この手が大好き

Side:☆☆☆



船大工部屋の自席で、製図を引いている時だった。
これはモビーの業務には直接関わりはないんだけど、いずれ、いつか、そのうち、役に立つかもしれないという代物だ。
私も船大工チームの一員だから、普段は点検に回っているんだけど、時々はこうして、作業をすることを許して貰っている。
ノック音と共に一人のクルーが部屋に入ってきた。
でも、今は集中している時だし、きっと誰かが対応してくれる、と思って背中を向けたまま作業を続行していた。
案の定、入り口に一番近い人が対応してくれている様子だった。
すみません。
今度、何もしていない時は、私が受けますから。


「トレーニング室の壁に穴、ですか。…わかりました」
「ほんっと、すんません!迷惑かけちまって、申し訳ないっす」
「まぁ、そういう時もありますよね。どなたか、手が空いている人いませんか?」
「あ!うちの隊もまだトレーニング中っすから、急ぎじゃないんで!」


ほんとすんません、って何度も謝罪をしているから、なんとなくそのあたりの言葉だけが耳に届いていた。
壁の修理は好きな方だけど…今はコレに集中したいんだよな〜って何気なく振り返った。
いつもは、あんまり気にしないで作業をしていく方なんだけど、本当に偶然、これぞ運命のいたずら?
振り返った先に居た人は、一番隊の隊員さんだった。
ってことは、マルコさんもトレーニング中?


「はい!私手空いてるんで行きます!」
「えっ!?…☆☆☆さん、今日は一日作業に集中するって言ってませんでした?現に昼も食わずに…」
「気分転換です。壁の修理しながら、まとめたいなァ〜って?」


あはは、と笑って誤魔化そうとしてみたけど、普段の集中している私を知っている人達だ。
半信半疑、といった表情で私を見ていた。
それでも、モビーが修理されることと、仕事がひとつでも多く減ることは悪いことではないので、何か言いたそうにしながらも準備を手伝ってくれた。

だって。
見たいよ。
マルコさんのトレーニング中の姿。
エースから普段聞かされているマルコさんの昔の話だけじゃ足りない。
今日はまだ会えてないんだから、少しでも姿が見たかったっていうのも本音だ。
まずは修理道具一式を持って、とにかく急いでトレーニングルームに向かった。
もう使用時間が過ぎてしまっていたのなら、ただの修理になってしまうんだけど。
それでも、壁の修理とか案外好きなんだよね。
製図を引いている時の、いい息抜きにもなってくれるかもしれない。
だから無駄じゃない。

道中、そんな言い訳を考えながら、自分のことを慰めているとあっという間に到着してしまった。
扉に手を掛けると、中からは人の話す声がしている。
良かった、まだ皆いるみたい。
そう思って一応ノックをして、扉を開くと…。
むわっと強い男性の匂いが部屋に充満していた。
そりゃそうか。
一番隊は男性しかいないんだし、皆汗かいてトレーニングしているんだ。
これは当然…か。
それにしても、本当汗臭いってすごいんだなと思った。


「☆☆☆さん!すんません、わざわざ来て貰っちゃって。こっちっす」


さっき部屋に来た人が、私を案内してくれた。
壁沿いに部屋を歩いていくと、中央より少し向こうで腹筋をしているマルコさんが見えた。
何か器具に足を引っ掛けて腹筋しているんだけど、その角度が凄まじい。
ものすごく鋭利な角度だった。
多分、私なら一回だって起き上がることすら出来ないだろうと思う。
それを難なく起き上がらせて、何度も腹筋を繰り返している。
素敵…。
余りの格好よさに、見とれてしまいそうになって、慌てて案内してくれている人の後を追いかけた。

その先に、何かものすごく重いものが突っ込んだかのような痕跡のある壁があった。
壁紙は破れ、大きく穴が開いてしまっていて、向こう側の様子が見えている。
聞くと、向こう側は器具室らしい。
良かった。
廊下ならまだいいけど、隣が誰かの部屋だったりしたら、大変だったと思う。


「振り回してたら飛んじまって…本当、すんません!」
「オーイ!女の子が来てくれてンだから、窓開けろ、窓!くっせーわこの部屋!」


隊員さん達が、わははと大きく笑いながら室内の窓をいくつか開けてくれたおかげで、むわっとした熱気と匂いが少しだけ消えた気がした。
とりあえず持ってきた荷物を下ろし、穴の様子と避けた壁紙を図って、一度材料のある倉庫に行かなければと思った。
一旦、私の思考もリセットしないと、真面目に壁を直すなんて出来そうもなかったし。
いくつかメモを取っていたら、背中側から少し灯りが遮られたことに気が付いた。
思わず振り返ると、首にかけたタオルで汗を拭っているマルコさんが立っていた。
特に何かしているわけでもないのに、なんだかすごくフェロモンむんむんで困ってしまう。
それなのに、まっすぐ私のことを見つめ、壁と見比べて眉を下げているから、更に困る。


