初恋の色3

Side:☆☆☆



友達のお付き合いで、放課後バスケ部の練習風景を見に体育館へ。
体育館の出入り口が開きっぱなしになっているから、廊下に漏れているオレンジ色のライト。
中からは、キュッキュッという靴の底が床と擦り合わされて鳴る音が聞こえてきている。
それから中の人が何かする度に上がる黄色い歓声。
その中に混じって私も背伸びをして体育館を覗き込んでいる。
数人が駆け巡るコートの中、一際目を引く選手が一人いた。
確かに、歓声を上げるだけのことはあると思う。
サラサラの前髪、程よい筋肉の付き方、長い手足。
それに、バスケット選手は平均的にみんな高身長で。
そんな人が駆けまわるんだ、そりゃ格好いいだろうな。
片想いをしてるんだって。
あの、バスケ部の部員に。
友達がね。
でも毎日見てるじゃない、教室で。
むしろ、同じクラスなんだから、普通に休み時間にでも話しかければいいのに。
そんな冷めた見解をしても仕方がないと思う。
だって今は付き添いなんだから。

でも…。
ダムダム、という規則的なドリブル音と、靴底のキュッという高い音、それからリングに当たらずにシュートが入った時のボールが網に絡まる音。
どんなに体育館が騒がしくあろうとも、その音だけは耳まで届いていて。
心地がいい。
そもそもスポーツ全般、観戦するのは大好きだから背伸びをしたままの体制で思わず見入ってしまった。
誰を、というわけではないのに。


「☆☆☆ちゃん、な〜に見てんの?」


頭上から声がして少し驚いたけど、それは最近では聞き慣れた声で。
振り返ると案の定、サッチ先輩が私の背後にいた。
私と同じ方向を向いて同じく体育館の中を覗いているから、顔を下から覗く格好になっているけど。
その代わり、サッチ先輩の上半身で覆われた視界は、それ以外すべてが見えない状態に。
ほんと、大きいなぁ。
…と、視界の端にサッチ先輩の向こう側で見たことのある揺れる髪の毛が覗く。
あれ、もしかして?
そう思って体を少しだけずらしてみると、サッチ先輩の向こう側、横の壁に寄り掛かるようにしてマルコ先輩の姿が。
い、一緒だったんだ…!
今日はもう姿が見えないまま帰宅になってしまうと思っていたから、思わぬ嬉しい出来事だった。
さすがにじっと見つめるわけにはいかなくて前を向いたけど。
ドキドキと高鳴る胸の鼓動。
もうすでに、目の前に広がるバスケ部の練習風景は頭に全く入って来なくなっていた。
今日も、会えた…。


「付き添い、なんです」
「ああ、ナルホドね。…付き添いなんだってよ」
「……うるせェよい」


声の反響から、後ろを向いたんだろうサッチ先輩に倣って私もこっそりマルコ先輩の方を見ると。
めんどくさそうに、壁に寄り掛かったままこちらを見ずにため息をついている姿が見えた。
そしてその後、いいから帰るぞ、と肩にかけたバッグを持ち直しながら壁から身を起こしている。
サッチ先輩もそちらへと体を向け直したからここでお別れだと思った。
少しでも会えてよかった。
サッチ先輩に感謝しなきゃ。


「じゃ、☆☆☆ちゃんも行こうぜ」
「え?…ちょ…と、…ん?」


手首を捕まれて、ぐいっとそれを強めに引かれると体が斜めになって一歩後退した。
状況がわからないまま何も返事が出来ず、狼狽えていた。
そりゃ、一緒に帰りたいけど。
友達を置いていくわけにはいかない。
でもさすがに、手を振りほどくわけにもいかなくて。
困惑したまま、前を進むサッチ先輩の背を見ていた。
するとその間に、マルコ先輩の姿。
初めて出会った時と同じように、不機嫌そうな表情で私とサッチ先輩の間を見下ろすと。
掌でサッチ先輩の腕だけを割と強めに弾いた。


ビシッ
「イッ…てェ!!」
「無理に引っ張るんじゃねェよい」
「この場合、触んなよいってのの間違いじゃねェ!?」
「サッチ」
「わーかったっての。…ちょっと待ってな」
「痛かったかい」
「いえ、わっ、私は大丈夫です」


