寒い、12月の裏庭で。私の前に背中を向けて立っていた。彼女の背が一度大きく膨らみ、大きく息を吸ったことがわかる。私に何か言おうとしているのだろうか。私はその言葉がなんなのかわからなかったし、思案を巡らせることもまたしたくなかった。特に理由はない。彼女はただのクラスメイトで、喜八郎の、三木ヱ門の、友達だった。ただ、それだけだ。

「滝に、来て欲しいんだって」

いつも気まぐれな喜八郎は私にそういった。どういう風の吹き回しなのだろうと思ったものだ。彼は自分が面倒だと思うことはしない。だというのに喜八郎は彼女の言伝を私に伝えてきた。私は喜八郎とは小学校からの付き合いで中学二年なった今でも私が友と呼んでいる仲である。喜八郎が彼女と親しかったというのはあまり記憶にないし、ましてや共にいるところを多く見たわけではない。これも喜八郎の気まぐれだろうか。

「どうして?」
「どうしても」
「なぜお前が」
「僕が、行って欲しいから」

いつもはぽやっとしている喜八郎も今日は目をギラギラとさせていた。初めてだった。そんな目の喜八郎は。しかしわたしも先に言ったとおり、友の友というだけで深い繋がりが彼女とあるわけではなかった。ふむ、と考える様子を見せて喜八郎から視線を逸らした。まっすぐ見ていられなかったのだ。今にも射殺されそうな、あの眼差し。いままでそんな目を見せたことがあっただろうか。
喜八郎は逸らすことすら許さないといったように私の肩を掴み無理やり自分の方に向けてきた。思わず彼の目をまっすぐ直視してしまった私は感じてしまった。

「(喜八郎は、私を見ていない)」

咄嗟に、そう感じた。その直感は間違いではなかったと思うし、以前から何度か感じていた感覚だった。しかし喜八郎はその目をまっすぐ私に向けてくることは今までなかったはずだ。それが、まっすぐ、私に向いていた。喜八郎は私がなんの行動も見せないとわかると悲しそうに眉を寄せて私から顔を逸らした。そして私の脇を通って教室から出て行った。

喜八郎のあの行動や、あの目の理由が知りたくて、私は彼女と会ってみることにした。彼女なら、私の知らぬ間に喜八郎と仲良くなっていた彼女ならば喜八郎の行動の理由を知っているかもしれないと、そう思ったのだ。

彼女は依然私に背を向けている。裏庭の大きな木の下で待っていると、喜八郎は言っていた。その通り日が燦々と降り注ぐ中で風は未だ冷たい。彼女はやけに薄着で、動きやすい格好をしていた。というか見ている私が寒い。学校指定のセーラー服に、赤みの強い紫色のマフラーを巻いていた。茶色がかった彼女の髪によく似合っていた。

彼女は私が来たと分かっても振り返ることはない。それでも大きく息を空いて何か話すタイミングを取ろうとしているようだ。よくよく見れば強く拳を握り、ひどく緊張しているようだ。愛の告白でもされるのか、とシチュエーションだけでは感じたが、雰囲気はそうではない。むしろ、先ほどの喜八郎と同じ雰囲気を纏っていた。体にちくちくと突き刺さる嫌な空気だ。

「…呼び出して、ごめんね」
「いや」
「た、…平くんに確かめたいことがあって」
「わたしも」

喜八郎と、どういう。そこまで言おうと口を開いたが体に衝撃を受け言葉になる前にうめき声に変わった。突如として振り返った彼女は私の手を掴んで引き倒し、その上に乗ってきたのだ。あまりのことで私は声を発することをやめてしまった。背が痛い。制服も土に汚れてしまった。こんなことをされてなにをすると一言言ってもいいと思う。しかし私は言葉にするのをやめてしまった。

私の上に馬乗りになった彼女は先ほどの喜八郎と同じ目をしていた。同じ目をしているというのに、大粒の涙を流して泣いていたのだ。その涙はぽたぽたと私の頬に落ちてきた。そんな鋭い目をしているのというのに、わたしを見てくれない。それでもまっすぐ私を見て泣いているのだ。お前たちは私になにを見ているのだ、私ではないのか。

「滝くん、ここってね、500年前からずっと学校だったんだって」
「…ああ」
「この木はちょうどその時期に埋められたんだって」
「…そうか」
「あのね、滝…わたし」

わたし、とどんどん彼女の声が小さくなっていった。私にはわからなかった。どうして彼女が泣くのか。私の顔を見るなり泣き出したのか。普通ならはた迷惑な話だと突き放すだろう。親しくない間柄の人間を地面に引き倒すなど。それでもわたしが罵声を浴びせたり彼女を引き離したりしなかったのは、決して喜八郎の友だからという理由だけではない。その理由は私の腹を割いて出てこようとするがそれはひどく私を痛めつけた。出たくないと、その理由を知りたくないとうめき声をあげたのだ。ただ、私は喜八郎にも、彼女にもこんな表情をして欲しくない。そう思ったのだ。

すすり泣く彼女の頬に手を添えて、涙を拭った。泣くな、私まで悲しくなる。彼女は驚いたように目を見開いた。その瞳にようやくわたしが映ったようで、私は息をついた。やっとこれで対等になれただろうか。彼女は私の涙を拭う手を外すとようやく私からどいてくれた。起こしてくれるというのか、差し出した手は寒さと、握り続けていたせいか赤くなっていた。その手を掴んで上体を起こすと彼女は私の体を優しく包んだ。普通なら、振り払う。しかしその普通というものは通用しないらしい。その暖かさはやけに体に染みて私の体を温めた。私は彼女と親しくない。何か特別な感情を持っているわけでもない。それでも私の体は彼女を離すまいと勝手に彼女の背に手を回した。

「滝。14歳の、春が来る。」


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タイトルにやり

るなさんに捧げる。

:蛇足という名の設定
滝夜叉丸は13歳の頃実習で命を落としている。忍務中の事故であったが遺体だけは学園に戻り、裏山の隅に埋められた。墓標の代わりに木の苗が植えられれ500年後の現代までその木が残り学校の裏庭の大きな木として学校を見守っている。
喜八郎や主人公は前世の記憶を思い出しているが滝夜叉丸は若くして死んだせいか記憶を持っていなかった。転校生として学園にやってきた主人公は喜八郎と接触し滝夜叉丸が記憶を持っていないことを知る。しかし滝夜叉丸に無惨な死に方をしたと思い出させるのは酷であるとしてしばらくは黙っていた。二人の中では過去の滝夜叉丸と、現在の滝夜叉丸の二人がちらついていた。それによって滝夜叉丸が窮屈な思いをしているとも自覚していた二人は滝夜叉丸が14歳を迎えることを機に過去をみることをやめようとする。

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