なんでこんなことになっているのか、問うてみても答えがあるわけではない。
いや、敢えていうなら答えはあるのだろうし、応えてくれる相手もいるのだから独り言でもないけれど。

「困ったねえ」

呟けば、隣から自分とは違う高さの声で、困りましたねぇ、と答えが返ってきた。
こんな状況でもそれが愛しいと思えるほどの心の余裕は喜ぶべきか否か。

「まさかこんなに本格的に、迷うなんて…思ってもみませんでした」
「私もだよ。大丈夫だと思ったんだけど、ね」

つまりはこの状況。
迷子なのである。





「行き慣れた場所にまで迷って辿り着けないなんて、夢にも思わないだろう」
「…私達2人で出かけようというのが、無謀だったんでしょうか」
「………そうかもね」

後で木叉になんてお説教を食らうか、想像は容易いけれど実現して欲しくはない。
最近は特に「玄奘にまで迷惑をかけないでください」という一言が必ずついてくるのだ。それはとても気に入らない。

「………ふふ」
「……どうしたんだい、玄奘」
「いえ、改めて考えるとおかしいものだと思いまして」
「あまり楽観的な状況ではないけれどね」
「そうですね。でもやはりおかしいものです。迷ったあなたなら見つけられる自信はあるのですけれど、私まで一緒に迷った場合のことはあまり考えてませんでした」

お互い方向感覚に難のある2人だ。
隣でさほど困ってはいないように玄奘は、これではまた木叉様に怒られてしまいますね、と微笑む。

「木叉に怒られるのは今に始まったことじゃないよ」
「ふふ、そうですね。このまま待っていれば、きっと木叉様が見つけて下さいますよね」

確かに私達を見つけるなら木叉だろう。
本当は迷っていたのだけど、木叉はそれを知らないから、いい加減逃げ出すのはやめてください!なんて叫んでいた時もあったか。無意識かそうでないのか、あの子は昔から私や大聖を見つけるのが上手だったな、と記憶が揺れる。

「でもこのまま見つかるのは癪だな」
「はい?」
「木叉がくる前に移動しようか、ねえ玄奘」
「は?あの、それだと更に迷ってしまいますよ?」
「いいじゃないか。私に迷えと言ったのは君だよ」
「そういう意味ではないのですが…」

そうと決まれば善は急げだ。そろそろ木叉が現れそうだと長年の経験と勘が告げている。玄奘の手を取り羽根を広げた。

「よ、楊漸っ」
「連れて行きたいところがあるんだ。たくさん」

それこそ天界中。美しい場所、思い出の場所、迷ってしまったら、と怯えて行けなかった場所が、君に見せたいものがたくさん。

「君と、行きたいんだ。玄奘」

迷うのはこわいことだと、ひとりは心細いのだと言ってくれた君。だからこそ傍にいるのだと言ってくれた君。

「……しかたない人ですね、もう」

そうやっていつでも笑ってくれた、君となら迷ったって平気だと思える。
きっとどこへだって行ける。
重ねたてのひらの温度は眩暈がするほどのあたたかさで、僅かに力を入れて握りしめれば、彼女が握りかえしてくれる現実がうれしかった。

「どこに連れて行ってくれるのですか、楊漸」
「そうだね…まずは泉に行こうか。大聖が溺れた場所なんだ。ああ、でもそこは木叉に簡単に見つかってしまうかな」

体を抱き寄せて、どうする?と微笑めば、彼女にしては珍しい笑みが返ってきた。どこか、いたずらを企てる子供のような、笑み。

「では、行ったことないところに行きましょう。……あなたが行ったことのない場所があるのか謎ですけれど。こうなればとことん付き合って、一緒に迷いますよ」
「はは、それじゃ早速行こうか。南の方に美しい花畑があるんだ」

ふわりと、彼女を抱き締めて地から足を離す。上昇した高さで少しだけ冷たい、年中絶えることなくそよぐ風が頬を撫でる感触に、くすぐったそうに目を細める玄奘が酷く愛おしくて、その目元に唇を寄せた。
微かに触れるだけ、けれど熱を伝えるには十分な口付けに、どうしたのですか、と彼女が笑う。

「しあわせだなあ、とおもってね」

触れるだけでも目が眩む。幸せに形があるならきっと君の姿をしているのだろう、と盲目的な思考に溶けてしまいそうになる。これからもずっと傍にいると言ってくれた愛しい人。君と見る景色はどんな美しさに満ちているのだろうか。

(そしてこれからも、)

この瞳が焼き付ける世界はどんな風に輝いていくのだろうか。君がみせてくれる色は。

(ああ、うん。やっぱり)
「ねえ、玄奘」
「なんでしょう?」
「やっぱり君。仙人になるべきだとおもうんだ」
「……どういう流れでしょうか。いまの話は」
「だって、君がいると私はしあわせなんだよ」

抱き締めた温もり。この世にふたつとない愛しいそれを、手放すなんて何度考えたって耐えられない。また大切なものをうしなって、そのあと正気でいられる自信もないんだ。

「君は私といてくれるんだろう?」
「仙人の話とは別です」
「君は頑固だねえ」
「あなたにだけは言われたくありませんよ。というか、あんまりゆっくりしていると木叉様に見付かってしまうのではないですか?」
「それもそうだね。まあ、この話は追々ゆっくりしようじゃないか」
「簡単にはおちませんよ、私」
「はは。それも楽しめそうだ」

ばさり、と羽根が空を切る。さすがに少し怖いのか、私にしがみつくように力を込めた玄奘を抱えて見下ろす天界は、いままで見たことのないような美しさで溢れていた。

(ほらやっぱり。君と見る景色は美しい)

こうやって、これからも綺麗な景色を見て生きていたい。君と。たくさんの美しいものを焼き付けて、そして最後に君を想って目を閉じることが出来たならきっとそれは幸せな結末だろう?
ありきたりなお伽噺のように。いつまでも幸せに暮らしました、で終わる命でありたいんだ。







そして話の最後は、めでたしめでたし、で。





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