bed-sharing7

Side:☆☆☆



がっしりと掴まれた右手をそのまま引かれると、マルコのベッドへ背を押し付けられた。
私の真上に乗り上げてるのは、真剣な表情でこちらを見下ろすマルコ。
その際背中にも掌を添えられているんだけど、勢いよく引かれた割に支える手はびっくりする程優しくて。
まるでベッドの上で抱きしめられているかのような、安心感があった。
なのに上からは強い目線が注がれている。
この大きな矛盾を受け入れるには、全身を包むマルコの香りが強すぎた。
おかげで、大混乱のままうまく答えられない。
混乱していなかったとしても、さっきのキスの意味をきちんと答えられたかどうかは定かではないけれど。


「何、したんだよい」


だからもう一度、今度はゆっくりだけど確実に催促するような口調で尋ねられても、即答が出来ない。
怒ってる。
そりゃそうだ。
寝てる無防備な状態なのに、本人の意思とは別にした行為だ。
さっきのは信頼しての寝姿だったんだと思う。
なのにその信頼を、寝込みを襲うということで裏切ったのは私だ。
せっかく距離が縮まったと思ったのに。
壊したのは自分。


「ご、ごめん…寝てると思って」
「寝てたよい」
「それに、酔ってたから…」
「ああ、酔っ払っていた」


マルコがはっきりと言葉を口にするから、それ以上の言葉が私から出ない。
何か言わなきゃと思うたびに、怒らせてしまった、信頼を裏切ったという事実が脳内を襲う。
ごめん。
ほんと、ごめんなさい。
今にも泣きそうになっている私の目をのぞき込んでマルコが小さくため息を落とす。
そして、掴まれた腕や支えられている背中に、強い力が加わっていくのを感じた。
未だにマルコの下にはいるんだけど、ベッドの中央まで体を引っ張り上げられていく。
状況はよくはわからなかったけど。
それでも絞り出すようにやっと口から出した言葉は、短い謝罪だった。


「ほんと、…ごめん」
「謝らせてェわけじゃねェんだよい」


ますますマルコの眉間にしわが寄っていく。
はぁ…と一際大きなため息を落としたマルコが、がっちりと掴んでいた私の手首を開放した。
でもそれは、離したわけではなく、もう片側と同じように背へと差し入れられ、しっかりと上半身を腕の中に抱き込まれていく。
身体が密着していくと、マルコが私の首筋へと顔をうずめていったから、表情が見えなくなってしまった。
その代わりとでもいうかのように、私の身体にはマルコの重みがゆっくりと確実にかかってきている。
ベッドとマルコに挟まれて、息苦しい程に抱きしめられ、マルコが乗り上げている。
あの晩、一緒に寝た時だってこんなに強く抱きしめられることなんかなかったのに。
なのに、今。
こんな状況なのに。
喜んでしまっている自分もいる。
マルコの首筋に、私も手を添えたい。
私からも抱きしめてしまいたい。
そんな風に思ってしまう。


「添い寝、してほしいんだろ?」
「…へぁ?」
「なんて声出してんだい」
「だって…びっくり、して」
「してやるよい」


眉を下げて笑うマルコが、上半身を起こした。
片腕だけを器用に引き抜いて私の隣に身をどさりと落とすと、今度は私の肩を抱いて引き寄せた。
されるがまま、マルコの力に負けたふりをして私も身を寄せたけれど。
ダメだ。
わけわかんない。
怒ってるんじゃなくて?
どうしていいのかわからず、軽いパニックになってからは頭が真っ白で。
ベッドの上、靴を脱いでいないことだけがやけに気になった。

そのうち、マルコがくくっと喉を鳴らして笑った。
笑った衝撃が小さく私にも伝わり、ベッド全体が僅かに揺れる。
笑ってる。
笑ってる?
…どうして?


「あの話は、本当だったなァ」
「は、なし…?」
「王子は姫のキスで目覚めるんだろ」
「この町の、童話…」
「どんなに酔っていようが、深い眠りについていようが、惚れた女のキスで目が覚めねェ男はいねェよい」


再び喉を鳴らして笑い、掴んでいた私の肩を掌でぽんぽんとリズムを付けて軽く叩きだしている。
このまま寝ろ、ということなんだろうか。
リズムは一定で、マルコはそのまま言葉を発しない。
いや、ちょっと待って。
今なんて?
童話に掛けているのはいいとして。
惚れた、女?


