色艶6

Side:Marco



オヤジに言い渡された罰の甲板掃除、一応本日が最終日だ。
すっかり頭のゲンコツ跡も痛みも消えた。
☆☆☆との仲も良好だ、と思いたいところだが、あの後は一切進展はねェ。
そりゃそうか。
キスがしてェと迫ったのはおれだ。
それなのに、その後☆☆☆が意を決して部屋に来てくれた時は、それを断った。
何やってんだいってのが、正直な今の感想ではあるが。
万が一今その時と同じ状況に立たされたとすれば、同じ結果になっちまうだろうとは思う。
無理にキスさえできねェ程に、愛している、ということなんだろう。
…何、真面目に分析してんだ。
こっぱずかしい。
床を磨くブラシにも、力が入るというものだ。


「マルコマルコ!ちょっと、なァ、ちょっと見てくれよ」
「…なんだよい」


軽快な足音が聞こえ、その足音の主が誰かはすぐにわかったが、逃げられずに捕まった。
そもそも、おれの名を呼びおれを目指して甲板までやってきたんだろうから。
逃げ場なんか、どこにもあるハズもねェ。
だがこの言い回し、いつかどこかで聞いたことのあるような。
嫌な予感しかしねェ。
上機嫌なサッチはおれの肩を何度も強めに叩きながら、大口を開けて笑っている。
一方でおれはため息が深くなり、うんざりした気分になっていく。
こいつがこうして機嫌のいい時は、絶対に何かに巻き込まれる前兆だ。
前回が、いい例だ。
できるだけ、乗らずにいてェもんなんだがなァ。


「マルコ、なァこれ、見てくれって」
「だから何、……なんだこれ……こんなモン、興味…」
「まぁまぁまぁ、いーから見てみろって!」


差し出してきたのは一冊の雑誌。
表紙からすでに、肌の色が多い人物がうつっているようなモン。
手にして思い切り後悔した。
いや、別に興味がねェわけじゃない。
だがすでにこういった本で、興奮する程もう若くもねェし、性欲が有り余っているわけでもねェ。
サッチに突き返してやったが、それを両手で制されて再び自分の元へと戻された。
どうやら、中身をおれに見せたいらしい。
こんなモン見たって、どうってことねェ。
渋々ページを開くと、なんの代わり映えもしねェいたって普通の女の裸。
更にページを捲ると、確かに少々過激な絡みにはなっているようだが。
世界政府が禁止している局部を何かで隠しぼかしているものではなく、もろに出ちまっているから裏取引でもして入手したものだろう。
だが残念ながら、女の局部を見たところで珍しくも何ともねェ。
サッチは一体おれに何をさせてェんだ。
何ページにも渡る絡みにさすがに飽きて、再度サッチへ返そうとページを捲る速度を上げたその時だった。
サッチの指が一本、雑誌に挟まって捲るその動きを止めた。
瞬間目に飛び込んできたものに、ビクッと全身が震える。
そして耳元で囁かれるサッチの低い、うぜぇ声。


「☆☆☆」


全身の血液が、沸騰でもしたのかと錯覚した。
身体が熱い。
それに自分の視界から入る情報と、耳から入った情報が、完全に一致した。
いや、さすがに本人ではねェ。
似ている。
髪型、それにこういう本ではお得意だろう、お誂え向きのピンク色したエロナース服。
本人かと見紛う程、似通った容姿だった。
思わず、あの晩の出来事が脳裏をよぎる。
胸が熱くなり、全身を痺れるかのような感覚を襲った。
心なしか、顔まで熱い気がしてくる。
興味をそそられ、次のページも捲ると同じ女性の裸体、それに絡みだった。
切なげな表情、それに艶めかしく伸びる足。
今にもおれの脳内で動き、声をあげそうな程に色気を帯びている姿。
次のページも、と急かすサッチに促されるまま、指が勝手に動いていった。
3ページ目を捲った時には、興奮している自分がいることに気が付いた。
こんな本で…。
初めてのような気がする。
本なんていう無機質なモンで処理するぐらいなら、肉質を確かめて交わる方がずっといい。
今までそうしてきたハズ。
なのに今、おれはどうだ。
興奮しちまっている。
しかも、他の奴に渡された本なんかで。
次のページを捲った時には見た瞬間に憎悪が芽生えてすぐさま本を閉じた。
見たくねェものだった。
怒りや嫉妬、こんなにも熱い感情がおれの中にあるのかという程、震えた。
彼女が男に、犯されていた。


「やっぱりな、顏真っ赤」


現実に戻ると、何か納得したような表情をしているサッチが、おれの手から雑誌を受け取ろうとこちらへ伸ばしてきているところだった。
無意識のうちに、強めに握りしめていたんだろう。
サッチがそれに手をかけても、おれの手からは一向に抜けねェ本。
痺れを切らしたサッチによって更に強めに引かれた時には、今度は自分の意志でそれを拒んだ。
例え、本人ではなくとも。
他のくそ野郎に抱かれている姿だったとしても。
☆☆☆だと言ってきたサッチには、もうこれは返せねェ。
渡せねェ。


「没収だ」
「はァァァア!?嘘だろ?すっげェ貴重なんだぜ、それ!!」
「おれを、からかえる立場だと思ってんのかい?」
「ぁああ〜〜〜見せに来て損したァ!」


頭を抱えて本気で嘆くサッチだが、おれとしても絶対に渡すわけにはいかねェ。
こんなの見て今後おかずにでもされてたまるか。
手にした雑誌の表紙はもちろん別の女で、ゴテゴテに下品に飾り立てられている。
裏表紙を見ると、何かの広告の方が多かったため、そちらを上にして丸めた。
これで少しは別の本に見えんだろ。
丸めた雑誌を腰付近へと縦に突っ込み、腰布と体の間に挟めた。
この船の中では二度と誰の目にも止まらない場所に、葬って遣るよい。

隣でサッチは未だに落ち込んではいたが、再び甲板掃除を開始する。
だが数分、床を磨いたところで今度はまた別の足音が聞こえてくる。
高いヒールを床に押し付けて歩く音は、ナース特有のものだ。
今日はよく客が来る。
いやむしろ、日常と変わりはしないのだが、おれの居場所が問題ってわけか。


「隊長、こんなところに居りましたの」
「ペナルティ受けたからな」
「お遊びも程々にして頂きませんと」
「善処するよい」


ナースのリタは、面倒くさそうにため息を付いた後に、おれに一枚の紙を手渡してきた。
それを受け取る前に、未だ残り嘆いているサッチを蹴りその場から立ち去るように勧めた。
別に見せても構いやしねェんだが。
皆でワイワイ眺めるような書類でもねェ。
ブツブツと未だ文句がある様子のサッチが離れ、そして船の中に消えていったのを見計らい、書類の確認をする。
左程、悪いというわけではねェが。
ただ、肝臓の数値が…。


「高いですわよね」
「高ェなァ」
「これは気になりますの。ですが船長、私達がいくらお話してもお酒を止めて下さらないので」
「おれが言ったところで、言うこと聞くとも思えねェがな」
『バカヤロウ、 飲みてェモン飲んで、体に悪ィわけあるか』


オヤジの口癖を声に出すと、リタと一語一句同調し、そして互いに噴き出した。
酒を控えろと言えば、すぐにこれだ。
そしてガブガブと余計に量を飲み干すから、始末に負えない。
誰の言うことも聞かねェが、さすがにこの数値は見逃せねェ。
なんとか手を打つか…。
打開策を考えつつ、二人雁首揃えてもいい案が浮かぶハズもなく、暫くさっきの余韻で笑い合っていた頃。
物陰から飛び出してきたクルーがこちらを指し示し、大声で叫んだ。


