その花の名6

Side:Marco



本当は、☆☆☆がおれにチューリップを向けて剣のように構えた時から、心は決まっていんだろう。
だがはっきりと、自覚をしたのはたった今。
花を運んできた業者は、割と屈強な男で顔もイカつい。
背だって☆☆☆よりも1.5倍はでかく、言うならば横だって倍近くはある。
そんな男に向けて、臆することなく指摘する姿。
きちんと商売というものを理解している、頭の良さ。
そして案外ちゃっかりしている様子に、堕ちた。

一度傷ついて売り物にはならなくなった花が、☆☆☆の手に触れると見違える程元気になる。
さっき☆☆☆が業者からぶんどった5本の花は、大切に花瓶に生けてあるが、もうその傷すらよく見ないとわからねェ。
男に立ち向かう程威勢のよさもあれば、花に対しては繊細で優しい。
船に乗っても十分に、暮らしていける。
勝手ながら、今決めた。


「気の強ェ女」


口からついて出た言葉で、更に自分の口角が上がるのを感じた。
業者を見送りこちらへ寄ってくる☆☆☆の姿は、朝日を背に美しい。
おれへ伸びてくる手を利用して、そのまま☆☆☆を抱き上げ、そして高さが同じになるよう机の上に座らせた。
勢いで押し倒しちまいそうになるが、この机の上で乱暴なことをすりゃ、当然制裁されるだろう。
まして、花瓶を倒そうものなら…。
それで怒る☆☆☆を想像するのも楽しいが、花には申し訳ねェ。
きちんと横へずらしてやった。
そうして身を近づけていくと、吸い寄せられるように☆☆☆の唇へと自らのそれを重ねていく。
更に身体を近づけたくて、膝を左右に開くと思いのほか抵抗なくおれの腰を受け入れている☆☆☆が愛しくてたまらなくなった。
欲望が止められず押し付けていくと、机に倒れそうになる☆☆☆の背中へと腕を差し入れてやった。
痛くねェようにとの配慮のつもりだったが、背を反らし、艶めかしく声をあげる☆☆☆の姿がやけに色気を帯びている。
できることならこのまま、抱きてェ。
いやらしい声に、腰が疼き我慢しきれなかった下半身が☆☆☆を追い立てる。
すると益々色気を増して声が上がる。
堪んねェ…。
出航まではあと3日。
今抱いて時間を失うよりも、ここから☆☆☆を連れ出す算段を整えた方が得策だ。
だった一度だけ抱くよりも、ずっと傍にいて欲しい。
この先、船でも立ち寄った別の島でも、どこでだって抱けるようにしたい。
そっちの気持ちの方が勝った。

モビーの出航を伝え、このまま連れて行きてェ旨を伝えるも、店が心配だという☆☆☆。
ああ、そうだな。
至極真っ当な考えだ。
この街の歯車のひとつになっているというこの店。
確かに、こんな路地で存在し続けているということはそういうことだろう。
なら、街が動くように、その歯車の代わりをおれがなんとかしてやるべきだろう。
それが、☆☆☆をこの島から連れ出すおれの責務だ。
まずは、花を届けがてらオヤジへの報告から。
貰った5本の花を折らぬよう大事に抱え、モビーを目指した。
これから出航までめちゃくちゃ忙しくなりそうだ。
いつもの仕事に追われる感覚とは違う。
未来へ向けた指名に、心が躍った。

手筈が整ったら、迎えに来るよい。



**********



「おれの部屋に花持ってくるとは、いったいどういう風の吹き回しだ、マルコ」


ナースに借りた花瓶に、☆☆☆の店から持ってきた5本の花を活けた。
それを楽し気に眺めながら言うオヤジの他にも、クルーが少し。
おれが花を持参したのがそんなに珍しかったのか、その中にはサッチやイゾウの姿もある。
☆☆☆は無造作にこの花を花瓶に活けてはいたが、一瞬の作業であったにも関わらずバランスがよく取れていた。
さすがに即興で手伝いをしただけのおれにそんな技術はないが、見様見真似でなんとか見栄えのする位置に置けたようには思う。
満足し、オヤジを見上げると、興味津々といった様子でおれを伺っていたようだった。


「花屋に通っていたってのは聞いちゃいたが、弟子入りでもしてきたのかァ?」
「この花の名を全部言えるくらいには、学んできたよい」


これがアルストロメリアだろ、ガーベラだろ、…と一本一本の花の名を説明していくと、背後からサッチが噴き出す声が聞こえた。
代わりに、イゾウは興味深く、そして頷きながら見ているから、花の名を知っているのだろう。
おそらくおれよりも、こいつの方が詳しいんだろうなァ。
5本しかねェ花だ、説明も短く終えるとオヤジが珍しいものでも見るように、おれの顔を眺めている。


「それでマルコ、突拍子もねェ行動は、何を意味する?」
「女を一人、連れて行きてェ」
「おまえが、女かァ」
「おれの仕事は必ずやる、その他にその女に関わる全てを然るべくした上で、連れて行きてェんだよい」
「なんだ随分と面倒なことをしやがる、さっさと攫っちまえばいいだろう」
「店が心配だとあいつが言うからだ」
「それ程惚れてんなら、おれから言うことはねェ、お前ェの好きにやんな」
「ありがとよい」


満足そうな顔をして、オヤジは船中に響き渡る程の大きな声で、笑い出した。

今出来ることは、部屋にある処理しなきゃなんねェ書類の整理。
オヤジの部屋を後にしたおれは、自室への道を足早に歩いているんだが。
さっきから共に部屋を出てきたサッチの顔がうるせェ。
おれと同じ速度で、尚且つおれの顔を見ながら歩くんじゃねェ。
無言のままではあるものの、ニヤついた表情には詳しく訊きたいといった様子が、ひしひしと伝わってきていた。
めんどくせェな、おれは今それどころじゃねェんだよい。
イラついた為、その顔を掌で強めに横に押しやるも、離すとすぐに追いついてくるから始末に負えねェ。
更に興味津々といった様子で、茶化す準備までしっかり整えているようにも見えた。
サッチは結局、自室まで付いて来て、おれの跡に続いて部屋にまで侵入してきた。


「用があるならさっさと言えよい」
「さっき言ってた女……」
「個人的な!質問は!受け付けねェ」
「えぇ〜〜??そりゃねェだろォ!?」


大袈裟なリアクションで床に両手を着いて項垂れる仕草を見せるサッチ。
それは演技だろう。
おれからは、未だ楽し気に口元を緩めている様子が見えてるよい。
構わず、乱雑に置かれた書類ひとつひとつを決められた部署の箱へと入れ、目を通す順を決めていく。
優先順位を付けた書類の最初の髪に目を通し始めた頃、サッチが立ち上がり、部屋の隅にある酒瓶を取り出していた。
おいおい、昼間っから酒かよい。
まァ、今日は休みだろうから構わねェが。


「そんなにイイ女なワケね」
「まァな」
「おっぱい、めっちゃデカいとか?」
「またてめェはすぐそういうことを言いやがる」


サッチの言葉に、いつもそうしているように自然にため息が出た。
見ると、自分の胸の前で両手を丸く形成し、揺さぶっている。
行動まで、下品だよい。
また自然に、小さなため息が出た。
だが…。
胸は…そんなに目立つ程でもねェ。
小さいというわけでもなかったな、触った限りじゃ。
手に納まるような、ちょうどいいサイズってわけか。
☆☆☆の姿を想像し、意識が書類から完全に離れ更に左手も離れ、自分も触った感触のある掌を丸く形成してしまっていた。
その掌の中心へ、なんとなく目線を落としていると。
サッチが盛大に噴き出した。


「それくらいってワケね!」
「……うるせェ」
「じゃあなに、アッチの相性最高だった…と、か……ッ…ぶね、危ねェだろォ!?」


更にめんどくせェことを言いやがるから、黙るかと思い手近にあったペーパーナイフを投げてやった。
顔の中心目掛けて。
寸前のところでそれを避けたサッチが、背後の壁に突き刺さるそれとおれを見比べ、驚いた表情をして抗議してくる。
そんなの知ったことか。
下品なことを言うてめェが悪ィんだ。


「手は出してねェよい」


伝える義理はなかったが、☆☆☆の名誉の為。
名誉なのかどうかは知らねェが。
身体だけでそう決めたという、陳腐な表現をされたくなかった。
はぁぁ?と更に盛大に驚き、前のめりになっておれの顔を見てくるサッチ。
顔がうるせェ。
そうじゃねェんだ。
身体の相性だとか、スタイルだとか、胸のデカさだとか、そんな軽率なモンで測ったわけじゃねェ。
そりゃ確かに一目惚れ的な衝撃的要素はあったのかもしれねェが、それだけじゃねェんだ。
強気な姿勢も、それなのに繊細な心も。
会うたびに、触れていたくて、この腕に抱いていたくて。
今すぐにでも、会いに行きてェと思う程。
肌に触れていたい、香りを感じていたい、近くにいるだけでおれ自身心が落ち着くから。
強いて言うならば、DNAであいつを求めているといった感じだろうか。
そのすべてに惹かれたのだから。
だからこそ、心配要素は取り除いて連れ出してやりてェんだよい。
そんなおれを見て、サッチが不意に頬を人差し指で突いてきやがった。
その瞬間、全身に鳥肌が立った。


「頬染めて無言になってんじゃねェよ」


サッチを殴った後は、仕事に没頭した。
出来るだけ、自由になれる時間を昼間に持っていく為に。
そのうちろくに返事もしなくなったおれをいじることに飽きたんだろう、サッチがようやく部屋を出て行った。
一人きりの部屋。
一昨日まではそれで当たり前のことであったにも関わらず、今はどこか寒く感じるような気がする。
昨夜この腕に抱いていた☆☆☆の温もりを思い出し、僅かに心が躍るような気になりながら、作業を進めていく。


翌日からは、業者との交渉が主だった。
☆☆☆が言っていた店を一軒一軒周り、その仕事ぶりを確認し、代わりの人間もしくは店を見つけるまで。
☆☆☆がいなくなった後も、その仕事を誰かが引き継ぎ、歯車が狂わないようにする為。
たった一人、この街から抜けるというだけなのに。
いや違うか。
一人の存在はでけェもんなんだなと、改めて実感した。
思った以上に、☆☆☆の存在がでかく、変わりはいないとほとんどの店で言われたからだ。
だが、おれにとっても他に変わりはいねェ。
なんとか納得してくれるよう奔走していた。
それくらい、どうってことねェ。
だが…。
この数日間、☆☆☆にただひとつ声を大にして言ってやりたいことがある。
その事実は日を重ねるごとに、おれへと伸し掛かってきている。

当初、6軒と聞いていたから。
出発までには終えるだろうと高を括っていたのだが…。
後から発覚したこの事実により、出港まで間に合うか否かのギリギリになるじゃねぇか。
でかいチェーン店を、一軒と数えるんじゃねェよい!!
レストラン一軒と言っていたから、メインストリートにある店に向かえば、花を卸しているのはここだけじゃねェと支配人に言われた時のおれの絶望を知らせてやりてェ。
だがその文句を☆☆☆に言いに行く時間さえ惜しい。
仕方なく、増えた仕事の分は島に残っている傘下のヤツらにも協力を仰ぐ他なかった。
おれも一日中飛び回り、この街の地図には随分と詳しくなったものだ。

一応一番メインにしていただろうレストランの支配人には、おれが直に対応をした。
話の内容からも一番世話になっていたようだし、おそらく売り上げも一番だったんだろうと思ったから。
それに加えて、交渉中にふと支配人が思い出したように、昔の☆☆☆のことを語るから、どうやらおれはそれも楽しみにしちまっていたようだ。
二日もかけてようやく見つけた、アレンジメントを任せられる人材の資料を手にして支配人の元を訪れたのは出港の前日。
資料を手渡し、眉間に皺を寄せて何度かうめき声をあげた後に、支配人の口元がようやく緩むのを見た。
その顔を見て、おれも一安心といったところだ。
交渉初日、メインストリートの目立つ店の店員を挙げたところ、取り付く島もないほどに断られたから、余計に。


「はい、この人なら☆☆☆ちゃんにも引けをとらない仕事をしてくれると思いますよ」
「先方もいい条件出して貰って、有難ェと言っていたよい」
「いい人材にはきちんといた対価をね。だけど、言っちゃあ何だが海賊がこんな風に女性を連れていくことなんてあるんですね」
「ほかの海賊は知らねェが…惚れた女の要望くらい、叶えてやれねェとな」
「それじゃ、この先彼女は心配ないですね」


本当に世話になったんだろう。
支配人の表情はとても穏やかで、心の底からそう案じているように聞こえた。


「明日、昼にうちへアレンジメントを届けてくれる予定になっていますが、それは絶対に大丈夫なんでしょうな」
「出港前だ、確実に持ってくるはずだよい」
「ああ、良かった。明日は大切なお客様なんでね。期待もしています」


そうか、明日の最後の仕事場はここか。
なら明日はここへ迎えに来ればそのままモビーへ連れていける。
支配人と別れた後も、そのことばかりが頭を過ぎり、思わず口元が緩んでしまう。
いや、まだ早ェだろうよい。
ここ程ではないにしろ、まだ他の店の代わりが見つかってねェんだ。
そちらも割と難攻している。
今すぐにでも、おれも交渉に加わらなきゃならねェ。
だが、その後も口元が緩むのは抑えられずにいた。



**********



結局、朝まで眠る余裕なんてなかった。
朝になり、昼近くになっても変わりは見つからず。
人材は数人見つけはしているものの、断られたり返事を待たされたり。
後は連絡が取れないことに関しては、現地のヤツらに任せることにした。
後から電伝虫で伝えて貰えるよう。
思った以上に時間が経過してしまい、すでに時刻は昼の少し前。
出港まであと少し。
やべェ。
さすがに乗り遅れようが、おれが置き去りにされることはねェが。
☆☆☆を抱いて飛ぶとなれば話は別だ。
間に合ってきちんと乗れるのがベストだが、今のこの時間じゃ真っ直ぐ港に向かったとしても先に船は出ちまうだろう。
人数のせいもあって、うちは時間厳守だ。
…だとしたら、少しでも飛行距離は短い方がいい。

急いでレストランに向かうと、もうすでに☆☆☆は帰ったと言われた。
代わりにエントランスには中央に堂々と飾られた、☆☆☆の花。
それは一瞬見惚れてしまう程に美しく、光り輝いていた。
大事な客が来ると言っていた支配人も、満足げな表情だ。
おれも誇らしい気持ちになりながら、店の外には出たが。


あいつ…どこへ行った!?


いつも買い物をしていると言っていた店に向かったが、いねェ。
上空から見て見落としちゃ意味がねェから、走って探したが、その店の周辺にもいねェ。
だとしたら、家へ帰ったか。
焦る気持ちを抑えきれず、人を掻き分けて☆☆☆の自宅へと向かう路地へと入っていく。
路地へ入れば、人影もほとんどない為、走るよりは早い手段を選んだが。
当然のように途中の道にもいねェ。
辿り着いた☆☆☆の店の扉には、施錠がされていた。
☆☆☆が座っていた階段の一番上は、ひんやりと冷たかった。
同じく、おれの背中にも冷えたものが走る。
ここで見つけられなきゃ、また暫く会えねェ。
ふと思い返せば、出港の時間は伝えていたが、迎えに行く旨は伝えてはいなかった。
だとしたら。
☆☆☆の行きそうなところなんて、知るはずもねェ。
そりゃ、あの晩様々なことは聞いたが。


焦る。
こんなにも。
飛ぶことなんて忘れて、ひたすら走った。
あとはもう、モビーのいる港しか考えられねェ。

走って走って。
休むことなく走って港に到着すると、モビーはもう沖へ出てしまっていた後だった。
昼を過ぎたのか…。
ゆっくりと、だが確実に沖を目指すモビーの進行を見て、更に焦りが増していく。
港には、モビーを見送る人の群れ。
会えねェ…なんてことはねェよな?
次にこの島に来るのは、いつになるだろうか。
1年後。
2年後か。
もしくは、5年後か。
本隊が見回りに来るとは限らねェ。
傘下のヤツらが来たとすれば、見回りに立ち寄るのは更にその先になることは必須。
個人的に来るには、おれの休みは短かすぎる。
だから今、見つけねェと。

今この港に居てくれねェと、もう会えねェ。
まさかの事実に、胸が痛む。
頼むから、ここにいてくれ。
そう願わずにはいられず、必死に当たりを見渡して☆☆☆の姿を探した。



「☆☆☆!」


二度程、愛しい名を呼ぶとかすかに聞こえたのだろう、遠くで女が振り向いた。
人の群れの最後尾。
こちらを見るシルエット。
驚いているその表情は、最初にキスをした時のそれに似ている。
見つけたという喜びから、妙なことを思い出しちまったが、悪くねェ。
再び走って☆☆☆に近づいていくと、見事なまでの泣き顔だ。
何泣いてんだよい。
一人で泣いてんじゃねェ。


「マルコ!」


同じくこちらへ駆けてきた☆☆☆の身体をしっかりと抱きとめ、そしてこの腕の中へ。
3日ぶり、4日ぶりか?
愛しくてたまらない女の身体を久しぶりに抱き締め、その温もりを感じた。


「また、会いたかったの…」


泣きじゃくる☆☆☆の頭を撫で、おれもようやくここで安堵のため息が出た。
可愛いことを言う。
胸が強く締め付けられるような、だが心地よい痛みに耐え更に腕の力を強めてしまったが。
いや、今はどれどころじゃねェ。
今こうしている間にも、モビーは確実に沖へと向かっている。
腕の力を緩めると、その意図が伝わったのか☆☆☆も顔をあげておれを見ている。
ああ、この表情だ。
吸い寄せられるように、その唇へ自らのそれを重ね合わせた。
再び、驚いた表情を見せている☆☆☆。
無理もねェ。
おれ達の周りには、ギャラリーが割といるんだ。
さっきおれの名を呼んだことで、注目を浴びてしまったんだろう。
分かるやつには、わかる。
おれの存在。
モビーの見送りにきているヤツらも、驚いたろう。
船に乗って出港したはずのこのおれが、港にまだいるんだからなァ。


「☆☆☆、いろいろ言いてェことはあるが、まずは行くよい」
「…え?」
「おまえは今から、海賊に攫われンだ」





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