色艶2

Side:Marco



目が覚めて脳が起きて冷静になるうちに、昨夜自分がしたこと、☆☆☆の反応、実際に朝までここに滞在した跡形がないことを考慮すると…。
次第に背中に冷や汗が出てくる思いだった。
朝だというのに、深いため息が出る。
まだベッドから出てもいねェ、目覚めだけはいい朝だったというのに。
熱に浮かされていたとしか思えねェ。
なのに、腕の中や指先には、しっかりと☆☆☆に触れた感触が残っている。
自分の腕の中で乱れるさまは、なんと扇情的で美しく、男心を誘う…いや、おれの色欲を誘う姿だっただろうか。
今思い出すだけでも、身体の芯が熱くなっちまう程だ。
だが…。
一番やっちゃいけねェことをした、と今になって思う。
確認もせず、本能のまま抱こうとした。
止められなかった、と言えば許されるだろうか。
いや、そんなハズはねェだろ。
☆☆☆は身体の方はすげェ求めてはいたが、瞳は潤んでいた。
自分の意志で求めていたものとは違うんだ。
これじゃ、☆☆☆に一服盛った不届き者と何ら変わりねェ。
☆☆☆は昨夜のことは、覚えているんだろうか?


それを確認する機会は、割と早くに訪れた。
その日の昼、☆☆☆は医務室当番だった様子で、机に向かいデスクワークをこなしていたからだ。
なんとも真剣な眼差しで職務遂行する姿。
おれが室内へ入ったことにより、存在には気が付いたハズだが軽く会釈をするのみで、再び机の上の書面に目線を落としている。
無論、医務室で二人きりというわけではなかったが、さすがに…動揺、するかと思った。
だが、至っていつも通りの様子。
むしろ、いつも以上に引き締まっているように見えた。
覚えてねェか、…何とも思ってねェか。
後者の考えが頭の中に浮かんだ時には、胸が僅かに痛むような気がした。

医務室へ行ったのは当然、☆☆☆を確認する為ではなかった。
目的の人物との打ち合わせ、この先一週間の予定の指示、予算の確認等、やらなきゃならねェことは充分にある。
かなり長い時間を、医務室で過ごしただろうとは思う。
その間、☆☆☆も席を立ったりすることはあった。
おれと、目が合うことも。
その都度、会釈をされたり、そのまま目線を反らされ仕事に向かわれる等、いつも通り。
普段通り。
取り立てて無視をするわけでもなく、本当にいつも以上に、普段通りだった。

こりゃ、覚えてねェってのも頭に入れておくか。
そう考えていた時、ふと大きめに机に何かがぶつかるような音が響いた。
反射的に顔を上げると、音が鳴ったのは☆☆☆のデスクの上からのようで。
こちらから見ると、背を向けている☆☆☆の肩が小刻みに震えていた。
そして周りには、さっきまでいたはずのナースや、医者の姿が見えねェ。
書類確認に夢中になりすぎていたようで、周りの音や声等は全く気にもしていなかったようだった。
今なった音は、☆☆☆が羽ペンを机に置いた音のようだった。
それだけが聞こえてきたのは些か不思議ではあったが。


「あの、…隊長」


今にも消え入りそうな声を出しながら、☆☆☆が身を震わせながら立ち上がっていく。
机に両手を着いて、やっとといった様子で立ち上がり、ゆっくりとこちらへ振り向いてくる。
その姿は、昨日廊下で見た光景と酷似していた。
頬は赤く染まり、眉はこれでもかという程に下がっている。
小刻みに震えるその体を、足を踏み込むことで何とか支えているといった様子だ。
☆☆☆の仕草を、黙って見つめてしまっていた。
見惚れていたというのが正解かもしれねェが。
昨夜乱れていた姿も美しかったが、今の気丈に振舞おうとしている健気な姿も、艶やかだった。


「淫乱だと、お思いでしょう?」
「いや、あれはどっかのバカが…」
「いいえ、何かを盛られていたとしても、求めたのは私です」
「それはおれ達の、いやおれの監督不行き届きで…」
「…私の、失態…です、………て、ください…」
「…な、に…?」
「忘れて下さい、お願いします」