「金髪!」
「巨乳!」
「ってことは、リタとデキちゃってたのかよ、隊長!」
「おいやめろ、デリカシーなさすぎだって!」
「でもこれ、決定的瞬間ってやつだろ!?」

「何言ってんだい、ンなワケあるか…」


確かに目の前のナース、リタは金髪だ。
言われるまで、気が付きもしなかった。
わかっていたら、サッチをこの場に残しておいたものを…。
否定しても、その声が連中に届くハズもなく場で騒ぐクルーは増える一方だ。
大騒ぎになっちまった。
その場で騒ぐ者。
噂を流そうとでもいうのか、叫びながら駆け出す者。
事実がどうとかいう前に、こいつらにデリカシーってもんはねェのかい。
リタに直接訪ねている者までいやがる。
そんなバカな男衆の騒ぎに、明らかにめんどくさそうに呆れた眼差しを向けた後に、リタは医務室へ戻っていった。
何人かはリタに着いて立ち去っては行ったが。
それでも収まらねェ騒ぎ。
わあわあと騒ぎ立てている、うるせェよい…。
おれも一旦部屋に戻るか。
そう顔を上げ、群衆へ目を遣ると、目が、合った。
集まった大勢のクルーの中に、☆☆☆の姿。
大騒ぎで煩せェ筈なのに、耳が聞こえなくなったかと思う程に、自分の中で時が止まった。
目が合うと眉を下げて、それでも笑みを浮かべて軽く頭を下げた後にその場を立ち去っていく。
後ろ姿になってしまった☆☆☆を目で追った。
騒ぎは聞こえていたハズだ。
おれと目が合うまでは、その場に立ち止まっていた様子でもあった。
目が合うと、笑みまで浮かべて…。
何とも、思っていねェのか?
胸に鉛でもぶち込まれたように痛ェし重い。
ずしんと響きはしたが、後ろ姿でもはっきりとわかる、耳が赤くなっているのが見えた。
その理由を、考えるよりも先に足が動いた。
群衆を掻き分け、引き止めようとする手を払って☆☆☆が消えた船内へと続く扉を目指して駆け出していた。


「☆☆☆!」


見覚えのある色の扉がいくつも並ぶ船内で、廊下の中央付近まで進んでいた☆☆☆の背中を見つけた。
その場の雰囲気や誰かがいるという事実はどうでもよく、ただ呼び止めたくてその名を叫んだ。
ビクッと強く☆☆☆の背中が震え、その場で立ち止まったのが見える。
こちらを振り返りはしねェ。
止まってくれりゃ、こっちから行くよい。
距離は割とあったが、足の速さには自信がある。
思い切り駆け出すと、その距離はあっという間に縮まった。
その間にこちらへ振り返った☆☆☆と真っ直ぐに対面する形となった。


「あ、の…やっぱり、リタさんと…」
「そういうのはやめろよい」


悲しそうに立ち去ったのは誰だい。
そういう会話がしたい為に追いかけてきたわけじゃねェ。
あんな風に迫って、抱き締めたというのに、まだわかんねェのかい。
キスだって。
あんなにもしてェと、羨望したというのに。
さすがにイラつき、頭部をがしがしと掻いた。
おれが深いため息をつくと、☆☆☆の肩がビクッと震える。
怖がらせたいわけじゃねェんだが。
一体どうしたもんかと、再度自然にため息が出てしまい、つい癖で出てしまうものの自分の失態に眉が寄っていく。
今度はため息の代わりに、身体の重心を左側から右足側に移動し、体制を整えようと測った。
☆☆☆は俯いたまま顔を上げることはせず、ただ黙って何かに耐えているようにも見えた。
このまま、抱きしめることが出来たら…。
そんなんじゃ解決出来ねェことぐらいはわかるんだが。
それでも震える体を抱きしめてやりてェ。
もう一度ため息が出そうになった時、不意に腰元が軽くなった。
何かがズルリと抜け落ちて、腰元が瞬間的に軽くなったと振り返ったと同時に、コンッと固いものが床に落下する音が鳴った。
それは丁度、本の背表紙が床に当たって跳ね上がり、おれと☆☆☆の間に向けてバウンドし、あろうことか中身を晒した状態で留まった。


「………ッ…あ…!?」


それは紛れもなく、さっきサッチから没収した雑誌だった。
忘れてた…!
腰に差し込んだことなど、すっかり忘却の彼方だった。
しまった…。
なんてことだい、大失態じゃねェか。
そのページは、まさに☆☆☆に似た女が絡んでいるページで。
まさか何故、よりにもよってそのページなんだと、声を大にして言いたかったがおれに見えるということは☆☆☆にも見えているということだ。
サッチの野郎…開き癖でもつけてやがったか!
じゃなけりゃ、こんな大事な場面でドンピシャのページが開くハズもねェ。
あの野郎、本当に後で覚えてろよ。
怒りに震え、それでも一秒でも早く☆☆☆の目に晒される時間を少なくしたかった。
こんなの、おれが見ていると知られるのは、無性に恥ずかしい。
日常からこんなもん眺めていると思われるのだけは、避けたい。
腰を曲げて床にある雑誌を片手で拾おうと、身体を折り曲げた。
なんとしても、と逸る気持ちを抑え込めて、事故ってさらに手から零れ落ちないようにするため、迅速に、かつ慎重に。

