Ti adoro4

Side:☆☆☆



仕事終わりにスマホを見ると、マルコさんからのメッセージが入っていた。
あの夜に、キスをしてから…なんとなく挨拶とか、日常会話のやり取りを時々していた。
どう数えても、あれから数日しか経過していないのに、仕事終わりにスマホを確認するのが習慣になってしまっている。


『サッチの店にいる、仕事終わりに来れるか?18:07』
『今から行きます!19:16』


画面を見た瞬間から、躊躇なく返事を返した。
すぐに既読が付いた事実にすら、自然に頬が緩んでしまった。
返事は焦らして待たせた方がいい、とか、すぐ返信すると…なんて使い古された注意文句も頭に浮かんだけど。
マルコさんに対して、そういう陳腐な駆け引きが通用するとも思えない上に、私自身、すぐに会いたくて、待ちきれなくて…。
同僚からの食事のお誘いも、丁重にお断りをして、身支度を整えた。
化粧室の鏡に、自分の全身を映して見る。
襟を正し、肩がずれていないかを確認し、ベルトのバックルは中央にあるかを何度も位置調整をした。
洗面台で見えない箇所をなんとか確認しようと踵を持ち上げてみても、足首までは残念ながら映らなかったけど。
一応、マルコさんの前に出ても大丈夫って言えるくらいには、きちんとした格好をしていて安心した。
よかった…。
別に汚れているわけじゃないのに、スカートの裾を軽く掃ってから会社を出た。

駅に行く途中の道を曲がって、少し行った先の道。
人通りもぐっと少なくなった路地へと足を踏み入れると、今日も点いていないお店の看板が見えた。
出窓になっている部分からは、ぼんやりとオレンジ色の優しい光が零れていたけれど。
それでもそこが、お店、むしろイタリアンレストランだなんて、誰も気が付かないような佇まい。
私だって、あの晩の出逢いが無ければ、きっと一生来なかっただろうお店。
だけど今は…。


「いらっしゃい!…お、☆☆☆ちゃん、今日仕事?お疲れさ〜ん」
「こんばんは」


扉を開けたその室内には、今日も元気な人達の明るい声が聞こえてきている。
サッチさんの笑顔の出迎え、エースさんのやる気のなさそうな挨拶、そして、カウンターに座るマルコさんがこちらへ目線を向けてくれる。
カウンターに両肘をついてて、私に気が付くと、掌を開いて私にそれを向けてくれている。
その仕草すら、格好良くて。
あの晩のキスを思い出して、勝手にドキドキして、ゾクリとしたものが背筋に走った。
ドキドキしながらカウンターに向かうと、マルコさんが隣の椅子を引いてくれる。
そこへ腰を下ろそうとすると、ぐいっと後ろから腕を掴まれて後方へと引っ張られた。
突然の出来事で驚いて振り返ると、それはハルタさんだった。


「ねェ、たまにはこっちにも座らない?オッサンの顔ばっかで見飽きてきたんだよね」
「あ、あの…」
「独占は良くねェ、まァ、ハゲのおっさんとかしかいねーけどよ」


酔って寝てしまっているフォッサさんの頭頂部をぺちぺちと叩いているのはラクヨウさん。
私が座る用の椅子を引いて準備してくれているのは、ビスタさんだった。
前に皆で自己紹介をして、会話も何度かしているけど、最近ようやく名前と顔が一致するようになってきた程度だ。
申し訳ないことに…。
マルコさんを見ると、小さくため息を吐いている。
そして自分のグラスを手に立ち上がると、私の肩に片手で触れてすすすっと撫でおろしていく。
促されるようにハルタさんの手が外されていった。


「仕方ねェ、今夜はこっちで飲むかい」
「んじゃ、おれもおれも!」
「サッチは店があんだろうが」
「どうせ誰も来ェねよ」
「違いねェ!」


ぎゃははは、と楽しげな笑い声が響く。
私はマルコさんに促されて、ビスタさんが引いてくれた椅子に腰かけた。
そのすぐ隣に、マルコさんが椅子を持ってきて座ってくれている。
結局お店を閉めてしまったサッチさんも混ざって乾杯の運びとなった。
最初こそ、皆さんに色々質問されたり、マルコさんとのことを聞かれたり、注目を浴びてしまったんだけど。
そのうち…いや、もともと出来上がってはいた皆さんは、そのうちいつも通りにわいわいと騒ぎだしてくれたから助かった。
隣にマルコさんがいる状態で、マルコさんとの仲を訊かれることの恥かしさったら、もう!

ただ、いつもと違うのは、お料理だった。
普段私は、一人前の晩御飯をお願いしているんだけど、今日テーブルに並んでいるのはどれも一品料理ばかりだ。
それぞれが綺麗に盛られていて、どれを食べても美味しくて…。


「あれ?…私これ、どこかで食べたことがある気が…する…」
「香草焼きチキン?」
「あ、それです!」
「☆☆☆ちゃん、エドワーズ行くんだね〜」


エドワーズとは、チェーン店のファミレスで、多分一番人気だと思う。
盛りつけも綺麗だし、味も繊細だし、お店もお洒落で若い女性にも人気だ。
最近はファミレスだけど、ちょっとだけ飲みたい時に足を運べるメニューも合ったりして私も時々友達とそこでお喋りをしたりする。
でも、そこで食べたものと、同じ味だけど、どこか違ってサッチさんの作った物の方が美味しい。


「お気に入りで、よく行きますよ」
「あ、あざーっす!」


するとサッチさんが、後頭部に手を当てていくらか照れた様子でぺこりとお辞儀をしている。
何のことかわからず、首を傾げてしまう。
すると、その様子を見た皆さんが、豪快に大笑いしたんだ。


「だってこいつ、総料理長だし」
「………え…!?」


聞けば、サッチさんはエドワーズの総料理長にして、オーナー。
主にメニュー開発担当、とか?
昼間は、別の店舗でお仕事をしているらしい。
このトラットリアはというと、趣味で開いているとのこと。
夕方開店を基本にしているけど、サッチさんのお仕事次第では開けられない日もあったりするそうだ。
それで、お店の看板の電気入れないことの方が多いのね。


「おれの作ったもんを食って貰うとこ、直に見たいからね」


それにここなら、自由に好きなモン作れるし、とすごく楽しそうににししと笑って見せてくれている。
お酒を片手にウインクして見せたサッチさんを皮切りに、おれは、おれは、と皆さん自分の職業を教えてくれたけど…。
全員、凄い。
老舗の靴メーカー、和服問屋、フラワーショップに、輸入雑貨の専門店、水産加工製造会社、携帯会社、その他諸々。
ほぼ誰かしら、全ての店のオーナーさんで、普段ここで騒いでいる高校生男子みたいな雰囲気と肩書きが全く合わない。
エースさんが大学生っていうだけで、皆さんすごい人なんだなァ。

マルコさんは…?
そう思って隣のマルコさんを見ると、ん?と首を傾げて私を見返してくれている。
その顔も可愛い。
思わず唇へも視線を落としてしまい、一気に顔が赤くなっていくのを感じた。
あれがこの間私に触れたんだ…。
考えるだけで、どんどん熱くなっていってしまう私の心。
落ち着け…私。
他の皆さんの、思った以上にものすごい経歴を聞いているのに、すでに会話が耳に入ってこない程マルコさんに魅入ってしまう。
すると椅子から背を浮かせたマルコさんが、片手を口元に当てながら耳打ちをする格好で近づいてくる。
私も自然に、マルコさんの方へ耳を向けて身体を寄せていく。
とん、とマルコさんの掌の横の部分が私の頬に触れ、吐息が耳にかかる程に唇が近づいてきた。
こんなに近いだけでも、ドキドキする。
びくっと肩を震わせてしまい、マルコさんの言葉をドキドキしながら待った。


「好きだ」
「……ッ…」
「…まだ言ってなかったろい」


もう、耳打ちは終わってしまって、余裕そうに椅子に戻っていくマルコさんが見える。
しまった…。
そんな会話なんて一切してなかったから、油断した。
ものすごい剛速球が直撃したかのような衝撃が私の中を走る。
言葉さえ出ず、ただ、さっきよりもずっと強い熱に浮かされているかのよう。
今言う!?
ここで!?
どうして!?
いや、嬉しいけど!
めっちゃ嬉しいけど…!
さっきもずっと、ドキドキと鼓動が鳴っていたのに、今はもうすでに速度を上げて音まで耳に届くかのよう。
私が顔を真っ赤に染めているからだろう、マルコさんが楽しそうに頬へ指の背で触れている。
それすら、もうわけがわからなくなる程、私の心を乱していく。
もうやばい…。
抱き着きたいくらい、気持ちが昂ってしまう。
私も好き、ってすごく口に出したい。


「あーっ!マルコが☆☆☆ちゃんになんかしたぞ!」
「オイオイオイオイ、この店で不純異性交遊はダメだかんな!」
「そこ、ちょっと離れてくれる!?」


やいやいと、本当に高校生男子みたいに大騒ぎしているこの人達は、日本を代表する企業のオーナーさんなんだけど。
それを疑いたくなる程、みんな元気で心意気が若い。
大騒ぎの店内で、マルコさんは時々誰かにポコっと殴られながら、私は皆さんに関係を尋ねられながら、時間は楽しく過ぎて行った。
そのうち、お酒に酔いまくった皆さんは、そのことも忘れてまた別のことで盛り上がっていたんだけどね。



それから、あっという間に終電間際の時間になって、駅まで歩きだそうとしたら、マルコさんが送ってくれるという。
いくらお酒を勧められても、絶対に呑まなかったのは、こういう理由だったのね。
今夜はおれが誘ったから、と車を取りに行ったマルコさんの背中が格好よかった。
どうしよう…本気で、ドキドキが止まらない。
その鼓動の速度は、車に乗っても、軽いお喋りをしても、一向に治らなかった。
結局、車がマンション前に到着しても、収まらず。
このままどうにかなっちゃうのかなって、ちょっと心配した。


「明日も仕事だろ、こんなに遅くなっちまって悪かったな」
「…い、いえ…ッ…大丈夫、です。それより、あり……」


お礼を言おうとマルコさんに向けた顔にさす街灯の光が、突然遮られた。
そのまま、唇も同時に塞がれる。
触れた時は驚き過ぎて、目を閉じるのも忘れた程だ。
運転席から身を乗り出してこちらに寄っているマルコさんが、唇を離して私の顔を見ると小さく笑った。


「金曜日、仕事終わりに食事に行かねェかい」
「はい、是非!」


ドキドキの興奮冷めないまま返事をしたから、勢いよく答えてしまった。
それを見たマルコさんがまた小さく笑う。
さっきから、指の背で頬を撫でられているから、緊張してぎこちない動きになってしまうのは仕方がない。
親指と人さし指でやんわりと頬を挟まれる感覚がくすぐったい。
その動きがだんだんと下がってきて、あご付近をなぞられた。
そのまま持ち上げられる。
マルコさんの唇が下りてくるまでに、そう時間はかからなかった。
今度こそ、目を閉じることが出来た私は、唇の柔らかさを堪能するかのようなプレッシャーキスに溺れそうになってしまう。
数秒押し付けられた後に、再び角度を変えて重ね合わされる。
何度も押し付けては離れる、を繰り返されると本当に、なんか、すごくやばい…。
部屋に寄って欲しいなんて、声をかけてしまいそう。


「☆☆☆、次の日…土曜日は休みか?」
「あ、あの…休み、です」
「わかった。…お前のこともっと知りてえェよい」



**********



金曜日。
仕事が終わって、その旨をマルコさんに連絡した。
返信を待つ間、この前にそうしたように鏡の前で、念入りに格好をチェックした。
お化粧は、一旦落としてからし直した。
服装も、持っている中では一番綺麗な服で、一番自分が綺麗に見えると思われるものにした。
靴もバッグもそれに合わせて。
髪型も、お気に入りのバレッタで緩くまとめて。
多分、大丈夫。
持ち物も、きっと忘れ物はないと思う。
あの晩…車の中で、マルコさんに言われた言葉。
はっきりとは明確に言われなかったけど、次の日の休日を尋ねられたってことは、もしかしたら。
これ以上考えると、本当に頭の中がどうにかなってしまいそうだったから、浮かべないことにした。
だって想像しただけで、気絶しそう。

やがてマルコさんから来た返事に、私の会社近くの時計の下で待ち合わせという文字を見て、慌てて会社を飛び出した。
せっかくセットした髪型も、お行儀よく下ろしたスカートも、全部風に靡いてしまったけど、気にしている間もない。
きっともう到着しているんだろうと思ったから。
会社の出入口から外へ出ると、見える時計の下に、すでにマルコさんの姿があった。
やっぱり…。
スーツ姿で柱に寄り掛かるようにして立っているマルコさん。
絵になってすごく格好いい。
小走りで近づいていくと、私に気が付いたマルコさんが、笑みを向けて待ってくれている。
走って行って飛びついてしまいたいくらい、愛しいと思った。


「こんばんは」
「こんばんは。…今日も可愛いよい」


さらりとこんな風に言えちゃうのがすごいと思ったんだけど。
行こうか、って言って私の手を取ってくれたマルコさんが、ずっと前を向いている。
私から見える位置にある耳が少しだけ赤くなっているのが見えるんだけど、マルコさんも照れているって思っていいのかな?

食事に連れていってくれたところは、今日はビルの中に入っている料亭だった。
よく仕事で使うっていうことで、マルコさんは女将さんとも知り合いの様子だったし、何より慣れている感じがした。
広い個室に、私とマルコさんが向かい合って座る。
落ち着かないことこの上なかったけど、いろいろな話をしてくれたし、私にも話を振ってくれていたから、リラックスはできたと思う。
それに、お料理も美味しかった。
無理なく食べられる量で、たくさんの種類が出てきたけど、どれも美味しくて。
思わず食べる度に、感激してしまっては、マルコさんを笑わせてしまった。
一緒に頂いた日本酒が、ちょうど身体に浸透してほろ酔いになった頃、デザートまでしっかり食べきってしまった。
美味しいのと楽しいのとで、緊張もいくらかほどけてきているようだった。
実はちょっとそこが心配だったんだよね。
緊張し過ぎちゃって、楽しめなかったらどうしようって。
楽しくなければ、マルコさんだって楽しいハズがないもの。
夜のことばっかり考えちゃって、ぎこちなくなったら、もしかしたら帰ることにだってなり兼ねない。
マルコさんが、もしも同じ気持ちでいてくれるなら、私だってそうしたいと思っているから。

別のお店で飲み直そうということになって、席を立った時に、足が若干痺れてしまって、僅かに身体がぐらついてしまった。
さすがに転びはしなかったのは、すぐに気が付いてくれたマルコさんが支えてくれたからで。
しっかりと腕の中に抱きかかえられてしまい、至近距離で目が合うと、お互いに動きを止めてしまう。


「す、すみません…マルコさん」
「椅子の方が、らくだったな、悪ィ」
「でも、美味しかった…です。ありがとうございます」


余りの至近距離の色気にやられた私は、短い言葉で返すのが精一杯で。
マルコさんも、余裕がなさそう…に、見える…?
私の身体を支えてくれている腕に力が入ったのが分かった。
ぐっと腕が身体に食い込むと、ドキっと大きく心臓が跳ねてしまう。
目の前のマルコさんの目は、優しく細められているしから。
今度は自分から、そっと目を閉じた。
顔を上げてマルコさんが唇に振れやすいように角度を付けていく。
それが重なり合うまでの間は、やけに緊張した。
こんなにドキドキしたことないかも。
どうしよう、自分から強請るなんて、今夜期待してると思われたかな?
それが杞憂に終わるまでは、そんなに時間はかからなかった。
ホッとしたのも束の間で、ずっと触れるだけだったキスが、唇を動かしながら触れる行為に変わっていく。
マルコさんの厚めの唇が気持ちいいくらいに、私のそれを滑っていき、そして離れ際に唇を舐められた。
全身が、燃えているかのように熱い。
唇が離れていくと、間近で合わされる目線。
堪らない気持ちになって、マルコさんの背中に自分から腕を回して身体を密着させた。


「ね、マルコさん」
「…ん?」
「好きです。…私もちゃんと言ってなかったでしょ?」


夜景を見ながら、好きかと訊かれて頷いただけで。きちんと言葉にしていなかった私の想い。
きっとバレバレだったんだろうけど。
それでもちゃんと言いたくて。
でも照れくさくて下を向いていると、密着したマルコさんの身体が少しだけ離れていく。
あれ…。
もしかして、イヤだった、とか?
そんな小さな出来事でさえ、不安になってしまうから、恋って恐ろしい。
一体今どんな顔をしているの?
怖くて顔を上げられなくて、俯き加減でいると、マルコさんが屈むように身を縮めて私の唇にそれを重ね合わせた。
やや下向きだった私の顔は、マルコさんの唇によって徐々に上を向かされていく。
マルコさんの両手はそれぞれ、私の後頭部、腰に当てられてしっかりと支えてくれている。
どっちかっていうと、逃げられやしない体勢だ。
そんなガードをされたままキスをしていると、次第に唇を開かされて、マルコさんの舌が初めて私の口内へと侵入してきた。
中へ入っては離れ、リップ音を響かせながらもう一度。
何度も短く、口内を浸食されていく。
呼吸もままならない程、そして立っているのもやっとな程、敏感に私の身体が震えた。


「☆☆☆、朝まで、一緒にいてくれるか?」




戻る




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -