イイコにしてろい

Side:☆☆☆



最近はマルコさんの部屋にある、有名な設計技師さんの本を読むことが寝る前の日課になっている。
世界的に有名な人の本で、だけどそれは初版で装丁が立派過ぎて、借りることも出来ず部屋にお邪魔するのが一番妥当だと判断した。
マルコさんの部屋のカギはいつも開いているし、好きな時に来ていいって言われてるし、そんな夜はたいていマルコさんもお仕事をしているから、差し入れなんかしたりして、すごく楽しいんだ。
それに…お泊りさせていただくこともある。
あ、待って。
そういう意味じゃないよ。
私はそんなことになってもいいんだけど、マルコさんは多分私のことなんて妹くらいにしか考えていないと思う。
だから、一緒にベッドに寝てても、なんにもない。
抱きしめてくれるくらい。
それが悲しくもあり、でも好きな人と一緒にいられる時間で嬉しくもあり、複雑な関係。
それでも、この関係は暫く続けたいって思ってるんだ。

この船にずっといたいから。



マルコさんの部屋の扉をノックすると、開いてるよいって返ってくる。
これは誰に対してもそうで、私も毎回遠慮なく扉を開けて中に入ら出て貰っている。
机に向かって仕事をしていたマルコさんが顔を上げて私を見ると、それまで真剣な表情をしていたのにぐっと優しい顔になってくれるのが、すごく嬉しかった。


「今夜も、お邪魔してもいいですか?」
「ああ、今日はここで読むかい?」


立ち上がって書類等を纏めて大きな机の半分を開けてくれる。
そこに私は差し入れのコーヒーの入ったポットを乗せた。
マルコさんは、本棚に向かって私のお目当てのいつもの本を取りに行ってくれていた。


「すみません!お仕事の邪魔しちゃってますよね」
「いいや、ずっと座ってるよりたまには身体も動かさねェと、脳が刺激されねェから仕事量も落ちるんだよい」


言いながらすでに、二冊の本を机に乗せてくれていた。
それに、何冊もある本の中で私が読み途中のもの、その次に読むべきものを選んでくれているあたり、良く見てくれているなと思う。
差し入れを指してお礼を言われ、頭を撫でられるとすぐに照れてしまう。
マルコさんはなれた手つきで頭から頬を撫でる形に変えてから、自分の席に戻ってしまった。

そうなると、もう会話らしい会話はいつも特にはしない。
毎回、本に夢中になる前は仕事をしているマルコさんを見て、ドキドキしちゃうんだけどね。
こればっかりは全然慣れない。
気を紛らわせる為に、持参したコーヒーをカップに入れて、マルコさんにも差し出す。
書類整理の邪魔にならないよう、少しだけ遠くに置くと、それに気が付いてにっこりと笑ってくれる。
その表情も大好きで、毎回こうして差し入れを持参することにしている。
これも、厨房の人にお願いして作って貰ったものだけどね。
ちなみに今日はサッチさんがくれたもの。
おまけとして、クッキーも添えてくれた。
おそらくサッチさんが作ったものだと思う。
大きな身体ですごく器用なんだよな。
ほんと、それがすごく不思議。

それでもそのまま、お互い、目的のことを各々するだけなんだ。
私もこの間の続きのページを開いて、隣にメモ用の紙を乗せると本を読む作業に没頭した。
目的はマルコさんに会うこともあるけど、本の内容もちゃんと理解しに来ているんだ。


暫くして、一旦きりのいいところで顔を上げると、マルコさんはまだ同じ体勢で書類を眺めていた。
カップのコーヒーは減ってしまっているから、飲んでくれているんだと思う。

それにしても…。
仕事している時も、格好いいなぁ。
こうして向かい合うと、マルコさんが仕事をしているのがよく見える。
几帳面に字を綺麗に並べて書いている姿が、背筋が伸びていてすごく格好いい。
書類の字が読みにくいのか、時々書面に目を近づけて眉間にしわを寄せている姿は、なんとなく可愛くて笑ってしまいそうになる。
そんな姿を暫く眺めていた。
コーヒーをカップに足して、本の内容もよそにマルコさんを見つめていると、その動きが一度止まった。
そしてゆっくり顔を上げて私を目を合わせてくれる。


「☆☆☆、そう見つめられると、照れるよい」
「マルコさんでも照れますか?」
「当然だろい、おれを何だと思っているんだ。…それに見れるということは、見られるということでもあるって知ってるかい?」


マルコさんは机についた肘の手の甲に顔を乗せて、今度はじっと見つめられる形になってしまった。
あわわと照れて私が何かするたびに、その唇が緩むのが見えるから、更に照れてしまう。
思わず目線を外してしまい、それでも見られている気がして恐る恐る目を合わせると、再びこちらを見ているマルコさんと目が合う。
さっきから頬が熱い気がしているけど、更に熱く感じて耳まで熱いから困る。
その次に、私が何をするのかと促すように、マルコさんの眉が上がる。
それは楽しんでいるようにも見えて、私は照れる一方だ。


「ほんと、すみません…恥ずかしいので、もう、お仕事戻ってください」
「このまま見詰め合っていても、おれは全く構わねェよい」
「さっき照れるって言ってたじゃないですかッ!」
「一方的にっていう意味だ」


楽しげに言うから、私の方が照れてしまう。
マルコさんはその格好のまま、暫く私の動向を眺めていたけど、そのうち書く作業が出来たのかペンを動かす仕事に戻っていった。
はー、照れた。
なんか、真剣に見詰めてくるから、ほんと困る。



**********



ふっと気が付くと、視界がぐらりと揺れた。
あれからどれくらい経過しただろう?
蝋燭のひとつが消えているのか、背後からの灯りが減って気持ちいいくらいの優しい明るさが部屋を包む。
そろそろ、自分の部屋に戻らないと…。
でもきりのいいところまで、と考えて再び書物に目線を落とすと…。
再度、ぐらりと揺れる視界。
やば…寝そう。


「わっ…」
「椅子から落ちるだろい」


今度こそ完全に目が閉じる、と思った時には、ふわりとした浮遊感に身体が包まれ、すでにマルコさんの腕の中だった。
いつの間にこちらに移動してきたんだろう。
さっきまで、マルコさんも仕事に集中していたと思ったのに。

マルコさんに横抱きにされて、ベッドまでゆっくり移動されると、そっとそこへと下ろされる。
何度かここで眠ったことがある。
最初の頃こそ、ベッドへ下ろされるとドキドキして眠れなかったものの、最近は逆に安心感に包まれてすぐに睡魔に襲われてしまう。
マルコさんの香りが沁みこんだ枕に頭を埋め、そっと毛布を掛けられると、瞼が重く下がってきた。
気持ちいい…。
そっと頭を撫でられて、完全に目を閉じると、上から熱っぽい低めの声色のマルコさんの言葉が聞こえてきた。


「おやすみ、☆☆☆」


そしてそのまま、額にキスをされる。
ドキッと心臓が高鳴り、途端にはっきりと目が覚めた。
その時にはもう、椅子に戻る為にマルコさんは背中を向けていたけども。
私の目はぱっちりと覚めてしまっていた。
さっきまであんなに眠かったのに。
今は、ドキドキと次第に早くなる鼓動を抑えきれずにいた。
さっきまで安心感に包まれていたマルコさんの香りも、今はその速度を速めるための手伝いにしかなっていない。
私の為にベッドサイドの灯りをひとつ落としてくれたんだろう。
こちらは暗いのに、マルコさんの方は明るくなっているから、私からは彼の姿がよく見えた。

コーヒーを一口飲んでから、羽ペンを手に取る。
マルコさんが何か書くたびに、羽ペンが揺れてその動きがすごく魅力的だった。
仔猫があれを見て、じゃれつきたくなる気持ちがよくわかった。
私も猫だったら、きっとあれにじゃれつくだろうと思う。
そしたら抱き上げてくれるのかな。
大人しくしとけよい、なんて言われて頭を撫でられるのかもしれない。
そして寝る時も一緒で。
…でも、それだと今とあんまり変わらない。

はぁ、と深い溜め息を落として、嫌そうにサインを書いていることもある。
サインをする時は、最後のオーの文字を書いているのか、くるんと回してから横に伸ばして終えるから時々わかるんだ。
サインした書類を横に置こうと手を伸ばした時、その先にいる私の視線に気が付いたようだった。
嫌そうな顔から、ふっと優しい眼差しに戻ってくれる。
でもちょっとだけ、呆れた様子で椅子にもたれて手を止めた様子だった。


「眠ったんじゃねェのかい」
「覚めちゃいました」
「そんなに見られたら、集中できねェよい」
「じゃあ、時々にします」
「時々でも…まァ、いいか。もう少しで終わるから、イイコにしてろい」
「はい、ベッド暖めて待ってますね」
「……あぁ、…なかなかそそられる台詞だな」


あれ、なんかおかしなこと言った?
ってうか、ものすごく恥ずかしいこと言った?
自分の言葉がよくわからなくなり、ベッドの上で一人焦っていると、楽しげに笑うマルコさんの声が聞こえた。
確かに、手にしているのは書類の束の最後の物のようだった。
間違いがないか時折計算をしているのか、僅かに目線を斜め上に向けたり、内容を読んでいる最中はその箇所を指先で追ったりしている。
何をしていても様になっていて、賢そうなその仕草も、動きひとつひとつがすごく…素敵。
やがて、最後の書類にもサインを施したら、羽ペンを机に乗せて蝋燭をひとつ消した。
ずっと見ていた私の方をちらりと見ると、小さく笑っていたけど。
立ち上がって、部屋の蝋燭ひとつひとつを消して回るその姿まで、目で追ってしまう程、動作が美しい。
…こんなこと直接言ったら、なんて思われるだろう。
最後、私の頭上にある蝋燭のみになり、ぼうっと室内が薄暗くなった。
ベッド脇に戻ってきたマルコさんが、一枚だけ羽織っていた上着を脱いで椅子の背に放った。
上半身が露わになり、ひとつだけの蝋燭に照らされると、腹筋の起伏をはっきりと映し出してしまう。
うわ…広いし、すごい筋肉。
腹筋が綺麗に割れていて、それまで強調されるから困ってしまう。


「寝る時…そうでしたっけ?寒くないんですか…」
「暖めてくれるんだろ?」


毛布を捲りながら片手を私の頭のすぐ横について中に入ってくるから、なんだかものすごーく恥ずかしい。
恥ずかしい、とか、照れる、とか、困るって言葉でしか表現できない程、マルコさんの仕草が格好良すぎる。
下半身は毛布の中に入ってしまっているのに、上半身はまだ起こしたままだから、上から見下ろされてしまうと、ドキドキしてる胸の鼓動が全く収まる気配がない。
ついていた掌が、肘に変わったとしても、距離が縮まっただけで上から見られている格好は変わらない。
このままじゃ、絶対眠れない。
マルコさんの視線が、柔らかく私を捕えて離さないから、どうしていいのかわからなくなってしまった。


「眠れねェのかい」
「い、いや、眠いんですけど…なんか、恥ずかしくて…」
「見られると?」
「そうですね…こんなに近いし」


そうか、と言いながらようやくベッドに身を横たえたマルコさん。
私の使う枕の端に頭を乗せているから、きっとそのまま眠るつもりなんだろう。
そう、思っていたのに。
そうだとしか思ってなかったのに。
マルコさんの腕が、私の首の下に伸びてくる。
それは、私の頭を枕から外させて、それをゆっくりと腕に変えていく動きだった。
枕が引かれて完全に私の頭の下からなくなってしまう。
浮かせるわけにもいかなくて、否応なくマルコさんの腕に頭部を預けてしまう格好になった。
剥きだしの上半身が、更に間近に寄せられる。


「暖かいな」
「そうですね、マルコさん、冷たいし」
「ああ、冷えてる。もっと暖かくしてくれるかい?」


はいって頷いたのと同時だったと思う、マルコさんの腕ががっしりと私の腰に回ってきたのは。
ぴったりと上半身が触れ合い、少しだけ冷たいマルコさんの胸板に密着してしまう。
そして引かれている腰元の、寝ていることによって服が捲りあがってしまい露出した皮膚に、直にマルコさんの指が触れた。
僅かにそこを撫でられたから、マルコさんも気が付いていると思う。
それでも、見上げて目を合わせると、眉を上げて、ん?っていった風に、恍けた様子を見せているから、絶対気が付いているはずだ。
確信犯かな。
私が照れて狼狽えている様子を見て、楽しんでいる様子だった。

好きっていう気持ち、マルコさんはきっと気が付いている。
だから、遊ばれてるのかな?おもちゃにされてるのかな?って考えたこともあった。
クルーはともかく、隊長クラスは、船内の女は抱かないって話を聞いたことがあったから。
抱かない=恋愛、じゃないってことは分かっているつもりだけど。
マルコさんは大人の男性だし。
でも。
それでも。
私を見つめるマルコさんの優しい目が、遊んでいるってわけじゃないってことくらいは、私だってわかる。
だからキスもしない、何もされない、この状況に疑問も持つわけで。
だって、一緒にベッドに居るんだよ?
マルコさんなんか、上半身裸なんだよ。
私だって、部屋着でわりと無防備な格好だ。
いい方を変えると、据え膳?ってやつだと思うんだ。


「☆☆☆、おれ以外のヤツの部屋で、こんな無防備な姿するんじゃねェぞ」
「…ここ、だけです。そもそも、お部屋に入ったこともないです」
「ならいいが…普通に襲われるからな」
「マルコさんは?」


最後の質問には、マルコさんはふっと笑っただけで、強めに抱きしめられてしまい、顔も見えなくなった。

好きって絶対気が付いている。
なのに、ずるい。
でも明日からまたこの部屋に来ないのかと訊かれると、否定すると思う。
マルコさんになら、何をされてもいいと思っているのに。
それでも毎回、こうして抱きしめて貰って眠るだけだから。
きっと、妹みたいに思ってくれてはいる。
他のクルーに襲われないように、守ってくれているんだと思う。
だから、今はマルコさんのそんな優しさに漬け込んで、思い切り甘えてやるんだ。

ぐりぐりとマルコさんの上半身に額を押し付けて、私からも強く抱き着いた。
暖かい…。
少しだけ、胸元から聞こえるマルコさんの鼓動が早くなった気がしたけど、そのままゆっくりと睡魔に身を任せた。
マルコさんの腕の中、大事に大事に守られながら、朝を迎える。
子供の頃、オヤジの寝室で眠っていた時のような安堵感が、私を包むのがすごく幸せだった。






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