bed-sharing3

Side:☆☆☆



マルコに引かれながら入った街並みは、思っていた以上に綺麗なところだった。
自分の気持ちが卑屈になっているためなのか、道を行きかう女性は皆素敵な服装をしていて、とても魅力的に見える。
リュックを背負い、歩きやすい服装をしている自分とはまるで正反対で。
手を引かれているから自分の意思では速度を変えられない為、次第に顔が下を向いてしまう。
そんな私に気が付いたんだろう、前を歩くマルコの足がふいに止まった。


「どうした?」
「いや…こんな汚い格好で、ごめん…」
「突然どうした、今朝からずっとその格好……ああ」


負い目を感じてしまっていることをどう説明しようかと思案していると、辺りを見渡したマルコが頭上から納得した声を出している。
ああ、マルコの視界には綺麗な服装の綺麗な女の子と、目の前にいる小汚い格好をしている私が映っているんだろう。
下を向いていると、自分の足元がよく見える。
ところどころ、砂がついている。
マルコの足にもついているのも見えるけど。
不意にふわりと頭の上にマルコの掌が重ねられた。
驚いて顔を上げてマルコを見ると、口元を緩めていて穏やかな表情の彼が見える。
それがあまりに優しく私を見つめるから、余計に困って、無駄な一言を加えてしまう。


「可愛くない格好で、ごめんね」
「どんな服装なら、可愛いって?」


マルコの片眉が上がって、私の様子をうかがっているのが見える。
突然の言葉にさすがに思考が追い付かなくて、今の自分と対極的な、そして定番ともいえる服装が咄嗟に頭に浮かんで出た。


「え…っと、真っ白いワンピース、とか?」


我ながら安直なたとえだ。
マルコは、ふむ…と割と演技がかった仕草で考える素振りを見せた後に、そしてさらに大げさな程に納得したという姿勢を見せた。


「それいいなァ。モビーに帰ったら、☆☆☆の言うその格好で仕切り直ししようじゃねェか」


至極楽しそうに笑うマルコを見ていると、一瞬頭の中で様々な分析を行ったけども、どの考えも同じ答えにたどり着く。
数回頭を撫でられたけども、結局同じ回答の為おそるおそる訪ねてみる。


「それは、私が着る…んだよね?」
「他に誰がいるっていうんだい」


ですよねー。
ていうか、それは随分と大それた話になっているんじゃなかろうか。
軽く頷いてしまったけど、モビーに帰ったら、という数日以内の話で、白い服を着た私がマルコとデート、ってことなんじゃ?
信じられない気持ちで見上げても、マルコは涼しい顏をしたまま私を見ている。
正直言って、真っ白いワンピースなんて着たことがない。
汚れるのは目に見えているから。
船の中はあまり持ち物も増やせないし、もともと着道楽でもないから最小限の服しか持ち合わせていない。
そのうえ、こうして歩いて島を回ることも多いから、女性らしい服だって私のワードローブに入っているかどうか定かではない。
むしろ接岸するときや、見張り台に上った時なんかで、ひらひらするスカートを気にしていたら仕事にだってならないんだから。
後は、女性らしい振る舞いはナースさん達だけでも十分な程だから、張り合うなんておこがましいし。


「そういう可愛い服装は、もっと…ほら、可愛い子にお願いしたら…」
「ああ、着慣れねェから恥ずかしいのかい」


ご名答!
うんうん、と何度も頷いて納得してもらおうと試みた。
デートはやぶさかではない。
むしろ嬉しい。
っていうか、すでに今の段階で叶ってしまっているから、私としては十分すぎる程なんだ。
マルコを今日独占している気分になれているから。
普段は、一番隊の隊長で、他のクルーにも頼りにされているし、むしろ、各隊長達にも頼られているから、マルコの周りには人がいっぱいいる。
私と二人、こんなにも長く会話することなんて、ほとんどないんだから。
ここ最近は、マルコと二人で会話できる時間を持ててるなァなんて、この間の夜に甲板で二人で酒盛りをした時から思っているくらいだ。


「ならそれは、おれの我儘ってことで、着て貰うから、☆☆☆もおれに何か要求しろよい」
「等価交換、ってこと?」
「等価になるように、考えろよ」


そんな急に言われても。
今日、朝からついてきてくれているだけで、すでに願いは叶っているのに。
これ以上何を望めばいいんだろう。
黙ってマルコを見つめ返すくらいしか、今は出来なくて。
暫く二人でそうしていたんだけど、次第に陽が落ちて夕焼けに包まれていく。
きっと私がお願い事を決める前に、夜になってしまうだろう。
そう判断したらしきマルコが、再び私の手を引いて歩きだした。
良かった。
見つめられたままだったら、余計に何も浮かばない。
むしろ、私を好きになってほしい、なんて何度か浮かんでしまった自分を叱ってやらなきゃならない。
さすがに、着慣れない服を着ることの等価には重過ぎる。

明日も晴れるだろう、綺麗だった夕焼けが消えていき、辺りが薄暗くなってきた頃、一軒の宿の前でマルコが立ち止まる。
綺麗な建物だった。
この島は、建設業もだいぶ発展しているようで、建物の外観がどれもすごくおしゃれだ。


「事前に予約は?」
「ううん、いつも行き当たりばったり」
「なら、ここにしとくか」
「うん」


そのまま宿の中へ入る。
ように、足を進めたんだけど、立ち止まっているマルコに手を引かれて、再び対面することになった。


「な、に…?」
「要求、考えたか」


さっき言われてから、その後は一度も訊かれなかったことを、今再び尋ねられている。
さっきは笑いながら言われていたことが、今は心なしか真剣な眼差しで見つめられているような気がした。
そんな表情で見つめられると。
思わず本心が出てしまいそうになるから、やめて。
もしかして、今すぐ言えと、そういうことなんだろうか。
もう仕方ない。
きっと何日考えたって、本心以外じゃいい案なんて思いつかないんだ。
それならせめて、この島で何か思い出になる品を残そうと思う。
なんでもいいから。
安いもので、構わないから。


「何か、買ってもらっちゃおうかなぁ〜?…なんて…」
「それなら、今夜おれを買えよい」
「…へぁ?」


以前に自分でも聞いたことのある、わけのわからない音が口から出た。
それは予想外の提案で、自分が思っている以上のことを持ち掛けられていた。
言葉にならない声は何度も口から出て、そのうち音すら出ないまま唇をパクパクとさせてしまっていたと思う。
私は陸にあげられた魚か。
そんな醜態を晒しながら、あろうことかそれを承諾と見なしたマルコに手を引かれて、宿の中へと入っていった。
部屋を取るマルコの背中を見つめ、それが同じ部屋であることに気がついたのは、階段を上るマルコの手には鍵が一つしか入っていないのを見たときだ。
それまで全く手を離すことのなかったマルコ。
それは部屋の前まで続き、鍵を開ける直前まで続いた。
手汗、絶対かいてたわ…。



**********



「最初はどうすりゃいいんだい」
「私だって、こういう経験はないし…、わかんないよ」


二人ともお風呂上りで。
同じ部屋にいる。
マルコはベッドの端に座っていて、後からシャワーを浴びてきた私を見上げている。
真っ白いTシャツにハーフパンツ。
あまり見慣れない格好だから余計に、なんだかドキドキした。
そんな冷静に部屋の様子とかマルコの姿をできるだけ客観的に眺めていたけど、そうでもしないと心臓が破裂してしまいそうだから。
お風呂上がりのマルコなんて、何度も見たことがあるのに。
むしろいつもは胸元全開で、逞しく鍛え上げられた筋肉だって目の当たりにしている。
だけどそんな普段の色気を吹き飛ばしてしまう程の色気が、室内を覆う。
ちょっとでも気を抜いたら、膝から崩れてしまいそうなほど、私に訴えかけてくるから困る。


「まず、腕枕するか」


後方へ手をついてベッドに乗り上げるまでの仕草を、最後まで見つめてしまった。
そんな私の視線に気が付いて、マルコが小さく笑う。
広いベッドの上、完全に乗り上げて足を投げ出して座るマルコが、私の掌を向けて差し出していた。


「☆☆☆」


甘い声で名を呼ばれると、大きくはねた心臓が呼吸を強く促して、荒くなっていくのを感じる。
こんな風に興奮してること、恥ずかし過ぎて気づかれたくないんだけど。
なんだかいろいろ期待してしまっているみたいで、ほんと、情けない。
この状況、マルコは何とも思っていないんだろうか。
というより、こんなに簡単に一緒にベッドで寝ようということは、なんとも思っていない証なのだろうか。
だとしたら、悲しいけど。
もう、それでもいいやとも、思ってしまう。
どうせ手の届かない人なら、好意に甘えてしまおう。

