衝動3

Side:☆☆☆



少し遅くなってしまったからと、自宅前までワイパーさんに送ってもらった。
もちろん、今回は抱えられてということはなく。
荷物は持って貰ってしまったけど、ちゃんと自分のボードに乗って帰ってきた。
荷物を私に手渡すと、じゃあなって言ってその返事を聞かないまま、すぐにシューターを発進させて、今はもう背中がすごく小さく見える距離。
名残惜しくて、その姿が完全に見えなくなるまで、見送った。



「おかえり、思ったより早かったね」


部屋に入ると、ラキがもう帰ってきていて、晩御飯の支度をしていてくれていた様子だった。
簡単な部屋着にエプロンを付けて、菜箸を持っている姿がとても眩しくて、こんな状況なのにすごくかわいく見えた。
そうだ…。
先に帰ると言ったのは私の方なのに。
晩御飯の支度をして待っていようと思ってたのに。
しかもいい匂いがしているということは、もうほぼ出来上がり寸前だ。
だって味見もしてるし。


「ごめん、…私…!」
「いーから、早く手ェ洗って、着替えといで。ご飯にしよう」


にこにことした、やけに機嫌の良さそうなラキに見送られて部屋の奥まで行ったけど。
そうか。
知ってるんだった。
振り返ると、やっぱり頬を緩めてこちらを見ているラキと目が合った。
恥ずかしい。
きっと私の気持ちだって、バレバレなんだろうと思う。
いつからだろう。
自覚したのだって、ほんのついさっきのことで。
ワイパーさんだって、ラキに叱られたって言っていたし。
もしかして、私が自覚する前から気が付いていたとか。
だとしたら、恥ずかしい…。
勝手な想像をして、勝手に一人照れまくりながらなんとか身支度を整えた。
そうする頃には、二人で使っている小さなテーブルには、美味しそうな料理がたくさん並べられていた。
私の方が上手いっていつもラキは言うけど、ラキだって料理上手だ。
知らない味付けの仕方も教わったし、私がお店に出している料理には、いくつか参考にさせて貰ったものもあるくらいだ。
さっきからいい匂いも立ち込めている。
小さなテーブルの前に座ると、余計にお腹が空いてくる感じが増した。
それを挟んでラキと向かい合って座って食べるのが、二人で共同生活を送る時に決めたルールの一つ。
ご飯は一緒に、って。
一日一食でもいいから。
ちゃんと顔を見て会話することも大事だよねって。
ラキは今までずっとそうしてきたらしい。
だから喧嘩…といえるようなことは今まで一度もないけれど、そうなった時もこのルールは適用されるはずだ。


「美味しい!」
「ありがと…って、そんなことはいーんだよ」


ご飯を食べ始めて、それを褒めたと同時に、目の前に座るラキが身を乗り出すようにして私の顔を見つめている。
どうだった、と言わんばかりに期待の眼差しだ。
自分でもよくわかる。
頬が熱い。
こんな風に見つめられると…。
さっきのワイパーさんが頭に浮かんでくるから。
冷たい目線を向けて私に強い言葉を残していった時の表情。
なのに、その後の慌てたような様子も、私のせいで怪我しかけたことで怒っているはずなのに、どこか優しそうな表情。
耳が赤くなってたところとか。
たくさんの花が咲いているところに連れて行ってくれた時に見せてくれた、柔らかな表情。
全てが一気に頭の中を駆け巡った。
ドキっと強めに心臓も跳ねたし。
そんな私の様子を見て、ラキの顔はますます笑みが深くなっていく。


「あいつがね、あんな風に慌てるなんて見たことなかったよ」
「そりゃ、ラキに叱られたら慌てちゃうこともあるよね」
「いやいや、違うって、その前からだよ。☆☆☆が帰ったのあいつ知らなかったみたいで」
「…え…?」


