衝動2

Side:☆☆☆



完治!
って言っていいのかはわかんないけど。
あれから5日が経過して、足首の調子もいいし床に着いても痛くないから。
今日から仕事に復帰しようと思う。
仕込みも、昨日から始めたし。
治るまでは自宅で大人しくしてたけど。
ラキが帰ってくるから、ご飯を作ったり、家事をしたりして本当に自宅療養ってやつをしていた。
それでも…。
やっぱり仕事したくて、それに、皆に会いたくて。
皆に…。
ワイパーさんにも。
あれから会えてないし、顔も見ていない。
なんだかすごく顔が見たい、会いたい、話したいっていう気持ちが溢れてきている。
送って貰ってから、お礼だって出来ていないんだし。
今日会えたら、お礼言いたいな。
少しでも話せたら。
そんな気持ちを抱えて、いつもの仕事場へと向かった。
道中はいつも基本一人なのに。
今日は、ラキとコニスが心配してくれて一緒に屋台まで行ったりして。
始まりから、すごく楽しかった。
やっぱり、外に出て仕事するっていいな…。

いつもの景色、いつもの光景。
お昼近くなると、作業場の屋台周辺は少しずつ賑わいを見せてくる。
たくさん働いた後の、おなかを空かせた人たちがたくさん来てくれる姿、そして美味しそうに食べてくれる姿は見ていて気持ちがいい。
快気祝いとして二人がくれた、カボチャジュースを片手に、いつも通りに店先に商品を並べていくと。
いつも買ってくれていた人たちが来てくれる。
中には事情を知っている人もいて、待ってたよ、と声をかけてくれるから、嬉しいやら恥ずかしいやらで。
そうして、忙しいという感覚を取り戻して、作業に没頭していた頃。
4人の人影が近づいてくるのが、見えた。
見慣れた光景なのに。
その中の一人の人物の、シルエットが見えているだけでも、ドキっと心臓が小さく跳ねる。
そういえば。
今改めて思ったけれど。
必ずしも、私のところに買いに来てくれるという保証はない。
先週までだって、別に毎日買いに来てくれていたわけじゃないんだから。
何種類もある屋台の中から、ここにきてくれる保証なんてないんだった。
隣のラキ達のお店には、必ず飲み物を買いに来るから、近くで顔を見ることは可能だろうけれど。
それでも、いいや。
5日間、思い描いていた顔が、ようやく現実で見られるんだから。
近くで、顔が見られるだけでもいい。
あわよくば、ついでみたいにしてお礼言って、話しかけることが出来たら。
それだけでも、充分。


「お前、足はもういいのか?」


そんな私の小さな期待。
それ以上のことが、今目の前の現実で起きている。
さっき買ってくれたお客さんが横へ移動した、その向こう側から。
背の高い、ワイパーさんの姿が現れた。
そして、私を見下ろして心配そうな表情をしてくれている。
一瞬、頭の中が真っ白になったのかと思うくらい、呆けてしまった。


「だ、…大丈夫です!」
「良かったな、ここの飯がまた食える、な、ワイパー?」
「ああ、一番ウマいからな」


ワイパーさんの更に後ろから、カマキリさんが顔を出して。
肩に寄り掛かるようにワイパーさんの顔を覗き込んだ後に、私の手元に目線を映している。
それよりも。
一番、ウマいからな。
って。
その言葉が頭の中を巡って。
注文は4つ、と言われた言葉にもなんだかふわふわとした感覚を得てしまっていた。
嬉しくて。
嬉しくて。
4つっていうことは4人分ってことで。
その中の一つは、ワイパーさんの分。
お礼を兼ねて…。
この間のお礼の気持ちに、ワイパーさんの分のお皿の横に、普段はオプションで乗せているものなんだけど。
焼きトマトを二つ程、乗せておいた。
これは自分でもお気に入りのメニュー。
喜んでくれたらいいな、美味しいって言ってくれたらいいな…。
そんな気持ちを込めて、乗せた。


