初恋の色2

Side:☆☆☆



マルコ先輩に貰った飴の包み紙。
普段ならゴミ箱にポイっと捨ててしまうのに。
どうしても捨てられなくて、手元に残しておきたくて生徒手帳の内ポケットに挟み込んだ。
それを、制服の胸ポケットに入れて大切に。
学年が違うから、あまり校内で会うことは少なかったんだけど。
それでも、体育に行く途中の様子を廊下の端に見つけたり、お昼に自動販売機の前に並んでいるのを見かけたりはした。
その度に、胸のポケットがくすぐったい。
存在を主張しているようで、制服の上からそっと掌を当てた。

そして放課後、同じクラスになって仲良くなった子達と一緒に、駅前のドーナツショップに寄ろうと帰宅途中の道で。
後ろから自転車の音がしていたから、道の端の方に寄ると、サッチ先輩を筆頭にした、自転車集団に追い抜かれた。
ちょうど横を見たから、目が合った気がしたと思ったら…。
その瞬間、サッチ先輩が大声を出してから自転車を止めたから、後続の4人の自転車もぶつかりそうになりながらなんとか急停止した様子だった。


「何やってんだよ、サッチ!危ねーっての!」
「いやー悪ィ、悪ィ」


へらへらっと笑って片手を挙げつつ、自転車をガシャンッとその場に立てかけたサッチ先輩がこちらへとやってくる。
何台もの自転車が急停止したものだから、当然私達も驚いてその場で立ち止まってしまっていたから。
よく見ると、ちょうど私たちの横で自転車を停止している二人の人の片方は、昨日会ったマルコ先輩だった。
サッチ先輩がそこで止まった理由が分かったんだろうか、私の方をじっと見ている。
相変わらずの半目で、不機嫌そうにこちらを見ている。
一見怖そうに見えるし、なんなら今でもちょっとだけ怖いって思う気持ちはあるんだけど。
それでも、昨日飴をくれた時のあの横顔が忘れられなくて、私も目を合わせて見つめてしまっていた。


「☆☆☆ちゃん?」
「…わッ!」


私のところまでたどり着いたサッチ先輩が、突如私の顔を覗き込む。
今までマルコ先輩を見ていたのに突然、サッチ先輩の顔のアップになったからさすがに驚いて後退りをしてしまった。


「いやいや、そんなに驚かなくても」
「サッチの顔が怖いからだろ?」
「こんな甘いフェイスなのに?」
「今時ガチガチのリーゼントがダサすぎてんじゃないの?」


皆それぞれの好き勝手な悪口を背中で受け止めながら、にこにこと笑顔のサッチ先輩。
つられて私も笑顔になってしまうから不思議だ。


「もう帰るだけ?」
「これからみんなでドーナツ食べに行くんです」
「おっ、じゃあさ、じゃあさ、それ一緒しねェ?」


サッチ先輩の提案に、友達の意思を確認すると了承をしてくれた。
サッチ先輩の友達、マルコ先輩を含む4人の先輩たちも了承してくれたから。
自転車で先に到着するだろう先輩方に、席の確保をお願いして、私達は後から行くことにした。
その道すがら、私たちの話題は先輩たちのことでもちきりで。
早くその場所について欲しいと、逸る気持ちが足を速く進めた。



**********



「☆☆☆ちゃんはおれの向かい側ね!ポスター描くから」


そう言われてしまったら別の席に座ることなんてできなかったけど。
どのみちポスターは完成させなければならないから、当然のことではある。
それに今日ここに来た目的は、メインはこれなんだから。
でもちょっとだけ、我儘を言っていいならマルコ先輩の近くに座りたかったなっていうのが本音だ。
全員で8人になる私達は、さすがにテーブルを全てくっつけて座るのは出来ないから、4人ごとに分かれて隣り合って着席をした。

手前のソファ席に端から私とサッチ先輩が向かい合って、隣にエース先輩、その向かい側にイゾウ先輩。
隣のテーブルには、私の友達が二人並んで、その向かいにハルタ先輩とマルコ先輩。
女性にソファ席を譲ってくれてる辺り、紳士的だなーと思った。
だけど、残念なことにマルコ先輩とは対角線上に一番遠い席順になってしまっている。
残念。
本当に。

ともあれ、皆でわいわいと賑わう中、サッチ先輩と頭を突き合わせてなんとか案を絞り出していく。
もともと、エース先輩と私の友達とは知り合いだったらしくて、隣では話が盛り上がっていてすごく楽しそうな雰囲気。
なんか、こういうのっていいな〜って自然と頬も緩んでしまう。
おかげで、ポスターの案も楽しく決められたし、どんなイラストにするかというのも割と難なく決定したからよかった。
時折、身振り手振りの大きなリアクションで私の肩にエース先輩の手が当たっているのは気になったけど。
その都度、マルコ先輩が不機嫌そうな表情に更に眉間に皺を寄せて注意してくれている。


「エース、もう少し声を抑えろ。それに危ねェよい」
「ああ、…これくらいの声でいいか?」


しーっって言いながら立てた人差し指を唇の前に当てて示しているけど、5分も経たないうちにまた声量が元に戻ってしまっているのが可笑しかった。
そうなる度に、再び眉間の皺が深くなるマルコ先輩の表情も。
それを見て、ついつい笑ってしまう。
皆で笑ってしまっていた時、エース先輩が大きく動かした手が紅茶のカップに当たって、運悪く満杯に入っていたそれが大きく倒れた。
更に運悪くテーブルの上に手を乗せてしまっていた私の手の甲に、それが思いっきりかかってしまった。


「あ…熱っ」
「うわッ、☆☆☆ちゃん大丈夫か!?」
「だ、だい…ッ…大丈夫です、大したことないです!」
「マジか!?悪ィ、これで冷やそうぜ」


エース先輩が氷の入ったグラスを近づけて、私の手の甲に当てようとしてくれた。
熱いし痛かったけど、大事にしたくなくてそれを断りもう一方の手で庇って隠した。
じんじんと割と強く痛む手の甲。
痛い。
もうすでに、表面がひりひりしているけれど。
申し訳なさそうにしているエース先輩にも、心配した表情で見ているサッチ先輩にも。
何よりこの場の楽しい空気を壊したくない。
マルコ先輩だって…。
思わずそちらの方へ目線を遣ると、その場にマルコ先輩がいない…。
どこに行ってしまったのかと意識が完全にマルコ先輩の座席に向いていてしまったから、突然手首を捕まれて引かれると勢いに負けて立ち上がってしまった。
何が何だかわからず、立ち上がった先を見ると私の手首をつかんでいるのはマルコ先輩で。
マルコ先輩は私の手の甲、火傷して赤くなっている箇所を確認すると、手首を掴んだまま私を引っ張って連れて行ってしまう。
後ろの方で皆が驚ている声は聞こえたけど。
それどころじゃない。
ただただ、マルコ先輩に引かれるままに足を進めているけれど。
どうなっているのか。
捕まれた箇所が、紅茶がかかった箇所よりも熱い気がする。

行きついた先は、お店の洗面所。
手に付いたドーナツの油分を落とす為に設置されているんだろう。
小さなスペースにある、小さな洗面所だった。
そこへ着くとすぐに、手首は離されてしまい、代わりにマルコ先輩が蛇口をひねった。
無意識に再び火傷をした手の甲をかばって、重ねてしまう。
だけど勢いよく出てくる水は見えているのに、頭が真っ白で働かなくて見つめるだけの私。
洗面所の鏡越しに見えるマルコ先輩の眉間にしわが寄っていて。
そんな先輩と目が合うから、緊張がさらに強いものになっていくのを感じていた。


