なんでサッチ隊長?2

Side:☆☆☆



冬島での一件から一か月。
娼婦扱いされたことで頬を引っ叩いちゃってから、一か月だ。


あの日。
それまで全く私だと気が付かず、キスしたり甘い言葉を吐いていたくせに、いざベッドに横になった途端、冷静になったサッチ隊長。
その時になって初めて、私ということに気が付いた様子だった。


「イヤイヤイヤイヤ、お前知ってたの?」
「サッチ隊長のことが、好き…で…」
「ダメでしょ、服着なさい、そんで、店かモビーに戻んなさい」
「今夜だけでいいんです、…抱いてください」
「へェ、…娼婦になるわけね。んじゃ、いくら?」


こんなこと言われたら、咄嗟にぶん殴るわ。
平手打ちだっただけ、ありがたいと思って欲しい。
でも、急いで服だけ引っ掴んで部屋を飛び出そうとした私に向かって、サッチ隊長が言った言葉は、またも優しいものだったんだ。


「イヤ、待て。☆☆☆!今のマジのやつ!」
「なん…ですか…ッ!」
「おれ向こう向いてっからさ、服着ろ服!裸で外出るのは色々マズイだろ?」


大泣きしながら、服で前だけ隠して部屋を出ようとした私を、本気で止めてくれたらしい。
眉を下げて言い切ると、本当にベッドに胡座をかいたまま向こうに身体を向けた隊長。
その背中は、ただ黙ってこちらに向けてるだけだったけど、きっと声をかけても近づいても、私にはもう正面は向いてくれないだろうと悟った。
全裸のくせにかっこつけやがって。

反面、私は格好悪かったけど…、確かに冷静になると、このまま全裸で廊下はマズイと思う。
ただでさえ、街の外はお祭りで住人が浮足立っている状態なのに、火に油を注ぐ感じになってしまうかもしれない。
ありがたく、それでも急いで服を着た私は、サッチ隊長の背中にお辞儀をして、その部屋を後にした。


その出来事から、もう一か月。
サッチ隊長は、何事もなかったかのように、いつも通りに私に接してくれていて。
それが嬉しいやら、悲しいやら。


何もない日の午後2時、今はお昼の片づけも終わって4ん番隊はほぼ全員休憩に入っていると思う。
厨房に残っている人、自室に戻って仮眠を取る人、戦いの鍛錬をする人等、過ごし方は様々だ。
私もいつもは部屋に戻って休憩するんだけど、最近、サッチ隊長がこういう時間にどこかにふらっといなくなっているってことに気が付いたんだ。
部屋にも戻っている様子はないみたいだし。
大きな船とはいえ、同じ船内なんだから、きっとどこかに居るはず。
最初は好奇心で、今はなんとなくの散歩ついでに、サッチ隊長がどこにいるのか、探し始めたんだ。
これが、最近の私のお昼の日課。


船尾を散歩していた時、倉庫の壁の影になっているところに、妙なものが浮いていて見え隠れし、なんとなくうごめいている物が見えた。
あの色は…。
そう思って壁の窪みを覗いてみると、…居た。
サッチ隊長が、自慢のリーゼントを揺らしてうとうととお昼寝をしているところだった。


「……見つけた」
「……見つかった」
「…!?」


何気なく出てしまった言葉だったのに、寝ていると思ったサッチ隊長は、寝ていなかった様子で思わぬ返事を受け取ってしまった。
さすがに驚いて、言葉にならない声が出てしまう。
隊長は片目だけ開けて、私のことを確認している。
そして盛大にため息を吐いた。


「んぁ〜〜!なんだよ、お前。おれの秘密の昼寝場所だったのによ〜」
「え?起きてたんじゃないんですか?」
「寝てたっつーの。でも人の気配あったら、起きるだろ、安眠妨害だろ、責任取れよ!」
「や…あの、すみません…」
「…ん?…あ、ちょ…シーッ!☆☆☆、ちょっとこっち来い!」


突然サッチ隊長が耳を澄ませたかと思うと、次には腕を強く引かれて狭い空間に押し込められる。
サッチ隊長の大きな身体一人分くらいの窪みなのに、私まで入ったらギッチギチで密着してしまうんだけど!?


