Pkmn 短編 | ナノ






残念V.D

 今日はさわがしい。それというのも今日がバレンタインだからだ。普段からさわがしいけど、今日は一段とさわがしい。ダブルトレインに向かうまでの間に何回呼び止められなくちゃいけないんだろう。チョコだってクッキーだって、きらいなわけじゃない。甘いものは好き。大好き。でも、うんざりする。どうせなら、ダブルトレインを勝ち進んできてよ。そう思うけど、ホントにそのために勝ち進んでくる子もいるから、ぼくはため息を吐いた。



「あ、なまえだ」

 なんだ、勝ち抜いた挑戦者はなまえだった。なまえは、ぼくとノボリのおさななじみの女の子。かわいいこ。ぼくの好きな子。ぼくの、大好きな子。
 そんななまえがこんな憂鬱な日にやってきてくれたことが嬉しい。でも、どういうことかちょっと分かってる。

「はい、どーぞ」

「え、くれるの?うそ、嬉しい。ぼく、とっても嬉しい!」

「何か感動してるとこ悪いけど、毎年お馴染みの義理チョコだからね」

「えー……」

「当たり前じゃん」

 なまえが冷めた目で言う。あーぁ、分かってるけど態々こんなにも早く言わなくてもいいのに。明らかにテンションを下げたぼくになまえは追い討ちをかけてくる。

「私の本命がノボリだって、知ってるくせに」

うん、知ってるよ。去年も一昨年も、その前も、もっと、もーと前もそうだったしね。でもさ、

「なまえからの本命チョコ、欲しかったんだ……」

 なまえは心底面倒くさそうな顔をする。なまえが優しく微笑むのはぼくじゃあないんだよね。うん、知ってる。

 塞ぎ込んだ頭を叱咤して、ぼくはやるべきことをやる。構えたモンスターボールと指差し確認愛しいあの子。ぼくが勝ったら、ノボリなんてわすれちゃってぼくを好きになったらいいのに、なあ。でもなまえはぼくらに負けず劣らず強いんだ。


「あーぁ、負けちゃった……」

 なまえが下車して、ノボリの元へと飛んでいったのはもうだいぶ前のこと。その表情はぼくに対するそれとは全然違う。所謂恋する少女の顔。あーぁ、負けちゃった。
 義理だと宣言されたそれの包装をびりりと破る。中から出てきた既製品の箱にまた溜息。開けて摘まんで食べた失恋チョコは苦く、ない。ただの甘ったるいチョコだ。君に恋焦がれる、ぼくみたいに甘ったるいやつだ。



(Unhappy Valentine's day)