なんでサッチ隊長?

Side:☆☆☆



え?なんでサッチ隊長?って言われるのはもう慣れた。
そして、なんで?って何故訊くのかと疑問に思わない私も割と失礼なことなんだとは思ってる。
でも恋に理由なんて必要ある?
恋は!いつでも!ハリケーン!
だから、問題ないでしょ。

でも、もしも、しつこく理由を尋ねられたとしたら、話すことはひとつしかない。
私が恋に堕ちた理由。



**********



ガァン!
派手な音がして、突如隣の人の振り回していた鍋が額にぶち当たった。
けっこう大きい衝撃が私の額を襲った。
痛い…。
これはけっこう割と、マジで痛いやつだ。
さすがにくらくらと眩暈を起こしていると、その相手に謝罪をされた。
でもこの忙し時間帯に、痛いだとか手当てだとかしている余裕なんか全くない。
あと30分もすれば、腹を減らしたクルー達が食堂に一気に押し寄せてくるからだ。
モビーの厨房、しかも女が働いているってだけでも、好奇の目で見られている現状で、甘えるわけにはいかない。
大丈夫、と片手を上げて彼に仕事を続行するよう促すと、気にはしてくれていながらも、作業の手を動かしてくれた。
じんじんと鈍痛が額全体に発生しているけど、気にしている余裕すらなく、私も再びフライパンを振り回す作業に戻る。
額からたらりと熱いものが垂れる感覚があるから、きっと血でも出たんだろう。
料理に入る前に拭かなくては…。


「ゲッ!☆☆☆、おまえデコから血ィ出てんじゃね!?」


出来上がった料理をお皿に盛りつけしようと振り返った時、丁度サッチ隊長もその調理台に向かっていたようで、私の顔を見るなり叫び声を挙げた。
そして、まじまじと額を見てくるからウザッたくてしょうがない。
めんどくさいな、このおっさんは。
気にしないようにして、大きな深いお皿に料理を移動していった。


「お前なァ、大事な女の顔に傷つけてまで、鍋振らなくたってイイっての。傷つけても振ってイイのは腰だけ、なんつって〜」
「何言ってるんですか、これからどんどん来ちゃうんだし、顔なんて言ってる場合じゃないですよ」
「今おれ、手ェ空いてるけど?」
「…仕事してください」
「イヤイヤ、そーじゃなくて、引き継げんだから頼れっての」


セクハラに近い下ネタはスルーした。
これは4番隊にとっては日常のことで、いちいち反応していたら、ますます話が進まないから。
大きな調理台に大きな腕を乗せて頬杖をついて私を見上げているサッチ隊長。
いつもはその大きな体格から、私が見上げる格好なのに、これは割と違和感があった。
ね?なんて上目使いで見てくるから、めんどくさい。
おまけにダサいリーゼントで、顔だっていい方じゃないんだから、そんな顔されても…。

とりあえず無視して、次の作業に取り掛かろうと予定表を見るために振り返った。
背後で、オイオイっていうサッチ隊長の声が聞こえたけど、今は、料理の量を増やすことが先決で。
次の私の作る料理は…と、いくつかの野菜の入った籠を手にすると、焦って調理台を回ってきたサッチ隊長の手が私のそれに重なった。
大きくてごつごつとした手は、料理人にしてはすべすべとしていて意外だった。


「だーかーらァ、意地張んなって!ここには仲間もいんだし、ちゃんと頼れっての」
「…わかりました、すみません。医務室行ってきます」
「うんうん、素直でよろしい」


ニッコニコとすごい笑顔で私の頭を撫でてくれる。
厨房の奥の方からは、さっき私と接触してしまったクルーがまたごめんなァと叫んでいるのが聞こえた。
普段そんなに女性扱いをされることがないというか、ここでは性別の垣根を越えているから、慣れない感じに思いっきり照れた。
血ィ止まってねェなってサッチ隊長が私の傷を覗き込んで、まじまじと見詰めるから、さっさと医務室へ行ってしまおうと思った。
でも狭い厨房の中で、目の前の行くべき通路をサッチ隊長が塞いでいるから、行くに行けない。
どうしたものかと困っていたら、野菜籠を台に乗せた隊長が、自分の身体を見回している。
大丈夫です、真白いハズのコック服は今とんでもなく汚いです。
いつ洗ったんですか?
何処を見ても汚れてるので、今更気になんかする必要はないです。
そろそろ、衛生的にも問題ありで、マルコ隊長に叱られると思うんですけど…。
身体の左右を見るために、身をくねらせて確認しているみたいだけど、お目当ての箇所は見つけられない様子で、更に首を傾げて探っている。
一体何をしているの…。
本当に、時間は刻々と迫ってきているというのに。
手当して貰ったら、すぐに戻って手伝いたいのに。
今は一分一秒でも惜しい。
そして片腕を上げてわきの下を覗き込んだサッチ隊長の顔が、パァっと明るくなった。
そりゃ、そこを汚すなんて相当なことでしょうよ。
どうやら真っ白な箇所を探している様子だった。


「ここしかねェや」
「…なんです?」
「ちょっと汗臭いかもしれねェけど、汚いよかマシだろ?」


ぐいっとそのわきの下を私の額に押し付けてくる。
途端にむわっとした汗臭い、男臭い、なんか臭い、激臭が鼻を突く。
なんなんですかと抗議しようと顔を上げると、血の付いたコック服の脇を隠しながら、サッチ隊長がいい笑顔で言ったんだ。


「よし、イイ女になった」
「なッ………セクハラです!!」

「隊長〜〜、訴えられんのとか勘弁しろよ?」
「ほんとだよ全く、さっさと仕事してくださいよ」
「☆☆☆、セクハラだからな、それ!オヤジに報告してこいよ!」


厨房のクルーの愛ある抗議を受けつつ、サッチ隊長が私を交わして野菜籠を手に、奥へと行ってしまった。
ほんとに臭かった。
汗臭くて、拭われた箇所からは今もふわりと、臭いのが鼻を突く。
だから、この胸のドキドキは、臭いことによる防衛反応だと思ってる。
臭すぎて、麻痺してるんだと思う。
だから沈まれ、心臓。
頬の熱も、引いてくれなきゃ、困る。

足早に医務室を目指すと、この時間帯に厨房の私が来ること自体異例だからか、ナースの人達が驚いた顔をしていた。
だけど私の額を見てすぐに、怪我だと理解してくれて、診察用の丸い椅子に座るよう促された。
割と傷は深かったようで、ナースさんが二人係で作業をしてくれた。
でも、なんだか二人とも、顔をしかめている様子で…。


「あのね、あんまり言いたくないんだけど、こういう傷は衛生的に保たなきゃダメよ?」
「ぞうきんで拭いたりしちゃ、菌が入り込んで取り返しがつかなくなるわよ?」
「あー……臭い、ですよね」
「ほんっと、臭い!調理場の衛生管理の見直しをマルコ隊長に報告しておきますわ!!」


ナースさんは暫く匂いと菌について激しく怒ってたけど、これ…サッチ隊長のわきの匂いだよね…。
私自身、消毒液で拭われるまで、ずっと臭くて堪らなかったくらい。


「☆☆☆、もう少しリラックスして頂けませんと、血が止まりませんわ」
「…え?」
「痛かったのでしょう?顔が真っ赤よ」
「頭部は怪我の割に血がたくさん出るから、驚いたでしょう」


言われてみると、そういえばさっきから心臓がうるさい気がする。
頬も熱い気がしないでもない。

…嘘でしょ。
サッチ隊長、とか。
ありえないんだけど…。
それでも、さっき服で拭われた時の服の質感とか。
頬杖をついて見上げてくる表情とか。
厨房の狭い通路をすれ違う時に、ものすごく近くを通った厚い胸板とか。
ひとつひとつ、思い出す度に胸が弾んでしまう。
…その度にナースさんには、リラックス!って叱られたけど。

マジか。
人ってこんな簡単に恋に落ちるものなんだ。



**********



それから、なんとなくサッチ隊長を目で追うようになってしまった。
たいていは、バカみたいに大口を開けて笑って、下ネタしか出ないんじゃないのっていうくらい、口から出る言葉は下品で。
酒には飲まれるし、女にだらしないのに大好きだし、服のセンスないし。
格好悪いし、今時流行らないリーゼントだし、服のセンスないし。
…あと、なんだっけ…。
作る料理は、手つきだけは確実に大雑把なのに、出来上がった料理は繊細で美味しかった。
それに、毎朝、仕込みがきちんとしてあるんだけど、一体誰がやってるんだろうって思ってたら、サッチ隊長だった。
誰よりも先に起きて、作業を終えてくれている様子だった。
知らないのは、私を含めて新人とか最近船に乗った人だけなんじゃないかな。
他の隊員は知ってるからこそ、普段サッチ隊長がさぼったり、さぼったり、さぼったり、ナースさん達のお胸を触っていても、何も言わないんじゃないかな。
本当に、とにかく下品なのに、どこか優しくて、大きな体も格好いいって…好き。
ほんと、バカみたいなんだけど、好きなんだよね。


だから冬島で、サッチ隊長が飲んでる店がわかって、もしも、本当、万が一抱かれることがあるのなら、それでいいと思った。

お店には、サッチ隊長含む4番隊、それから1番隊の人達が飲んでいた。
サッチ隊長のことは、大きいからすぐに見つけ出せてしまう。
嘘。
好きだから、すぐにわかる。
だって視界に彼が入るだけで、この胸が跳ねるから。


「お隣座っていいですか?」
「お!美人なおねえちゃんなら、大歓迎だぜ!」
「じゃあ、失礼します」


別に最初は、他人のふりなんかするつもりはなかった。
でも普段はスッピンで前髪もコック帽に閉まっているし、今日はお化粧もしてナースさん達に近い際どい服装をしているからなのか、気が付いていない様子だった。
飲み屋の娼婦だとでも思っているんだろうか。


「美人だねェ、この後、イッちゃう?」


そう言いながら、太ももに手を乗せられる。
素肌を触られることなんかなかったから、初めてのことで思わずびくっとしてしまった。
その反応だと、いつもなら拒絶されてきたんだろう。
私が嫌がる素振りを見せないからか、サッチ隊長は更に掌を密着させて触れてくる。
それがゆっくり、内側に入り込んできて中心に近い素肌に、指先を入り込ませて撫でられた。
手つきがいやらしい。
抵抗されないという事実に、頬が緩みきっている様子だった。
そのまま肩を抱かれ、一緒にお酒を飲んだ。
4番隊の人はもしかしたら、何人か気が付いていたのかもしれないけど、半信半疑といった様子だった。

暫く、会話を楽しみ、サッチ隊長もだいぶお酒が入ってきたんだろう。
ずっと肩を抱かれていたものの、ようやく再び私に関心が向いた様子だった。
肩を抱く手に力が入り、身体を引き寄せられる。
もう片方の手の先で、私の唇を二、三回撫でた後、胸の方に降りていく。
服の上から乳房を撫でて、下から持ち上げたり柔らかく揉んだりしてきている。
その手つきが気持ちよくて、サッチ隊長に寄り掛かる格好になってしまった。
なにこれ!?
なんか上手いんだけど?
もっとガサツにされると思ってた。


「二人になれるとこ、行かね?」


だからうるさい酒場で、耳元で囁かれた言葉は極上に甘くて、何の抵抗もなく小さく頷いてしまったんだ。
もうサッチ隊長が私に気が付いてるかどうかなんて、どうでもよかった。
酒場を出て、目的の宿はもうちょっと先だと指示されたけど、行く道の途中ではしっかりと手を重ね合わせられた。
そして少し歩くと、サッチ隊長の足が止まって真剣な眼差しで見つめられる。
何?
どうした、の…。
不思議に思っているのも束の間で、サッチ隊長が私の身体を強く抱きしめる。
そして、あごに手を添えられて上を向かされると、唇を重ねられた。
何度か角度を変えて、重ね、触れあわせるだけのキスをしたあと、はぁっと吐息を漏らす姿は、普段のサッチ隊長からは想像できないくらいだった。


「ごめんな、部屋まで我慢できなくて」
「いいえ…じゃあ、もう一回だけ」


目の前のサッチ隊長が、ニィっと優しく笑った後、再び重ねられる唇。
次は深めに、口内に舌も入ってきた。
ぴちゃ、ぴちゃ、とわざと音を立てるような激しい口付けだった。
解かれる頃には、呼吸が乱れてその場に立っているのもままならない程、気持ちよくて腰が緩んでしまう。


「あれ、気持ちよかった?…歩ける?」
「大丈夫です、でも…寄りかかってもいいですか?」
「もちろん、オッケーオッケー」


軽い口調で言うのに、なんだかすごく頼もしく見えてしまう。
これは、恋してるからそう見えるだけ?
それとも、一夜限りでも抱く女には毎回こうなのかな。
僅かにちくりと胸が痛んで、顔も知らない女性に嫉妬しつつも、宿を目指して共に歩き出す。

それから、部屋までたどり着くまでに、5回は足止めされてキスをしたと思う。
だんだん深くなったり、胸を触られたり、とにかくいろいろ触られた。
その間、決して好きだとは言われなかったけど、可愛いとか肌綺麗だとか、褒める言葉はたくさん貰った。

こんなに優しいんだ…。
いつも厨房にいる時とは全く違う、色っぽいサッチ隊長が珍しくて、優しくて、また惚れてしまう感覚を覚えた。







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