「隊長、ちょ…せま…ッ」
「しーっ!マルコが来る!」


えええ、足音で誰かわかるんですか?
キモ…。
口に人差し指を当てて必死に声を殺して喋っているということは、マルコ隊長には見つかりたくないというわけで。
あぁ十中八九、何か提出をしていないか、何かやらかしたか…とにかく後ろめたいことがあるんだろう。
コツコツと足音が聞こえてきて、私にもその人物が誰なのかようやくわかったのは、マルコ隊長が姿を現したからだ。
それじゃなければ、さすがに足音だけでは全くわからない。
マルコ隊長は、私達に背を向けて船尾の手すりに寄り掛かり、過ぎていく海の波飛沫を眺めているようだった。
マルコ隊長も、休憩なのかな?


「くっそー、あいつなんでこんなとこ居んだよ。奴の休憩場所はいつもここじゃねーってのに」
「休憩場所とか把握してるんですか?…マジキモイんですけど…」
「そんなの絶対大事だろ!それよかお前、声でけーよ!」


声がデカイのはあんたの方だわ。
しーっしーってやってるけど、むしろその音の方が大きいし、もしかしたらこれはパフォーマンスでマルコ隊長に気が付いて欲しいとも受け取れる。
え、まさか。
男色?
いや、違うよね。
毎回女とっかえひっかえ抱いてるもんね。
じゃあ、何なの…。
このマルコ隊長への執着。

ほどなくして、もういっこ足音が響いてきた。
それは小さめで、クルーだとは思えない程の軽やかさだった。
これくらいなら、私だってわかる。
要は、逢引の待ち合わせってやつよね。
案の定、姿を現したのはマルコ隊長の恋人で、仕事中の逢瀬なのか、彼女は作業服だった。
足音に気が付いたマルコ隊長が振り返ると、…うわー…見たことないくらいの、超笑顔。
いい顔をして彼女が走ってくるのを両手を開いて受け止めていた。
多分、じゃなくてこれ、絶対見ちゃダメなやつ。
だとしても、今ここから出るのもどうかと思うわけで。
サッチ隊長は、深いため息を吐いて、諦めモードに突入していた。
そのうち、いちゃいちゃし終えたら、帰るだろうとそっちを見るのを止めたら…。
うん、今この状況、こっちも相当ヤバイと思うんだ。
サッチ隊長に腕を引かれて、半ばここに押し込まれた形になっていたけど。
ふと振り返ると、サッチ隊長の顔がものすごく間近にある。
そこは、サッチ隊長の足の間で、引かれた体勢のまま肩を抱かれ、もう一方でむにむにと胸を揉まれている。


「…ひ…ッ…むぐッ」
「わ、バカ!…声だすなって!」


思わず叫びだしそうになった私に焦ったサッチ隊長が、大きな手で口をふさいできた。
ある意味、この感じも犯罪者みたいで十分怪しいけどね。
痴漢の現行犯でマルコ隊長に突き出してやろうかしら。


「最初は偶然だったのよ?お前倒れ込んでくるから、支えるために、ね?」
「ね?って言われても。すぐ離せばいいだけの話じゃないですか」
「いやー、気持ちよくってつい。お前も気が付かなかったんだから、同罪だって、な?」


な?とか、ね?の度に首を傾げてくるけど、全然可愛くない。
確かに気が付かなかった。
服の上からとはいえ、胸を揉まれていたのに。
それ程、マルコ隊長のあの笑顔が衝撃的だったからだ。
好きな人に、胸を揉まれたのに動じない私もどうかと思うけどね。

マルコ隊長達の方からは、楽しげに会話をする声が聞こえてきていたけど、そのうちそれが途切れ途切れになり出した。
あー、これは多分。
そう思ってこっそり覗くと、やっぱり、キスをしていた。
覗いたことで答え合わせになってしまい、今更ながら他人のキスを覗いたことは初めてで、頬が熱くなってしまった。


「マルコ隊長って、あんな顔するんですねっていうか、出来るんですね」
「信じらんねェだろ。…そして、ああなると、長いぜ」
「詳しいんですね…」
「まぁ…何回かこういうの目撃したし」

「ぁぁッ…ん、マルコさ…ンッ…ここじゃ、だめ…」
「もう、たまんねェ…部屋、行くかい」
「…はい……」
「愛してる…」
「私も、あい…んッ」
「はぁ…それは後で、ベッドで聞かせてくれよい」


私達の会話にカットインしてきたのは、極上に甘い声色の二人の会話で。
ちょっと、呼吸も乱しているから余計に生々しい。
予想外の喘ぎ声に驚いて、思わず声が出てしまいそうになるのを必死に抑えて止めた。
サッチ隊長からも、殺気立ったような、おかしな気配がしてくるし。
こっちは緊張感漂い、向こうでは別の意味で緊張感が溢れている。
そして、ようやくべったべたにイチャイチャしながら、船内へと戻っていく二人。
密着して移動しながら、マルコ隊長の手が彼女の胸元をずっと触ってるし、男ってやつはほぼ皆同じなんだなぁ。
あのマルコ隊長がねぇ。
でもこれでようやくここから出られるし、と思ってサッチ隊長を振り返ると…意外な姿が見れたんだ。
隊長は両手で顔を覆って恥ずかしがっている様子だった。
よく見ると、指の隙間から見える頬、それに耳まで赤い。
こんな照れること!?


「普段の下ネタはどうしたんですか?」
「イヤイヤイヤ、マルコとは長い付き合いだからよ……あー、もう、なんなの、あれ!すっげェ恥ずかしいっ!」
「でもわかります。…マルコ隊長って、すっごい情熱的で、格好いいんだ…」
「はぁ〜?お前が好きなのはおれだろ?」
「振られましたけどね」


冗談が言えるくらいではあるものの、サッチ隊長の頬が落ち着くまでは、暫くかかった。
その間、別に狭いところに収まっている必要はないのに、どちらも動こうとはしなかった。
あんなことがあったのに。
こんな風に穏やかに…今サッチ隊長は違うかもしれないけど、二人で会話が出来るとは思ってなかった。
振られたのにね。
ますます好きになってしまいそうで、本当困る。
無防備に、このおっさんはわかって言っているのかしら。

そしてようやく、サッチ隊長の頬の色が戻った頃、私達はどちらからともなく、その場を出た。
ずっと縮こまって座っていたため、腰も限界だった。
高く腕を上げて背伸びをすると、隣ではサッチ隊長が首を回してゴキゴキっとやっていた。
そして大きく欠伸をひとつする。
口くらい抑えなさいよ、レディの前なのよ。


「ふぁーああ。おれも部屋戻って、仮眠ついでにヌこ」
「えー…さっきのマルコ隊長達で、ですか?…クッソキモ…」
「バカ言うなって、んなことすっかよ。☆☆☆、お前だよ」
「……は?」
「だってお前の身体すっげーエロいんだもん、おっぱい、ごちそーさん!」


去り際、軽く振り返りながら、右手の指を閉じたり開いたりして、揉むジェスチャーを見せてくる。
そしてその手を軽く振って、マルコ隊長達と同じく、船室へ入っていった。
今度は、赤くなるのは私の方だった。
信じらんない…。
仮にも告白を思いっきり振った相手に言う台詞?
ほんと、最低のくせに…悪びれないから、嫌いになれない。



**********



Side:Thach



耳が痛い程、静かな夜だった。
深夜に目が覚めちまった。
辺りは真っ暗で、ベッドサイドの灯りを付けないと、全く目が効かない。
普段一度眠れば朝まで目なんか覚めねェはずなのに、今夜は覚めちまった。
この静かなのが悪いんだ。
そしてやけに喉が渇いて仕方がない。
水でも飲もうかと思っても、そういったストックはこの部屋には全くない。
酒くらいならあるかもしれねェけど、明日は朝から包丁持つし、こんな時間には飲みたくねェんだよな。
しっかたねェなぁ。
厨房で水でも飲むか。
ついでに小便もしてこよ。
上着は…いらねェよな。
どうせまた寝るんだ、パンツだけ履いてたらそれでいい。
この船には、恥ずかしげもなく裸体でいるやつはいっぱいいるんだ。
おれがこの時間、半裸で歩いてようと咎めるやつはいないだろう。

部屋を出て、食堂へと向かう。
普段なら聞こえるクルーの足音や、耳障りなイビキでさえ、全く聞こえなかった。
こういう時の夜の海は、確かにちょっとばかし怖いと思う。
風もないのに、手にしている蝋燭が揺れるのも、気持ちいいモンじゃねェ。
ブルって漏らしてもイヤだし、なるべく急いで厨房へ向かった。
食堂を抜けて、厨房の扉を開くと、何やらボウっと薄明りが付いていて…。
だ、誰かが座ってる…?


「う、うゎぁあああああああ!」


女!
女がいる!
座ってる!
端に!
座ってるぅ!
俯いてるから、顔は見えねェけど!!
驚き過ぎて尻もちをついてしまった。
ダッセェ。
おれ、今まで女に何か悪いことしたっけ!?
ふぁあ〜〜〜!
いっぱいしてるぅ〜!!
ごめんなさい、すみません!
もう…しませんとは言えねェけど!
イイ女はやっぱり抱きたいけど!
ごめんなさいいぃぃいいい

心の中で念じていると、その影が動いた気配がした。


「え…サッチ隊長…?」
「……☆☆☆…?」


格好悪くも尻もちをついているおれを見下ろしているのは☆☆☆だった。
いや、待てよ。
おれこいつのこと泣かしてんじゃん!?
え?
化けて出た!?
なんで?
今日元気だっただろォ!?


「なんて格好してんですか」


そんなおれの姿を見て、ぷっと噴出して笑うから、こいつは人間なんだろう。
ああ、☆☆☆か。
…良かった。
いや、良くねェ!
ケツ痛いし!
打ったわ。
カッコ悪ィ。


「お前がそんなトコで、そんなカッコして座ってっからだろォ!?」
「あ…そっか、すみません」


もう消えちゃいそうだったんです、って持ってきた蝋燭は、もうほんの小さなものになってしまっていた。
後少しで、完全に消えるだろうってくらいの長さ。
お前、どんだけ長いことここにいたんだよ…。
おれの持っている蝋燭を二人の間くらいの厨房の台に乗せると、☆☆☆の顔もはっきりと見て取れた。
おれの方は、よかった…漏らさずすんでたわ。
これで漏らしてたら、おれもう明日から飯作れねェ。
当初の目的を思い出して、冷蔵庫に保管してある水の入った瓶を取り出して、☆☆☆にも向けたけど、首を左右に振られた。
まァ、そうか。
おれよりも先にここに居たんだ、飲みたきゃもう飲んでるか。


「おれコレ飲んだら部屋戻るから、お前の部屋まで送ってってやるよ。それじゃ、足もと見えねェだろ?」
「あ、い、いや…大丈夫です、私まだここに居るんで」
「……はぁ?意味わかんねェ…誰かと待ち合わせ、とか?随分待たされてるみてーだけど」
「待ち合わせとかじゃなくて、ですね…その…」
「なに?」


真面目に問いただしてみたくなり、思わず前のめりで質問してしまった。
隊員のプライベートなことまでは、出来るだけ首を突っ込まないようにしてるんだけどな、おれは。
相談されりゃ、聞くし乗るけど、自分からは無理強いしないようには務めている。
どうしても、おれの体調っつー立場だと、強く質問すりゃ答えなきゃなんェってなっちまうからな。
それはちょっとばかし、可愛そうな気するし。
でも今は、気になって仕方ない。
一度はおれから逃げようとした☆☆☆の腕を掴んでしまった程には、余裕なく。
困ったようにしていても、どうしても離してやれなかった。


☆☆☆はひどく言いにくそうに、あっち向いたままぽつりぽつりと話し出したんだ。

要するに…。
こういう、耳が痛いような静かな夜に、前に敵船に襲われたことがあった。
この出来事はおれもよく覚えている。
寝静まった頃に突然乗り込んできやがったバカがいたんだ。
うちの守りは鉄壁だってのによ。
おれらが報告を聞いて起きて外に出た頃には、案の定、見張りの隊が撃沈させていたけど。
まぁ、それでも…けがした奴、海に落ちて行方不明になった奴、苦しいけどしんだ奴もいたわけで。
その中の数人、☆☆☆が仲良くしていた奴もいたらしい。
しつこく訊いたが、恋人とかいう立場じゃなく、本当に気の合う友人だったそうで。
何で訊いたおれ!
それからというもの、今夜みたいな日は、部屋にひとりでいると怖いんだそうだ。
だから、そういう晩は誰か一緒にいてくれる奴を見つけて…。


「ってことは、お前、そういうことだろォ!?」
「一緒にベッドに入るくらい、なんでもないです。むしろ、抱かれてる方が気が紛れるっていうか」
「…はぁ?」
「朝になれば怖いなんてのもなくなるし、一石二鳥じゃないですか?」
「お前な…」
「だから今夜も、誰かに会えるまで待ってるんで、サッチ隊長はもう寝てください」


明日も早いですよね、って悪びれもせず笑うから、無性に腹が立った。
気が付いたら、☆☆☆の腕を思いっきり掴んでおれの方に引っ張っていた。
突然のことで何の抵抗も出来なかったんだろう、☆☆☆の身体が無防備にもおれの胸元にドンとぶつかった。
そのまま腕に抱き込める。
顔は見えなかったけど、腕の中で戸惑い、疑問の声が出ているからだいぶ困惑しているだろうと思う。
お、おれだって、めっちゃ困惑してるわ!
腹が立ったのは事実だし、無性にイラっとしたけども!
したんですけどね?
別にこうして抱きしめるつもりなんてなかったのよ?
しかもこんな、強く抱いたらさ…。
思い出すだろ、あの晩のこと。
こいつの身体すげーのよ。
おれの手に反応する仕草なんて、たまんねェの。
おっぱいデカイしさ、なんか細いのに柔らけーし、あの晩だって…。
あー、思い出したらダメなやーつ!
今日昼間だって、マジにヌいたんだから、鎮まれ、おれェぇえ!!


「サッチ隊長、私娼婦じゃないんで、やめてください」


今のおれには、十分すぎるほどのワンパンだ。
自分の言葉に追い込まれるなんて、思ってもみなかった。
今にもHP0で倒れそうよ?


「うるせー!誰でもいいなら、おれでもいいんだろ」


おれの腕の中、僅かに身体が震えていた。
でも離せねェ。
責任だってもてるかどうかすら、わかんねェけど。
こいつが他の誰かと抱き合うとか、他のヤツにあの身体見せるとか、想像するだけで今は耐えられねェ。


「サッチ隊長、は…クルーとは寝ないんでしょ?」
「ああ、セックスはしねェ。でも一緒に寝てやるって言ってんの!」
「…でもそれじゃ…」
「ヤるのが目的じゃねェんだろうがよ!」


何をムキになってんの、おれ?
☆☆☆も驚いて、腕の中でビクってなってるし。
ああ、もう、ダメだ。
止まんねェわ。
再び腕を強く握りしめ、蝋燭を手に元来た道を逆戻りした。
☆☆☆を連れて。
振り返って顔を確認したわけじゃねェけど、無抵抗でおれに着いてくるから、一応納得したんだろう。
こいつの気持ちはわかってる。
諦めて欲しいってのを、おれは思っている。
だからこんなこと、酷でしかねェのに。
非常な男だとおれは思う。
けど、とまんねェの!

廊下に出て、マルコの部屋の前を通った時、瞬間的に嬌声が聞こえた気がした。
夜が静かだから、少しだけ廊下にも漏れているようだった。
今、あんまりそういう声聞くと、おれのサッチさんがもう無理なんです。
ほんと、お前らいい加減にしろよ!
昼間もやってたろ。
くっそー、マルコの奴!

掴む腕に更に力を込めてしまい、後ろからは、イタッっていう小さな悲鳴が聞こえたけど、そんなの構ってやる余裕もねェ。
さっさと角を曲がって、おれの部屋の扉を開けると、無理矢理☆☆☆を押し込んだ。
鍵をかけるのももどかしい程に、後ろ手てかけると、☆☆☆の身体を持ち上げて、ベッドに思い切り叩きつけた。


「…ッ痛…、…ちょ…乱暴…」
「お前がおれを怒らせるからだろ」
「なん…で、サッチ隊長が…怒るの」


☆☆☆の言い分は最もだ。
こんなの理不尽でしかない。
抱いてもやれねェ、臆病な男に捕らわれた☆☆☆は不幸でしかない。
それでも、今は手放せねェから、混乱している気持ちも全部、☆☆☆ごと腕の中に抱きしめてやった。
暫く、☆☆☆も混乱して、おれに身を寄せることはしていなかったけど、そのうち観念したのか胸に額を埋めてきた。
その後頭部から背にかけて、何度も撫でてやると、ほっと小さなため息が聞こえてくる。


「落ち着いたか?」
「…それはこっちのセリフだと思いません?」
「いいんだよ、おれは。問題はお前が怖いか怖くねェかってことだろ」
「そんなの、怖いわけないじゃないですか。…好きな人の腕の中にいるんですよ、私」
「…好ッ…すき、ああ、うん、そうだな、好き…うはは」
「何その反応、キモ…」


キモイと言いながらも、☆☆☆は小さく笑っている。
こんな状況で好きな人なんて言われたら、動揺するだろうがよ。
しねェ奴っていんの?
おまけに、なんかドキドキしてるわ、おれ。
そういや、女とベッドに一緒に寝てて、何にもしねぇなんて、記憶にねーよ。
なんだっけ、マルコに前に言った気がするな。

部屋で一晩過ごす仲だけど、恋人同志っていう甘い関係でもなく、割り切った大人な関係っていうわけでもなく、ただ朝まで何もしないで一緒におねんねしてただけ。

これだ、これ。
正気の沙汰じゃねェって、心の中で罵ったもんだったが。
おれもあったわ、マルコ。
おれも今夜、この女は抱かねェ。
でも、朝まで一緒に寝る。
そんな関係、マジにあったわ。
悪ぃな、バカにして。


「サッチ隊長…」
「うん?なんだい、ハニー」
「いや、もう何でもいいけど…ベッド、臭いです」


☆☆☆が顔をしかめている表情を想像すると、可笑しくて堪らなかった。






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