「どうぞ」
「ああ、……ん…?」
「この間は…」

「ぁあああーーーーッ!!」


ありがとうございました、と私が言い終える前に、ゲンボウさんにお皿の中身が見つかり、そうすると周りにも見つかって大騒ぎになってしまった。
なんでワイパーだけ、とか、いいなとか、どうしてとか、本当に大騒ぎに…。
お礼すら言えず、かといって騒ぎの中で言い訳もできず。
ただただ、皆に詰め寄られているワイパーさん。
さっきまで柔らかかった表情が、次第に曇っていくのが見えた。
こんな顔させたかったわけじゃないのに。
眉もつり上がってきてしまったし。
申し訳ない気持ちでいっぱいで、それでもどうすることもできないまま、騒ぎを見つめてしまっていたけれど。
さすがにずっと続くわけでもなくて、一通り騒いだ後は隣のラキのお店に目をやった他の皆がようやく収まってきた頃に。
ワイパーさんがその場で深いため息を落とした。
そして私のことを横目でチラリと見て…。


「こういうのは困る」


冷たい目線が、突き刺さった気がした。
返事は出来たと思う。
かろうじて、謝罪の言葉も口に出したとも思う。
その後ワイパーさんがその場を離れてしまったけど、それもあまり記憶にはなかった。
怒らせてしまった。
当然だ。
皆の前で、どんなにか居心地の悪い思いをしただろう。
嫌な気分にだって。
一人だけ、特別扱いみたいにしたら、騒ぎになることなんて予想できたはずなのに。
自分の浅はかな考えに、ただ反省するばかりだ。
そこから、立ち去るワイパーさんの背中を見送って。
頭の中が真っ白だ。
それなのに、さっきのワイパーさんの言葉がずっと、何度も何度も繰り返し響いている。
こんな悲しいことある?
ずっと同じ言葉が巡って。
ずっと消えてはくれなかった。

当然、その後も他のお客さんは来てくれていたけれど。
ただ茫然としてしまい、どうやって接客したのか、どうやって出来たのかということは全く覚えていなかった。
ただ、昼も半ばを過ぎた頃には完売していたから、きちんと売れていたんだろう。
手元には、空になった食材入れと、袋いっぱいになった売上金。
残ったのは、ただそれだけ。
いつも通りのそれなのに。
なんだかもの悲しくて。
帰ろう。
まずは、帰ろう。
そうしよう。
いつもよりも早い時間に帰り支度を始めた私に気が付いたラキが、心配そうにこちらを見ている。


「☆☆☆…?」
「大丈夫だよ、今日は久しぶりで疲れたし、先に帰ってるね」
「うん、…あたしも今日は出来るだけ早く帰るから」


ちゃんと、上手く笑えてたかな。
それすら、自身ないや。
帰りは荷物も少ないし、今回からは背負って帰れるようにと持ち物も改良したし。
身支度を整え、作業場に背を向けて、スケーターを走らせた。
ワイパーさんの方は、見ることは出来なかった。


**********



いつも通る道。
久しぶりだけど、間違える道でもないのに。
このまま、どこか横へ道を反れて迷子にでもなってしまいたい気分。
だって、過ぎていく景色が滲み始めたから。
だめだよ。
泣くなんて、ずるい。
自分のせいなのに。
泣いたらワイパーさんのせいになってしまう。
それだけは、避けたかった。
だからぐっと、口元にも目元にも力を込めて。
なんとか涙をのみ込んで、帰路を進んだ。


「…☆☆☆……」


だけどそれから暫くして、なんとなく後ろから声が聞こえるような気がした。
この時間、作業場から住宅地へと戻る人はほとんどいない。
空耳…?
でも。
気のせいかとも思ったんだけど。
なんとなく気になって、その場でボードの動きを止めた。
思いのほか、停止が上手くいってその場でピタっと立ち止まる。
いつもはこんなに上手くできることなんてないのに。
こんな時ばっかり…。
そして振り返ると。


「え?……わッ…!」
「…ぉわ……!!」


突然ワイパーさんのアップが見えたと思ったら、急旋回をして横へ反れていく。
そして地面に伸びる木の根に沿ってシューターごと舞い上がったかと思えば、そのまま一回転して地面に着地していた。
運動神経のいいひとって…。
いやそれよりも。
あまりに現実離れしてる光景を見たから、一瞬全てを忘れてしまっていたけれど。
さっき怒らせ……えええ、今も怒ってる!?
ていうより、さっきより怒ってる?
こ、怖い…。
危ねェ、と呟きながらこちらへ向き直ったワイパーさんが、こちらへと近づいてくるんだけど。
眉を吊り上げて、ものすごく起こった表情をしているのがよく見える。
な、なに…。
怖い…。
え、どうしよう…!?


「突然止まんな!!」
「す、すみません…」
「いや…そうじゃねェ、悪い」


そういって差し出されたひとつの袋。
袋の外側には、ラキ達のお店のロゴが書いてある。
カボチャジュース?
出されると思わず受け取ってしまったけど。
ワイパーさんを見上げると。
一瞬、心臓が止まるかと思った。
さっきまで怒っていたはずの表情。
すっごく怒ってたと思うんだけど。
目線をやや下に外して、後頭部を掻いている。
困ったような、照れたような、そんな表情。
それに、気のせいだろうか耳が赤い。
あの日、家まで送ってくれた時と同じくらいの色。


「さっきの詫び。悪かったな、お前がせっかく…」
「いえ、私が!ちゃんと先にお礼を言えばよかったのに、すみません」
「いいや。それに、トマト美味かった」


食べてくれたんだ。
良かった…。
もちろん、食べ物を粗末にする人じゃないっていうのはわかってはいたけど。
改めて本人の口から聞けたことが、嬉しかった。
ワイパーさんは相変わらず、後頭部を掻いているけど。
ん…?
あれ?
額のところ、少し赤くなっている気がする。
耳が赤く染まってるのとは別の感じで。
それに少し、腫れている?
もしかして、さっきどこかにぶつけたんだろうか。


「そこ、どうしたんですか?」
「ん…?ああ、ここか。痛くはねェが、ラキのヤツに散々どやされて、終いにゃ持ってた瓶でぶんなぐられた」


今度は額を擦っていたけど。
もう痛みはだいぶ引いているといった様子だった。
なんだ、ラキに言われたんだ。
それでも、こんな風に追いかけてきてくれるなんて。
嬉しくて。
さっきしょげてたのにも関わらず、もう忘れてしまうくらいに、嬉しい。
それに。
袋の中身は、カボチャジュースが二つ。
これは、一緒に飲もうっていうことでとらえてもいいのかな?


「これ、一緒に飲みませんか?」
「それじゃ詫びには…」
「二本も一人で飲めませんし、それに…」
「まァ、…そうだな、それなら少し移動するぞ」


足は大丈夫か、なんて心配そうに続けてくれている。
それに…の後に続く言葉の意味を、理解してくれたのかなってとらえてもいいんだろうか。
小さく頷いて見せると、それを合図に、皆が普段使っている道を反れる方へと移動していく。
道を反れると、深い森に入っていくしかないんだと、そう思っていたんだけど。
実際、本当に深い森で、陽の光さえ届かないくらい場所もあったりする。
先行するワイパーさんは、私が後を着いてきているか時折振り返りながら確認してくれている。
私は、シャツを着ていてもよくわかる程に、逞しいその背中を追う形で後に続く。
この間触れた、あの背中。
直に触れると、本当に逞しい筋肉の感触がダイレクトに伝わってきて。
また触りたい…。
そんな邪な考えも浮かぶ程に、強烈だった。
不謹慎なことを考えている私に、優しくしてくれるから、少しだけ後ろめたい気持ちにはなるけど。
その上、少しだけ速度も落としてくれているから、余計に。
暗い森を抜け、大きな木の根を越えたところに、現れたのは。