今にも零れそうな程、目に涙を貯めている。
気丈に振舞えたのは途中までで。
そこからは、言葉を発するのも限界だったんだろう。
おれの言葉を遮り、頭を深く下げた後に、駆けだして医務室を飛び出していった。
そこに残されたおれは、ただ☆☆☆の駆ける足音が遠くなり、消えていくまでをじっと聞いていた。
追いかけるべきだっただろうか。
それは違うと、腕をつかんで引き止めるべきだったか?
そういう誤解を解く以前に、目が離せなかった。
気がつけば、書類を片手に、その腕は顔を上げた時と全く同じ位置だった上に、組んでいた足すら、動かさずに同じ態勢だった。
動けずにいたんだ。
こんな時に不謹慎なのはわかっている。
あれは本気で、動揺して困惑し、本心で忘れてくれと言っていただろう。
なのにおれは、その姿が艶やかで色っぽく見え、動けずにいた。
他の奴に知られねェように、二人きりになるまでおれに言うのを我慢していたんだろう。
それまでは、完璧すぎる程に気丈に振舞って。
なんとも、いじらしい、今思えば必死な姿。
性的に、思いっきり興奮してしまっていた。
可愛いと、心から思ってしまっていた。



**********



「本当に、捨てたんだろうな?」
「ちょっ…痛ェ…!…捨てたって!見てたろォ!?」


医務室の帰り、廊下でへらへらと呑気に笑うサッチを見かけた時には、すでに胸倉を掴んで壁に押し付けていた。
確かに見た。
☆☆☆に媚薬を持ったのがサッチじゃねェことも、確認済みだが。
どうしても、行き場のない怒りが収まりつかずにいた。
昨日、意味もわからず体に異変が起きて、怖いなんてもんじゃなかっただろうに。
それに、…好きでもねェ男に、身体を好き勝手触られ、不快な思いもしたはずだ。
剰え、処女まで奪われる寸前だったんだ。
どんなに怖ェ思いをしただろうか。
それなのにおれといえば、その姿に興奮し見惚れている最低な男で。
自分の情けなさも相まって、サッチに八つ当たりをしているという自覚はある。
いや…。
元はといえば、おまえが買ってきたモンじゃねェか。
やっぱりてめェのせいか、と、胸倉を掴む腕にも更に力が入るってもんだ。


「そんなに疑うなら、食堂に見に行こうぜ、な?」


両手を上げ、降参の格好でおれを見下ろすサッチ。
痛いなら本気で抵抗すりゃ、おれの腕ぐらい解けたはずだ。
振り払うことだって。
そうしなかったのは、こいつなりの誠実な態度ってヤツだろう。
わかった、一応納得したように見せ、サッチの胸倉を離した。
どうせ、ゴミ箱にはねェんだ。
いや、万に一つの可能性で、サッチと同じ行商から買ったヤツがいるかもしれねェ。
念には念を。
一応確認はしに行くか。
見つけ次第、海に捨ててやるよい。



「……偽物………☆☆☆、あれからずっとケロっとしてたぜ」


食堂に入った時に、端から聞こえてきた会話。
最初の方はよくは聞き取れなかったが、最後の方の☆☆☆の名を口にしたあたりからは、はっきりと聞こえた。
どこの隊のヤツだ。
すぐにわからないということは、少なくともうちの隊じゃねェ。
こちらから見る限り、楽し気に会話をしているところだが。
内容はゲス極まりねェ。
おまけにゲラゲラ笑ってやがる。
奴はテーブルに肘を着いた状態で、手元にあるカップに入るスプーンを回していた。


「てめェか!」


思わず声に出てしまっていたのだろう。
ヤツの方へと足早に向かう途中で、叫んでいた。
目の前のそいつは、おれの姿を見るなりおびえた様子になり、思わずといった様子で立ち上がっていた。
その胸倉を掴み、先ほどサッチにしたよりも強く、加減なしに壁に押し付けた。
ドォンと大きな音が鳴り、食堂内が静まり返る。
その場にいる全員、こちらに注目しているようだった。
そんなの、構うか。


「何やったか、わかってんのかい」
「…ひいいいッ、おれ、…あの…隊長…!」
「ゴミ箱から、拾ったのか」
「…うッ…あ、ぐ…ぐる…ッ」
「拾ったのかと訊いているんだ!」
「…拾い、まし…ッ…」
「二個あったはずだ。まだ持ってんだろ、出せよい」
「…う、ぐッ……」
「早く出せ!」


語気を強めると、ビクっと肩を震わせている。
苦しそうにしながらも、ズボンのポケットを探り、奴が中から取り出したのは、見覚えのある包み紙。
昨日サッチの手の上にあった、媚薬と言っていたものとまったく同じ包み紙だった。
ゴミ箱から拾うなんて、浅ましい真似をしやがって。
ヤツの手から、原因となっていたものを受け取ると、自分もそれをポケットの中へとしまい込んだ。
それと同じタイミングで、サッチに羽交い絞めにされる。
するりとヤツの胸元から外れた腕、それに距離を取られちまった。
もう少し、締め上げるつもりがとんだ邪魔が入った。
おれを掴みながら、背後でため息をついている声が聞こえている。
元はといえばてめぇが…。


「マルコ、悪い…元凶はおれだろ」
「いや、おれが…盗み聞きもして…すんませんでした!」


おれに頭を下げても、どうしようもねェんだよい。
だがその場で謝るクルーを見ていると、全身の力が抜けていくようだった。
それに気が付いたサッチが、腕の力を弱める。
全身が自由になり、目の前の男の様子を未だ見ていると、そいつは身体を折り曲げて咳き込んでいる。
そりゃ、そうだろう。
強く締め上げていたから。
だが☆☆☆は昨日、そんなもんじゃねェ程に、辛い思いをしたんだ。
息苦しいくらい、なんだってんだ。
二度程、深く咳き込んだ後に、ゆっくりと顔を上げたそいつは、申し訳なさそうにしながらも、おれのポケットを指して一言、余計なことを付け加えやがった。


「でもそれ、偽物っす。…涼しい顔してたし、何にも起こ…」


それを聞いた瞬間は、よくは覚えていない。
ただ、名を呼ばせることだけは避けたいと思った。
この場で、☆☆☆の名を出させることだけは阻止しようと。
それだけを思い、行動していた。
やけに右手が痛むと思った時には、おれの身体をサッチがさっきと同じように羽交い絞めにしていた頃だった。
それでも振り上げた右腕は止まらず、ヤツの頬に何度目かのストレートが入る。
一人じゃ足りねェと判断したんだろう。
その場にいた何人かが、おれの身体を抑えつける。
目の前の奴が、頬を腫らし血を吹き出して倒れていく様を見届けるまで、それは続いた。


「やめろ、マルコ!!」
「離せ!」
「それ以上はやべェって!」


何がやべェんだ、やべェのは…。
もう一発くらいはと、腕に力を込めた時、ふわりと優しく包み込まれるおれの拳。
暖かな、感覚だった。
怒りに燃えるおれの頭を冷やすかのような、優しいそれ。
思わず横を見ると、眉を下げた☆☆☆と目が合った。
周りはクルーに囲まれていただろう。
だがその瞬間だけは、☆☆☆しか目に入らなかった。


「隊長、お怪我の手当てを」
「…☆☆☆……」
「サッチ隊長、あちらの彼は医務室へお願いできますか?」
「あ、ああ……いい、けど」
「よろしくお願い致します」


サッチに軽く会釈をすると、おれの右手を取り、クルーの輪を抜けて食堂の出入り口へと目指す☆☆☆。
不思議と、大人しくその後に続いて無言のままついていくおれ。
食堂を出ると、医務室とは反対の方向へと曲がっていく。
逆じゃねェのかい、と声をかけようか迷いながらも、全く抵抗なく促されるままに進んじまうから、自分でも理解できなかった。
さっきまで、喧噪の中心にいた筈だ。
おれはクルーを、家族を殴っちまっていたのに。
今はこんなに、穏やかな空気に満たされて歩いている。
これは、☆☆☆の纏う雰囲気だろうか。
ふわりと優しいのに、やけに現実的で。
今頃になって、あいつを殴った右手が痛み出してくる。
血が出て、すでに打撲の跡があり腫れている。
ズキズキと痛む感覚は、久しぶりのものだった。
普段なら、すぐに再生の炎を出して治しちまっているところだが。
治したくなかった。
白ひげ海賊団、一番隊隊長としてではなく、おれ個人として、一人の男として向き合いてェと思ったからだ。
一度甲板に出て、もう一度居住区の船内に入ろうとした☆☆☆の足を止めようと、取られていた手を小さく引く。
思惑通り、☆☆☆が立ち止まった。
怪訝そうな表情をしておれを見てはいるが。


