君に嘘はつかないと約束した。
火事のことだって、嘘をついたつもりはない。だからあれは全部ほんとう。

「孟徳さん、孟徳さん」

君が笑うのが好き。裏表ないその笑顔は、もう君以外きっと向けてくれないだろう。これからもずっと。
その声も、動作もすごく愛しい。

「どうしたの、花ちゃん」
「あっちに綺麗な花が咲いてたんです。ピンク…あ、こっちじゃ桃色?、の花。あんまり可愛かったから、分けてもらいました」
「本当だ。可愛いね」

でも君の方が可愛い、なんて言えば顔を赤くして俯く。本当に可愛いなぁ。
誰にでも囁いた言葉にだって君はとても嬉しい反応を返してくれるから、何もかも特別なような気がする。
うん、可愛いは花ちゃんだけに使おう。

「部屋に飾るの?あとで侍女に用意させるね」
「ありがとうございます。えっと、孟徳さんにもお裾分け、です」

大きくはない花束を半分。丁寧に布に包まれた根元は少し水で湿らせてあって、乾かないようにしてあった。
はい、と笑顔で手渡された桃色の花は、ふわりと甘い匂いを漂わせてこの手に乗せられて、そういえばと花の名前を思い出そうとしたけど、彼女の笑う姿を見たら別に思い出さなくてもいいような気がしたとこあたり末期だなあと思う。

「ありがとう。うん、いい香りだね」
「あまい香りですよね。私、こういうの好きです」

ふにゃ、と柔らかく浮かんだ笑顔に一瞬理性が跳びかけたとか、言ったら君はどういう反応をするだろうか。
逃げはしないだろうけど(逃がさないし)、泣かれたら嫌だなぁと踏みとどまる。大事にしたいから、少しずつ。

「孟徳さん?」
「あー、うん。幸せだなぁって、思ってね」
「?、良く分からないですけど、孟徳さんが幸せなら、いいです」

俺の幸せの大半は君のおかげなんだけど。鋭いところもあるのに、こういうとこで鈍いのが花ちゃんらしいというか。そんなとこすら愛しくて仕方がないなんて。

(盲目だなあ)

どうしたらいいか分からない幸せに眩暈がする。ただ彼女を愛しいと思うだけで満たされる感情に偽りはない。優しくしてあげたいと思う。幸せにしてあげたい。甘やかして、いつでも笑っていてくれたらそれだけでいい。

(でも時々、どうしようもなくなるんだよ、ねぇ)

ぎゅうぎゅうに抱き締めて、この腕から一瞬たりとも離さない。閉じ込めて誰の目にも触れさせないようにして、毎日毎日俺だけが愛を囁きたい。そうすれば優しい君は俺から逃げられなくなるだろう。

酷く暗鬱な独占欲は彼女に執着した時から頭の中で毎日のように反響して離れない。彼女に嫌われるのも脅えられるのも嫌だから、きれいに隠して気付かせないようにするのは簡単だったけれど、時折抑えられない衝動が顔を覗かせて傷付けてでも彼女を奪えと言われてる気がした。

(あの時だって、)

火事のことで彼女に問われた時に言ったことに偽りはない。風切羽を切って飛べないように、鎖で繋いで逃げないように。
鳥籠で囲んでしまえば失うことだけはないと、そう思ったことは本当。
そして今でもそのどろどろした感情が渦巻いては見境がなくなりそうになる。
信用してないわけじゃない。彼女が嘘をつかないことも知っている。それでも不安になるのは確証がないからか。

(不安、かぁ。俺もまだまだだなぁ)
「そうだ、孟徳さん」
「うん?」
「今度お花見に行きませんか?」
「お花見?いいね。あ、でも花ちゃんとなら、実際の花が霞んじゃうかな」
「ふふ。私、お弁当作っていきますね」
「それは楽しみだね」
「はい。来年も再来年も、その先もずっと。毎年、行きましょうね」
「……毎年?」

君から無償で注がれる感情はとても心地が良い。でもそれは永遠ではないと、どこか頭の片隅で思っていたことを見抜かれたようで、少し動揺した。

「はい。お花見の他にも、たくさん遊びに行きましょう。そしていっぱい思い出を作りましょう。戦争がなくなったら、ですけど」
「……花ちゃん。それ、無意識?」
「何がですか?」

不安になった矢先の彼女の言葉は、本当に心を読まれたようだった。けれどきょとんとしたように首を傾げる女の子は、俺の言っている意味が分かっていないような無邪気な表情でこちらを見上げてくる。

「ええと、孟徳さんといっぱい思い出作りたいなって思っただけなんですけど。だって孟徳さんと幸せになる、って決めたんですから」
「……やっぱり無意識なんだ」
「え、えと?」

無垢な子だとは知っていた。それでも無意識に、無邪気に、どうしてこうも簡単に俺の闇を掬い上げてしまうのか不思議に思う。

「花ちゃんは本当に、可愛いなぁ」
「わわっ、も、孟徳さん!?」

ぎゅうっと抱き締めれば、腕の中の温もりに幸せを感じた。彼女の意思も何もかも無視して奪ってしまっていたら手に入らなかったかもしれない温度は、酷く安心する。

「そうだね。色んな所に行こう。たくさん思い出を作ろう。君と、幸せな思い出を」

こうやって触れていなければ不安になる。君はいずれ居なくなってしまうんじゃないかっていつも考えている。
だから今でも、欲望に満ちた暗い声は脳内で響くけれど。

(君を失いたくないのも本当だから)

時々、夢のような幸せで目が眩んでしまうけれど。それを疑ってしまうけれど。君と幸せになる未来を、信じてみようと思うんだ。



人間不信者の幸福論



(あ、あの。そういえば文若さんと元讓さんはどこいるんですか?)
(なんで?)
(お花。2人にもお裾分けしようかと思って)
(……あいつらに花は似合わないから別に気にしなくていいよ)




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