初恋の色

Side:☆☆☆



新しい教室。
この教室は窓の外に大きな桜の木があって、風が吹くと時々花弁が室内に舞い降りてくる。
なんとも美しい教室だ。
って、担任になった先生が嬉しそうに言うから、私達もつられて笑った。
新しい雰囲気の教室内は、明るい笑い声に包まれていてとても居心地がよさそう。
1年生の時に仲が良かった子とは離れてしまったけど、また新しい友達もできそうでうきうきとしていた。
現に、席の前後左右の子たちとは楽しく会話が出来ていたし。
だから2年生、最初の出だしは好調。
割といい始まりだって思ってたんだ。
思ってたんだけどね。
委員会決定のじゃんけんで負ける前までは。
グラスから数人選出しなくてはならない委員会。
学校行事には欠かせない存在ではあるんだけれど。
せめて、男女各ひとりづつ選出する代表委員とかになれたらよかったのに。
まさかの、各クラスひとりずつしか決められない委員になってしまった。
しかも、交通委員っていう地味目な、それでいて割と仕事がありそうな委員会。
これが半年は続くわけだから、運が悪かったなんていう言葉では済まされないと思う。


「☆☆☆〜、委員会頑張ってね〜」
「また明日〜!」


その初委員会の日。
放課後になって、帰宅する友達とは別の方向に歩きだす。
委員会はたいてい顧問の先生のクラスで行われるのが主なんだけど、よりによって先生は3年生のクラスを受け持っている。
ただでさえ、上級の教室に行くのは緊張するのに…。
ひとつしか違わないんだからって思う反面、3年生の教室の並ぶ廊下にやってくると、その差が歴然としているように見えるから不思議。
だって男の先輩はなんか身体も大きくて、もうヒゲだって生えている先輩もいるし。
女の先輩は、同じ制服を着ているはずなのにお洒落に見えるし、なんだかいい匂いがする。
ひとつしか違わないのに、一気に大人度が増している気がした。
も〜…ほんと、同じ校内なのにこんなに緊張してしまうんだから。
せめて3年生の教室じゃないところの委員会にすればよかったよ。
それに、ハードルはまだある。
座席だ。
他の委員会で見かけるように、1年生から順に座席が決められていればいいものを。
普段は孤立しておかれているだろう席が、委員会の為だけに寄せられて2つセットにされている。
そしてわざわざ、座席に『1年生』とか『2年生』っていう札が置かれているのは、学年指定があるってことだ。
教室の前から入る勇気はなく、後ろの扉からよく覗き込んでみたけど、そのシステムが変わるわけではない。
そして期待したけれど、2年生同士で並べるような席順にはなっていないみたい。
どうしよう?
これは割と重要なのではないだろうか。
きっと隣の人とペアを組ませられるんだ。
そして半年間、一緒に活動させられる。
ってことは、ペアになるのなら1年生との方が気が楽な気がする。
そして女子ならもっとありがた…。


「交通委員だったりする?」


背後に人の気配、それから声が聞こえてきて振り返ると。
私が覗いている扉の空いた空間を全て埋める程に身体の大きな人がいた。
見上げるくらい大きな人。
なんかヒゲも濃い…っていうか、変な形を形成しているし。
それに、今時リーゼント!?
え、なにこのひと。
怖い…!


「あの…はい…」
「やった、ラッキー。何年?」
「2、年……で…ッ」
「にねん、なら〜…んじゃ、あそこ座ろうぜ!」


ぐいっと肩に添えられた掌が思い切り私の身体を押す。
教室に入ることさえ躊躇していた足が、いとも簡単に前に進んだ。
ええええッ。
ちょっと待って。
ちょっと待って。
あそこって示された窓際の一番後ろの席。
2年生と3年生の札が乗っている席が隣り合わせになっているところ。
そこへすとんと座らせられると同時に、その先輩も隣へと豪快に腰を下ろした。
ってことは…さん、ねんせい。
そして、男子。
あああ…。
最初の計画が。
さすがに立ち上がって別の席に座るなんてことは不可能で。
恐る恐る隣を見ると、ニコニコとして屈託のない笑顔を私に向けているその人と目が合う。
ああ、これは絶対に逃げられない。


「名前は?おれはサッチ」
「…☆☆☆、です」
「☆☆☆ちゃんか〜、半年間ヨロシクな!」


机に頬杖をついて、私のことを見つめたままニカッと音がしてきそうなくらいの、超絶笑顔。
悪い人、ではなさそう。
多分。
周りを見ると、どこに座ろうか躊躇している人や、もうすでに示し合わせてきたのかきちんと着席している人もいて、様々だ。
早々に座る場所が決まったのはありがたいけど。
半年…かぁ。
半年ってけっこう長いんだよね。
どうしたものかと、どうしようもないんだけどうだうだと考えていると、サッチさんが突然大声を出した。


「マルコ、お前交通だったか?」


その声に一瞬ビクっとなってしまったものの、更に反対側からはまた大きな影が近づいてくるからそちらを振り向いてさらに驚いた。
サッチ先輩と同じくらい、大きい人。
そんな人が半目で不機嫌そうに近づいてくる。
こ、怖い…。


「いいや、忘れ物だよい」
「ああ、席ここね。☆☆☆ちゃんごめん、ちょっとだけどいてやって」
「悪いな」
「す、すみません」


座っていた椅子を後ろに引いてスペースを作ると、マルコと呼ばれた先輩は大きな体を屈めて机の中を覗き込んでいる。
私の視界を塞いだのは、ふわりと風に漂う柔らかそうな金色の髪。
そしてマルコ先輩から香るんだろうか、強い男性の匂い。
年上の男性とこんなに近くに接近したのなんて、お父さん以外記憶になくてドキっとした。
大きな手が引っ張り出してきたのは、机の中から1教科分の教科書にノート、それから筆箱。
それらを引き抜いた時に一緒に机の中から飴玉がひとつ転がり出てきた。


「あ…」
「ん?」


私の声にマルコ先輩がこちらに振り向く。
私の視線から、飴玉の存在に気が付いた彼は、すぐにそれを拾い上げてしまった。
指先で幾度か擦った後に掌にころりと転がるそれ。
シンプルな包みの飴玉は、大きくて骨ばった掌の上で揺れていて、そしてピンク色をしていた。
なんだか、可愛い。
それを見たサッチ先輩が、ぶふっと盛大に噴き出して笑う。


「それどうしたんだよ、世界一似合わないね、マジで」
「…お前にやるよい」
「えっ……」


器用にも掌の上を転がして指先まで運び、つまんだ飴玉を私に差し出してくる。
条件反射で掌を上に向けてそれを受け取ってしまうと、マルコ先輩は踵を返して教室の扉の方へと進んでいってしまった。


「あ、あの…ありがとうございます!」


去り際の、マルコ先輩の背中に向けて聞こえるように大きめの声でお礼を。
驚いたし、ちょっとだけ怖かったけど、さっきまでマルコ先輩の手にあったものが、今私の手にあるのが不思議で。
そしてなんだか、それが嬉しくて。
ちょっとだけ緊張も解けていたと思う。
こわばっていた体が、緩むのを感じたから。
そうしたら、その場で足を止めたマルコ先輩が振り返った。
5秒ほど、その状態で立ち止まったまま私と目が合っていて。
5秒なのかどうかはわからない。
けど、割と長い間だったと思う。
私もそんなマルコ先輩から目を離せずにいたから。
ただその間、呼吸していたかどうかは疑わしい。
全身が硬直したみたいで。
まるで時間が止まっていたかのような感覚に陥っていた。
その後再び踵を返して、マルコ先輩はすたすたと足早に教室を出て行ってしまったけれど。


「お前じゃなくて、名前、☆☆☆ちゃんな!」


マルコ先輩が教室を出る直前に、サッチ先輩が叫んだ言葉には片手を挙げて応じていた。
それに…。
目が合って、それが離れる直前、口角が上がったように見えたけど。
その表情が忘れられなくて、やけにドキドキしていた。
それに、掌の中の飴玉。
さくらんぼ味ってピンクで書いてあるけど、サッチ先輩の言うように、確かにらしくはないと思う。
そのギャップが可愛くて。
また、会いたいな、会えるといいな。


それから、委員会開始の時刻が来て、未だに席が決まっていなかった人たちが強制的に空いている席に座らせられていく。
勢いでペアが決まるよりは、ずっといいなと思った。
恐る恐るサッチ先輩の方を見ると、私に気が付いてすぐに笑みを返してくれるからほっとするし。
それに…。
マルコ先輩のことが気になって気になって。
今自分が着席している場所が、普段マルコ先輩が使っているところだと思うと、ちょっとドキドキする。
いつも座っている椅子、触れている机。
そこに私の掌が触れていると、なんだか本人に触れているような気さえしてくる。
それとずっと手に持っているわけにはいかず、胸のポケットにしまった飴玉。
マルコ先輩の近くにあったそれが、今度は私の近くにある。
その事実がやけに頭に響いて…。
どうしたんだろう、私。
これじゃ、変態みたいだ。


「はぁ〜…メンドイやつね〜?」


なんだか夢見心地でふわふわしちゃって、あまり委員会での話は聞いていなかったんだけど。
その中でも、委員長や副、書記を選出したらしい。
私はもちろん、それはサッチ先輩も役職は免れたようで一安心。
だけど今日決められたのはそれだけじゃなくて。
曜日決まりの朝の自転車の点検に、チェーンを掛けるように訴えかけるポスターの作成が主だった。
ポスターは、ペアで1枚作成してきて欲しいとのこと。
期限は二週間後まで。
配られた1枚の紙をつまんで、サッチ先輩がため息をついている。
摘まんだ紙を離して、そしてまた盛大にため息をついているから、それを見て笑ってしまった。


「ははっ、いいですよ。私作っておきます」
「イヤイヤイヤ、おれこう見えて真面目なんだぜ?職務放棄は致しませんって」
「そんなに時間はかかりませんよ」
「それなら尚更、一緒に作っちまおうぜ、な?」


委員会の短い時間で、サッチ先輩とはずいぶん打ち解けたと思う。
っていうよりも、もともとの性格からなのか人懐っこい感じがしてて、きっと誰とでもすぐ仲良くなってしまうんだろうと思った。
おかげで私も、最初の恐怖は全く消えてしまったからありがたい。
むしろ最初の頃、驚いていたとはいえあんなに怖がってすみませんっていう申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

委員会の残りの時間は、こうしてポスターについて話し合いをする時間に充てられ、そのまま解散ということになった。
解散が名残惜しい。
というか、この机から立ち上がらなくてはならないのが、名残惜しい。
それでもこの机をまた明日マルコ先輩が使うんだと思うと、頭の後ろがふわふわと震えるような気がする。

帰りはそれぞれということで、友達もみんな先に帰ってしまったし、なんとなくサッチ先輩と二人で玄関まで向かった。
私は徒歩に電車だし、サッチ先輩は自転車だというから、本当に一緒なのは玄関までなんだけどね。
それに靴箱のレーンも違う。
残っているのは部活をしている人たちくらいで、静まり返った玄関で2年生の列に靴を入れていると、少し向こうの方からガタガタと物音がするのが新鮮。
こんな風に学年の違う人と行動を共にするなんて初めてだったから。
少しだけの、戸惑いと。


「来週から、朝の点検始まんだった?」
「はい水曜日の朝でしたね、私たちの担当」
「…ってことは、早く起きなきゃなんねェのか〜、ダリィな〜」
「そうですね、こればっかりは…連来責任みたいなので、よろしくお願いします」
「おう、任せとけ!こう見えて、真面目だからな、おれは」


ドンっと拳を胸に当てて叩く姿は、大きいからこそ頼もしく見えた。
玄関でサッチ先輩とお別れして、ひとり駅を目指して足を進める。
今日はいろんなことがあったな。
そう思う自分の心と、胸元に入れてある飴玉の存在がすごく、華やいでいるような気がした。



**********



晩御飯の後、部屋に戻って電気をつけると…。
制服を脱いだ時に置いた飴玉が、机の上に乗っているのが見える。

今日、マルコ先輩からもらったもの。

別になんでもない、ただのお菓子なのに。
マルコ先輩にだって、他意はないはずだ。
甘いものは苦手なんだろうか。
だからたまたま近くにいた私にくれた。
多分、そんなところ。
似合わないなんて笑われてたし。

だけどその笑われていた姿や、振り返った時の表情を思い出すと胸がきゅんと締め付けられるよう。
それに男性特有の大きな体と、その香りが今も思い出せる程に鼻腔に残っている気がする。
どんな人なのかも知らないのに。
こんなに気になるなんて。


椅子に座って、手に乗せると、マルコ先輩がしていたみたいに掌の上で転がしてみる。
掌の上で転がる飴玉。
ピンク色の文字で、さくらんぼ味と書いてある箇所が転がる度に見せる文字が違う。
包装の端を丁寧に開いていくと、中からはふわりと甘い香りがした。
そのまま手の上に袋から取り出す。
文字と同じ色の飴玉は、丸くて、小さくて、ビー玉みたいに光っていた。
それを口の中に入れてみる。

舌の上で溶ける飴は、甘くて。
甘くて、甘くて、甘酸っぱくて。
今日の気持ちに、ちょっとだけ似ていた。






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