「あの、すみません……ッ」
「早く冷やせ、跡が残るよい」


隠していた手の甲を見直すと、さっきよりも赤く染まる肌の色、なおかつ刺すような痛みもある。
さすがに、やばいか。
そう思って手を伸ばす直前、焦れたマルコ先輩が私の掌を下からすくうように柔らかく掴み、そして流水の中へ。
突然の冷たさと驚いたのとで手を引き寄せようとしてしまう動作を、指先に力を込めることで水流から離れないようにしてくれている。
そして更に、その動きで疑いを持たれてしまったのか、反対側の肩を後ろから掌でそっと支えられた。
なに、これ。
なにこれ。
なにこれ!?
ドッドッドッと早いリズムで鼓動が高鳴る。
ドキドキとかそんな可愛いもんじゃない。
まるで和太鼓。
身体の底から響くかのように早い鼓動。
暫くその状態で、お互いに何も言葉を発しないまま動きを止めていた。
聞こえるのは、自分の胸の鼓動と、流れる水の音。

なんか守られてるみたい。
最初と同じ位置で、気遣うように添えられている掌を感じてそう思った。
それにかかる水は冷たいけど優しく支えてくれている掌が重なり合う箇所が、暖かい。
そして水道ばっかり見ていた目線を挙げた時。
背の高いマルコ先輩は私よりちょうど頭一つ分大きくて、再び鏡越しに目が合った。
その瞬間は、体が跳ねたかと思う程の衝撃だった。
いつも見る、半目の大きさ変わらないのに。
今まで見たことのない程に、優しい表情になっていたから。
口元も少しだけ緩んでいて、なんだかほっとしてくれているような、そんな表情。
そして初めて見る自分の表情にも驚いた。
なんて顔をしているの。
目一杯、照れた顔をしている私。
頬なんて、ピンク色に染まっている。
昨日貰った飴玉の色みたいに、ピンクだ。
そりゃそうだ。
こんなことされたら、好きになっちゃうよ。
こんなに優しくされたら…。
ああ、いや、違う。
溢れ出しちゃっただけだ。
好きっていう気持ちが。
昨日はじめて会って、未だにどんな人かさえ知らないけど。
でもこれで十分だよ。
恋におちるなんて一瞬だ。
こんなにも優しいの。
こんなにも、心配してくれるの。
好き。
マルコ先輩が、すき。


「痛みは取れたかい?」
「はいッ…マルコ先輩、冷たくないですか?」
「痛ェのに我慢してるよりかは、随分マシだよい」
「それはほんと…すみません」


ようやく、マルコ先輩が声を出して笑った。
笑ってくれた。
はじめて見た…。
相変わらずまだ手は冷やされているままだけど。
その振動が、私にも伝わる気がした。

そこからは、お互いに普通に会話をし始めた。
さっきの沈黙がウソのように楽しく会話をしていたんだけど。
不機嫌そうに見えるのは表情だけで、いつも怒っているというわけではないみたい。
もとからそういう造りなんだよい、って言われた時には思わず吹き出してしまった。
途端に、握られている指先に力がこもる。
痛くない締め付けは、手じゃなくて心を締め付けられるかのようにきゅんと胸に響いた。
サッチ先輩と同じく、いや、それ以上に怖いと思ったことを謝罪したいくらいに。
それに話せば話す程、マルコ先輩が優しくて穏やかな人っていうことがよくわかる。
もう、手は離したっていいのに。
もう、強がって痛くないふりなんてしないのに。
それでも、ずっと一緒に流水の中、握っててくれている。
こんなの、期待しちゃうけど。
いいのかな。



**********



「おはようございまーす!」
「防犯の為の、チェーンの二重ロックを推奨してまーす」
「おい!おまえ二重どころか鍵もついてねェんじゃね!?」


水曜日の朝。
集合時間よりも10分も早く現れたサッチ先輩。
大きな欠伸をして、すごく眠そうにだるそうに来るだろうと思っていたのに、それに反してものすごく元気だったから驚いた。
自慢のリーゼントも、ビシッと気合が入っている。
なんでも、朝は強いとのこと。
むしろ、寝付きも目覚めもかなりイイ、と自慢そうにしていた。
なんだかすごく意外だったけど。
今も元気に、自転車の取り締まりをしてくれているから頼もしい。
私じゃさすがに、三年生に声をかけるのは躊躇してしまうし。

