Pkmn 短編 | ナノ






V.D

 2月14日。その日は各トレインの難易度が格段に上がる。と、言うのもサブウェイマスターを勤める二人の男が女性にモテ過ぎる為である。
 何時の間に誰が作ったやら、ファンは自然と集い群れを成す。さして行事の無い日であっても駅構内を歩けば黄色い声が彼等を取り巻くと言うのに、バレンタインデーともなれば女子が押し合い圧し合い戦争をも始めん勢いで彼等へと向かってくるのだ。
 思い寄せる異性にチョコを贈る日ともなれば駅構内を歩くことを最小限に抑えても効果が無いのだ。彼女達はトレインまで乗り込んでくる。恋する乙女の力量は計り知れない。彼女達が好意を寄せる彼等が疲労でぶっ倒れるのではないかというぐらい忙しくなるのだ。お客様方に楽しんでいただけるのは大変に有り難いことではあるのだ。だが、我が身あってのこと。

 黒のサブマスは告げる。――皆様、本日はより一層の気合を入れて下さいまし。本日の勝敗が今月、さらには来月の給与に深く、深く関係することになるでしょう。
 こうも言われればノーマルもスーパーも関係無い。その名はただの飾りに成り果てる。連勝したければ俺の屍を超えていけ。駅員達は己の給料の為に全力を持ってお客様を潰しに掛かるのだ。
 戦地へと向かう部下を尻目にサブマスのお二人は彼等の待機部屋へと引き篭もる。そして此処からは黒のサブマス、ノボリのお話しである。



「あーぁ、ぼくチョコ食べたいなー」

「口より手を動かして下さいまし。デスクワークがどれ程溜まってると思っているのですか」

 椅子のキャスターを転がして遊ぶクダリに注意するも効果は無し。ぶつぶつと煩いそれと共に部屋へと響くのはわたくしの動かすペンが紙面を引っ掻く音。カリカリッ。カリカリッとサインを綴ったり、求められた文面を揃えたり。

「ちょこー」

「そんなに欲しいのであれば、室外へと放り出して差し上げますよ」

 チョコを欲して喚くクダリにそう言えば、その頭が全力で左右に振れる。今日という日に出歩けばどうなるか、だなんて分かり切った話しなのです。

「大体、ファンの子にもらったチョコは食べられないじゃん」

「食せばいいじゃありませんか」

「何が入ってるか分からないのに?」

「食せばいいじゃありませんか」

「じゃ、ノボリも食べてよ」

「遠慮致します」

「……このやりとり去年もやった!」

 チョコを欲して騒ぐクダリに、溜まったデスクワークを片付けるわたくし。まだ騒ぐクダリに、提案するわたくし。そしてお客様より頂くチョコについての話。一連の流れ。去年と同じ。一昨年と同じ。同じ流れでございます。――そう、ここまでは。

『――……あぁ、すいません。どうか、減給は勘弁して下さい』

「あ、ノボリにお呼びが掛かった」

「どうやら勝ち抜かれた方がいらっしゃるようで」

 書き掛けの書類を卓上の傍らに置いて、わたくしは立ち上がります。デスクの一番上の引き出しに今朝入れておいた物をさっと取り出し、コートのポケットに突っ込めばクダリがにやにやとこちらを見ていました。仕事をしろ。と視線で言ってもクダリはにやにやと笑うばかりで、その嫌な視線を背にわたくしはトレインへと向かう足を速めるのです。
 わたくし、今日という日があまり好きではありませんでした。一方的で度が過ぎる好意を受け止めてやれるほど、わたくしは出来た男ではありませんから。しかししかししかし、今年はどうでしょうか。わたくし、これでも内心今日という日を楽しみにして参りました。決してお客様方から押し付けられるそれらが嬉しいわけではございません。欲しいそれは、わたくしの欲しいそれは、たった一人からのものなのです。



「ですからなまえさま、どうかわたくしにチョコレヰトを下さいまし」

 なまえさま。ポケモンバトルの腕前は勿論、容姿、性格、その他全てが大変ブラボー!なお方。わたくしの思い人。わたくし、チョコを頂くのはなまえさまただ一人と決めているのでございます。

「え?いや、何か知りませんけどバトルしましょうよ」

「その前に、わたくしに渡すものがあるのではないでしょうか」

「いやないですけど」

「では、なまえさまは本日はポケモンバトルをしに来ただけ、だと」

「他に何があるんですか?」

「今日は2月14日。バレンタインデー、でございますが」

「……あー、厳選してたら日付感覚が狂ってました」

 唯一の彼女の残念なところは『廃人』であるところでしょうか。いえ、そこも良いのです。ただ、今日という日はそれが憎い!の一言に尽きるのでございます。

 はぁ。と溜息を吐きながらわたくしはコートのポケットの中へと手を伸ばします。そこに入っているものを取り出し、彼女へと近づき両の手で差し出す。小洒落たリボンのついたそれをなまえさまが見ております。ハート型の箱で、中には所謂チョコレヰトの入ったそれを、見ております。

「何ですかこれは、ノボリさん」

「逆チョコでございます」

「マジですかノボリさん」

「マジにございます。本命チョコ、でございます。どうか受け取って下さいまし」

 わたくしの差し出したそれを漸く受け取って下さいました彼女が、嬉しそうに微笑んで下さいますのでわたくし急に彼女へと触れたくなりました。いえ、嘘です。急になんかじゃございません。わたくしはずっと、なまえさまに触れたかったのです。

「なまえさま、お慕い申し上げております。ですから、なまえさまに触れたいのです」

「ありがとうございます、ノボリさん。こんな私でよかったら好きにしてください」

 なまえさまがその口で囁いた言葉の何と甘美なこと!伸ばした震える指先がなまえさまの唇に触れる、あと数cm、あと数o、開く唇。

「でも先にポケモンバトルしましょうよ」



 御預けを喰らい呆けるわたくしが勝てるほどなまえさまは甘くないのです。
 しかし、終点はまだまだ先に御座います。それが意味することがお分かりになりますでしょう?



(Happy Valentine!)