Pkmn 短編 | ナノ






V.D

 勤務時間終了間際、なまえは困惑した表情を浮かべ己の勤務机の上に置かれたそれらを見ていた。彼女の手によって卓上へと並べられたものは、"メッセージカード"、"高級ブランドのチョコレート"、"真っ赤な薔薇の花束"、"大層な宝石が引っ付いた指輪"等の贈り物。どれも彼女の敬愛するサブボス、インゴその人から頂いてしまったものだ。

 朝、なまえに出勤の挨拶共に渡されたのは"メッセージカード"だ。仕事の書類を手渡すような流れで差し出されたカードを、彼女は理解する前に受け取ってしまい、紙面を見て仕事のものじゃないと理解した時には既にインゴはその場を後にしていた。カードに書かれているそれは上司からの言葉とは思えない。ただの部下の自分に間違えて渡したのだろうか。彼女は困った。

 次は昼、少しばかり昼食には早い時間。朝食を取ったにしても空いた小腹になまえが唸っていた時だ。彼はやって来た。その手には包装されリボンがちょこんと付いた箱。インゴはそれをなまえへと差し出して、彼女はそれを受け取りつつも今朝のことを聞こうと口を開けた。が、それよりも早く鳴ったアナウンスがインゴを呼んだ為に何も聞けずじまい。残ったのはその箱。包装を解いて出てきたそれは有名な"高級ブランドのチョコレート"だ。彼女はさらに困った。

 時刻は三時少し前、満たされた腹に微睡む時間帯。なまえも例に漏れず襲い来る睡魔に欠伸を噛み殺していた。が、ぼんやりする視界が急に深紅に満たされたことに彼女は睡魔を吹っ飛ばす。視線のピントを合わせれば赤の正体は"真っ赤な薔薇の花束"で、それを差し出しているのはインゴ。差し出す、と言うよりは押し付けるようなそれ。両の腕で抱えるように受け取れば、視界は埋まる。優雅で素早い身のこなしの彼は視界が開けた頃には既にいなかった。彼女は困る。

 仕事が終わるまで後一時間、少々の疲労感とあと少しだというやる気。没頭して勤めていたので、なまえは首を傾げたり肩を自分で揉んでみたりしてあと少しだ。というやる気を出す。両腕を上に真っ直ぐ上げ、背を反らすそれに合わせて腕と頭を後ろへ。天と地が逆になった彼女の視界には、何時の間にいたのかインゴ。ストレッチの姿勢のままに伸ばされた腕の先、つまり指先。そこを手に取られ、彼女が逆転の視界で何だと見守ると"大層な宝石が引っ付いた指輪"がそこに嵌められた。挙句にそこに口付けられれば、ぎょっとする。驚いている間にインゴは黒いコートを翻して行ってしまった。彼女は困る他ない。

 なまえが卓上のものを眺めため息を吐いた瞬間、時計は間抜けな音楽で定時を告げた。

「なまえ」

「!?」

 呼び掛けに、手提げ鞄を胸へと抱き込み反射で振り返ったなまえ。そこには今朝から彼女を困らせている男、インゴその人が立っていた。彼の蒼い目に囚われながらも、からがら我を保ち彼女は漸く今朝よりの疑問を彼へとぶつける。

「あ、あのインゴさん?何なんですか、いったい今日は。何だかやたらと貰ってしまったんですが」

「何って、本日はValentine's dayでございますガ」

「あ、それは知ってます。でもバレンタインは女の子が好きな人にチョコ渡す日、ですよ?」

 小首を傾げるなまえにインゴはすっ、と目を細めて瞬間考えて、答えを出した。あぁ、なまえ。あなたは、

「分かってないのですネ。此方では、男性が渡すのですヨ?」

 なまえへと歩み寄ったインゴが、彼女の背後に見える己の贈った品を目で数える。彼女はインゴの言葉を聞いてさらに疑問を浮かべて、それを彼へと投げかけた。

「では、インゴさんは私のことが……好き、なんですか?」

「……ハァ?」

 なまえの言葉にインゴは怪訝な顔と言葉を返した。あ、あれ?と彼女は焦り始める。なんて恥かしい間違いをしてしまったのだろうか!と彼女はその場から逃げ出したくもなったし、駆け出そうともしたが彼に阻止されてしまった。
何だか泣きたくなった彼女に、彼は続ける。

「好きも何も、愛してますガ。此方では、男性が己の恋人或いは妻に、贈り物をするのですヨ?ワタクシ達、恋人同士ではありませんカ。今更、好きか嫌いかナンテ」

「ちょっと待ってください!」

「何でしょうカ」

「初耳です!私とインゴさんが恋人同士だなんて!」

 なまえの言葉にインゴはきょとん、とした。彼のこんな表情は大変貴重なのだが、彼女は今それどころでもない。

「初耳……?まぁ、いいでしょう。なまえ、"ディナーデート"の贈り物も用意しておりまス。そこで改めてワタクシが申し込めばいいのでス。どうか、受け取って下さいマシ」


 デートのその席で晴れて恋人になるはずである、まだ恋人ではないはずのインゴはなまえとの距離を縮めていく。

 彼と彼女の唇が触れ合う。そんな密着した身体の間に挟まれた彼女の手提げ鞄。その中にあるなまえがインゴへと渡すつもりだった本命チョコ。それが本望さ、とばかりにぱきりと割れた音を立てた。


(Happy Valentine)