捧げ物 | ナノ




「名前〜!」

「ちょ、井宿!離せ!!」



今日も紅南国は平和である。何時もの如く、井宿が名前にじゃれ付き、名前がそれから全力で逃げようとしている。



「…お前等、此処を何処や思っとんねん!」



公衆の面前でいちゃついているように見える二人を、翼宿は顔を赤くしながら怒鳴り付けた。そんな翼宿に気を取られて井宿の力が弱まった隙に、名前はするりと彼の腕から抜け出す。



「翼宿、助かったわ!後はよろしく!!」

「あ!こら、名前!…って、もう居らんし」


名前は翼宿に感謝の意を述べると、彼の背中を軽く叩いて廊下を走り去って行った。彼女のあまりの素早さに引き止める事が出来なかった翼宿は、一つ溜め息を吐くと、井宿に向き合う。そこには、じとりと自分を見やる井宿の姿があった。



「翼宿君…?おいら達の邪魔をして、どういうつもりなのだ?」


「邪魔ってお前…。此処は宮殿の廊下のど真ん中やぞ?そんな所で抱き合っとるお前等のほうが、どういうつもりや」



井宿の口にした言葉に対し、今度は翼宿が彼をじとりと見詰める。そう、此処は紅南国宮殿内だったのだ。そんな事は気にも止めず、悪びれもなく井宿は言う。



「それは仕方がないのだ。名前がおいらの為に"くっきい"という菓子を焼いてくれたのだ」


「菓子焼いたったからって、何で抱かなあかんねん」



へらりと嬉しそうに笑う井宿に、翼宿は冷ややかな視線を向けたままだ。


「はあ〜…。これだから恋人の居ない奴は…」

「うっさい!今それ関係ないやろ!!」


井宿は軽く眉間に皺を寄せると、ふるふると頭を振った。そんな彼の態度に、図星を突かれた翼宿は声を荒げる。



「"おいらの為に"焼いてくれたのだよ?何て可愛い事をするのだろう…!名前は良いお嫁さんになるのだ!!」


「…溜め息吐きたいんはこっちやわ。お前のその名前馬鹿、どうにかならんのかいな」


「名前馬鹿…!最高の褒め言葉なのだ!!」



どれだけ非難しようとも、今の井宿には効き目はないようだ。




「…もうええわ。勝手にしてくれ」


「じゃあおいらは名前を追い掛けるのだ!」



翼宿がお手上げだとがっくりと頭を下げると、井宿はその横をすり抜けて名前を追い掛けるべく廊下を走って行った。





「俺の手には負えんわ…」


はあ、と深い溜め息を吐きながら翼宿が廊下を進んで行くと、其処にはまたいちゃいちゃと触れ合う男女の姿があった。



「…美朱」

「…鬼宿」

「…美朱」

「…鬼宿」



見詰め合う美朱と鬼宿の周りには、まるで花でも飛んでいるかのようである。



「此処にも鬱陶しい奴等居った…。もう嫌や…」




くるりと踵を返すと、翼宿は半泣きで元来た道を戻って行ったのだった。


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