One sided relationship

Side:☆☆☆



今夜は部署全体で、居酒屋の広間を予約しての送別会がある。
こんな中途半端な時期に、という皆の声を余所に、これまた珍しく寿退社するという彼女は確かに今月ずっと幸せそうな表情をしていた。
羨ましいなぁ…。
私も結婚したい。
というよりも、まずは彼氏が欲しい。
前の彼氏と別れたのはもう二年も前のことで、たった二年なのに、誰かと寄り添うことすら忘れてしまっているような気さえする。
好きな人がいるわけでもないから、彼氏が欲しいと口に出しているのも、すでに口癖のようになってしまっていた。

その送別会、私は今完全に遅刻の道を一応急いで辿っている。
皆が揃って退社していった後にかかってきた一本の電話。
内容に緊急性は薄いものの、本日中になんとかしたいという先方の申し出によって対応していた。
そのせいでの遅刻。
せっかくのおめでたい席だ、っていうのもあるけど、それに託けてただ飲みたいだけっていうのも、うちの部署の珍しいところだとも思う。

30分程遅刻して到着したお店からは、すでに大勢の笑い声や楽しげな会話の声が聞こえてきている。
お店の人に案内をして貰い、一応一番端の席の扉を開くと。
そこはもう、送別会と銘打った飲み会と化していた。
まだ30分しか経過してないのに。


「☆☆☆ちゃん、仕事一人に任せちまってゴメンな」
「主任は幹事なんだから、当然ですよ」
「サンキュー。席はそこね、っつーかもうそこしか空いてねーんだ」


ゴメンゴメン、なんて拝むように謝られ、それでも幹事の主任は忙しそうにバタバタと皆の席を回っていた。
示された席、そこは広間の一番端で、四人掛け席の一角だった。
そこには、先輩は一人と、直属の課長、そしてマルコ部長が座っていた。
空いているのは、マルコ部長の隣で。
ビールを片手に、僅かに紅潮した頬ですでに出来上がっているようにも見えた。
普段、部長の席に座っている姿くらいしか見たことがなくて、意外なその笑顔にドキっとした。
もっと怖い人なのかと思っていた。
だっていつも、書類かパソコンを見ている眉間に皺が寄っていたし、課長に的確な指示を出してる姿も、けっこう厳しいものだったから。
席に着くや否や、丁度注文していた飲み物も私の到着と同時に届いたのだろう、冷えているビールジョッキを先輩に差しだされる。


「☆☆☆ちゃん、お疲れ〜!ほら、駆けつけ一杯!」
「ちょっと待てよい、確認してからにしろ。☆☆☆、酒飲めるか?」
「ありがとうございます、大丈夫です。いただきます」


ジョッキと私の間にマルコ部長の大きな掌が遮るように飛び出してくる。
一応確認を取ってくれたのだろう、私が了承をするとその手がすっと戻って行った。
ありがたく頂いたビールは、仕事後の乾いた喉には快適で、半分程飲んでしまった。
飲みっぷりの良さに、席の他の三人がわぁっと喝采をしてくれている。
本当に、すっかり出来上がっているようだ。


「こんなおっさんばっかりの席でつまんねェだろ、後で誰かと変わって貰え」
「マルコ部長、おれもおっさんに数えないでくださいよ〜」
「駆けつけ一杯ってやってるようじゃ、もう若ェとは言えねェよい」


普段自分が会話している先輩が、マルコ部長と親しく会話している光景が不思議だった。
こんなにも、部下と距離の近い部長だなんて本当に知らなかったから。
むしろ、私のことなんて名前すら知らないんじゃないかと思っていたから、それも意外だった。
よく笑うし、よく飲むし、そしてよく喋っている。
話していることを聞いていると、時々冗談を交えつつ、会話もすごく上手で。
皆の手元を見て、飲み物が減っていたりしたらさりげなく注文してくれてたりもする。
ひとつひとつの立ち振る舞いもとても綺麗で、私の知っている、一般的な見解のおじさんとはちょっと違った印象だ。
先輩も、斜め前にいる課長も、慕ってる様子で、私にすら優しく声をかけてくれるから、こんなに親しみやすい人だったとは本当にかなり意外だった。


「部長!これ好きって言ってたじゃないですか!食べて下さいっす!」
「…んぁ…?ああ、ありがとよい」


隣の席の、更に向こうの人が突然叫んだと思ったら、真っ赤な顔をしてお皿を持ち上げているところだった。
人をかき分けてそのお皿を渡したいんだろうけど、ふらふらしててすごく危なっかしい。
手前の人に料理をこぼしそうな勢いだし。
危ないから、それは私が受け取ろうと思って立ち上がる直前に、マルコ部長が先に立ち上がってしまった。
受け取ろうとその長い腕を伸ばして、身体を斜めに傾けてきている。
私の背後に、マルコ部長の胸元が重なる。
大きくて広いその存在感はかなりのもので、おまけに狭い店内だから、私の背と、マルコ部長の胸板が触れ合ってしまった。
悪い、なんて小さく謝られたけど。
私の鼓動は、ドキドキと強めに脈打ちだしてしまう。
あれ?
おかしいな。
なんでこんなにドキドキするの。
意外な一面を見たから?
思った以上に優しい人だったから?
背中に触れたから?
どう考えても、挙げていく全ての事情が、このドキドキの原因な気がしてくる。


「これ、好きだっつった記憶がねェ、あいつ誰かと間違ってんじゃねェか?」


マルコ部長がもとの席に戻って、テーブルの上に置いたお皿。
丁度私とマルコ部長の間くらいに置かれたそれは、随分と可愛らしい色合いをしている。
ピンクのお皿に盛りつけられたそれは、おそらく苺のオリーブ漬けで。
お皿を眺めながら、首筋に手を遣って何度も首を傾げて溜め息をついている姿を見ていると、なんだかすごく可愛くて、物が物だけに可笑しくなって笑ってしまった。
ぷふっ
どうやらそんな気になったのは私だけじゃなくて、席にいた他の二人もそうだったみたいで。
同時に三人で吹き出してしまう。
その事実も可笑しくて、大笑いをしてしまった。


「おい、笑うな!」
「だってそれ!…部長には可愛すぎじゃないですか」
「お前も笑い過ぎだよい」


呆れたような表情で隣で笑う私のことも見てくれたから、余計嬉しくて。
三人共、笑うことを止められなくて、マルコ部長が困れば困る程、笑いが増してしまう。
結局その苺は、見る度に私達が笑い出してしまうから、意外と甘党な先輩が食べてしまった。
その後も、マルコ部長は上機嫌で楽しげに話をしてくれていた。
結局最後まで、席を変わることなく、同じ場所で送別会を過ごすことになったけど、十分に満足のいく楽しい送別会になったと思う。
席も離れていた為、主役の彼女は関係なくなってしまっていたけど。



**********



本日の主役をお店の前で見送ってからは、その場で一応解散ということになった。
でもへべれけの人が多くて、とてもそのまま帰れそうにない人が続出してしまった為、左程酔っていない人達が、帰れない人の面倒を見ることになるのは必須で。
私も酔っていない方の一人となってしまった。
とにかくタクシーを拾っては、酔っ払いを押し込むという作業を何人かで続けていた。
だいたい乗せ終えたという頃、最後になってしまった隣の部署の課長さんをタクシーに乗せた時。
思わぬ方に腕を引かれて、同じタクシーに乗せられそうになってしまう。


「きゃッ…」
「☆☆☆ちゃん、可愛いねェ〜。一緒に帰っちゃう?送るよお」
「大丈夫です、まだ電車あるので帰れますので」
「電車で帰るなら一緒に帰ろうよ、送るだけ、送るだけにするから!ね?ね?」
「ほんと、大丈夫…ちょ、離して…」
「おい!酔っ払いは大人しく一人で帰れよい」
「…ヒェッ…すんません、帰ります」


押し問答を繰り返して、酔っ払いとはいえやっぱりそこは男の人、力で負けそうになっていた。
タクシーに半分程身体を引きずり込まれた時、大きな手が私を掴む手を制してくれたのが見えた。
その腕は、マルコ部長で。
さっきまで上機嫌に飲んでいた表情とはまるで違う、睨みつける目線はまさに仕事の時と全く同じで。
その強い口調と目線には敵うはずもなく、腕の力が緩んだと同時に、マルコ部長に身体を引かれてタクシーから離れることが出来た。
腰を支えてくれていた腕の逞しさに、酔いが回るような気がしていたのに。
それは私がしっかり立てることがわかると、すぐに離れていってしまう。
代わりにマルコ部長は、タクシーの扉を掴んで。


「運転手さん、出してください」


そう言って、バタンと強めに閉めてしまった。
タクシーが発信したのを二人で確認して見送る。
それが私達一行の最後の一人だった様子で、気が付けばその場に残るのは、私とマルコ部長だけだった。


「怪我、とかしてねェかい?掴まれた腕は?」
「大丈夫です、それよりすみません。助けて頂いてありがとうございました」
「いや、悪かったな。明日きつめに注意はしておくが…」
「じゃあ酔っ払いの悪乗りってことで、忘れることにします」
「申し訳ないが、本当に助かるよい。すまねェな」


正直、掴まれた箇所なんてどこなのかすら、忘れてしまった。
それよりも、マルコ部長に支えられた腰の方がずっと印象的で。
そこがやけどしたみたいに、じんじんと疼くくらい。


「それじゃ、タクシー拾って帰るかい?」
「いえ、私まだ終電の時間あるので、電車で帰ります」


左腕の時計を見ると、まだ終電には間に合う時間だったから首を振って否定をする。
すると背後から、私の時計をマルコ部長が覗き込むように見ているから、驚いた。
また心臓がドキっと小さく跳ねたのを感じる。
すぐ後ろを振り返ると、マルコ部長のネクタイが間近に見える。
今まで本当に、全くといっていい程注目したこともなかったし、まして会話したこともなかった。
見かけるのだって、遠くでデスクにいるのを視界の端に捕えた程度の認識だったのに。
ネクタイに沿って目線を上げていくと、こちらを見下ろしているマルコ部長と目が合った。


「この時間なら、おれもまだ終電に間に合う。駅まで一緒に行くか」
「はい、部長は何線ですか?」
「駅からだと下り線、五つ目の駅だ」
「あれ、私とおんなじだ!」
「なんだ、ご近所さんだったのかい」


肩を並べて駅へ向かう道筋で会話をしていると、偶然にも最寄駅が同じなことがわかった。
何より、ご近所さんなんていう言い方が、可愛い。
駅に着いてからも、お互い慣れた足取りでホームに向かうのが同じで、なんだかすごく不思議。
ホームで肩を並べて同じ電車を待っているのも不思議だった。

やがてホームに入ってきた電車は、終電間際ということもあって、割と混雑していた。
人のことを言える立場じゃないけど、車内は割とお酒の匂いが充満している。
酔っ払いの一番多い時間帯だった。
乗りこんだ時はマルコ部長の隣だったのに、人の流れによって移動させられ、今は部長が私のすぐ前に立っている。
大きな背中。
それに背がすごく高い。
さっきの席では吸っていなかったけど、部長のスーツからはふわりと煙草の匂いがしているから、普段は軽くだとしても吸っているんだろう。
でもその匂いも、なんだか今は心地よくて。
煙草は苦手なハズなのに、そんなにいやじゃないと思っている自分が居た。

突如大きく揺れる電車に負けた別のひとがよろけて私へとぶつかってきて、私も一緒によろけてしまった。
トンとマルコ部長の背中に全身でぶち当たってしまう。
さすがにお酒も入っているから、足もとが覚束ない。
ひえぇ、すみません。
なんとなく、邪な気持ちで背中を見てしまっていた手前、触れてしまったことが妙に後ろめたい。
混雑している車内では普通のことなのに。


「す、すみません」
「転ぶなよ?困ったら掴まっていいよい」


邪な私とは裏腹に、マルコ部長は本当に心配してくれているようで、後ろにいる私が掴まれるように片方の肘を曲げて後方へと下げてくれた。
さすがに、戸惑った。
掴まってもいいものかと。
それでも左右からの人の圧力が強まってしまった為、最終的には甘えさせてもらうことにした。
最初こそ、スーツだけを掴んでいたものの、揺れに負けて次第に腕を回すことになる。
一度触れてしまえばもう遠慮なんて必要なくなってしまい、背中にも密着させて頂いた。
マルコ部長は何か言いかけたけど、言葉を発することはなかった。
人に押しつぶされて、お化粧が着いたら大変だから一応そこだけは気にかけたけど。
それでも間近でふわりと香る煙草の匂いが、男の人っていう感じがして、ドキドキした。



電車を降りて、駅を出る改札まで同じ方角で。
お互い住所は言わないまま、帰る道筋へ足を向けていくと、本当に私の住む部屋の道と同じ方へマルコ部長も進んでいく。
もしかして、同じマンションだったりして?
なんて期待しちゃうくらい、岐路が全く一緒だった。
だけど最後の交差点で、私が左へと曲がる旨を伝えるとマルコ部長の足もそこで一旦止まる。


「おれはここを直進だ。…近くまで送ってくよい」
「大丈夫です、もうここから見える…あのマンションです」
「へェ…って、近ェ。おれはお前の指すマンションの隣に見えるグレーの…」
「えええ、お隣さんじゃないですか!」


マルコ部長の指すマンションは、私の部屋からいつも見える隣のグレーのそれで。
面している道こそ違うものの、紛れもなく隣合わせの建物だった。
私の部屋からも、そのマンションの窓はいくつか見えるし。


「もしかして、部屋から見えるかもしれませんね!」
「まァ…こんなに近ェと可能性は高いだろうな」
「部長、帰ったら、ベランダに出てみてください!」
「ぁあ?帰ったらすぐ寝るよい、んなダリィことするかよいっての」
「見えるかもしれないじゃないですか」
「明日、どうせ会社で会うだろ。近いなら大丈夫だな、帰ってさっさと寝ろよい」


くあ…と大きな欠伸をしながら、マルコ部長は交差点を直進して行ってしまった。
その背中を少しだけ残念な気持ちで見送る。
ベランダ越しに会えたら。
そんな風に考えてしまうこと自体、自分としても意外だった。
明日会社で会うだろって言われたけど。
会うというより、見かけるといった方が正しい程の距離だ。
またこんな風に会話できることなんて、一体いつになるのかすらわからない。
それ程、私とマルコ部長の関係は希薄だった。
マルコ部長の背が見えなくなった頃、私も自宅へと足を進めて帰宅した。

部屋に入ってから、それでもなんとなく気になってしまい、部屋着に着替えてから一応ベランダに出てみた。
向かいにあるグレーのマンションは、部屋の灯りも疎らで、ベランダに出ている人は一人もいない。
やっぱり、もう寝ちゃったのかな。
それでも今夜は星が綺麗で、少しだけ待ってみようかなって思った。
ベランダに、マルコ部長が出てきてくれなくても、星が見られただけでも十分なくらい、綺麗な夜空だったから。
酔いを醒ますにも、丁度いい気温だったし。

暫く眺めていて、そろそろ本当に寝ちゃっただろうなと思っていると。
向かいのマンションのひとつの部屋の窓が開く音が聞こえてきた。
明るい室内から、ベランダへとだるそうに出てくる人物が見える。
でてきてくれた…!
ベランダに寄り掛かり、私の姿を見つけると小さくため息をついているマルコ部長。
手にしていた煙草に火を付けて、ふうっと煙を吐き出しているところまでばっちりと見える。
嬉しくて、つい大きく手を振ると、応えるようにタバコを手にした方を軽く上げてくれている。
さっきまでスーツだったのに、当たり前だけどすっごくラフな格好で。
その姿もなんだか可愛くて。
マルコ部長が煙草を吸い終えるまで、ずっと見つめてしまった。
5分程して、一本の煙草が終わりを迎えた様子で、手元でそれを消しているのが見える。
まるで蛍のように踊っていた光が消えると、マルコ部長はこちらへ軽く片手を上げてからしきりに私の部屋を指している。
何度か揺するように人さし指で示すのは、もう部屋に入れというジェスチャーなんだろう。
大きく頷いて見せると、満足そうにマルコ部長も頷いて、今度こそ本当に室内へと入って行ってしまった。
ほどなくして、その部屋の灯りも消えてしまい。
私も自分の部屋に入った。

会えた。
ベランダ越しに。
約束までとは言わないけど、お願いしたことを実行してくれた。
あんなにめんどくさそうにしていたのに。
その事実が嬉しくて、なかなか眠れない。
相変わらず、ドキドキと胸を打つ鼓動がいつもよりずっと早かった。




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