まだ、緊張して声が上ずってしまう感覚になる。
マルコ先輩がさっきの表情とはまた別の、優しそうな顏で私を見下ろしてくれているから。
捕まれていた手首は無意識にもう片方の手で掴んで押さえてしまっていたから、勘違いをさせてしまったんだろう。
心配してくれている姿も、格好いい…。
なんて不謹慎なことを思っていたけれど。
サッチ先輩が友達の注意を引いて、何かこそっと耳打ちをしてから、友達が私の方を見て何か意味深い笑みを向けるまでには、そう時間はかからなかった。
そのなんとも言えない空気に、私も唇を閉ざしてしまう。
だって何か言うと、二人に気づかれてしまいそうだし。
っていうか、あの感じから言って、サッチ先輩の方は気が付いている様子?
だとしたら恥ずかしい…。
いやいっそ、自分から言って相談に乗って貰う方がいいのかな?
それはもっと、恥ずかしいかも…。
色々悩んでいるうちに、友達が意味深な笑みを浮かべたまま私に手を振るから、同じように私も手を振り返した。
ああ、あの顔は…。
明日いろいろと訊かれるだろうなぁ。

鞄を持ち直したマルコ先輩と、友達に手を振った後すぐに玄関に向かうサッチ先輩に送れるようにして、私が着いていく。
なんだか一緒に帰るのって、緊張する。
友達といつも通る廊下でさえ、別の道を歩いているみたい。
それに、時折遅れる私を心配してくれているのか、ちらりとマルコ先輩が後ろを振り返って私を見てくれている。
そんな姿を見ていると、ますます照れて頬が熱くなっていくのを感じた。


二人と共に玄関を出て数メートル進んだところで、サッチ先輩が頭を抱えながら大げさな程に大きな声で嘆き出した。
それはなんだかすごく、演技がかったような感じで。
ものすごーく、わざとらしい。


「ぁあ〜〜ッ!おれ緊急に校内に用事あるの思い出したァ!」
「なんだ、突然」
「用事だよ、用事!いったん教室に戻るわ、おれ」
「ここで待ってますね」
「いやいやいや、ものすごぉーーく時間のかかる用事だからさ、ふたりで先帰っててよ」


両手を前に突き出して、手首をそれぞれ左右に振って、おしりから後退りしていくサッチ先輩。
割とスピードも出ているから、後ろを歩いていた一年生が驚いて端に退いてくれていた。
そして玄関に向けて軽やかなステップを踏んで数段ある階段を上り、再びそこで立ち止まる。


「マルコ、☆☆☆ちゃんを駅まで送り届けろよ!」


バキューンと言いながら私達を指で作った銃で撃つようなジェスチャーをした。
え、古…。
思わずぷっと吹き出して笑ってしまうと、横からマルコ先輩も笑う声が聞こえる。
チラリと視線を遣ると、目が合った。
再び二人同時に吹いて笑ってしまった。
そんな私達を見てか、サッチ先輩が大きく手を振った後に背を向けて校舎へと消えていく。


「あれでカッコつけたつもりかよい」
「サッチ先輩って…何年生まれ…?」


顔を見合わせてまた二人で笑ってしまう。
笑いながら一緒に、自転車置き場まで同行した。
ああ、なんかすごく楽しい。
それに、マルコ先輩とこんなに普通にお話出来るなんて。
信じられない気持ちと、嬉しい気持ちがごちゃ混ぜになって、いったいどんな顏になってしまっているのか、それが気がかりだった。

マルコ先輩が、ガシャンっと大きめの音を立てて自転車を引っ張り出した。
割と強めに引いたんだと思う。
未だ自転車置き場に残っている、隣にあっただろう自転車が揺れているから。
重なっていた?
っていうか、マルコ先輩の自転車寄り掛かるにように他の自転車があった?


「サッチのヤツ。…適当に止めやがって」


邪魔だよい、と文句を言いながらも、倒れそうに斜めになってしまった自転車を元の位置に戻しているマルコ先輩。
こういうところ、優しいんだよね。
自転車の位置を戻すというよりは正しくきちんと整頓して収めてしまうあたり、几帳面さも思いっきり出てる。
それから私の横に止めていた自転車の元へ戻ってくると、徐に背負っていたリュックを前の籠に入れてしまう。
そして荷台になっている箇所をポンと叩いて。


「乗るかい?」


思わずマルコ先輩の顔を見て、叩かれた箇所を見て、それから再びマルコ先輩の顔を見てを繰り返してしまった。
だって。
え?
乗るかって。
後ろに、ってことだよね?


「嬉しいんです、けど…重いかも、しれないです」


なんだか信じられない気持ちで、ふわふわしてしまい上手く返答が出来ない。
慌てた私を見てマルコ先輩は、唇の端を上げて柔らかく笑った後に、リュックのファスナーを開いていく。
何かごそごそとして横の方からすっと取り出したのは、ジャージの上?
きちんと畳まれた状態で出てきたのは、なんだかもう当然のようにも思えた。
それを荷台に乗せようとして、一旦手を止めた。
先輩が何をしようとしているのか、わからずただ黙って見つめてしまう私。
そうすると、マルコ先輩は少しだけ照れたように表情を緩めて、ジャージを自分の鼻先へと近づけていく。


「使ってねぇから、臭くはないと思うが…いやか?」
「い、いや…臭いとか絶対、そんなことありませんって。絶対に」


何を意図しているのかはわからなかったけど、おかしなところに力が入ってしまった。
慌てて意味のわからないフォローをする私に、マルコ先輩の笑みがますます深くなっていく。
もう…。
こんな間近でこんな笑顔見られるなんて。
会話が全く分からないけども、それ以前に頭に入ってこないくらい緊張してきた。
大混乱週の私をよそに、マルコ先輩は今度はジャージを荷台にポンと乗せてしまった。


「直に座ると、痛ェだろ」


そして私の手を取り、ジャージが落ちないようにそこに私の手を乗せる。
そのまま自転車のサドルを跨いで乗ってしまった。
これは、もう乗れってことでいんだよね?
しかもマルコ先輩のジャージの上に?
っていうか、めちゃくちゃ紳士的じゃない…?
なんだか慣れた感じでさも当然のようにされたから、成すがままっていう感じで受け入れてしまったけれど。
こんなこと、他の誰にもされたことがなくて、最初意味がわからな過ぎたけれど。
私のおしりの下に敷く為だけに、ジャージの上を出してくれたってことだよね。
なんていう待遇の良さ。
なんていう、ジェントルマン。
しかも、私が乗りやすいようにだろう、少し自転車を傾けてくれている。
こんなの…。
ドキドキしちゃって、ジャージを支える手が震えちゃうよ。
マルコ先輩を見上げると相変わらず柔らかな表情で見守ってくれているし。
私の心臓はさっきから高鳴りっぱなしで。
もうちょっとでもマルコ先輩に近づいたら、聞こえてしまうんじゃないかっていう程。
やばい。
めちゃくちゃ、やばい。
こんなの、しんじゃうかもしれないよ…。
でもずっとこんな風に立ち止まっているわけにはいかなくて。
勇気を出して、乗せてくれたジャージの上に腰を下ろした。
さすがに跨ぐわけにはいかなくて、横向きに座る。
バランス悪くならないのかな?
余計な心配をしてしまったけれど、マルコ先輩は平気そうな顔で自転車の傾きを戻している。


「掴まれるか?」
「はい、…サドルの後ろに」
「いや、二人乗りっつったらこれが常識だよい」


横向きに座ったままだから掴みにくかったけど、なんとかバランスが取れそうな箇所を掴んでいたのに。
マルコ先輩の声と同時に、左右から両手が伸びてきて。
私の手首をがっしりと同時に掴んでから、サドルの後ろから手を外すよう軽く左右に開かれる。
その後、ぐいっと前へと引っ張られた。
無防備に。
完全に無防備な状態だったから、何の抵抗もなくマルコ先輩の背中にドンっと上半身がぶつかった。
顔も打った…。
そして前へともっていかれた左右の手は、向こう側で指先同士が触れ合っている感覚がある。
や、ちょっと待って。
落ち着け。
落ち着け、私。
今どんな状況?
マルコ先輩に、後ろから抱き着いてない?


「落ちないようにしろよ」


私の左右の手が触れ合っているのを確認してから、マルコ先輩の手が外れて。
代わりにゆっくりと自転車が進みだした。
私が落ちないかを確認しながらスピードを上げて行ってくれているようで、それは徐々に速くなっていった。
それよりも。
マルコ先輩が前を向いていてくれてよかった。
これは…。
もう、顔が熱いどころじゃない。
全身火だるまになったりしてないよね?
大丈夫だよね?
もう、熱くて熱くて。
恥ずかしくて、嬉しくて、照れくさくて。
なんだかいろいろな感情が、代わる代わる心を支配していて慌ただしい。
それからさっきから、心地よい風が私を包んでいるのと同時に、マルコ先輩の匂いも強く感じる。
恥ずかしすぎて、べったりとくっ付いていられなくて、少しだけ少しだけ隙間を空けても、信号とかでブレーキがかかる度に頬がマルコ先輩の背中に当たる。
その都度、心臓が止まるんじゃないかって程に高鳴るから、本当に困ったもんだ。

駅までの道のり。
いつも通っている、よく知った道だから。
もうすぐ駅ってことだけはわかる。
恥ずかしいくせに名残惜しくて、思わず掴まっている左右の手に力が入った。
そうしていると、片方の手の甲の上にマルコ先輩の掌が重なった。
伝わってくる体温が心地いい。
先輩も、ドキドキしてくれていたらいいのに。
私と同じように、名残惜しいって思ってくれていたらいいのに。

あの日、初めて会った時に香ったマルコ先輩の匂いを感じながら、そんなことばかり考えていた。
駅はもうすぐそこだから。





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