ベッドの端に片膝をつくと、ギシと小さく軋むベッド。
そのまま膝で移動して、マルコの手に私のそれを乗せようとしたけど、昼間と同じくその手が私の背へと回ってくる。
背中を通った腕が身体をしっかりと捉えた瞬間、やや強めに抱きしめられた。
マルコの腕が私の腕の下から背中に回っているため、私の片手は彼のの首筋に回る容で収まっている。
自然と、もう一方の腕もマルコの首筋へ。
ベッドの上でこんなことされたら。
今日一日中歩いてきたはずなのに、体の疲れすら忘れるくらい緊張してこわばってしまう。
身をギッチギチに硬直させていたんだろう、柔らかく背中をもう一方の手で上下に撫でられた。
間近ではマルコがふぅと小さく息を吐いているのが聞こえる。
しんと静まり返った室内で、二人の呼吸音だけがやけに響いている気がする。
私の呼吸、速くなったりしていないだろうか。
いや、絶対速いんだけど。
それは確実なんだけども。
気づかれてはいないだろうか。
そんなことを思えばますます、気になってしまう。
本来なら、この状況を楽しんで、この身に刻めたらよかったのに、細かなところばっかりが頭の中を支配していた。

ゆっくり、ゆっくり呼吸を繰り返して。
とにかく、落ち着いて。
ほら、マルコと触れ合っているところが、暖かい。
互いに衣服越しだから、じんわりと徐々にぬくもりが伝わってくる。
さすがにこんなに密着するのは初めてなんだから。
ちゃんと、マルコを感じて、私!


「こうしていると気持ちがいい、よくわかったよい」
「うん」


密着していると、マルコが言葉を発する時の振動も伝わってくる。
それにさっきから、なんて優しくて甘い声色で話すの。
好きっていう気持ちが溢れてしまいそう。
その気持ちを込めるように、自然とマルコの首筋に回した腕にも力が入っていく。
もちろん緊張もあったけど、好きな人と触れ合っている事実に、だんだんと幸福を感じてきた。

暫く抱き合ったままベッドに座っていたんだけど、大きくマルコが呼吸をした後に、体を持ち上げられてベッドに背を預けて倒されていった。
私をベッドに横たえた後に、マルコが部屋の灯りを消していく。
ベッドヘッドのところだけ残して消してしまうと、マルコも同じくベッドへ体を横にする。
枕に頭を乗せる私の隣に、マルコがいる。
それに身を横にするときに、私のつま先にマルコの足が触れた。
もちろん背の高いマルコの足は、私に触れた後もさらに下の方へと伸びていったからずっと触れたままっていうことはなかったんだけども。
それがなんだかすごく、くすぐったかった。


「今夜のお前の枕は、おれの腕だろ?」
「はい、…お願い、シマス」


少しだけ首を持ち上げると、その下にマルコの腕が入り込んでくる。
腕に首を乗せているだけでも十分。
そう、十分だったのに。
マルコの身体が私のそれに密着していく。
みるみるうちに、接地面が増えていって、私の頭だって腕というよりは肩に乗せられている。
そしてぐいっと肩を引き寄せられると、体をマルコの方へ向けさせられた。
完全にマルコの方を向いて、片手を胸板に乗せないとバランスが取れない程だ。
ぴったりと張り付く、互いの身体。
これは…さっきよりも、ずっと密着している。
それに、胸が!
さすがにノーブラというわけにはいかなかったから、薄い柔らかな下着を装着したけど。
こんなに密着するのであれば、それはあまり意味を成さない。
ふにっとした感触、胸がマルコの身体に当たっているのが自分でもよく理解できる程だった。
ふぅ〜と息を吐きだしたマルコの手が、肩から頭部にゆっくりと移動していく。
左右に大きな掌でそこを撫でられ、時折ポンポンとリズムをつけて弾くようなそれ。


