島に停泊して2日目の夜―甲板でぼーっと街の灯りを眺めている一人の少女が居た。島に降りるたびに、幾度となく彼女のこういった様子を見てきている。長いストレートの茶色い髪が風に揺れ、今にも消えてしまいそうなくらい今日は特段彼女がちっぽけな存在に見えた。後ろ姿が淋しげではあるが、船に戻ってきたベポはあることを伝えなければならないため、少女に声をかける。

「****。」
「!ベポ!!帰ってたの??」
「うん、今ね。ちゃんと日焼け止め塗った?」
「もちろん。お医者様からのきつーい言い付けがありますから。」

茶化すように笑う、****が言っているお医者様、というのはこの船のキャプテンのこと。きっと目の前にいる少女はすべてわかっているのだろう。それでもきちんと伝えなければ―。ベポはゆっくりと口を開いた。

「****キャプテンは今日も、その…」
「知ってるよ。島に着いたらいつもそうでしょ?」

俯きながら言いにくそうに言葉を探しているベポがなんだかかわいそうで****は苦笑いしながらあっさりとそう言い、顔を上げたベポの手をひいて船内に誘導する。****の表情は淋しそうではあるが、仲のよいベポが戻ってきたことで笑顔に変わっていた。

「ね、お腹空いちゃったから御飯食べるの付き合って?」
「****食べてないの?」
「だあって。一人で食べても美味しくないんだもん。」

前を歩く****の顔は見えないが、きっと笑っていない―本当はローと一緒に食事をとりたいはずなのだ。ローと街に出たいはずなのだ。だがローは彼女の気持ちを知っているのにそうはしない。
いつものことだが、キッチンのテーブルには今日も二人分の料理が並べられていた。

「あ、これね、ローが帰ってくるかなあと思って一応用意したんだ。」

やっぱり今日もいらなかったみたいだね、ばっかみたい私。そう言って****はローの分の料理をシンクに下げる。やっぱり、今日も。その言葉に、ベポは****がいつもローを待っているのだと確信せざるを得なかった。ローの本当の心理を知っていても、健気な彼女にそれを伝えることはお門違いだ。だからこそ余計にもどかしいのに。ベポがうーんと悩んでいると、****はスープをすすり顔をほころばせた。

「うん、おいしい!ベポも食べて!」
「え?」
「お腹いっぱい?少しだけ!」

はい、あーん。そう言われてスープを口に入れられると少しだけ胡椒の風味が聞いた爽やかな冷たい味が広がる。

「おいしい!****料理できるようになったよね!」
「そりゃあもちろん。毎日コックさんに教わってるからね。」
「おいしいもん!もう一口食べたい!」
「いいよ、はい!」

ローのことを思って作ったのだろうその料理は船に乗ったばかりの頃の彼女からは考えられないほどおいしい。****は嬉しそうに笑みを浮かべてベポを見つめた。

「明日にはロー、帰ってくるよね?」
「…うん、明日の午後出向予定、だから。」
「うん…。あのね、ベポ。」
「…なに?」
「あたし、島に着かなくていいやって思っちゃうの。そしたら、こんな想いしなくていいもん。…ずるいよね、あたし。」
「…………。」
「だけど、…やっぱ悔しいけど、ローのこと好きだから。」

****は哀しそうな笑みを見せて傍にあった日焼け止めクリームの蓋をあけた。以前、ベポはキャプテンに好きだと言わないのか****に尋ねたことがある。だか答えはもう****の中で決まっているのだ。

「あたしがこんな身体じゃなかったら、ローと昼間の世界を…昼間の海を見れた。同じ夢を見れたのになあ。」
「****、違うよ、キャプテンはそんなこと…」
「だって…あと何年…!ローと一緒にいられるの、あたし…!」

僅かに大きな声を出した****は震えていて―ベポには何を言うことも出来なかった。彼女の恐怖をわかることも苦しみを代わることもできないから。

「…ごめんベポ…あたし…出かけてくるね。」
「え、危ないよ、僕もいく。」
「だーいじょうぶだよ。あたしだって、戦闘員なんだから。それに、今日は一人になりたいの。」
「でも…」
「ベポ、心配しすぎ。大丈夫だから。ちゃんと日の出までには帰ってくるし。」

ぽんっとベポの肩をたたき、****は軽く笑ってキッチンを出て行った。今まではずっと、自分やキャス、ペンギンが一緒だったのだ。だが今日は彼女がそれを拒んだ。ローになんて言おうか…本当はローはいつも帰ってきているのだ。夜が明けて****が眠る頃に。いつも女と居るのは情報収集がしやすいためだ。いつも出掛けるのは…



「大丈夫かな、****…。」

ベポの呟きはキッチンに静かに消えていく。

いつも明るい笑顔が、その日、最悪の危機にさらされることを誰も予想できずに。


歌を止めたのは誰?


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