大きな欠伸をして、すごく眠そうにだるそうに来たのは、マルコ先輩の方だった。
登校時間ギリギリに自転車置き場に表れたマルコ先輩は、私の方をチラリと確認した後に自転車を降りて押しながら近づいてくる。
そして私の目の前で足を止めて、ハンドルにかけているチェーンを見せてくれた。


「マルコ先輩、おはようございます」
「ああ、おはよう。許可証の確認もだろう?」
「あ、い、…いえ…ッ…もう、授業始まりますし大丈夫です」
「おれが年上だからって気を遣うな、ちゃんと仕事しろよい」


そう言って、今度は自転車の後ろの方を持ち上げて、サドルの下に貼ってある自転車通学許可証を見えるようにしてくれた。
だから私もそれを覗き込むように身をかがめて。
許可証もきちんと見えたけど、自転車を持ち上げるマルコ先輩の手も割と近くで見える。
この間、私の手を掴んでくれていたマルコさんの指先。
そしてそこから繋がる手首。
制服で隠れているけど、逞しい腕もしっかり目に入ってきてしまう。
もう、やばい。
これだけでも格好いいんだけど。
またドキドキしてしまいそうだったから、焦って顔を上げた。
そうしたら、今度はマルコ先輩本人と目が合うから。
これもうほんと、困ったもんだ。


「ありがとうございます。バッチリです」
「手は、もう痛くねェのか?」
「はい、その節は本当にありがとうございました。そっちももう、バッチリです」
「☆☆☆も、朝からお疲れ」
「ご協力、あり……が、とうゴザイマス」
「ん。」


名前を初めて呼ばれたことにもドキンと心が跳ねたけど。
自転車を移動していく去り際に、私の挨拶の途中でマルコ先輩が私の頭をポンポンと撫でたから。
そして去り際に、横目で私を見ながらその口角が上がっていたから。
あの日、初めて会った日みたいに。
大きな掌が、私の頭を優しく包む感触。
たった数秒。
だけど、離れた今も掌の感覚が頭に残る。
ちゃんと受け答え出来ていただろうか?
自転車を停めて校舎の方に歩いていくマルコ先輩の後ろ姿をただ見送るだけだった。
その姿が校舎に消えていくまで、ぼんやりと、本当に何もせずにただぼんやりとしてしまっていたから。
隣にサッチ先輩が来ていたことに、全然気が付かなかった。


「…ったく、かっこつけちゃって!」
「はっ……すみません、サボってました…」
「もう終わりだし、別にいーんじゃね?」
「サッチ先輩も、あの…お疲れ様でした」
「うん、☆☆☆ちゃんもね!」


今度は二人で腕章を外しながら並んで校舎へと向かった。
もう登校時間もギリギリだから、駆けてくる生徒以外はほとんど人の姿はない。
そろそろ桜が終わって、青々とした葉桜になるのかな。
あのピンクも、終わっちゃう。
でも私の中で咲いたあの色は、今も胸ポケットの中で薄く色づいていて。
最近癖になってしまっているけど、制服の上から生徒手帳をそっと撫でた。


「ポスターは出来ちまったけど、また皆で一緒にどっか遊びに行かね?」
「はい、是非!」
「いい返事。あいつらにも言っとくよ」
「楽しみにしてます」
「うんうん、おれもおれも。いーことしてる感じが、すっげェするッ!」


ニコニコといつもの笑顔のサッチ先輩と玄関でお別れして。
自分の教室までの廊下は、自然と足が軽やかだった。
あいつら、ってことは、きっとマルコ先輩もいると思う。
一緒にお出かけ!
楽しみで楽しみで。
目に入る景色全部が、輝いて見えた。





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