「うちの隊員が迷惑かけちまった、悪ィな」
「大丈夫ですよ。こういうことって割とありますし…その為に、私達がいるんです」


だから気にしないでトレーニングして下さい、と続けるも、その場に腰を下ろしてしまったマルコさん。
私の作業工具入れの2メートルくらい離れたところで、柔軟体操を始めてしまった。
うそーん。
これ、やばいやつ、やばいやつ!
どうしよう。
なんかもう、引き締まった身体に、流れる汗、色気あり過ぎて堪らないんだけど…。
このままここで作業をしていると、緊張で震えていることがバレてしまいそうで、とにかく、倉庫に行くことにした。
ダメだ、もうちょっと綿密に計算して、必要な材料だけ持ってくるつもりだったけど、そうもいかないみたい。
少しだけ大目に持ってこよう。
ほら、うん、器具室の分もあるし!
あ…器具室の方も、確認しなくちゃいけないと思い出した。
あぁ…マルコさんに気を取られていて、肝心の仕事がおろそかになってしまう。
脳の半分くらい、今はマルコさんで埋まっている気がする。
これじゃ、いけないと思う。
マルコさん目当てに来たとはいえ、これは私の仕事だ。
仕事はきちんと、が私のモットーなのに。
よし、とにかく隣の器具室も行ってみよう。
そう思って立ち上がり、あたりを見渡すと扉の存在に気が付いた。
そうだよね、良く見ればちゃんとあるよね。
反省しつつ、その扉の方に移動して、そこを開くと埃っぽい空気、奥にはまだたくさんの運動器具が見えた。
その手前、扉に平行している先に、こちら側にも同じく大きな穴が開いてしまっている。
そこへ足を向けて、サイズを定規でいくつか計っていると、背後で扉が開く音がした。


「マルコさん、どうしたんですか?」
「少し見学してもいいかい?」
「だ、大丈夫ですけど、まだサイズ確認してるだけですよ」
「あんまり☆☆☆の手を煩わせるわけにはいかねェから、簡単なことなら自分らで直させようと思ってんだが」
「私の仕事、取っちゃったら困りますよ」
「あー…確かに。じゃあ大人しく、見学だけさせて貰うよい」


突然の訪問で、おまけにすぐ隣に腰を下ろすものだから、声が上ずったと思う。
一応寸法を測ってメモってはいるんだけど、手元の文字が震えて完全に踊ってしまっている。
マルコさんは真剣に私の手元を見ているから、なおさらだ。
仕事しなきゃ。
仕事しなきゃ。
しご…


「…ッ…っう…」


焦って手元をよく見ていなかったせいで、飛び出した壁の板で人さし指を切ってしまった。
よく見ると、幸い木片は肌に刺さっていないようだったけど、血も出てるしなにより恥ずかしい。
気を取られ過ぎていたせいだ…。
これは本気で反省しなくては。
確か工具箱には、絆創膏くらいは入っているはずだ。
でも今手元にはハンカチすら持っていない気がして、とにかく血を舐め取ろうと思って唇に寄せると、それを寸前でマルコさんに取られてしまう。
そして迷うことなく、そこをぺろりと舐められた。


「マ、マルコさん…!?」
「血はすぐに止まる。…それに再生の速度を上げておくよい」


よく見ると、マルコさんの両手に包み込まれ、その手から私の手にかけて、優しい蒼い光が移動してきていた。
ある程度、その動作を終えると患部を見つめた後に、今度はそっと唇で触れられた。
思わずマルコさんを驚いて見てしまうと、その目線に気が付いたのか私を見て、優しい笑みを向けてくれていた。
なんて優しい顔をするの…。
邪な気持ちで今日ここに来て、マルコさんにドキドキして失敗してしまった私。
なのにこんなに優しくされたら、恥ずかしくて仕方がない。
すみません、本当に。
マルコさんは優しい顔のまま、今度は私の頭をそっと撫でてから立ち上がった。


「血抑えるの持ってるかい?」
「こ、工具箱に、あると思います」
「勝手に探るよい」


そう言うと、扉から向こうの部屋へと移動してしまった。
あまりのマルコさんの行動に、力が抜けてしまい、その場に尻もちをついて座り込んでしまう私。
開いた壁の向こうからは、トレーニングをする皆の声に交じって、工具箱を開ける音が聞こえる。
それをどこか他人事のように聞いて、ただぼんやりと時が経つのを待ってしまった。
ドキドキと胸が鳴る。
私の耳にはやけにその音が響いていた。
やがてマルコさんが、絆創膏を手に部屋に戻ってくると、私の姿を見て小さく笑う。


「立てなくなる程の傷じゃねェと思うが…他にどっか痛むか?」
「すみません、ビックリして…」
「…これに、かい?」


再び私の手を取ると、指の先に唇を押し当ててくる。
ヒィィ。
それです。
まさに、それ。
その行為全て、じっと私の目を見ながらするから、困る。
いや、素敵なんだけど!
素敵すぎて、本気で困る。
私が狼狽えている間にも、マルコさんは指に絆創膏を巻いてくれていて、全く動じていないことに胸が痛んだ。
ドキドキしてるのは、私だけなのかな。
きちんと絆創膏が巻かれて、優しい笑顔で頭を撫でられると、更に鼓動が早くなる。
頬が熱いから、赤くなってしまっているのだろう。
ますます立てなくなっていて、どうしようかと困っていると、マルコさんに片手を差しだされた。


「立てるだろい?」
「…は、はい…!」


指し出された手を思わず掴んでしまうと、強い力で引っ張られて否応なく立ち上がらせられた。
そのまま一瞬、マルコさんの両腕の中に身を投じてしまう格好になる。
慌てて一歩後退すると、マルコさんの片腕が丸くなっているところから逃げるようになってしまった。
行き場を失った腕は、マルコさんの首筋に向いてそこに掌を当てながら、少し困っているようだった。
その姿がなんだか切なくて、まだ引かれていた手は離されていなかった為、そちらを自ら強く握りしめた。


「ありがとうございます、傷も、コレも」
「ああ、モビーをよろしくな。…頑張れよい」


人さし指を立ててマルコさんに向けると、困った表情は解けてくれたみたいだった。
先程の手は、今度は私の頭を撫でてくれている。
いつまでも子ども扱いだけど、それでも触れて貰えることには変わりないから、それだけでも嬉しかった。
嬉しかった、んだ、けど…。
頭を撫でていた手が、ゆっくり耳に降りてきて、視界の端に掌が写っている。
それが下に降りる頃には、頬を撫でられて親指でそこを幾度か擦られた。
マルコさんの手の動きは優しくて、すごく愛おしい。
そしてさっきみたいに、また熱い目を向けられると、今度こそ心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思った。
なのに、頬を撫でる親指は、だんだん唇の方へと下がってくる。
そして下唇まで到達して、そこをゆるゆると撫でられた。
そんなこと誰にもされたことがなくて、どうしたらいいのかわからず、ただマルコさんに身を任せるのみになってしまった。
仕事、しなきゃいけないのに…身体が全然動かない。
マルコさんの親指が、端から端まで往復したところで、ようやく離された。
離れた先で一度強く握りしめた後に、ゆっくりとマルコさんの身体の横に戻っていった。
危ない。
心臓なんか音を立てて壊れちゃう寸前だ。


「隊長〜!器具に挟まって怪我した奴が…」
「何言ってんだい、そんなの放っとけ!舐めときゃ治るよい」


器具室の扉が開いて、隊員さんの一人が顔を出した。
その声でマルコさんはすぐに振り返り、そして扉の方へと向かって行ってしまう。
私はその背中を見つめたまま、立っているのがやっとだった。



その後、深呼吸をして修理の仕事に戻った私が、両方の壁を直し終えるまで、一番隊のトレーニング時間も続いていた。
隊員の人達が、休憩中に見に来たり、それを口実にさぼったりしているのを、マルコさんが時々叱りに来たり。
だんだん直っていく壁を、感心してくれたりと、なんだかずっと一緒に過ごすうちに、私も一番隊の人達のことを割と覚えたし、覚えて貰えただろうと思う。


「直りました!」
「おお〜、すげー!」
「これマジでさっきまで穴空いてたとこか?」
「俺もうどこが空いてたのかわかんねぇ!」


さすがに壁紙の継ぎ目は良く見ればわかるけど、我ながらきちんと直せたと思う。
まっさらになった壁を見て、隊員さん達が感動してくれるから、私もすごく嬉しかった。


「この後仕事はまだあるのかい?」
「少しだけ、まだあります」
「そうか…晩飯の後、今夜は割り当ての仕事もねェから、こいつらと甲板で呑むことになってんだ、☆☆☆もどうかと思ってな」
「晩御飯の後なら大丈夫です!是非ご一緒させてください」
「今夜は一番隊のおごりだよい」


マルコさんが嬉しそうな顔をしてくれたのと同時に、わ〜っと一番隊の人たちも喜んでくれている様子だった。
おごりのお酒よりも、目的はマルコさんっていう邪な考えだけど、少しでも長く一緒にいたいと思ってるから、本当に嬉しかった。
同じ船にいるのに、会えない日だってあるくらいだ、約束をして会えることが幸せだと思う。

楽しみにしてます、ってマルコさんに向かって言うと、大きな手でまた頭を撫でられた。
この手が大好き。




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