二人の認知が微妙に合わなくて。
お互いに首を傾げてしまう。
ラキが言うには。
ラキ自身は、あの時点で私が帰った理由は知らなかったそうだ。
お客さんもたくさんいたし、混雑していたしで、私達の会話は聞こえていなかったようで。
その話を聞いたのも、私もワイパーさんもあの場から離れた後、カマキリさんに聞いたらしい。
あの時。
完売してそのまま帰った私。
食事を終えたワイパーさんがさっきの話をしに屋台まで戻ってきてくれたらしくて。


「いつもならまだ居る筈だって言って、よく知ってんねワイパーのやつ」


完売後も、皆が食べてる姿を眺めていたから。
お昼休みが終わってから帰るっていうのは毎回…。
だけど、そういった会話をしたこともないし、ましてその最中に声だってかけられたこともない。
姿を遠くから見かけたことがある程度で。
今までも、見ていてくれていたんだ。
そう思考が行きつくと、さっき思いっきり照れてしまったのに、更に照れた。
身体の底から熱が何度も何度も湧き上がってくるような感覚で。
おまけにきゅんと胸が苦しく案るというか、締め付けられるような感覚というか。
ワイパーさんの顔が頭から離れなくて、ずっとドキドキしっぱなしだった。

ラキはその間何も言わずに、ご飯を食べ進めているだけで、そっとしておいてくれていた。
…みたい。
気が付いた時には、ほとんど食事を終えたラキがちらっと私を見て口元を緩めていたから。
その目を見ただけでも動揺してしまう私。
だめだなぁ…。
耐性がまるでついていない。


「落ち着いた?」
「お、おちつい、た…落ち着いてるよ!ほんと、ご飯も美味しいし…ほんと、ありがと…うん…」
「なんかまだっぽいけど……まぁいいや。あんたにお願いがあるんだ」



**********



よく晴れた土曜日。
今日はお昼からカマキリさんと二人でお買い物をした。
そして今は、私とラキの家の台所に二人並んで立っている。
買い物の帰り道はほとんどの荷物を持って貰った上に、お店でお金まで出して貰ってしまった。
その食材を料理にするべく、二人で奮闘中なんだけども。
これには理由がある。
もちろんそうだよね。
カマキリさんと二人きりになったことなんて今までなかったから。
会話すること自体、珍しいことだったのに。
最初はものすごく緊張してラキにも居て欲しかったって思ったんだけど。
話し方とか物腰が柔らかいらしいカマキリさんのおかげで、今は普通に会話が出来るくらいには打ち解けた。
見た目の厳つさとか、雰囲気でもっと怖い人なのかと思ってたんだけど。
これは私の認識違いだったと大きく反省をした。

あの日、ラキからのお願いというのが。
私の料理を、幼馴染の4人が食べてみたい、ということだった。
ワイパーの皿に乗ってた焼きトマトも美味しそうだったし。
ラキが毎回、☆☆☆の飯は美味いと自慢するし。
何より、店のバーガーも毎回美味い。
美味い料理で酒が飲みたい。
せっかく友達になってんだし食べてみたい、と。
もちろん、食材代は払うし、かかる光熱費や手間賃も自分たちでもつ。
お礼もする。
メニューもお任せするし、邪魔にならないなら料理得意なカマキリも派遣する。
酒も買うし場所だって提供するから!

本当にこちらが恐縮してしまう程の、謙虚なお願いだった。
私としては、ありがたいお誘い。
なにしろ、その中にはワイパーさんだっているわけだし。
それならば。
メニューを私に任せてくれるのなら、せっかくなら新しいメニューの味見も兼ねてお願いしたいこと。
美味しいおいしくないははっきり言って貰えるとありがたいこと。
場所はありがたいけれど、慣れている自宅の台所の方がいいこと。
自分の分は自分でお支払いする、という旨を伝えたんだ。

それが実行されたのが、今日というわけ。
結局私の分のお金は受け取ってはもらえなかったけれど。
それに、料理が得意なというカマキリさんが、私の予想以上に器用で上手だったことに一番驚いた。
切って欲しい食材のサイズも、焼いて欲しいお肉の加減も、調味料の入れるタイミングまで指示するよりも先に察してくれていたり。
だから本当に助かっている。
むしろ、私じゃなくてカマキリさんのメニューでも皆いつも大満足なのではないかなっていうくらいだ。

もう少しで他の皆がやってくる時間。
私とカマキリさん以外の別動隊は、主にお酒を買ってくるチーム。
男三人も必要って、どれくらい飲むんだろう?
わからないけども、今夜は賑やかな夜になりそうだ。
それに。
ワイパーさんがこの部屋に来るっていうのも初めてのことで。
それも楽しみ。
今日はまだ会えてないから、会えるのだって楽しみだ。
そんなことばかり考えていると、隣でスープの鍋をかき混ぜていたカマキリさんがぷっと小さく笑った。


「え…?どうしたんですか?」
「いや、わかりやすいなって思ってな」
「わ、私何かしました…!?」
「さっき買い物してて、知らないオバサンに茶化された時のこと覚えてるか?」
「茶化され……何か、ありました…?」
「新婚かって、羨ましいって言われたろ」
「えぇ…?」


全く覚えていない。
カマキリさんと待ち合わせをして、普通にお買い物をして帰ってきた。
それだけだと思っていたから。
それにまだ緊張していた頃、だと、思うから…。
だめだ。
本当に全然覚えてない。
どう切り返していいかわからず、おろおろしてしまう私を見て、カマキリさんが更に笑う。
声に出して、楽し気にされると、どこか居心地が悪い思いがするような。


「覚えてねェだろうなァ。☆☆☆動揺する様子も全くなく違いますっつった後、無視して真剣に野菜選びに夢中になってたからなァ」


耐えきれないといった様子で、首を背けて笑うカマキリさん。
ぷっくっくっと笑う声まで聞こえる。
こんなに楽し気にする姿だって、ほとんど初めて見たのに。


「なのに今は、時計ばっかり気にして赤くなったりしてる。そんなに楽しみ?」
「…なっ…んで…ッ!?」
「おれのことは、微塵も何とも思ってねェ証拠だよなァ」
「も〜〜!今はカマキリさんが茶化してるじゃないですか。いいから、お肉のソース作りますよ!」


未だ肩を震えさせて笑っているカマキリさんに、いよいよ身の置き所がない私。
そんなに時計ばかり見てたかな?
いや、見てたかもしれないな。
記憶の時計は、5分と開かずに長針が動く経緯が記憶に残っているから。
今現在の時刻だって、記憶の中の時計とすぐそこの現実にある時計の長針は、同じ位置にあるから。
考えていたことが相手にばれるって、こういう気持ちになるんだ。
恥ずかしくって、どうしようもなくて。
だからもう、次の作業に集中して気を反らすことにした。
お肉に使うソースは、マーマレードとマスタードのソース。
これも麦わらの一味のサンジさんに教えて貰ったレシピだ。
これを使えば、好きな人を振り向かせられるよ、なんてカッコつけて教えてくれたけど。
当時の私は、そんなわけないよねって聞き流してしまったけれど。
今は、それにあやかりたいなんて思ってるから、現金だなって思う。
だけど。
マーマレードのジャムの瓶を手にしているんだけど、一向に開かない。
さっきから何度も挑戦しているし、瓶のふたを開ける時に使うシートだって持ち出してるのに。
もうちょっと、きっともうちょっとで開くと思うから。
私の手元が震えていることに気が付いたんだろうかカマキリさんが片手をこちらに伸ばしてくれている。


「うっわ、あぶね…ッ…こっち寄こせ、開けてやるから」
「大ッ…じょぶ…料理人は、力強い……ッ…ふん…ぬーーーッ!」
「いやそんな斜め……待てって…!」

ボンっ!


爆発したかのような音と共に、斜めにしたせいか、勢いよく瓶が揺れて中身が飛び出した。
私と、カマキリさんの頭上から。
ぼたっぼたっと床にも落ちたけれど。
重さを感じるから、私の髪の毛の上にも、マーマレードの塊が乗っているんだろう。
やばい、と思ってカマキリさんを見上げると…。
あああ…。
無言のまま立ち尽くしているカマキリさんの髪の毛のない部分に張り付いたマーマレードが重力に負けて、たらりと垂れてきているところだった。


「ごめ…なさ…、すみません、ああああ、どうしよ…」
「いや、いーけど。☆☆☆の方がすぐ拭いた方がいいんじゃねェの?」


呆れ顔のカマキリさんはため息を落としながらも、差し出したタオルを受け取ってくれた。
確かに。
それに床もだ。
とにかく自分を拭いて、床の掃除もしなくちゃ。
ガシガシと強く頭を拭いていると、カマキリさんが片手でそれを止めた。
え、なに?


「気にすんな、慌て者ってのはよく聞いてる。おれが掃除するから☆☆☆はソースの続き作れ。あいつら本当にもう来るぞ」


見上げた時計の長針は、もう約束の時間ギリギリを指し示している。
確かに今ソースを作ってしまわないと、間に合わない。
カマキリさんには何度もお礼を言って、慌ててソースを作り始めた。
まだ髪の毛からはマーマレードの甘い香りがしているけれど。
奇跡的に分量だけは瓶に残ってくれたジャムを、鍋に入れて火にかけると、その匂いも気にならなくなっていった。
ワイパーさんが来るまで、あともう少し。



**********



「ただいま〜!あー、おなかすいた」


程なくしてラキを先頭にお酒を買っているチームが部屋にやってきた。
ソースも間に合ったし。
もう盛り付けもほぼ完璧にカマキリさんがしてくれたし。
間に合ってよかった。
玄関で二人で皆を迎え入れることが出来た。
掃除も、お互いの頭に乗ったマーマレードも拭き取ることもできたから。
ほっと一安心。
ラキ、ブラハムさん、ゲンボウさんに続いて…。
最後に入ってきたのが、ワイパーさんだった。


「いらっしゃい」
「突然の頼み、悪かったな」
「いいえ、いっぱい作ったんで、いっぱい食べて下さいね」
「ああ、楽しみに……?」
「どうかしました?」
「いや、今日は随分と甘い匂いがするな」
「これは…ちょっと…」


ああ、さっきの…。
思わず言葉を濁してしまったけど。
また爆発させてしまったから、呆れられると思って。
でも匂いは結局まだ取れていなかったみたい。
少しだけすんっと鼻を利かせたワイパーさんにすぐに気づかれてしまった。
甘い匂い苦手なのかな。
とにかく部屋に入って貰って、扉を閉めた。
4人の手にはたくさんの袋があって、冷蔵庫に入りきらない程の飲み物があった。
一晩で飲み切れるとは思えない程の量。
大丈夫かな…。
それでも、部屋の中央に並べた料理を見て皆が感嘆の声をあげてくれている。
ゲンボウさんが女の子の部屋だーなんて叫んでる声まで聞こえたけど。
それにつられて笑ってしまっていると、カマキリさんの横を通ったワイパーさんが勢いよくこちらを振り返った。
私を見た後に、カマキリさんを見て。
っていうか、見比べてる?


「さっき、ジャムの瓶開けんの失敗したんだよ、☆☆☆が」
「☆☆☆が…?」
「はい…すみません」
「それで一緒に喰らったってワケ」
「へェ……それで同じ匂いか」


納得したような言葉で、私とカマキリさんを見た後に、その場にゆっくりと腰を下ろしていくワイパーさん。
何か、言いたそうにしているけど。
それを訊こうと思って隣に移動した矢先、テーブルの向こう側で勢いよくお酒の瓶が開けられる音がした。
待ちきれないといった様子のブラハムさんだった。
それを合図に全員その場に座り、お酒を全員に行き渡らせた後に、宴が開始した。
結局その話は出来ないままだったけれど、ワイパーさんはその後は楽し気にお酒も食事も進んでいたから。
私も楽しむことにした。
実際、楽しかったから。
ワイパーさんが普段自分の住んでいる部屋にいるという事実が、信じられなかったし、嬉しかった。





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