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Side:☆☆☆



モビーの先端に立って久しぶりの島の風を肌で感じた。
暖かくて乾いた風が気持がいい。
この島の気候はとても過ごしやすいと事前にわかっていたし、何より久しぶりの陸地に心が躍った。

その前に。
接岸するにあたって、私の最大の仕事であるモビーの誘導。
さすがに側面を大きくぶつけると船大工チームに迷惑もかかるし、何より滞在日数が伸びてしまうから。
小舟に乗る案内人の指示に従い、操舵室へ合図を送ると大きな船が次第に陸地に近づいていく。
ここは慎重にと毎回思ってはいるんだけども。
どうしても、島の港の中へ毎回必ず目線を送ってしまう。
遠くからでもよくわかる目立つ姿、先に上陸している彼が陸地に立っているのが見えるからだ。

うちの一番隊隊長、マルコ。
両腕を組んでこちらをじっと見つめたまま、微動だにしない。
その姿は、モビーが完全に接岸するまでずっと同じ格好のまま動かない。
上陸する毎回の恒例的な状況。


「ったく、毎度のことながら偉そうに立ってやがるぜ」
「あれが見れるってことは、この島が平和だっていう証拠じゃない」
「マルコの姿が平和の象徴ってんなら、おれは綺麗なお姉ちゃんの方がずっといいね!」


私の立っている船首部分の端の方に、半ば呆れ気味に笑うサッチの姿が見えた。
サッチの目線は、陸にいるマルコの方に注がれている。
憎まれ口は叩いているものの、それでも彼も上陸出来るっていう事実には嬉しそうで、どこか期待に満ちた表情をしている。
そりゃそうだ。
久しぶりの陸。
食材だってお酒だって補充できる。
それに、サッチのいう綺麗なお姉ちゃんと、出会える場でもあるんだから。

モビーが一瞬大きく揺れて停止をした。
それが接岸の合図で。
船の甲板からは、上陸を喜ぶクルーの雄叫びが上がっている。
上陸した途端に下ろされる甲板からの階段、それを待つもの、待てずに飛び出していくもの、様々だ。


「上陸だァ〜〜!」


だけど全員、それは遊びに行く為の行動ではない。
各々が与えられた仕事を完遂するための急ぎ足のようなものだ。
だって遊びに行けるのは与えられた仕事を終えた者からだから。
私もすぐに陸に降りたいのは山々なんだけど、さすがに甲板から飛び降りることは出来ないから、階段が下ろされるのを待つ組だ。
階段を駆け下りていくクルーに混ざってようやく陸地に足を下ろしたのは、接岸してから5分程経過した頃のことだった。
大勢のクルーを掻き分けてマルコの方へと足を進めると、すぐに反対側にある木箱の山を指すマルコ。


「☆☆☆!そっちの箱が今回の分の燃料だ、頼むよい」
「は〜い、了解」


久しぶりに見る顏。
でも再会を喜んでいる暇なんてない。
次の仕事は、積み荷の確認と収納作業があるからだ。
航海士達と先に上陸していたマルコとで、作業を分担するんだけど、これが数が多いのなんの。
丸一日かかってようやく収めることが出来るくらい、多い。
マルコに指示された燃料を収めた後は、食料、お酒、洗剤等の日用品、寝具や家具に至るまで様々な箱が大量にあって、次々と仕事を与えられていくから、全く休む暇もなかった。


航海士チームは、積み荷全てを確認し、所定の場所に荷物を積み終えるまでは仕事を終えられない為、最後の荷物を船内に収めた時はもう残っているクルーの姿もまばらですっかり日も傾いてしまっていた。
さすがに、マルコをはじめとした隊長クラスの顔はもう見当たらない。
手伝ってくれていたクルー達にも、仕事が終わったことを伝えると、一目散に船を降りて行ってしまった。
船に残るのは、見張りの隊の数人と、…今甲板にいるのは私くらい。
その甲板から港を見下ろすと、接岸した時にあった大量の物資の入る木箱はもうなくて、広々とした空間が広がっていた。
そこに立っていたマルコの姿も、今はもうない。
今頃、久しぶりに会ったクルーや隊長達と、街でお酒を飲んでいるんだろうと思う。
今夜は…帰ってこないかもしれないな。
マルコは上陸の日はだいたい隊の宴に付き合って、夜遅く帰ってくることもあれば、朝まで帰ってこないこともある。
さっきまで皆で大騒ぎして一緒に仕事していたのがウソみたいに静か。

潮風も目いっぱい浴びたし、今夜はお風呂に入って早々に寝てしまおう。
そう決心して、船内へと足を進めた。



**********



お風呂上り、身体の熱を冷ます為に甲板に出ていた私。
それは建前で。
往生際が悪いとは思う。
マルコが帰ってくるかどうかもわからないのに、こうして帰還を待ってしまっているから。
約束をしているわけでもないのに。
それでもなんとなく、マルコが島で、他のクルーと同じことをしているとは考えたくなくて、一縷の望みをかけながら甲板を散歩してしまっていた。
好きっていう勇気さえ出せないくせに。
ただ待ってるだけなんて、ほんと情けない。
だけど、こんな小さな私の恋心を伝えてしまえば、今得ている信頼を壊すことになりかねないことも事実なんだ。

お前の書く海図は見やすい

そう褒めて貰えたのは、前回の島でだった。
なんとなく毎回書いている海図を操舵室に吊るしていたら、マルコがそれを見つけて褒めてくれた。
自分の書くものよりもわかりやすく、何より綺麗だと。
マルコの書いたものと比べて、果たして本当にわかりやすいものになっていたかどうかは定かではないけれど。
それでもそれが嬉しくて、次の島の海図も見せてくれという申し出を、快く受けてしまった。
それに興味を持ってくれているうちは、まだ会話があるし、向こうから話しかけてくれることだってあったりする。
だから、この関係を壊したくなくて。
じっと気持ちを隠して過ごしている。
だから、夜にこんな気持ちで船に残ることにもなっちゃっているんだけども。


甲板の外周を一周歩ききってしまい、そろそろ湯冷めしてしまうからと船内へと入ろうとした時、本当に最後に港へ目線を遣ると見たことのある紫のシャツの人物が船に向けて歩いてきているのが見えた。
やった。
待っていてよかった。
これで、おやすみが言える。


「おかえり、早い帰りだね、どうしたの?」
「どうしたも何も、他の奴らが……まァ、いろいろお愉しみだ」
「マルコは…いいの?」


少し酔っているのだろう。
マルコは飛ぶこともせず、カンカンと乾いた足音を立てて階段を一段一段自分の足で登ってくる。
私の問いかけに、その足を止めて無言でこちらを見つめた後に、小さなため息を落としながら再度足を進めてくる。
小さな声でも相手に届く距離まで近づいた時に、またマルコが柔らかく笑った。


「知らねェ女に興奮して抱く気力も体力も、もう残っちゃいねェよい」
「先乗りした時に、もう…?」
「バカ、毎晩くたくたで、宿で寝るだけの数日だったってェの」


呆れたように大げさに大きなため息をついて見せ、甲板にトンっと乗り上げてきた。
その長身は、見上げる程で、彼の背後から注ぐ月明かりがとても綺麗だった。
余計な質問をしたと思う。
恋人でもないのに。
ただただ、先乗りした時に何をしていたのかに、想像で勝手に嫉妬して口に出してしまった。
余計なお世話ってやつだ。
私の懺悔を知ってか知らずか、マルコは近くまで歩み寄り、私の頭頂部に掌を乗せてぽんぽんと叩いた。
最近じゃ、私の頭をこうして撫でるのなんて、オヤジとマルコくらいのものだ。
昔から、相も変わらずこうして甘やかされている気がする。
内容までは知られていないと思うけど、私の後悔が伝わったんだろうとは思う。


「そんなことより、風呂上りなら喉乾いてんだろ、まだ飲み足りねェんだ、付き合えよい」


まだ芯まで乾ききっていなかった私の髪に指を通して、毛先まで移動させていく。
マルコの手からこぼれた私の髪の毛が、夜風に揺らされてなびいているのが見えた。
それが元の位置に戻る頃、自然と頷きを返してしまっていた。
頬が熱くなっていくのを感じる。
なんて単純なんだ、私は。

その後、二人で食堂を漁りに行った。
サッチ秘蔵の酒の肴も見つけたし、普段隠しているお酒の瓶の位置だって私たちなら知っている。
サッチごめん、なんて上辺だけの謝罪をした後に、二人で笑い合った。

そのまま食堂に留まって居てもよかったんだけど、お互い同意見で再び甲板に出ることにした。
だって風が気持ちよかったから。
マルコはお酒の熱が、私はお風呂と恋心の熱にはちょうどいい、夜風だったから。

お酒はほとんどマルコが持ってくれた。
私はといえば、空のコップにわずかな食材の乗るお皿だけ。
歩くたびに、トレーに乗せたコップや肴を入れたお皿が軽くぶつかって、高い音を出してメロディを奏でているように聞こえて、さらに心が躍る気がする。
隣を歩くマルコにもそれが聞こえていて、私と同じく楽しんでいるようで頬が緩んでいるのが見えた。
なんか、楽しい。
さっきまで、マルコはどうしているのかな、なんて不安になっていたのに。
彼が隣にいるだけで、こんなにも楽しい。
それを失くしたくない気持ちが強すぎて、好きなんて言えないのがネックだけど。

夜風は船首の方から吹いてきていたから、自然とそっちに足を向けた。
少し高い位置に上ってみると、更に気持ちがいい。
ここにはソファどころか、椅子もテーブルもないけど、なんだか今夜の一番の特等席に見えてくる。
マルコがいるというだけで。

床にトレーを置いて、同じく床に腰を下ろして座った。
マルコも私の向かい合わせになるようにして、床に腰を下ろしていた。
そして細やかに、二人で乾杯をする。


「お疲れ様」
「ああ、…島の調査を先にしているおれを、もう少し賞賛してくれてもいいよい」
「うん。いつも、ありがと」


あれ、…照れてる。
多分、照れてる。
私が素直にお礼を言ったからだろうか。
多分普段は、こんな風に言われないんだと思う。
っていうか、サッチやイゾウに言ったところで、素直にお礼なんて言われるわけないから。
皆素直じゃないからね。
本心では感謝してたって、絶対口にするようなクルーじゃないから。
うちの隊長達は。
でもそのおかげで、こんなにも珍しいマルコの姿が見れたから、皆には感謝することにしよう。
マルコはさっきまで立膝をしていたんだけど、それを組み替えて足の裏を合わせるようにして胡坐をかいている。
その合わせ目をじっと見つめたまま、暫くそうしていた。
静かに照れているのか、もう照れていないのかわからないけど、私も黙ってマルコが顔を上げるまで静かに待つことにした。
そのうち、ふわっと舞い上がるような風が吹いて。
ようやく、その風に促されるようにマルコが顔を上げた。
それに気が付いて私も顔を上げると、真っ先に目が合う。
目を細め、困ったように眉を下げて笑っているマルコが、そこにいた。


「☆☆☆」


突然名を呼ばれたから、トレーにコップを戻そうとしていた手が僅かに震えた。
何とか力を込めて倒すようなことはしなかったけど。
今までにないような、甘い声色で呼ばれた気がしたから、胸の鼓動が鳴りまくっているんだけど、どうしたら…。


「な、なに?」
「口に、髪の毛一本食ってるよい」


そう言いながら伸びてきたマルコの手。
指先が目の前に来た時に、頬にそっと触れる自分とは別の体温の感触。
頬を上から斜め下に移動するようにいて滑ったマルコの指の動きと同時に、確かに唇の端から髪の毛が滑っていく感覚があった。
するすると落ちていくそれは、私の唇を撫でた後にパラリと落ちていく。
風の悪戯で舞い上がった髪の毛が、引っかかったんだろう。
それとも、マルコに、マルコから触られたこれは、神様の悪戯なんだろうか。
胸がドキドキして、仕方ない。
頭を撫でられることはいつもあるけど、こんな風に頬に触れられたことなんて初めてだったから。
夜で良かったって思える程に、顔が熱い。


「さっきおれに言ってたが、お前はどうなんだよい」
「…へぁ?」
「間抜けな声出してんじゃねェよい、…お前は、男を買ったりするのか?」
「い、いや…っ…買わない、かな」
「一度も?」
「うん…ていうか、女性よりも男性を買う方がずっと、お金がかかるんだよ」
「へぇ…」
「女性としては、体よりも心を求めちゃうからじゃないかな。添い寝するだけっていうシステムもあるくらいだし」


そこは聞きかじった知識だけども。
それでも、値段が張るのは本当だ。
昔同期にあたるナース達と、悪ノリをしてそういうお店を見に行ったことがある。
その時に見た料金表の高いこと。
驚いた私たちは、全力で逃げ出してしまったんだ。
後から聞いた話、熟練のナース達や、その他女性クルーも時々そういうお店でお買い物をすることは実際あるんだそうだ。
当時は若かったからっていうのもあったけど、なんとなく怖い思いをした気がして、足は完全に遠のいた。
そのうち、マルコのことを好きになってしまったから、余計に行くなんてことも考えなくなっていた。
そういえば、と、古い記憶が脳裏に甦る。
目の前のマルコは、いつの間にか考え込むかのような、なんだかいろいろ思案しているようにも見えた。


「添い寝ってェのは、文字通り…ヤらずにか?」
「うん」
「それで金取るんかい…」
「だってほら、くっついてるだけで気持ち良かったりするでしょ?」


眉間に思いっきり皺が寄っている。
私のことを、宇宙人を見るかのような目で見つめるのは、正直止めて欲しいんだけど。
次第に首までひねり出すマルコに、さすがに笑ってしまって。
マルコの方も、私に笑われたからか首を傾げるのは止めたみたいだけど、疑問の色は深く残っているようだった。
だから…。
後から思えば、私も酔っていたとしかいえないだろう。
そんな行動を取ったなんて自分でも驚きだ。

床に手をついてマルコの方に移動をした。
足の裏をくっつけて胡坐をかいているマルコの二の腕あたりに、自分のそれが触れるようにして隣に座り込む。
僅かに体重を寄り掛からせると、触れている箇所から温もりが生じている。
お互い服越しなのにマルコがそこにいる、との主張が体に刻まれるような気がしてくる。
触れているだけで気持ちがいいのは、もしかしたら私だけかもしれない。
マルコが好きだから。
好きっていう気持ちの、特権なのかもしれない。
だとしたら、気持ちいいなって思うのは私だけだ。
触れてから、マルコはずっと黙ったまま。
私が何をしているのか、意味がわかっていないのかもしれない。
怖くて顏だって見ることが出来ないまました行動で、一気に酔いが冷める思いだ。
それに、冷や汗まで出てくる。
たまらずマルコの顔を隣から覗き込んで見た。


「ごめん、わかんないよね…?」
「いや、……わかる、から、こっち見んなよい」


すぐにマルコの片手に制されて、顔を見ることは叶わなかったんだけど。
もう一方の手で覆い隠していた隙間から見えた頬が、赤くなっている気がした。
触れていた腕も離そうと体を動かしたら、そのままで、とマルコに言われたから元の位置に戻した。
触れたまま、同じ方向を向いて座っている。
なんだこれ。
私はいいけど…。
マルコは…?
横目でチラリと盗み見をしてみたけど、そっぽ向いてしまっているから表情までは見えなかった。

だけど次第に、マルコの方からも私に寄り掛かるような圧が僅かにかかってきたから。
深く密着していくような気がして、急に恥ずかしくなった。
ずっとずっと、気持ちが良くて、そしてドキドキした。




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