「あ、そういえば今日はクリスマスだね」
私はさも今気付きましたとでもいうように漏らした。去年は家族と共にケーキを突付いたが今年は一人。というのも生まれも遠いイッシュ地方へやって来て一人暮らしをしているためである。厳密に言えば独りきりというわけでもなくトレーナーである私には相棒達がいるから別に寂しい聖夜を過ごすというわけでもないのだが、それでもそこに共に過ごす人間がいないことから冒頭のような言い訳じみた言葉を漏らしたのだ。うん別に寂しくない。世間で言う彼氏なんて存在産まれてこの方いたことなんてなかったから別にいまさらこの日にその存在が欲しいだなんて言い出さない。
「息がしろーい」
「でらっしゃーん」
それに態々この日を厳選に当てる女子にそんなものがいてたまるか。白い息吐く私の背負ったリュックの中には4つのタマゴ。傍らにゆらゆら浮かんでいるのはシャンデラさん。もう傍らにはルカリオくんを慕え私は所謂廃人をやっていた。
私が寒いねと言えばルカリオくんは繋いでた手をぎゅっと握り返してくれて、シャンデラさんは己の特性"ほのおのからだ"による思いやりで側に寄ってくれる。なんとも心が温もります。右手でシャンデラさんを撫でてからルカリオくんのずれたマフラーを直してあげた。
そういえば、確かこの間テレビで見たケーキ屋さんがこの近くにあるはずだ。そのケーキはポケモンと共に食べれるようになっているもので大変好評らしい。放送されるぐらいで尚且つ今日という日に予約も無しに買えるものかと言えば自身は無かったけれど、覗くだけでもと思い記憶便りにそこへと出向く。
「あ、あった」
聖夜の奇跡を此処で消費したようだった。店員さんが最後の一つですよと告げて、それは大き過ぎる気もするけど私はこれをいただけますか?と尋ねて財布を出した。二匹の相棒は片や嬉しいと私の周りをふよふよ浮いて、片や興奮を表情から隠しつつも隠せない尻尾がぱたぱたと揺れている。可愛い。
良い夜を。と店員さんに送り出された外は室内の温度との差もあって余計に寒く感じた。分かりきっていても寒いとまた呟いてしまってルカリオくんと一緒にマフラーへと首を埋める。
「おや、なまえさまではありませんか」
「あ、ノボリさん」
其処には黒いマフラーを巻いている以外いつもと変わらぬノボリさんの姿。私がぺこりと頭を下げれば両隣の二匹も同じようにぺこり。それに彼も続いて白い息を吐いてぺこり。
廃人よろしくな私は日頃からサブウェイにお世話になっていてノボリさんやクダリさんともそれなりに面識があった。とはいってもギアステーション外で出会うのはこれが初めてである。というかこの人達ずっと地下にいるようなイメージがあった。そりゃ、地上にも出てくるだろう。人間だもの。
「流石に今日は終点の時間早かったんですね」
「はい。わたくしとしてはお客様方の為に通常通りの運転を考えていたのですが色々ありまして」
「色々ですか。お疲れさまです」
「ありがとうございます。本日は朝よりクダリにケーキをせがまれておりました。それでシングルの方がダブルより早く終わりましたので買いに来たのですが、どうやら売り切れてしまわれたようですね」
私の後ろで店の照明が落とされた。近くに街灯があるため明かりには困らないのだが、私はノボリさんの言葉に困ってしまった。この店の最後のケーキを買ってしまったのは私で、この時間だったら他店でも売れ残ってはいないだろう。ケーキを切望するクダリさんを思い描いて申し訳なくなった私はノボリさんへ謝罪の言葉を漏らした。
「すいません。最後のケーキ、私が買っちゃって……」
「!」
「うわー、申し訳ないです」
「い、いえわたくしこそ申し訳御座いません!あなたさまを困らせるようなことを言ってしまって。いいのです。クダリは毎日のように甘いものを食べておりますから。別に今日ケーキを食べられなくても、」
「いやいや駄目ですよ。今日じゃなきゃ」
私以上に申し訳なさそうなノボリさんに困ったと眉を寄せるとルカリオくんがくいくいっと服の裾を引っ張って、私はうん?と返事をした。そして脳に直接、されど穏やかに響く彼の波動。
『あの、マスターさえ宜しければご一緒してはどうでしょうか?』
「うん?ごいっしょ?」
『はい。ケーキは少し大き過ぎましたし、皆で食した方が美味しいです』
「うーん」
「なまえさま……?あぁ、ルカリオさまは波動をお使いになられるのでしたね」
勿論ルカリオくんの言葉を聞き取るとこの無いノボリさんにしたら疑問も浮かぶのだろうけど、以前ルカリオくんの波動のことを話したことがあったのでそれと解してくれたようだ。それは兎も角、ルカリオくんの思いやりは主人として凄く誇りに思いますが、私の心が死にそうです。ケーキ一緒に食べませんか?なんて私に聞けるはずがないじゃないか。
私は渋るような返事をした。それにルカリオくんは察してくれたのかノボリさんの方に向き直り。うん?
『ノボリさま、よろしかったらマスターとケーキをご一緒してくれませんか?』
ルカリオくんの波動に驚いたのか少し目を見開いたノボリさん。数秒もせずにいつもの表情に戻ったけれど。と、いうかルカリオくんノボリさんによく波動を合わせられたね。
「いやいやいや、ルカリオくん何をお願いしているのですか。ノボリさんが困って、」
「御一緒、ですか?」
「あの、気にしないでください」
「わたくし達の住まいはこの近くなのです。宜しければ来て下さいまし」
ケーキ、御一緒に頂きたく存じます。さらりと言ったノボリさんに動けなくなった私の手からケーキの箱を取るルカリオくん。シャンデラさんは楽しそうに鳴いている。
「さ、お連れします」
『行きましょうマスター。寒いですし』
「いや、そりゃ寒いけど」
「それはいけない。失礼します」
失礼?何が?と思っていたらルカリオくんと繋いでる方とは反対の手をノボリさんに取られた。頭の中が雪景色。つまり真っ白。
ノボリさんが歩きだせば必然的に私も歩かねばならなくなり、思考の鈍くなった頭を抱えて蹲ることも出来ない。彼のコートの黒と嬉しそうなルカリオくんと楽しそうなシャンデラさんを視界に入れながら、何故こうなったと胸中で呟くばかりである。
本当に近くだったらしく彼等の家にあっという間に着いてしまった。落ち着いたというより諦めにはいってしまった私は促されるままに玄関を潜る。と、同時に白い塊が飛び込んできた。そのまま黒い壁とのサンドイッチ。
「ノボリおかえりー!ケーキは?ねえケーキは?」
「くっクダリ!」
「あ、ノボリじゃないや。なまえだ!なんで?なんでなまえ?なまえのシャンデラだ!ルカリオも!」
白と黒の間に挟まれたままで返事の出来ない私の代わりにルカリオくんがケーキの箱をクダリさんに見せていた。それ一つで波動のやりとり無しで通じたクダリさんはいつも以上に嬉しそうな笑顔で余計に私を圧してくる。
「ありがと、なまえ!」
「クダリ!お礼も大切ですが、まずは退いてくださいまし!」
まったくその通りです。ノボリさんの言葉にサッと後退したクダリさん。私の手を引いたまま。勢いのままに転びそうな私などお構いなしでケーキ!ケーキ!と言うクダリさんは成人男性に見えませんでした。
引かれるままに通されたリビング。テーブルの上には豪華なディナーが並んでいた。なんだと。
「ううん。出来合いものを並べただけだよ。なまえも一緒に食べよ!」
「なんか悪いです」
「ううん。悪くない。ケーキ嬉しいもん!」
「クダリ、嬉しいのは分かりますがもう少し落ち着いてくださいまし」
遅れてやってきたノボリさんとルカリオくん。シャンデラさんは一番先にリビングにいました。人様の家なのにこの寛ぎよう。ルカリオくんからケーキを預かりノボリさんは冷蔵庫に入れておきますね。と言いながらキッチンへ。クダリさんは私をテーブルの椅子へ座らせるとノボリさんを追いかけた。ルカリオくんも隣の椅子にちょこんと座る。
『マスター』
「うん?」
『あの、嫌でしたか……?』
耳と尻尾をへにょんとさせてルカリオくんは問うた。
「嫌じゃないよ。ルカリオくん、ありがとね」
彼の頭を撫でながら笑うと彼も嬉しそうに笑って二人で笑いあった。それにシャンデラさんも混ぜて!と寄って来たから同じように撫でてあげて。これは良いクリスマスだ。この幸せ者め!と自分に言ってまた笑った。
「ね、ノボリ」
「なんですかクダリ」
「これは一種のお持ち帰り?」
「なっ!?何を仰いますか!わたくし純粋にクリスマスを共に過ごしたかっただけでございます!それをお持ち帰りなどっ」
「下心あったくせにー。まあ、でも、これを機にお付き合い出来たらいいね」
「クダリ!」
「あははごめーん」
Merry Christmas!