「今日は疲れたろ、眠るまでこうしてるよい」
「まだ…眠れそうにないんだけど」
「そりゃァ、困ったな」
「でも今日は本当に、ありがと」


ん、と小さく頷いて、胸元に乗せている私の手を取る。
指の下から差し入れられたマルコの指が、そっと四本の指を柔らかく握りしめている。
眠るまでって言ったけど、全然睡魔が襲ってくる気配がない。
そりゃそうだよ。
こんなにドキドキしちゃってるんだ。
胸の鼓動だって最高潮すぎる。
眠れるはずがない。
ある程度時間が経過したら、眠ったふりをしておこう。
じゃないと、マルコも眠れないだろうから。
こんなドキドキしている私に付き合わせるのは、申し訳なさすぎる。


「あったかい…」
「ああ、気持ちいいよい」


独り言のようにつぶやいた言葉でも、こんなに近くにいるとすぐに拾われてしまう。
同意を示したマルコは、私の頭部にある掌や腕で、更に密着するようぐっと力を込めている。
ぴったりと張り付く体に、それに…額がなんだか暖かい。
僅かに身を起こしていたマルコが、私の額に唇を寄せていたからだ。
え、キ、キス…。
だよね?
額だけど。
ますます鼓動が速くなるのを感じる。
ダメだ。
これ、絶対眠れない。


「あ、あの…っ…でも、こんなにして貰ったら、白いワンピース着るくらいじゃ足りなさすぎだよね」
「☆☆☆からの対価が少ねェと?」
「全然、労力が足りなさすぎるよ」
「それなら今、追加で貰うよい」


僅かにだけ身を起こしていたマルコが、更に上半身をこちら側へと向けてくる。
それは大きな動きであったため、ベッドも大きく軋んで音が鳴る程だった。
それはあっという間の出来事で、頭部からすぐに降りてきた掌はがっしりと肩を掴み、割と強めに体を上へ向けさせられた。
柔らかく握られていた手も、しっかり指を絡む繋ぎ方に変わって、シーツへと押し付けられていた。
すぐ目の前にマルコの顏。
上半身を私の上に乗り上げているから、灯りがマルコの顔にまでは届かず、シルエットしか見えない。
そのシルエットが、私の方へと降りてきて。
突然のことだったけど、相手がマルコだから。
その距離がほんの数センチとなった頃、そのまま目を閉じた。
なんなら少し、唇も開いていたかもしれない。
そしてさっき触れた足の先が、再び触れ合う。
マルコの膝が、私の足を割ってその間に入ってきたから。
くすぐったさも感じながら、それを受け入れて私も少しだけ足を開いていく。

なのに、降りてきたのは唇ではなく、マルコの吐息と、それから喉を鳴らすような小さな笑い声で。


「悪い…これじゃ、それ目的で付いて来たみてェじゃねェか」
「マルコ…?」
「今夜はおとなしく寝るよい」
「…う、うん…」
「☆☆☆、おやすみ」


マルコの心境の変化についていけず、それでもとりあえず返事だけは頑張った。
おやすみをした後は、再びマルコが上を向いてベッドに背を預け、私の身体はマルコに密着するように横を向いていく。
ぽんぽんと頭を撫でる手も、さっきと同じ動きに戻った。
まるで、何事もなかったかのように。
キスをされるのかと思って、期待してしまった自分がバカみたい。

それ以降は本当に、何もなくて。
マルコの手の動きに促されるかのように、ゆったりとした重い睡魔が響いてきた。
マルコの温もりを感じながら目を閉じると、次第に意識が遠のいていく。
くっついていると気持ちがいい。
好きっていう気持ちの、特権を楽しみつつ睡魔に身を任せていった。



深夜のことだろうか。
微睡の中で目を覚ますと、ベッドに一人だった。
バスルームの方からは、灯りが一筋漏れているのが見える。
それに心なしか、少しだけシャワーの音が聞こえてきている気がする。
マルコがシャワー?
寝る前に使ったハズ。
疑問に感じながらも、眠気には勝てずに瞼を落とすと、次に目を開いた時には再びマルコの腕の中。


「眠れねェのかい」
「ん…マルコ、さっき…いなかった?」
「いいや、ずっとお前を抱いているよい」
「…言い方……もう…」


まだ眠っていなかったんだろうか。
はっきり言うマルコの言い方と、少しだけ含みのある言葉に笑ってしまった。
それさえ気持ちよくて、深い眠りへと落ちていった。





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