど、そんなことないと思う。
めちゃくちゃ格好いいです。
なにせ、王子様ですから。
でもそんなこと、素面ではとても言えない。
なんだかそれが悔しくて、左手の人さし指の腹にペン先をぐりぐりとしたら、まだインクの残るその先から皮膚に線が描かれた。
最初に描いた線を元に、他にも線を描いて指先に顔を作った。


「自分でおっさんとか言うなよい」
「なんだそれ、おれの真似かい?」


私が人差し指に描いたのは、吊り上がった眉に細い切れ長の目、厚めの唇で、マルコさんの似顔絵、のつもり。
口調も真似して、マルコさんの方に向けて人差し指を何度か曲げると、更にマルコさん本人の眉が寄せられている。


「ほら、可愛い」
「…ますます、反省文の完成が延びたなァ」


マルコさんは呆れ気味に溜め息をついているけど、私はそれが楽しくなって、次の中指には何を描こうかと考えるばかりだ。
中指は大きいからオヤジかなぁ?
白い三日月のヒゲを最初に描こうと考えていると、机の上に乗せられているマルコさんの掌が目に入る。
左手はカップを握っているけども、右手は無造作に置かれているだけだ。
その指先を見ると、私の物よりも随分大きな指だ。
大きなキャンパスがそこにあった。
マルコさんの人差し指を捕まえて、まずは目をとペン先を当てると、以外にも逃げられることはなかった。
目をぐりぐりと描いていくけども、逆さだとよくわからない。


「くすぐってェよい」


言葉だけで、嫌がる様子はないから作業を続行しようと思ったんだけど、この向きでは可愛くかける自信がない。
首を曲げてみても、よくわからず、机に乗り上げて上半身を曲げてようやく横から見える位置になる。
それでも描きづらい。
ああ、そうか。
マルコさんの方に行けばいいのか。
一旦手を離して机の側面を回って、マルコさんと同じ側に移動をした。
両肘を付けて、上半身を机に乗り上げる形でマルコさんの指に向き合うと、これでやっと可愛い顔がかける気がした。
先程描いた目の隣に、もうひとつ目を描く。
口は可愛くにっこりと深めに弧を描いた。
女の子らしく、斜め上にリボンも添えて。


「これは、☆☆☆かい?」
「そう見えます?」
「ああ、可愛く笑ってる顔がそっくりだ」


か、可愛く!
可愛くって言いました!?
や、それが絵を指しているとか、わかってるけど。
さすがに一瞬ドキドキした。
確かに、マルコさんの大きな右手のひとさし指の腹に描いた顔は、可愛くとてもよく出来たと思う。
マルコさんの手に、私の左手の指先にいるマルコさんを近づけてみる。
隣に並べると、大小のサイズが実物よりも逆だ。


「マルコさんの指の方が大きくて描きやすい」
「あと9本もあるよい。埋めてくか?」
「じゃあまずオヤジを……わ、ッ…」


オヤジは親指かなぁなんて考えていたら、マルコさんに腰を引き寄せられた。
咄嗟のことでバランスを崩した私は、マルコさんに倒れ込む形になる。
ペンを持った手は無事で、両腕を机から僅かに上げた状態で、すとんと椅子に腰かけさせられた。
そこは、マルコさんの足の間。
背中にはぴったりと、マルコさんの上半身。
私を包み込むように両側から腕が通って机に乗せられている。
同じ椅子に浅く腰掛ける状態となった私が落ちないようにと支えてくれているのだろう、マルコさんの左手が私の腹部に回ってきた。
しっかりとそこを抱き込められる。
はっ。
おなかのにく!
ぷにぷにりてるって思われたらどうしよう。
今夜は少し、ご飯を食べすぎた。
晩御飯が美味しすぎて…。
サッチさんのバカ野郎!


「手、そこにあったら顔描けませんよ?」
「まだ右手が埋まってねェから、大丈夫だい」


右手の掌を開閉してアピールしてくれているけど、その度に最初に描いた顔が私に笑いかけてくるようだった。
それに!
なんでもなさ気に言ってるけど、耳元で擦れた声色で声を出さないで欲しい。
机を挟んで会話していた時とは違い、耳元で囁くように喋られると、ぞわりと鳥肌が立つ思いだ。
とにかく、照れているのを隠そうと、マルコさんの親指を左手で捕まえる。
描きやすいようにこちらへ向かせようとするも、マルコさんの手が閉じてしまって手中に収まってしまう。


「もう、握ったら描けないじゃないですか」
「それなら、おれが描いてやるよい」


下から掬い取るように右手からペンが抜かれると、腹部の手も離れていったけど、代わりに左手を捕えられた。
マルコさんの隣の中指を、二本の指で固定され、そっとペン先が当てられる。
確かにこれは、くすぐったい。
柔らかくだけど、円を描くように先が当てられると、なんとも言えない普段あまり感じたことのない感覚が生まれた。


「ほんとだ、…くすぐったいです」
「大人しくしとけ、もう出来る…」


思った以上に真剣に顔を描いてくれているんだけど…。
もしかして、マルコさんって絵苦手…?
思わず口に出してしまっていたようで、マルコさんの手が止まる。
目はまんまるで可愛いんだけど、口が直角に曲げられている。
でもこれはこれで、可愛い。


「…黙っとけ」


なんだか照れた様子の声色が耳元から聞こえてきて、マルコさんも可愛らしい。
くすくすと小さく笑うと、再び腹部を抱え込まれて密着させられた。
くすぐったさと、マルコさんの反応で小さかった笑いが、声に出てしまうとますます腕の力が強くなる。
そして、左手を捕えられて人さし指を掴まれ、唇に指の腹が押し当てられる。
そこ…マルコさんの、顔。
触れているのは自分の指のはずなのに、妙に恥ずかしい。
っていうか、照れる!


「笑う悪い口は塞いでやるよい」


そんな台詞を囁かれたら、頭のてっぺんから湯気が出てもおかしくない程、恥ずかしくなる。
ドキドキと速くなる鼓動。
手は離されてしまったけど、指先が触れた唇は、未だにその感覚がある。
自分の指なのに。
まるでキスをされたみたいに、そこだけがすごく熱かった。


「こっちも、お仕置きしてやるよい」


机に肘を着いて、私に見せつけるように立てた人さし指。
そこには、私がさっき描いた、私らしき似顔絵。
うっすらと唇を開いたマルコさんが近づいていき、指からなのか顔からなのかそっと距離が縮まっていく。
その様子をただ、黙って見つめるしかなかった。
やがて距離がゼロになって、顔の真横から唇で覆われていった。
傍から見たら、自分の指に口付けをしているだけだ。
だけど私から見たら…それはもう、官能的という以外の何物でもない。
恐ろしい程の色香が、目の前に広がっていた。
唇から指が離れる時に、僅かに水音が鳴る。
耳に良く響いて、堪らなく恥ずかしくなった。


「☆☆☆…悪い子は、反省文も仕上げねェとなァ?」


机の向こう側に置いてあった白紙をマルコさんが引き寄せ、右手には羽ペンも握らされる。
乾いてしまった綿に再びインクを染み込ませるという作業を、片手で器用にこなしていく。
さっきまで絵に苦戦していた人の行動とは思えない程の、手際の良さだった。
手元に白紙、羽ペン、文字を書く為のインク。
全て揃って、後は本当に文章を乗せてくだけだった。
でもそれが出来ないってさっきも…。


「ちょ…待ってください…なん、で…ッ」
「自分の仕出かしたことを思い出して反省するんだよい」


それは一体どのことを指しているの…?
後ろからぎゅっと強く腰を抱かれている上に、もう一方の腕は胸のすぐ下へ回されているから、身体が硬直してしまう。
肩からは、ちゅっと小さく鳴るリップ音と感触で、マルコさんの唇が触れていることがダイレクトに伝わってくる。
この状態で文字を書くのはちょっと…いや、かなり、無理がある。
だって、手震えてるもの。
私が文字を書かないから、マルコさんの唇がどんどん上がってきて、首筋にまで来ている。
こんなの…ダメ。
耳まできちゃったら、声が出てしまうのは明白だった。
こんな食堂で…ダメ。
いや、部屋ならいいとか、そういう問題でもないんだけど。
止めて欲しい、でも辞めて欲しくない。
もっと、でも、ダメ。
もう、何を言ったらいいのか全くわからない程、大混乱していた。


「お前さん達、そろそろ切り上げてくれねェか?」


凛とした声が食堂に響いた。
と思って入口へと目を向けると、呆れたようにため息を吐きながらイゾウさんが食堂に入ってきているところだった。
こちらへ足音も軽く小さく進んでくる姿は、夜に見ると少しだけ艶っぽさが増している。
イゾウさんは私達の近くまでやってくると、ちらりとマルコさんの方を見て、それから出入口付近で様子を伺っているクルーの人達へ目線を移動した。


「マルコ、お前は大丈夫なのか?」
「ああ、少し…いや、かなり、ギリギリだよい」
「…そうだろうよ」
「ああ……わかったよい」


イゾウさんの一言で、マルコさんが立ち上がった。
何を指しているのかは定かではないけど、マルコさんは割と深めに溜め息をついていたから、何かあるんだろうとは思う。
私の背中には一気に外気に晒されて、少しだけ寒くなった気がした。


「お前さんらがここで、絡み合うから、食堂の入り口が混雑して敵わねェ」
「か、絡み…!?…あ、あの、すみません!」


私も立ち上がって、イゾウさんに一礼をして謝罪した。
それから、入り口付近で立ち止まっているクルーの皆さん、食堂に用事があっただろう人達にも一礼をした。
その様子を見て、ようやく人が食堂に入ってきた。
そうだよね…。
だいぶ長い間、こんなに大所帯なのに誰一人食堂に入らないなんて、おかしいもんね。
皆気を使ってくれていたんだと思った。
反省しなきゃ。
今夜は反省することだらけだ。


「続きは、お前さんがよけりゃマルコの部屋ででも仕上げな」
「え…ッ…いや、あの、でも…」
「マルコは迷惑じゃねェってよ」


イゾウさんは、な?とマルコさんの胸元を握った拳で軽く小突いている。
マルコさんはというと、どこか困った様子で首筋に手を当てていた。
それでも私の反省文用の紙を手に取るから、お邪魔することは迷惑じゃないんだろうと思う。
それに、私も、今マルコさんと離れたくない、なんて欲張りなことを考えてしまっていた。


「お邪魔しても、いいですか」
「コレも、完成してねェしな」


マルコさんが見せてくれたのは、右手の掌で。
そこにはひとつ、顔がある。
イゾウさんにもそれが見えた様子で、ぶふっと小さく拭き出していた。
そりゃそうだ。
マルコさんのごつごつした指先には、あまりに不釣り合いな、気の抜けた顔のイラスト。
一番隊隊長が、こんなのくっつけていたらきっと、笑う人もいたり、驚いて固まっちゃう人だっていると思う。
それでも嫌がらずに、付き合ってくれたんだ。

二人で、イゾウさんに別れを告げてマルコさんの自室を目指した。
ひらひらとマルコさんの手中にある白紙の紙。
私の手元には筆記用具。
完成は明日でもいいと思う。
だからもう少し、あなたの指に顔を描かせて下さい。

道中、マルコさんと目が合ったから、笑みを向けると、マルコさんも同じく優しく笑ってくれる。
それが、心の底から嬉しかった。





戻る




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -