その花の名4

Side:Marco



部屋に響く、艶かしい水音。
加えて唇を離すと同時に☆☆☆が息を乱して、呼吸をする空気音。
そしてそれが聞こえるとすぐに再びキスで唇を塞いでやる。
これから本気で喰っちまいそうな程に、貪るようなキス。
服を掴む指先を首筋の方に回させ、おれも☆☆☆の背中の下へと両手を差し入れて上半身を支えた。
もっと、今よりももっと、密着してェ。
叶わないだろうと思っていた欲望が、今溢れ出すのを自身でしっかりと感じていた。
それを表すかのようにキスが止まらねェ。
止められねェ。
背から片方の掌を移動させて☆☆☆の後頭部を支え、それを深めていく。
そのうち唇を割って舌を挿入させると、応えるかのように動く彼女のそれがやけに甘い。
それは以前に口にした砂糖の大量に入ったコーヒーの味程甘く、それでいておれを酔わせる…悪くねェ。
唇の強さに強弱をつけ、☆☆☆の吐息や小さく出る声を耳でも堪能していた頃、ふとあることに気が付いた。
それは腕の中の☆☆☆も自身で気が付いている様子で、必死に隠しているようにも受け取れる。
唇を離してやると☆☆☆の呼吸音が、声を交えて耳に届く。
それすら甘い、甘美な声色だった。
表情が見える程度に顔をあげて目線を合わせると、困ったように眉を下げた☆☆☆と目が合った。


「怖ェのかい?」
「そんなつもりはッ…ないんだけど…」


腕の中の☆☆☆は小刻みに震えていた。
それが密着しているおれにもはっきりとわかるように。
どうしたものかと、安堵させるよう頭をそっと撫でてはみるものの、改善される気配はねェ。
おれは☆☆☆の日常を知らねェ。
一週間通うには通ったが、それ以外の私生活は全く知る術も持たねェから。
万が一もある。
あまり確認したくねェ事実だが。
首を縦に振られたらと思えば、質問をためらったのは事実だった。


「他に、好きな男が?」
「ない、ないない…じゃなきゃ、部屋になんて!」


必死に訴えるその瞳に嘘はねェ。
それはこうして抱いているとよくわかる。
その返答に、心から安堵した。


「わかんないの…ごめん、でも嫌なわけじゃないのよ…?」
「ああ、分かってる。おれはこうしてお前を抱いているだけでも、十分喜びを感じているよい」
「多分、ちょっと……ペースが速くて、緊張…」


そう言いながらすでに言葉が震えている。
急ぎ過ぎたか。
そりゃ、ここまで来てっていう焦燥感がねェといえば嘘になる。
男として、☆☆☆が欲しい。
その欲求は今も必死に抑えているだけで、少しでも気を抜けばすぐに裸に剥いてしまうだろう。
全身を舐めまわしてェ。
おれの動きに一喜一憂し、艶めかしく声をあげる姿が見てェ。
だが口に出した言葉は決して嘘や安心させるための慰めの言葉だけではなく、紛れもなく本心でもある。
当の本人だって困惑してんだ、これはどうしようもねェ。
それに、ここまでくればチャンスはいくらでも。
ずっと無視されてきた一週間に比べりゃ、どうってことねェ。
頬を染め、おれをまっすぐ見つめるこの視線が、嫌じゃねェってことぐらいわかる。
☆☆☆の態度への不安より、おれの愛しさの方が勝った瞬間だった。
再び、☆☆☆の身体を強く腕の中に抱きしめた。
それに伴い素直におれの首筋へと両腕を回してくる彼女。
これが、二人の間の全てだ。


「もっとおれに、しがみつけよい」
「…うん」


ベッドの上、こんな風に抱き合えばますます欲情していくのは仕方のねェことだ。
だが震える女を無理に抱くのは、性に合わねェ。
強く抱き合う傍ら、必死に呼吸を繰り返し、落ち着きを取り戻した頃には、☆☆☆の震えも止まってたように思う。
腕の力を緩め、上半身をゆっくり起こしていくと、さっきよりも頬の赤い☆☆☆の表情が見える。
純粋に、可愛いと思った。
この笑顔は、壊しちゃいけねェよなァ。


「コーヒー、淹れてくれるかい?」
「うん。…それより、ねぇ、おなか空かない?」
「そういやもう、そんな時間か」
「簡単なものでよかったら、何か先に作るね」


身を起こす☆☆☆の動きに合わせておれも上半身を起こしていくと、ベッドに座り互いに向き合う形になる。
☆☆☆がおれの頬に手を添え、赤くなってるなんてわざわざ口にして笑う。
そんなつもりは全くなかったが、さっきまで興奮していた時とはまた違った感情が心を支配している気がする。
目の前の☆☆☆の顔を見ているだけでも満たされるというか。
傍にこうして居られるだけで、幸福感を得ちまっていることが、不思議でたまらねェ。
それなのに、心地よい。
おかしな感覚だ。
そんなおれの思考を知ってか知らずか、自分だって頬を赤く染めたままおれの唇へとキスをひとつした。
初めての、☆☆☆からのキス。
再び照れている☆☆☆をベッドに引き止めたくて仕方なくなった。
罪作りな女だ。
☆☆☆がベッドを先に降り、向かった先は冷蔵庫。
そこから何か野菜や入れ物を数個取り出しながら、何かを思い出したように顔を上げ、そして可笑しそうに笑いながらおれの方を振り返った。


「あなたの名前、聞いてなかったわ」
「マルコ」
「マルコ。…いい名前ね」


そういや、おれは名乗りもせずにコトに及ぼうと思っていたようだ。
自分の堪え性のなさには驚かされる。
☆☆☆にしたって、知っていることの情報量は少ねェ。
ただ唯一確かなのは、おれがこいつに惚れているという事実だけだった。


その後は、黙って待つのも性に合わず、手伝いを申し出た。
そこで邪魔になるのならその時は大人しく座っていようと思っていたが、快く受け入れてくれた為、共にキッチンに立った。
キッチンと言っても、二人並んで立てばやっとの広さ。
むしろでかいおれが立つとギリギリになっちまう。
それでも☆☆☆は邪見にすることなく、おれに指示を出したり自分が作業したり、効率よく料理を作っていく。
まァ、ほとんどが一人暮らし故の彼女の作り置きに頼る結果にはなっちまってはいるが。
パスタにサラダ、スープそれにメインに肉料理。
簡単なものとはよく言ったものだ。
それを、ローテーブルに移して二人向き合う形になって食事を楽しんだ。
床に直に座って食うのはあまり慣れてはいなかったが、ラグを敷いているのはこういうことかと納得がいった。



「マルコ…?」
「どうした?」
「もしかして、…一番隊隊長のマルコ?」


今頃気づいたのかい。
むしろ、いつ気が付いたのかわからねェタイミングだった。
食事を終えてコーヒーを置き、おれの真正面に座りまじまじと顔を見つめてくる。
本当にたった今気が付いたんかい。
テーブルの端に無造作に乗せてある、チラシや手配書の束を手に取った☆☆☆は、何枚ものそれをめくっていく。
その中から、数枚選んで取り出したそれは、まさにウチの海賊団の面々。
フォッサ、サッチ、エース、オヤジ…と見つけた順にテーブルの上に並べていく。
オヤジのはさすがに格好いいなァなどと、悠長に考えていた。


「この島は白ひげ海賊団の傘下の島だし、一応配られる手配書はあるけど、ブロマイド扱いよ」
「ありがてェことに、おれ達も昼間から街中を歩けるよい」
「ありがたいのはこっちよ。守って貰って………あった、不死鳥マルコ」


☆☆☆がテーブルの上、それもその他の手配書の上に乗せたそれは、紛れもなくおれだった。
さすがに、オヤジの上に乗るってのは本意ではない為、こっそり横へずらした。
それを横目に☆☆☆は残りの束を無造作に元の位置に戻してしまう。


「海賊だから、怖ェか」
「ううん、本当に怖いとかはないの、…ごめん。それに海賊っていうのはもともと知ってたわ」


それ、と指し示す☆☆☆の指先は、おれの胸元に真っ直ぐ向いていて。
確かに。
この島で、この白ひげのマークを知らねェヤツはいねェ。
海賊だと知っていた上で、おれを受け入れていたとなれば…。
本当に怖かったのではなく、やはり距離を縮める速度の問題だったか。
急ぎ過ぎたのか…。
早急に☆☆☆を抱きてェと思い行動したことが、裏目に出た結果だった。
だが。
嫌がられてねぇんだとすれば、距離の縮め方は十分にある。


「☆☆☆、もう少しこっちに来ねェかい?」


そんなに大きくねェテーブルだ。
手を伸ばせばすぐにつかめる距離に☆☆☆がいる。
コーヒーを飲む為にマグに手をかけた☆☆☆の指先へ、自分も手を伸ばして重ねた。
触れた瞬間は、☆☆☆の身体もビクっと小さく揺れはしたものの、その後は持ち上げようとしたマグから手を離し、おれの掌に重ねてきている。
本当に、嫌じゃねぇっつーことは、この仕草で立証されてるようなモンだ。
今までどこか不安に思い言い訳を重ねてきたんだなと、自分の弱さに気づいた瞬間でもあったが。
繋いだ指先をそっとこちら側へ引くと、立ち上がった☆☆☆がおれのすぐ隣へ。
隣になんか座らせるかよい。
そのままベッドに寄り掛かり、両足を軽く開いた後に、その間を指し示す。
☆☆☆はその空間とおれの顏とを見比べていたが、そのうちおれにでもはっきりとわかる程に頬を染めて、それからゆっくりと移動をしてきた。
わずかに隙間が出来ている位置で止まるから
腰から腹部に腕を回し、そこをがっちりと締めて引き寄せてやった。
小さく声を出したが、嫌がる素振りだけは見せず大人しく腕の中に収まる☆☆☆の身体。
もう一方の腕も体に回して、思い切り抱きしめた。


「無理に襲ったりしねェから、これくらいは許してくれるかい?」
「うん、大丈夫。ありがと」


あったかい、とまるで独り言のように呟き、☆☆☆からも身を預けるように寄り掛かられると、おれの方まで暖かみを感じる。
その晩は、その格好のまま何時間も話した。
時折、☆☆☆がコーヒーのお代わりを淹れてくれる以外は、離れることはなく。
会話が心地よく、楽しくておれもすっかり帰るタイミングを失った。
とうよりは、帰る気すらなくしてはいた。
それは☆☆☆も同じのようで、そういうそぶりは一切見せることはなく。
キスをしても嫌がる様子はねェから、キスも交えながら会話を楽しんだ。
最も、そのキスは部屋へ来た最初のそれとは違って、欲を乗せることだけはしなかったが。
最初の時のようなキスをしてみろ。
すぐさま、床に押し倒すのはわかっていた。
さっきみたいに震わせるわけにはいかねェ。
我ながら頑張ったと褒めてやりたい程に、強靭な理性の壁は欲望を抑えきった。
それも、一晩中だ。
というのも…。


「☆☆☆…?」


夜になって底から冷えるような寒さがやってくると、ベッドから下ろした毛布に共に包まってから1時間程。
腕の中で楽し気に笑う☆☆☆が可愛くて、髪の毛を梳くように頭を撫で、その動きを暫く続けていた。
☆☆☆の髪は滑りもよく、おれ自身気持ちよくもあったんだが、本人にとってもそうだった様子で。
胸元に☆☆☆の首が傾げられ、寄り掛かる感覚があった。
名を呼び、声をかけても反応がないため、慌ててその手の中にあるマグをテーブルの上に戻した。
寝たか。
おれに寄り掛かり、無防備に眠る顔を覗き見ると。
頬を染め、うっすらと開いた唇が艶っぽい。
さすがに朝まで座ったままでは明日、その身が辛いだろうと抱え上げ、ベッドへと横たえさせた。
その行為は、さながら最初に部屋に来た時のそれで。
思わず吸い込まれるかのように近づき、そして唇を重ね合わせた。
いや、ダメだろうよい。
寝てる女を襲う程、飢えてはいねェつもりだったが。
☆☆☆に関してだけは、理性が飛ぶかのような感覚に陥ることがたまにある。
さすがに危ねぇ。
ここで帰ろうかと、その経路を脳内で辿ってみたが。
鍵がわからねェ。
店の扉が内鍵をかけていた様子。
この部屋の扉もあったが。
そのカギの在処はわからねェんだ。
おれが出ていくことで、施錠ができねェんじゃ防犯にならねェ。
このまま、ここに留まることが最善と判断した。
そんな言い訳じみたことを巡らせ、部屋の灯りを探すと入口にスイッチがひとつ。
それを消してから、☆☆☆の隣に同じく横になった。
部屋は、月明かりが小さく入り込み、真っ暗にはならないようだった。
美しい部屋だ。
月の灯りに照らされ、おれが日々贈った花も光って見える。
それに…。
鍵のことだけじゃねェ。
単に、未だ離れたくねェだけだ。
眠っていようが、☆☆☆の傍にいてェ。
たったそれだけの為に、随分と言い訳を並べてみたものだ。
自分でも可笑しくなり、小さく声が出て笑った。
それに反応したのか、☆☆☆が寝返りを打ってこちら側へと体を向けてきた。


「ん…ッ」


なんとも艶やかな声を出すものだ。
まさか起きているのかと疑う程だったが。
規則的な寝息に、だらりと落ちている指先。
眠っている証拠はいくつも☆☆☆の仕草に表れていて。
額にかかる前髪を挙げてやると、眉間にしわを寄せたまま眠っているから、その表情が可笑しくて可愛くて。
起こさぬよう、首を持ち上げてやり腕を差し入れると、抵抗なくおれのそれを受け入れている。
一旦眠れば、なかなか起きねェタイプのようだ。
だがここで誤算。
近づき、身を寄せたことでおれの欲が再び芽吹いてくるのを感じた。
やべェ…。
それになんだか、☆☆☆は寝相はいい方ではないようで。
片足をおれの足に沿わせた後に、その間へと差し入れてくる。
待てよい。
そんなとこ触られたら。
ああ、もうこれは、寝ちまおう。
おれも眠ればいいんだ。
眠る☆☆☆を襲うのは、突然キスしたのとまったく同じ罪。
それを侵さない為にも、寝ちまおう。
入り込んだ足はますます、おれとの接触面が増えていく。
これ以上、滑らせられたらさすがに、まずい。
☆☆☆が動かぬよう、腕の力を強めてきつく抱きしめていく。


「…はッ……ん…」


抱きしめたら抱きしめたで、再び☆☆☆から声が発せられる。
寝息なのか、吐息なのかわからねェが、いやらしい声だ。
なんなんだ。
起きてんのかい?
思わずその顔を覗き込む。
と同時に後悔した。
ピンク色の唇が色気を帯びて、うっすらと開いている。
それを間近に見てんだ。
はぁあああ…。
やべェよい。
ただでさえ、コトに及ぶ手前で我慢してんだ。
欲求不満もいところだ。
その上、この拷問。
☆☆☆の足はますます滑って足の間を上ってきやがる。

腕の中の☆☆☆は、そんなことはお構いなしに、幸せそうに眠っている。
さすがに、この眠りを妨害するつもりはねェが。
これくらいは許されるだろう。
半開きの唇にそっと口付けを。
それから、隠しきれなかったエロ心で僅かに、触れる程度に乳房を揉んでやった。
その程度。
あとはもう、眠っちまおう。


だが結局、朝まで眠りに落ちることはなく。
一睡もできなかった。
一晩中、☆☆☆の艶めかしい攻撃に耐え続けた。
無理に手を出さなかったことだけは、褒めて欲しいものだ。





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