「少し、止まってくれ」
「…はい……?」
「これ、だろう?」
「………はい」


さっきあの男から取り戻した飴玉サイズの媚薬を、ポケットから取り出して☆☆☆に見せる。
おれの掌の上に転がる、あまりにも小さなそれ。
だが☆☆☆を心底苦しめ、辱めた忌々しい代物でもある。
瞬間、ビクっと肩を震わせてそれを確認した後に、目線を横へ遣り小さく頷いている。
二度と、見たくねェものだろう。
だがきちんと、その目で確認して貰いてェんだ。
おれがこの手で、抹消してやるところを。


「☆☆☆」


名を呼ぶと、今度はおれの顏へと目線の高さを合わせて振り返っている。
ああ、そうだ。
そのまま、おれを見てろよい。
胸元の高さまで持ち上げた、ソレ。
握りしめてから、海へ向けて思い切り投げ飛ばしてやった。
おれを始点に、放物線を描いて海へとむけて飛んでいく。
次第に小さくなり、見えなくなったまま海へと消えていった。
☆☆☆も無言のまま、飛んで行ったそれを眺めていた。

暫く、二人で眺めていた後に、☆☆☆がぽつりと独り言のように呟いた。


「……ありがとう」


おれに言ったのかどうかは、定かじゃねェが、誇らしい気持ちになったのも事実。
そのまま、再び☆☆☆に手を引かれて今度こそ、船内へと足を踏み入れた。
あまり来ることのない、こちら側の居住区。
見慣れねェ扉の色だなと、眺めながら進んでいくと、廊下の中央付近の扉の前で立ち止まる☆☆☆。
なんの部屋だ、と疑問符を浮かべたのも束の間で。
☆☆☆がその扉を開いたその先にあったのは、個人部屋。
よく見るクルーの部屋とあまり変わらない、殺風景なそれだが、壁に掛かる衣服が目に入り、思わず足を止めた。
壁にかけてあるパーカーは見たことがあった。
☆☆☆の部屋か。


「どうぞ。傷の手当てくらいなら、私の部屋でも出来るんです。…狭いですが」


おれが入ることを想定してか、先に部屋に入った☆☆☆は、もう戸棚を探っている。
慣れた手つきで救急箱を取り出すと、それを机の上に乗せた。
おれの部屋よりも、狭い個人部屋。
机に椅子、ベッド、それに簡易的な箪笥がある程度のもので、☆☆☆に促されるまま小さな椅子に腰を下ろした。
立っていた状態では殺風景に見えたこの部屋も、椅子に座り目線の高さが変わると、雰囲気も変わって見えた。
机の上には、アクセサリーや化粧品、飾り等が置いてあったし、端には小さな観葉植物も置いてある。
まさに、女性の部屋という甘い香りもしていた。

さすが医務室勤務のナース。
オヤジ専属の役職とは違い、こうして怪我をしたクルーの手当ても担当しているからか、手際よくおれの傷も治療を施していく。
相変わらず痛むおれの手は、☆☆☆の手に包まれ、幾分痛みも和らいでいるように錯覚した。
今は赤くなっている様子はねェ。
職務を全うし、真剣なんだろう。
そりゃ、そうだ。
不謹慎なことを考えているのはおれだけだ。
ちらりとベッドを見ると、きちんと整えてはあったが、いつもそこで眠っているのかと考えると、胸が熱くなる想いだ。
なんなんだ。
こんなの、どこの十代のガキだ。
女の部屋に来るなんてのは、初めてじゃねェだろう。
何故、こんなに余計なことを考えちまうんだ。
愚かにも限度があるだろう。


「治さない、…んですか?」


邪なことばかり考えていたおれを他所に、☆☆☆は真剣に手当てをしてくれていた。
包帯が巻かれ、医療器具も箱にしまい終えた☆☆☆が、もう一度おれの手を取る。
下から救い上げるように、両手で包み込み、その温かさが掌全体にいきわたる様だった。


「これはおれ自身が、個人的にしたことだ。再生の炎は使わねェよい」
「こんなに腫れてるのに…バカ。……でも、ありがとう、ございます…ッ」


それは初めて、おれの前で☆☆☆の目から零れた涙だった。
包帯で巻かれたおれの手を両手で支え、そこを見つめたまま小さく震えながら落ちた一滴は、今まで見た何よりも綺麗で。
雫はあまりにも小さく、落ちた先の包帯は濡れることはなかったが。
おれの心には、深く響いた。
ドキドキと、まるで本当に十代のガキの頃に戻ったかのような。
あの頃味わった感覚、自分のことではなかったが、心が躍るような気分を思い出していた。

思わず見惚れる程、綺麗だった。




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