「わぁ…きれい」


思わず声が出る程に、目の前に広がる花畑。
そんなに広くはないんだけど、真っ白い小さな花が一面に咲いている。
ここだけ、上に大きく伸びている木々に切れ目があって、隙間から太陽の光が届いているようだった。
照らされているところに咲く花。
まるでスポットライトでも当たっているかのよう。
すごい。
柔らかく香る花の香りも、心地いい。
こんなところ、知ってるなんて凄い。
思わずワイパーさんを見ると、もうすでにシューターを足から外しているところだった。
よく来るんだろうか。
慣れた素振りで外したシューターを岩の上に乗せているのが見えた。


「ダイアルのスイッチは切っとけよ」
「は……い…ッ」


笑っ…た?
まだボードが足にくっついたままの私を横目で見て、忠告してくれていたけど。
口元が緩んでて、目じりも少し下がっていた気がする。
こんな顔、見たことがない。
どうしよう。
すごく、ドキドキする。
また頭が真っ白になって、ぼんやりとしたまましゃがんでボードとの接続箇所に手をかけた。
かちっと音がして、それはすぐに外れたけど。
ワイパーさんの笑顔が頭に残って、仕方ない。
可愛かった。
正直、今までの言動からは全く想像がつかないんだけど。
可愛くて、可愛くて。
脱いだボードのダイアルの起動を切ると、ワイパーさんが当然のように片手を差し出していて。
そのまま持ち上げたボードを渡すと、それは岩の上に乗せられたシューターの隣へ。
隣同士に並んで乗せられたそれを見るだけでも嬉しいのに。
更にその向こうの岩は、腰かけるにはちょうどいい高さで。
そこにワイパーさんが腰を下ろす。
そして。
え、と、あの…。
隣を…。
隣に、私が座れるスペースを残して。
あれは、隣に、座っていいっていうことだよね?
めちゃくちゃ緊張するし、いいのかななんて未だに頭には浮かぶけど。
それでもここで、別のところに座ってしまったら、二度とチャンスなんてない気がして。
思い切って、開けられたスペースに腰を下ろした。
座ったら座ったで、距離がより一層近づいて緊張はするんだけども。
でも、この間はもっと近かったから。
そう思い起こして、隣を見た。
緊張しまくっている私を他所に、ワイパーさんはいつも通りで。
自然なタイミングで、カボチャジュースの片方を私に向けて差し出してくれている。


「見舞いと……まァ…治って良かったが、あんまりこういうのは、慣れねェな」


コツンと、お互いに持ったコップを合わせる音。
その後、はぁ…と大きく深呼吸をしたワイパーさん。
余裕そうに見えたんだけど、やっぱり動揺はしてくれているみたいで。
その姿も嬉しかった。

それからその場所で、いろんなことを話した。
共通点だって少ないし、会話は続かないんじゃないかって心配したけど。
そんなことは全くなかった。
幼馴染の3人のことを話してくれたり、私の話を聞いてくれたり。
私が思っている以上に、今はみんな同じ空に住む者として考えてくれていて。
国のことも考えてくれている様子でもあって、私たちの生活様式についても詳しく訊かれた。
何より、真剣な表情で私のことを見つめてくれるのが、すごく、嬉しいし恥ずかしいし。


「お前たちのことを、同じ人間だと考えたことはなかったが…」
「今は、ありますか?」
「ある。…違うのは、コレくらいだろ」


そう言ってワイパーさんが示したのは、私の頭についている二つの天アド。
髪の毛に二つの癖がついている私と、全くそれがなくまっすぐな髪の毛のワイパーさん。
上げた手の先が、私のそれにごく軽く、掠った程度に触れただけだったけど。
お互いに無言になってしまって。
でも困ったような無言の時間ではなくて。
心地のいい時間だった。
花を見ていると見せかけて、何度かワイパーさんの横顔も盗み見た。
いつも真剣なまなざしで、真っ直ぐを見てる人。

ああ、好き。
この人が、好きだ。

ワイパーさんは今何を考えているのかな。
心地よい静寂の中、そんなことばかりが頭の中を巡っていた。





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