「惚れ、た…?」
「どうした、復唱すんじゃねェよい」


驚いて身を起こした私を見上げるマルコ。
さすがに驚いて目を見開いている私。
暫く見つめ合ったまま、沈黙が部屋を包む。
私だって大好きだ。
だけど、なんで?
いつ?
ずっと?
頭の中で同じ言葉がぐるぐるする。
何度考えても、よくはわからないんだけど。
それでも、きちんと私も言わなきゃ。
伝えようと息を吸った時、代わりにマルコがはぁああと大きくため息をついた。
それがやけに部屋に響く。
足を伸ばしたマルコがゆっくり上半身を起こしていくから、私も体制を座る形に変えてベッドの上で、互いに座った格好で向かい合った。
こうやって座ると、マルコの足の長さがよくわかる気がした。


「☆☆☆に惚れてる。だが安心しろ、欲に負けて無理矢理抱いたりしねェよい」
「待って、待って!私だって、大好き!」
「…は…!?」
「マルコが好…」
「いやいや、ちょっと待てよい」


今度はマルコが目を見開く番だった。
何度か目線を私の背後や顏を移動した後、次第に首を傾げていく。


「じゃあ何故、あの店で拒んだ?」
「私だってしたかったよ?」
「なら何で…」
「好きな人とするキスは、…あんなお店のノリで、出来ないよ」
「ああ………そりゃ、そうだなァ。おれが無神経だったってだけかい」


マルコの片手が伸びてきて、掌が私の頬にぴたっと重なる。
親指で目の下付近の頬を撫でられたけど。
これは、理由のない、ただ本当に触れたいからの指先の動きで、いいんだよね?
今までの胸の高鳴りとは比べ物にならない程、苦しい程の締め付けが私の身体を襲う。
呼吸だってうまくできているのか、全くわからない。
ただ目の前のマルコを見つめて、その唇から紡がれる言葉を聞いていた。


「ここ数日、お前のこととなるとから回ってばっかりだったよい」


不貞腐れたような言い方をしながらも、悪くはなかった、と続けるから。
目を合わせているのが急に恥ずかしくなって、目線を横に反らしてしまう。
だけど強いマルコの視線はずっと私に注がれているから、気になって戻してみると。
同じ笑顔がそこにあった。
再び目が合うと、なんだかもうずっと優しいマルコの表情に、私自身がとろけてしまいそう。


「☆☆☆、…キスがしてェ」
「うん、…私も」


マルコの求めるような熱っぽい声に、ドキっと心臓が跳ねた。
だけどびっくりするくらい、私も甘い声で返事をしている。
マルコの指先が頬を何度か往復して撫でた後に、唇に移動してくる。
前にそうされたように、唇の端から中央へ向けて親指が移動してくると、それに比例して私のドキドキも大きくなっていく。
マルコの指の動きが気持ちいい。
このまま、キスしてくれるのかな。
淡い期待が視線に表れたんだろう、ふっとマルコが柔らかく笑った。
それは悪戯を思いついた子どもみたいな、それでいてちょっと不貞腐れているような複雑な表情に変わっていく。


「散々焦らされたからな。姫のキスを待ってもいいかい」
「わ、私だってすっごい焦らされたよ?」
「いいや、おれの方がずっとだよい」
「マルコなんか、しようとして止めたりしたでしょ」
「どれだけ勇気振り絞ったと思ってんだい…理性とも戦ったよい」


はぁ〜とわざとらしくため息を落としている。
そんなの私だって、って言いたかったけど、それこそ無意味な争いだ。
じゃあ、今は私から。
だけど、焦らされてドキドキしたのは、同じなんだから。
唇以外に。
まずは頬に唇で触れた。
それから反対側にも。
反対側へ移動する際、マルコと間近で目があったけど、お互いに頬を染める要因になっていたように思う。
それから鼻の頭。
少しだけ屈めて、顎のひげにキス。
それから首筋に触れてから、顔を上げるとマルコの口角が上がっているのが見えた。
私の意図がわかったんだろう。
次は耳かい、なんて余裕そうだ。
私の方はというと。
これは予想以上に照れる。
自分からキスするのって、こんなに照れることだった!?っていうくらい、ドキドキが増していく。


「クチにはしてくれねェのかい」
「ん、…それ以外なら、全部するよ」
「へェ…、じゃあここもかい?」


マルコが悪戯に笑いながら立てた人差し指を下方に向けて示すのは、下半身の方。
ズボンの上からなのに、思わずそこを直視してしまうと、途端に妙に腰がびくんと震えた。


「もう…ッ…バカ」


ふざけ合って互いに笑い合う姿が、マルコの冗談ともいえる言葉でいつも通りの雰囲気になった。
軽く胸元へ拳を当てると、柔らかく取られたその手を引かれて、マルコの腕の中へ。
ぎゅうっと抱きしめられる体に、今度こそ自分からも両手をマルコの背へと伸ばした。

多分だけど、こんなにマルコも同じ意見を言い張るということは、きっと私と同じ気持ちなんだろうと思った。
自分からキスをするのが、恥ずかしい。
だとしたら、すごく嬉しくて、なんだかくすぐったい気がする。
だけど今思えば、何度もキスされるんじゃないかっていう場面はあった。
それに、あのお店で…。
軽く言ったってとらえてしまったけれど、もしも、照れ隠しなんだったとしたら。
可愛すぎて、どうしよう。

抱き合う形から、体が離れて、再びマルコと対面するようになる。
頬が緩むのを止められない私を、マルコは柔らかな目でにらんだ後、ん、と唇を尖らせて顎で示してくる。
間近でじっと目を見つめているから、閉じろという合図。
ここでようやく、私は目を閉じた。
少しだけ、顔を上向きにして。
あれ…。
目の前が真っ暗になると、なんだか余計に緊張してきた気がする。
そのうち衣擦れの音がして、マルコの両手が肩にかかるのがわかる。
わー…。
ドキドキが止まらない。
こんなにも鼓動が早く打つんだと知ってたら、逆にする方が良かったのかもしれない。
ねぇ、長い。
待ってる時間が長いよ、マルコ。
自分の鼓動音まで耳に届いて来たし、もう、しんじゃいそう…ッ!

私が頭の中でたくさん考えて悩んでいた時間は、1時間にも思えたし、ほんの数秒のあっという間のことのようにも思えた。
唇が優しく触れたから。
触れてからは、頭の中は真っ白だ。
マルコの柔らかな唇が、私のそれ全体を覆う。
そっと押し付けられた後、名残惜しそうにゆっくりと離れていく唇。
こんな、触れるだけの、子どもみたいなキスなのに。
さっきから、鼓動が鳴り響いて全く止まない。
恥ずかしくて恥ずかしくて、もう、顏もものすごく熱い。
マルコが離れていったのがわかったから、ゆっくりと目を開けると、間近に見える表情。
マルコの顔がみるみる赤く染まっていくのがよくわかった。
頬が赤い。
っていうか、耳まで赤い。
そして私と目が合うと、途端に顏全体が赤くなり、そのうち親指と人差し指を開いた掌で、顏の下半分を隠して横を向いてしまった。


「なんだこれ、……すげェ…」
「マルコが照れたら、…うつるよ…」
「うるせェよい、そんなに見るんじゃねェ」


もう一方の手で、私の視界を遮るように掌を顔の前に向けられたから、その行動すら可愛くて。
ほんと、どうにかなってしまいそう。
きゅんと締め付けられるように、胸が痛い。
マルコが、可愛くて。
お互い初めてのキスじゃないのに。
そんなことはわかりきってるのに。
なのに、初めてキスした時よりもずっと恥ずかしい。
どうしてこんなにもっていうくらい。
それはきっと、マルコも同じなのかなって、目の前でこんなに赤くなられたら、少しくらい自惚れてもいいよね?


「☆☆☆、そんなに見てると、おしおきしてやるよい」


物騒な言葉とは裏腹に、またぎゅっと抱きしめられると、痛くない締め付けに心の方が縛り付けられたかのように苦しくなる。
大好きで、大好きで。
ずっとこんな風に抱きしめて貰えることを、何度も夢見てたから。
幸せすぎて、今どうしよう。
そのうち、体にマルコの体重がゆっくりとかかってきて、背後から共にベッドへどさりと倒れ込む。
マルコが私の上に乗っていて、でもさっきよりもずっと、乗り上げる重みは少なかった。
代わりに額にかかる前髪を持ち上げられて、そこを撫でられた後に、頬を固定された。


「好きだよい」


言ってすぐ唇をふさぐキスをされる。
だけどそれは、悪戯にちゅっと触れるだけの軽いもので。
すぐに離れて、私の様子を間近で伺っている。
自分だって、まだ顔が赤いくせに。
私の頬が染まっているのを楽しんでいるみたい。
もう。
こんな風に子どもみたいに笑う表情だって、大好きなんだからね。


「マルコ、好……んッ」


言いかけた言葉が、唇を塞がれることで遮られてしまう。
奪うように、初めて乱暴に触れられたのに、またすぐに離れてしまう唇。


「可愛いよい」


完全にマルコのペースで、自分の言葉の後に再び唇を重ね合わされる。
触れる寸前のマルコの表情は、至極ニヤリとしていて、頬の赤みは未だ取れていないけれど、いつもとあまり変わりなくなってきている。


「好きだ、☆☆☆」
「好……ん、…はぁ…ッ…言わせ、…んんッ!」


上半身しか乗り上げていないのに、ますます上に乗るマルコが重心をかけてくるから、その甘い重みが体に響いてくる。
キスだって、触れるだけでは足りないというお互いの気持ちが一致して、食むような動きも加わってきた。
だけどそれが深まる前に、マルコから唇が離れてしまう。
ベッドに組み敷かれている状態では、私からそれを追いかけて触れ合わせようとしても、肩を抑えられてはそれすら出来ない。
もどかしいったらない。
もっと触れたいのに。
もっとマルコと、キスしたいのに。


「今お前に言われたら、…キスだけじゃ済まねェ」


そんな風に思ってくれてたんだ。
マルコは、そう告白すると、再び頬が染まっていく。
そんなに嬉しい言葉を貰ったら、きゅんと胸が締め付けられる。
今日は何度、こんなに嬉しい思いを貰えるんだろうか。
はぁああと深いため息を落として、もう一度キスをしようと唇を下ろしてくるから、今度こそそれを片手で止めた。
マルコの唇に触れる、私の指先。
それだけでも、肌が熱くなる。


「ね、マルコ。…聞いて?」
「ん…なんだよい」
「マルコの匂いのするこのベッドで、マルコに…抱かれるなんて、幸せすぎてどうにかなっちゃうかも」
「☆☆☆……お前…、そんなに煽ると、もたねェ…」


破顔するっていうのは、こういう表情なんだと思った。
マルコの顔が、困ったような、照れたような、それでいて嬉しそうに笑ったから。
一体どの感情を表に出したらいいのか、わからないといった様子で。
今度こそ、赤くなる頬を隠さずに、私の顔をまっすぐに見下ろした後に、再び優しく唇を重ね合わされていく。
私も、マルコの首筋に両手を回してしっかりとしがみつくと、そのキスは、すぐに離れることはなかった。
代わりに、熱を帯びていくキスが深まって、マルコの舌が私の唇を割って入ってくる。
口内を舐められる感覚に、ゾクリと腰が震えた。
私を支えるマルコの腕が片方抜かれ、服の上から胸の柔らかな箇所に掌が添えられた。
たったそれだけのことなのに、ビクッと震えてしまう私の身体。
大きなマルコに全身包まれて、このまま…。



バァンッ!
「マァ〜ルッコちゃあ〜〜………んん!?」


部屋の入口が、爆発したのかと思った。
それ程に大きな音がしたから、ビクーッと体が震えた。
それがサッチだと理解するまでに、左程時間はかからなかったけど。
マルコが咄嗟に私をかばってくれて、胸元に押し付けるように抱きしめてくれたことが、心に響いて嬉しかった。
同時に、頬が触れているマルコの胸元からも、大きな声が振動となって私に響いてくる。


「サッチ…だからいつも言ってんだろうがよい!」
「い、いや、あのッ………う、うるせーっ!イチャつくなら、鍵くらいかけろ、バーカバーカ!」


入ってきた時よりは小さな音で、その扉を勢いよく閉めたサッチ。
マルコ越しに覗いた時には、もうその背中しか見えなかったけど。
廊下からはもう一度だけ、バーカと叫んでいる声が聞こえた。
息が上がりそうな程の熱いキスは、その瞬間、少し温度が下がっていったように思えた。
なんだか頭が冷えると、とてつもなく恥ずかしい。
めっちゃキスしてるとこ、見られた。
それにマルコも、ため息を付きながら身体を起こしているし。


「あ、あの…なんか、…ね、ほら……そろそろ、戻って寝ようか…?」
「今夜はこの部屋から、もう出してやれねェよい。…諦めろ」


あまりに強い台詞に、顔がみるみる熱くなっていく。
そんな私をベッドに残して、マルコが扉の方へと向かって行ってしまう。
そして一度扉を開いて廊下を確認してから、パタンと閉ざしてしまった。
すぐさま、カチッと乾いた施錠の音が響いていく。
再びベッドへと身体を向けて歩いてくるマルコの姿は、色気を帯びていて、とてもじゃないけど直視できない。
それでもなんとか目で追っていると、途中の椅子の背もたれに自分の着ていた上着を放った。
上半身裸のマルコが近づいてくる。
こんなの、見慣れているはずなのに。
甲板では、上半身裸で日光浴したりしているところだってかけるし、その状態のマルコと会話だってしているのに。
今この部屋で、この空間の中においては、めちゃくちゃ照れる対象でしかない。
慌てる間もなく、マルコがベッドの端に到達すると、そこへ腰を下ろした。
伸びてきた手は、さっきから自分でも気になっていた、履きっぱなしの私の靴へ。
足首から抜けるように、するりと脱がされ、そして床へ落とされる靴。
それはマルコのサンダルと重なり合うように、床の上で寄り添っていた。
まるで、この先の私達を示しているかのように。

ベッドへ乗り上げてきたマルコが、私との距離を縮めて。
そしてまた、そっと唇が重ね合わされた。


「朝まで、一緒にいてくれ」
「うん」
「可愛すぎて、…どうにかなりそうなのは、おれの方だよい」





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