おれ自身、下を向いていたから気が付くのが遅れた。
身構えることもできず、ただその行為を受け入れるということになった。
ふわりとおれの頭部を包む感覚が、柔らかくそして甘い香りがしている。
☆☆☆が腕に力を込めたから、ようやく理解できた程だ。
それくらいに、驚きを隠せずにいた。
まさか、☆☆☆がおれの首筋にしがみ付くようにして、抱き着いてくるなんて思ってもみなかったから。
実際は屈むおれの頭部のみを抱きしめているにすぎないが、屈んだことにより頭部が☆☆☆の柔らかな胸にまで押し当り、気持ちが良かった。
そんなバカなことを考えていると、そのままの体制で☆☆☆が小さく言葉を詰まらせながら耳元でささやくように言葉を発した。


「嫌、です……お願い…他の人とは、…しないで…」


掠れた、必死な声色で。
それが胸に押し付けられた状態な上に、その言葉の内容、聞こえているのが耳元という非常にとんでもない状況だということを覗いたとしても、心に響くものがあった。
嫉妬心。
あの日、妬いていると感じたのはやはりおれの独りよがりじゃなく、本心だった。
こうしてはっきりと明白に妬かれるのは嬉しいもんだ。
おれからも抱きしめ返してやりてェ。
そう思っても、片手では二度と開きたくもねェような本を持っているし、更に体も曲げている。
首を☆☆☆に固定されているから、そこから動けねェ状況にいた。
今すぐにでも、抱きしめてェ。


「何言ってんだい、おれはお前が…好きだと言ったろう?」
「え…?……い、われて…ないです……」


は!?
驚いた☆☆☆が腕の力を解いたから、おれもようやく顔を上げることが出来た。
間近で見る☆☆☆の表情は、頬は赤く染まり眉も下がっていて可愛らしくはあるものの、困惑の色が濃く浮き出ていた。
困惑しているのは、おれも同じだ。
互いにわけがわからないまま、そのまま動くこともできずただ黙って見つめ合っていると、案の定というか当然というか、クルーが3人ほど横を通り過ぎていく。
すれ違いざまに、浮気っすか?なんて余計な一言を置き去りにしていくから、質が悪ィ。
一体噂がどこまで広まっているのか、見当もつかねぇ。
それに、さすがに廊下でする話じゃねェだろ。
二人きりで話してェ。
そう思ったのは☆☆☆も同じだった様子で、自分の部屋にとおれを誘導していく。
以前に傷の手当てをして貰った部屋の扉の前。
紛れもなく、☆☆☆の部屋の扉の前まで移動してきた。
開かれた扉からは、前と同じ柔らかな香りがする。
導かれるままに入った室内も、以前と同じ、それ以上に強く☆☆☆の匂いがした。
眩暈がしそうなくらい、今のおれには強く響く。
先に入った☆☆☆の後に続き、室内へと足を踏み入れ後ろ手で扉を閉めると、その音がやけに体に響いた。
それは☆☆☆にも同じだった様子で、動揺している。
前に来た時には感じなかったことだったが。
今は個室に二人きりでいることが、やけに照れくさい。
そして妙に、緊張しちまっている。
狭い室内に、男女が二人立ち尽くしている状態は、普通に考えりゃ少々おかしい。
だが現段階で突然押し倒すわけにもいかず、そして抱きしめるのを必死に我慢しているおれとしては、どうするのが正解かすらわからなくなっていた。
ただ、好きだと伝えていたつもりがそうではなかった。
だとすりゃ、突然キスしてェと迫ったおれは相当滑稽だったのではないかとも、不安に苛まれた。


「☆☆☆、おれはお前が…」
「隊長、すみません…ひとつお願いしてもいいですか?」
「なんだよい…?」
「すごく、大切に聞きたいんです。思い出して、幸せな気分にきっと何度も浸れるから」


だから、とその後は言葉を濁している☆☆☆。
何かと思えば、おれの手の方に☆☆☆の人差し指が向いていた。
下へ視線を向けると。
おれの手に、しっかりと握りしめられていた本。


「机でもいいので、置いて下さいますか?」


とんだ失態だ。
まさか、☆☆☆に言われるまで手にしていたことも気にしてなかった。
今日はやけに、この本に振り回される。
後程、燃やしてやる。
そう心に誓い、☆☆☆の示す机へと裏表紙を上にして乗せた。





戻る




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -