好きだなんて

Side:☆☆☆



点検の為、機関室に降りていく途中の階段。
ここを通るのは、私のような船大工や、外部の機械工の業者さんくらいな為、ほとんど飾りもなく無骨な作りになっている。
足もとだって鉄製の階段だから、足を乗せる度に、コンコンッという音が鳴る。
だけどその音も、下から聞こえてくるエンジン音や、大型機械の稼働音でほとんどが掻き消されてしまっている。
大声を出せば、誰かには聞こえるかもしれないけど、話し声くらいなら間近にいないと聞こえない。
そんな場所。
だから時々、逢瀬の恋人同士…かどうかはわからないけど、秘密の行為をしているクルーに会うこともある。
たいていはナースさんがお相手で、私と目が合うと、気恥ずかしそうにするから、申し訳ない気になっちゃうんだよね。

今日はたまたま、点検でここに来た。
この間点検したばかりではあるけど、調子が悪くなってしまう前に、ちょくちょく確認しているからだ。
階段の中央付近、一歩降りて曲がれば廊下が見えるところまで来ると、廊下の端に見たことのある紫色が目に入る。
あれ、マルコさん…?
覗き込むように廊下に顔を出すと、はっきりと見えるマルコさんの紫色の背中。
こんなところで会えるなんて。
今日は朝ご飯の時以外、まだ会えてなかったから。
その時だって、会話をしたわけでもなく、挨拶しただけだったから。
嬉しい。
そう思って、声をかけようと片手を上げたんだけど。


「マ……ッ…」


そのまま、急いで壁に身を隠すようにして階段のところまで戻って来た。
マルコさんの背で隠れて見えていなかったけど、その奥に女性の姿があったからだ。
二人は会話のできる距離に居て、後ろから見ただけじゃわからないけど…楽しそうに会話している、ようにも見える。
こんなところで…?
いや、さっき自分でも思っていたことじゃないの。
恋人達の逢瀬にも使われる場所だ、と。
一部のクルーからは、シュガースポットと呼ばれているらしい。
この後、抱き合うのかもしれない。
幸い、私が今用事があるのはこの階ではない。
だからこのまま立ち去ってしまえば、何も知ることはないまま、いけるのに。
なのに、ここから足が動けないでいる。
相変わらず、角の向こうからは会話をしている音だけが聞こえる。
もう一度、角から顔を出して覗いてみると…。
同じ体勢のまま、やはり二人分の影。

こちらに背を向けて立っているマルコさん。
その向こうには、綺麗な長い脚が見えた。
割と、高身長の相手の女性は、足も長くて綺麗。
ナースさんの格好をしているから、その美貌だって確かなものだと思う。

考えれば、普通のことだ。
マルコさんは格好いい。
顔だけじゃなくて、モデルみたいにスタイルも抜群にいい。
それに、すごい色気がある。
長身で、素敵で、そして優しいんだもん。
女性が放っておくはずがない。
それはここの美女揃いのナースさんだって、例外じゃないと思うんだ。
私だって、マルコさんが長身モデル体型の美女を連れていたら、納得すると思う。

対して、私…。
今は仕事中の為、全身作業服だ。
それに色々な箇所に汚れも目立つ。
胸は…割とある方ではあるんだけどな。
それでもナースさんには、到底敵わない。

こんなところで、出刃亀してるなんて趣味悪いぞ、私!
もう一度だけ、と角から覗いた時に、女性から何かを渡されているのが見えた。
それが何だかはわからないけど、ようやく足が動いてくれたから、その場から逃げ出した。


機関室の点検、しなきゃいけないのに。
階段を下りるどころか上ってしまって、一気に甲板まで飛び出してしまった。
一人になりたくなくて。
期間室まで降りてしまうと、ひとりきりになってしまうから。
一人だと、油断してしまいそうだったから。
甲板に来れば、誰かしらいて、日光浴をしたり掃除をしたり、誰かが必ず何かをしているところが見れるから。
思った通り、甲板にはモップを持って掃除をしてるクルーや、見張り台に立って双眼鏡で覗いているクルー、その人に下から声をかけるクルー。
わいわいと賑わいを見せるこの場所は、逃げ込むには丁度いい場所だった。
ここなら、しょぼくれているわけにはいかない。
ましてや、泣いてしまうなんてことは、もっての外だ。
だからこその緊張感が、私の気が緩むのを止めてくれるから有難い。
甲板の手すりに寄り掛かり、海を眺めていた。


「どうした、☆☆☆」
「……え?」
「あ、悪ィ!泣いてんのかと思った」


背後から声と共に、後頭部を支えられる感触。
エースが私の顔を覗き込むから、突然の出来事で心底驚いた。
間近で目が合うと、バツが悪そうにエースが頬を掻いている。

俯いてるつもりはなかったのに。
エースにはばれてしまっていたようだった。
私の、悲しんでる気持ち。
泣いてないよって海を見ながら返したけど、エースは顎に手を当てて何か考えているようだった。


「何でもいいけど、ちょっと付き合え!」


手すりに掛けていた手を片方取られ、そのまま引っ張られる。
それ程、強引ではなかったけど引かれるまま、身体が動いてしまうから不思議だった。

途中までは知っている道だったんだけど、もう今はどこを進んでいるのか全くわからない。
そして薄暗がりの一番奥の部屋まで連れて行かれ、先に部屋へと押し込められた。
何!?
怖い…。
でもエースのすることだし、と信じている自分もいて。
後ろで扉の閉まる音がしたと同時に、部屋の明かりが灯った。
そこは…。


「食糧庫…?」
「おお、よくわかったな」
「いやいや、だめでしょ。サッチさんにめっちゃ怒られるよ?」
「でもほら、コレ飲みたくねェ?」


ごそごそと奥の方から取り出したのは、私も大好きな白ワインだった。
好きだけど…、盗み飲みはよくない。
エースを諭して帰ろうとしたら、更に出てきたのは生ハム。
それに、チーズにサラミ、ドライフルーツに、オリーブ、…それにサッチさんが漬けただろうピクルスまである。
最初は帰ろうと思っていたのに、どんどん出てくる食材がいちいち的を得ていることに、さすがに喉が鳴った。


「ちょ、ちょっとだけ…だよ」
「そう言うと思ってたぜ!」


そうして、私達の悪い盛大な摘み食いが始まった。
ちょっとだけのつもりが、あまりに美味しくて、どんどん進んでしまう。
サッチさんのピクルスなんて絶品で、ついつい食べ尽くしてしまいそうな勢いだ。
最も、エースはお肉ばっかり食べてたけど。
そして二人で、どんどんワインを開けていってしまう。
ほろ酔いになって気持ちよくなってきた頃、ドライフルーツの中にパイナップルを見つけた。
マルコさん…。
人の気も知らないで、女の人とイチャイチャしちゃって!
さっき機関室付近で見た光景が、目の前に広がってしまった。
いやいやと首を振ってもそれは消えてはくれない。
まさかあの場所で、マルコさんが誰かと会ってるなんて想像もしてなかったから。
ショックで仕方がなかった。
マルコさんの、バカ。
むっつり!
えろのかたまり!
すけべぇ!
うわ〜〜ん!
関係ないのに黄色い果実に恨みを込めて、指先で弾いてやった。
すると、簡易に使っている小皿から、それが弾けて零れ落ちるのが見える。
ころりと転がったそれは、私が救出する前にエースが拾ってぱくりと口に放り込んでしまった。


「お前、パイナップル嫌いだったか?」
「……ううん、大好き」



**********



Side:Marco



イルヴァと会話後、甲板へ戻ろうと階段の方へと足を向けた。
すると足元に、一本の鉛筆が転がっているのが目に入る。
誰かの落し物か?
手に取ったそれは、どこかで見たことのある装丁で、僅かに首を傾げて考えていると…。
ふとその鉛筆の頭の部分が、彼女の作業服の胸元に何本かのペンと一緒に刺さっていたものと記憶の中で一致する。
ああ、☆☆☆のか。
今頃、失くしてしまったかと困っているかもしれねェな。
もしくはまだ気が付いてはいないかもしれないが。
何にせよ、☆☆☆のもので間違いねェ。
届けてやるか。
さっきまでのイルヴァとの業務連絡は、決して軽いものではなかったが、今は心軽く階段を駆け上った。



「なぁ、☆☆☆を見てねェかい?」
「ここには来てないっす」


何度この会話をクルーとしただろう。
簡単に見つかるだろうと思っていたハズが、☆☆☆の姿が見当たらない。
船大工部屋、操舵室、機関室、医務室、機械室、船尾の倉庫、見張り台の上まで登ったし、モビーの側面までわざわざ飛んで目視しに行った。
その他、思い当たるところは全て覗いた。
だがどこにもその姿が、影すら見当たらず、最後はナースに頼んで女性部屋まで確認させた。
そこにも居らず。
鉛筆一本を置いてどこかに消えた☆☆☆。
無性に会いたくて、顔が見たくて、これを渡した時にどんな風に笑って礼を言うのかを想像して、胸が高鳴る。
また頬に触れた時に、そこを赤くして照れるのか、と。
手にした鉛筆をズボンのポケットへ押し込んで、再びモビーの中を歩き出す。
確かに広い船内だが、同じ船に乗っているんだ、見つかるだろうよい。
万が一、どこにもいない場合は、考えたくはないが船の外にいるってことだ。
そうなりゃ大事で、それこそ探しに出なきゃならねェ。
だから思いつく限りのところは見ておくか。


「マルコ」
「なんだ、おれは今忙しい…」
「☆☆☆ちゃん、探してるって?」
「ああ、どこかで見たか?」
「…こっちだ」


食堂を出たあたりで、サッチに声をかけられた。
普段ふざけているこいつに関わると面倒なことになりそうだ、今はそんな余裕はねェ、そう思っていたのに、顔に似合わず真剣な表情をしているから足を止めた。
だがそれも、苦虫を噛み潰したような複雑な表情にも見えて、そんな顔をしたまま親指で背後を示すから、おれも後に続いた。

サッチの進む道は、確かにおれが今日足を向けた場所とは全く違う方角だった。
こっちはどっちかっつーと、飲食物のある倉庫だ。
武器庫と同じくらい、普段の☆☆☆には縁のない場所。
☆☆☆には一番関係ねェと思える場所で。
盗みに入って食い物を荒らす程、普段から飢えているようにも見えねェ。
だからこそ、嫌な予感しかしなかった。
もしもこの先に居るのなら、一人なハズがねェんだ。
それが要らねェ心配であってくれと願わずにはいられない。

食糧庫の前で足を止めたサッチが、おれを振り返りチラリと目線を遣ってくる。
その扉の下の隙間からは、暗い廊下に明かりが漏れている。
室内に誰かがいるのは明白だった。
ガチャ、と開いた扉からは食料の匂いに混ざって、うっすらとワインの香り、それに加えて甘い香りが漂ってくる。


「ちょっと…これは、さ」
「……ああ」
「エースだけなら、ぶん殴って片づけさせんだけどよォ」


扉の向こうには、床に散らばったワインの瓶、数本。
食い散らかしただろう、肉の骨や、一応綺麗に盛られた軽食の数々。
幾つかの食材は、簡易的な皿から飛び出して床にも転がっている。
その中央で、食糧の入る木箱に寄り掛かり、イビキをかいて豪快に寝る男エース。
その手には、肉の塊がしっかりと握りしめられている。
傍らに、☆☆☆の姿。
エースに寄り掛かるようにして、こちらも小さな寝息を立てているようだった。
傍目からしたら、仲睦まじい二人の姿。

声も出したくない程に、胸が焼けて熱い。
一番、見たくねェ光景がそこに広がっていた。


「エースは殴っていい、☆☆☆も起こして片づけさせろ」
「いや!ちょ、ちょ、ちょっと、待てって!」
「なんだよい」
「うっわ、こわ………いーから、これ見てみろって」


流石に見ていて気持ちのいいもんじゃねェ。
踵を返し、その場を後にしようと片足を踏み込んだおれの腕をサッチが掴む。
邪魔するサッチの行動にイラついて横目で睨むも、食糧庫内へと引かれる腕の力が強ェ。
仕方なく室内へ足を踏み込むと、更に強烈に甘い酒の香りがした。
くらくらとする程、強い☆☆☆の匂いもしている。
こんな中で…。
☆☆☆の近くで足を止めたサッチが、その掌に乗る物を指し示している。
☆☆☆は、眠る自身の膝の上に掌を上に向けて置いており、その掌にはサッチが示すものが乗っている。
まるで大事そうに、落とさないようにと僅かに丸めた指先が、柵のように守っているのが見えた。


「いや、だから何だよい」
「お前さ、☆☆☆ちゃんになんかした?」
「話が全く見えねェ…」
「泣いてたんだと思うぜ」
「……は?」
「この船で、今☆☆☆ちゃんを泣かす奴なんて、オメーしかいねーよ、マルコ」


確かに☆☆☆の目尻は、泣いたように赤く染まり、その端に僅かに残る水滴が丸く残っているのが見える。
そうは言っても…。
この状況で、何故おれのせいだと言える?
おまけに今日は朝食堂では見かけたが、☆☆☆は船大工のところで食っていて、会話すらしてねェんだぞ。
どう見たって、エースと二人きりで楽しんでた状況じゃねェのかい。


「エースのせいだろい」
「いや、どう見たってお前だろ、…コレ」
「それはただのパイナップルだろい」
「☆☆☆ちゃんにとって、それはマルコなんだよ!」


おれが昔そう教えたから!と失礼な言葉が続いたが、サッチを殴る気にはなれなかった。
何を言ってるというのか。
おれのせいで泣いていた?
パイナップルを持ってか?
酒を飲んで男と並んで寝ちまう程に、泥酔してか。
全く身に憶えがなくて、困惑している。


「そもそも、お前なんで☆☆☆ちゃんを探してたわけ?」
「…届け物だ」
「へェ、確かに☆☆☆ちゃんのっぽいよな。どっかに忘れてたの?」
「拾ったんだよい、機関室に行く途中の…」
「廊下で?」
「…廊下…で」
「お前その時、誰かといた?」
「イルヴァと…」
「それだろォ!?」


心から、サッチが何を言ってんのか理解できなかった。
説明されるまでは。
シュガースポットとか、知るかよい。
誰だい、そんな不埒なことやってんのは。
この問題が解決したら、厳しく取り締まってやるよい。
単に今日は、オヤジの容態についてイルヴァと会話をしていただけだった。
オヤジの容態は、良い時と良くねェ時と、割と差があるから、あまりクルーに知られるのもよくはねェと、誰も来ないところで話していただけで。
次の島で仕入れる薬の種類を記載した書類を受け取っただけ。
あの場に呼び出したのはおれの方だ。
確かに最初は難癖付けて行きたくなさそうに悪態をついていたようだったが…。
そういうことか。
はやく言えよい。
知ってりゃ、誰があんなところに呼ぶかっての。
おまけに、機関室は☆☆☆のテリトリーだ。
見られるかもしれねェところ、おまけにそんな曰くつきの場所へなんか、行くかよい。



「おい、起きろ、バカヤロウ!」
「…イッ…てぇええ…」


☆☆☆を見つめたまま溜め息をついていると、サッチが突如エースの頭を拳で殴りつけた。
イビキをかいて鼻提灯まで出していたエースもさすがに、堪らず目が覚めた様子だった。
ガバッと身を起こすから、それに寄り掛かっている☆☆☆の身体がぐらりと傾く。
咄嗟に片手で庇って、支えてしまった。
こんなにもデカイ声や音が鳴っているのにも関わらず、起きる気配さえない☆☆☆。
むしろ、気持ちよさそうにむにゃむにゃと口が動いているのさえ見える。
サッチがそんなおれの様子をニヤニヤしながら見下ろしてくるから、さすがにイラっとしたが。


「んじゃ、こっちの制裁はおれに任せとけ」
「おい、ここの片づけ…ッ」
「エースにはおれが別でお説教、ここの片づけは☆☆☆ちゃんと、今日の元凶…で頼むな!」


寝ているところを無理矢理覚醒させられて、わけがわからなくなっているエースの耳を引きながら、サッチが部屋を出ていった。
廊下からは、暫くエースの悲鳴と、一度何かが殴られる音が響いていた。
まぁあれは、自業自得だ。
その音もやがて聞こえなくなると、室内には☆☆☆の寝息だけが響いている。
眠る☆☆☆の隣へと身体を移動させると、さっきエースにしていたのと同じ格好でおれに寄り掛かる彼女の重み。
その胸元を覗くと、ポケットに入っているペンの数が、やはり一本足りないようだった。
手にある鉛筆をそこへと差し込んでやる。
すると、しっくりくるような、いつも目にしているような胸ポケットになった。

ったく、無防備に寝てんじゃねェよい。
おれの肩へ首を預けて、規則的に寝息を立てている☆☆☆。
目尻へと指先を触れさせると、未だに僅かに濡れている感触があった。
勘違いをして、泣いていたというのか。
何でもねェのに。
こんなところで、エースと二人きりで酔うくらいなら、おれに直に言え。
☆☆☆のその感情が、一体どんなものなのかは、今は計れねェが。
こんな状況を見たおれが、どんな気分になるかどうかを、考えろよい。
どんな気分…?
いや、エースと仲良くなるってのは悪いことではねェ。
歳も近い。
話も合うだろうよい。
こんなおっさんに妬かれることの方がよっぽど。

だからこそ余計に…。
好きだなんて、言えるか。


「いい加減起きろよい、何やってんだい!」




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