One sided relationship 3

Side:☆☆☆



朝の通勤途中、会社の最寄駅からビルに向かう途中の道で、先を行くマルコ部長を見つけた。
紺や黒のスーツの群れの中、後ろ姿でもすぐにわかる髪型は、こういう時はありがたいと思った。
小走りをして近づいていき、部長の隣まで移動していく。


「マルコ部長、おはようございます」
「…おう…、若ェ奴は朝っぱらから元気だねェ」
「昨日はご馳走様でした」
「ああ……ッてェより、おれは昨日の酒がまだ抜け切れてねェよい」


いつも職場ではキリっとしているのに、欠伸をしながらだるそうに歩く姿なんて珍しくて。
私の前では油断してくれているのかなって思うと嬉しい。
もう一度、大きな欠伸をするマルコ部長を見ながら笑っていると、また歩く速度が落ちたような感覚だった。
私に合わせてくれてるのかな。
無意識なのかもしれないけど、こんな風に優しくされたら、期待してしまう。


「また連れてって下さいますか?」
「そうだなァ、…次の日に酒が残っても困らねェ日で頼むよい」
「じゃあ、金曜日!」
「…スパンが早ェなァ」
「もうちょっと、開けますか?」
「いいや、☆☆☆が予定ねェならおれは構わねェよい」
「やった!」


マルコ部長は隣で喜ぶ私を呆れたような顔で見てたけど、それでもその後は口角を上げて笑ってくれていた。
明日、これってデートの約束だよね。
嬉しくてウキウキで、仕事も今日明日の分はしっかり頑張れそう。


その日は本当に、仕事まで楽しく感じちゃって時間が経過するのも早く感じた。
結局、帰りまでそのウキウキは続いて、今日調子いいねなんて褒められる結果にも繋がった。
マルコ部長のおかげで、仕事まで順調。
こっそり何度も盗み見したマルコ部長は、朝の油断した表情なんて一度も見せずに、真剣に仕事をしているし。
それがまた格好良くて、ますます好きになっていく自分の気持ちを、もう止められないな、なんて他人事のように思っていた。
止めるつもりも、今は毛頭ないんだけど。

私が仕事を終えて帰る頃、マルコ部長はもう席にはいなくて、帰ってしまっていた。
帰宅して見た部屋の灯りは点いていた。
ラインをすれば、もしかしたら出てきてくれるかもしれない。
だけどあんまりぐいぐいいっちゃって引かれても困るし。
自分からはなかなか連絡が出来ず、窓の向こうのベランダをいつまでも見つめてしまっていたけど、そのうちに明かりが消えてしまった。
悩んんでるうちに、連絡してみれば良かった。
後悔しても、もうどうしようもなくて、仕方なく私も寝ることにした。
明日が、あるから。



**********



マルコ部長を目線で追うようになって、気が付いたことがいくつもある。
そのうちのひとつは、案外というか、当然というか、あの容姿であの物腰なら当然なんだろうけど、女性にすごくもてるということだ。
しかも、割と尋常じゃないくらいおモテになる様子。
今まで全く気が付かなかったのが不思議なくらい、女性社員が部長の席を訪れる。
用事だってそんなになさそうに見えるのに…。
お昼なんて、誘う女性がたくさんで凄かったくらい。
私だって行きたい。
けど、群がる女性の数人は、顔もスタイルも抜群で、とてもじゃないけど並んで張り合う気になんてなれない。
きちんと、そのひとりひとりに対応をして、決して邪険にしないから余計だろう。
いいなァ…。


「☆☆☆、何か悩み事か?」
「……んん?」
「いや、唇!すっげェとんがらせてっから、どうしたのかと思って」
「な、なんでもないです。ほら、あれです。見てるドラマの主人公たちがもどかしくって」
「…んだよ、ボケっとすんならもうちょっとマシな理由にしとけよな」


うっかり、先輩に注意されてしまった。
いけない、いけない。
今は仕事中。
マルコ部長だって、女性がどうっていうよりも、仕事に集中している時間の方が圧倒的に多いんだから。
それに今夜は、あのバーでデートだし。
仕事中に絡むことが出来なくたって、夜にたくさんおしゃべりが出来るハズ。

だけど終業に近づくにつれて、今夜はどうしたらいいのかという不安にも苛まれた。
待ち合わせの時刻をきちんと決めているわけではない。
この間は帰りに偶然会えたけど、それまで一度だって終業後に会えたことなんてないんだ。
チラリとマルコ部長に目線を送ると…。
目が合った!?
距離が遠いから、本当に私を見ているのかどうかもわからないけど、私の課の方向を見ているのは確かで。
でも今まででも、目が合う、こちらを見ているマルコ部長は初めてだった。
それからすぐに目線は外されてしまったけど。
こんな風に目が合うなんて。
ドキドキと高鳴る鼓動が、うるさくて仕方がない。
この距離、目が合ったことさえ偶然とも捉えかねないけど。
前と同じ状況の、コンサートで芸能人に会ったレベルの話なのかもしれないけど。
こんな小さなことくらいで喜べる恋は、幸せだと思った。



「はぁ〜…やっと終わった…」


終業後、最初の一言が愚痴になってしまった。
さすが週末前、仕事を次週に持ち越さない為の作業は、毎回定時には終わらないのが現状で。
幸い残業手当は出るからいいけど。
もう少し、効率よく仕事ができるようになれたらいいのにと、反省の日でもある金曜日。
ようやく仕事を終えて顔を上げると、当然のように席にはマルコ部長の姿はない。
でも約束はしたし、マルコ部長が約束を違えるハズがないことは、ここ最近の様子からしても明らかで。
今回こそ、私から連絡をしてみよう。
いつも、部長から貰っているんだし。
スマホを取り出して、連絡手段のアプリを開いてみると、友達からのいくつかのメッセージに交じって、マルコ部長からも一件のメッセージが来ていた。


『先に店に行く』


時刻を見ると、ほんの15分程前のメッセージだった。
短い文章のそれは、私を喜ばせるには十分で。

急いで会社を出て、駅をめざし、通勤で多いハズの電車を待っている間も、ずっとそわそわしっぱなしだった。
早くお店に行きたくて。


最寄駅の雑居ビル、そのせっかちなエレベーターで上階へ上がると二つ目の扉。
『LEGALISS』と記載されたお店の看板が見える。
お店の前に到着すると、扉の前で鏡を見て一応身だしなみをチェックした。
一応、自分の中でのオッケーを出してから、ゆっくりその扉を開いてみる。
前に見た同じ店内だけど、お客さんの数は前よりも多かった。
カウンター席は数人のお客さんが座っているし、入り口からすぐ見えるソファの席にも、4人程のお客さんが座っている。
前に来たときは小さ目の音のジャズが店内に響いていたけども、今夜は人の話し声の方が目立つ程には賑わっている様子だった。


「いらっしゃいませ」


扉を開けてすぐに反応してきてくれた店員さんに声をかけられても、私の目線はカウンター席に釘づけになっていた。
マルコ部長は先に来ているはず、一人ならカウンター席で待ってくれていると思ったから。
クロークに荷物を預けながらも、申し訳ないことに私の目線は店内へと向けてしまっていて。


「お一人様でいらっしゃいますか?」
「いえ…待ち合わせなんですが…」
「☆☆☆さんだろ?マルコが待ってるよ」
「イゾウさん、こんばんは!」
「こんばんは。…ご案内、してあげて」


イゾウさんは長い髪を、後ろでハーフアップに纏めていて、この間も思ったけどかなり、だいぶ、イケメンさんだ。
イゾウさんの指示通りに、店員さんに案内された先は、前回座った席と同じ場所で。
壁を抜けて、パーテーションの奥まで移動すると、テーブルの上にはすでにロックのウイスキーやお料理が乗せてあるのが見える。
その席に座っているのは、マルコ部長。
私が来たことに気が付くと、表情を緩めてくれている。


「お待たせしました」
「先に、飲んでたよい」
「はい、…あの、マリブオレンジをお願いします。美味しかったので」
「かしこまりました」
「まァ、座れ」
「前と同じ席なんですね」
「イゾウに待ち合わせだと言ったら、ここへ通された。…移動するか?」
「いいえ、またここに来たいなって思ってたので、嬉しいです」


前と違うのは、座っている位置だけで。
今度は反対側にマルコ部長がいる。
私もソファへと腰を下ろすと、前回と同じ、いやそれ以上に身体が密着していくのがよくわかる。
あまりに密着するから、マルコ部長も一度座り直した程だった。
テーブルの上の料理を勧めて貰って、いくつか食べさせて貰っていると、さっき注文したお酒を店員さんがもってきてくれた。
ここでようやく、乾杯をすることが出来る。
乾杯といっても、グラスを鳴らすのではなく、お互い持ち上げるだけのものだけど。


「お疲れさん、金曜日は大変だろ」
「お疲れ様です。休日死守の為に、毎週必死です」
「そのうち慣れるよい」


おれも昔そうだったなァ、なんて夜景の方へ目を遣りながらしみじみと語るマルコ部長。
手にしているお酒は、度数がかなり高いと思うけど、何倍目なんだろう?
相当お酒は強いとは思うけど、今はそれほど酔っているようには見えない。
そして、相変わらず手元にある灰皿は、からっぽのままだった。
店内にはすでに他のお客さんのものだろう、タバコや葉巻の香りが漂ってきている。
遠慮しなくてもいいのに。
むしろ、タバコを吸うマルコ部長の姿は、格好良くて好き。


「煙草、吸っても私は大丈夫ですよ」
「そうだなァ、気が向いたらな」


空の灰皿をトンと指先で弾いて、更に奥へと移動させるマルコ部長。
きっと吸う気はないんだろうな。
私を気遣ってくれてか、すぐに別の話題で上書きされてしまった。
仕事の話もそうだけど、今夜はプライベートな話題まで出してくれて、ますます距離が縮んでいくのを感じる。
イゾウさんとの関係や、仕事を始めた頃、若い頃の話とか。
今の若者と違うだなんて時々嘆きながらも、楽しい話題を心がけてくれているようで、楽しくて仕方がない。
マルコ部長も私も、お酒がどんどん進んでしまっていた。

そのうち、テーブルに乗せられた手、互いのそれが軽くぶつかる。
肌同士が触れ合うと、酔いの為か向上した熱が互いに伝わり合うかのように感じた。
さすがにずっと触れているわけにはいかないと思ったんだろう。
マルコ部長が僅かに手の位置をずらして、触れ合う箇所が離れてしまう。
私は、ドキドキしていた。
確かに酔いで、少し目元はくらくらしている。
でも酔っているからとか、お酒の勢いだけじゃなく、本気でまだ触っていたいと思ったから。
さすがに同年代の人にそうすることとはわけが違う。
ドキドキする鼓動を抑えて、震える手をなんとか力を込めて制止し、ゆっくりと小指を伸ばしていく。
伸ばしたそれが、マルコ部長の手に触れて、薬指のあたりに絡んだところで、動きを止めた。
その時点で、会話は二人とも止まってしまっていた。
幸いなことに賑わう店内、私達二人が黙ったところで、誰も気が付かないし、気にも留めない。
触れた先のことなんて、何にも考えていなかったから、そのままマルコ部長の様子を伺うことも出来ずに黙ったまま静止していた。
マルコ部長は何も言わない。
それに、動きもしない。
振り払われないことだけは確か、というだけで。
あまりの緊張に、この状況に負けそうになっていた時。
部長の手が動いて、そっと私の手を包み込んでくれた。
握りしめ合う指先、そして私の肌を滑るように動くマルコ部長の親指。
くすぐったさと、意外な展開に、心臓が落ちてきそうな感覚に陥っていく。
そしてなんか、手の動きがエロい!
掌全体にマルコ部長のそれが重なって、滑るように動いたり。
手の甲を何度も往復されて撫でられていくと、時折声が出そうにまでなってしまう。


「マルコ部長…」
「役職、こんなとこで呼ぶなんて無粋だろう?」
「マルコ、さん……ッ」


呼び方に満足したように、マルコ部長…マルコさんの指先が私のそれに絡まって来る。
指、一本一本の間に、マルコさんのそれが絡むと、下からぎゅっと力を込められて握られるそれ。
握りしめられてるのは手だけなのに、心臓まで掴まれたかのような感覚に陥って、小さな吐息が漏れてしまった。


「失礼します」
「…は、は、…はい…ッ」
「ウィスキーストレートと、チェイサーでございます」


緊張のあまり、きちんと返事が出来なかったけど。
それはさっきマルコさんが注文したお酒だった。
少し距離のあるところから声をかけられ、イゾウさんが姿を現すまでに僅かな時間があったため、マルコさんがテーブルの下に繋いだ手を移動させて隠した。
絶対見えてるとは思う。
現にイゾウさんはお酒をテーブルに乗せた後に、私の目を見てニコリと笑みを向けてくれていたし。


「はぁ…なんだってこんな、ガキみてェなことしてんだい、おれは」


二人きりに戻った後、マルコさんが小さくため息をついた。
それでも繋いだ手を離すことはなくて、何度か握ったり緩めたりを繰り返している。


「ガキみたいっていうなら、…私だってそうですよ。今日、綺麗な女の人達と、何話してたんですか?」


イゾウさんから、繋いだ手を見られたくなくて隠したことが、ガキみたいだっていうなら、私だってそんなに変わらない。
最も、マルコさんからしたら、私なんて年齢的にも相当ガキってことになっちゃうんだろうけど。
私の質問に、マルコさんは軽く受け流してくれると思ったのに。
意外なことに手の動きを止めてしまっていた。
ちょっと考え込むようにしているから、あまり話題を深刻にはしたくなくて、私の方からそれをやや強めに握りしめる。


「なんて、やきもち妬いちゃいました!」


えへ、と出来るだけ笑顔を向けて、冗談だという雰囲気をアピールした。
だって彼女でもないのに。
ただの部下に、そんな重いコトで攻められちゃったら絶対めんどくさいよね。
そう判断して、出来るだけ軽い話題にしたかったのに、繋いでいた手をゆっくりと離されてしまった。
失敗した…!
せっかくいい雰囲気でいたというのに。
やらかした感がすごくて、どうしようと狼狽えていると、ふわりと後頭部が包まれる感覚がある。
背には、マルコさんの腕が触れている感覚まで。
先程まで繋いでいた手は、マルコさんの逆の手によって再び下から包みこまれていく。


「お前の方が……」


後頭部に添えられた手によって引き寄せられ、マルコさんの胸元に私の肩が当たる。
髪に触れているような、マルコさんの息遣いが頭部から伝わってくるように、同時に言葉まで振動してきた。
軽く抱きしめられているかのような体勢。
さっきよりもずっと近くて。
マルコさんのお酒の匂いまで伝わってくる。


「私の方、が…なんですか?」
「……なんでもねェ」


その先は、何度尋ねても絶対に教えてはくれなかった。
お酒やお水を飲む為に、握られていた手は外れてしまっていたけど、頭に触れている手はそこをポンポンと撫でたり、肩へ移動したりして体勢はずっと同じだった。
帰るまで、マルコさんに寄り掛かる体勢、そしてマルコさんも私の方へと身を傾けてくれているのはそのままで。
話し声だって、さっきよりもずっと近い。
マルコさんの低音の声が間近で発せられて、心地よかった。

暫く同じ体勢で会話していると、酔いもだいぶ回ってきたんだろう。
そろそろ帰ろうという雰囲気になった。
確かに、さすがにお酒もだいぶ飲んだ。
酔いも回った。
緊張する体勢ではあったものの、互いの熱い体温のおかげで、眠くなってきていたのも事実だ。
ソファから立ち上がって突然酔いが足にきた私と違い、しっかりと体幹を整えて歩むことができているマルコさん。
お会計の時も、しっかりとイゾウさんと会話をして、スマートに私の分までお支払を済ませてしまっていた。
今日は私が誘ったのだから、お支払をしますと告げても、この店はおれのだからと押し切られてしまった。

一人で歩けるのを確認された後、共に並んで繁華街を歩いていく。
ネオンがなくなり、住宅街に差し掛かった頃、マルコさんの手が私のそれにそっと触れて、さっきしていたのと同じように握り込まれて行った。
なんと声をかけていいのかわからず、自分からも握り返して繋ぎ合わせた後に、隣のマルコさんを見上げると。
目元が優しい表情になっているマルコさんと目が合う。
繁華街でつながなかったのは、きっと万が一のことがあるからだろう。
他の誰かに見られてしまったら、困るから。
それは私もマルコさんも同じで。
それでも住宅街で繋いでくれた手は、岐路が分かれる交差点まで続いていた。


「楽しかったよい」
「私もです。またご一緒させて下さい」
「ああ、…また、な…」


交差点でお互い立ち止まり、別れの挨拶をするも、また、と言いながら繋いだ手を引かれていく。
されるがまま、マルコさんに私からも一歩足を進めて近づくと、そのままぎゅっと強く抱きしめられた。
ふわりと香るのは、ウイスキーの匂いと、かすかに煙草の匂い。
背中に感じるマルコさんの腕の力強さに酔いながら、自分からもその背に腕を回そうとしたんだけど。
先にマルコさんの腕の力が緩んでしまっていた。
街灯の下、間近で目が合うと、ゆっくりと近づくマルコさん。
キスをされるのかと、思わず目を閉じたし、受け入れたいと私も顔を上げたんだけど、触れたのは額の方だった。
ちゅっと前髪の上から触れたマルコさんの厚めの唇。
期待は外れてしまったけど、それだけでも十分に嬉しいことだった。


「おやすみ」
「おやすみなさい」
「また来週な」


両肩を掴まれて、ぐいっと身体を引き離されると、私のマンションの方を人さし指で示している。
見送るから先に帰れ、ということなんだろう。
マルコさんはそこから一歩も動かないし。
さすがにこんなところで我儘を言うわけにもいかず、手を振りながら後ずさっていく。
マルコさんも片手を上げてそれに応じてくれている。
でも酔っている覚束ない足もとでは、さすがに長い距離を後ろ向きで歩くのは厳しくて。
もう一度大きく手を振ってから、マンション入り口を目指した。
私から、姿が見えなくなるまではずっとそこで見守ってくれていたみたい。


名残惜しかったけど、マンションに入り、部屋まで到達すると、さすがに限界が来た。
マルコさんの部屋の灯りを確認する前に、力尽きて寝入ってしまった。




戻る




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -