明かりを消して下さい




いわゆるいい子ちゃんな私は高校生の頃までスカートの丈も長いし制服なんて着崩さない、化粧は色付きリップとビューラーみたいなかわいいものだけといったまあ真面目な女子だった。カバンの中には折り畳み傘、丁寧にポーチに包んだ生理用品、ハンカチはもちろん忘れない、といった多分世間一般的にきっちりとした方の女なのだと思う。突然の雨にもボタンのほつれにも負けない感じが家庭的ないい子、というよりも無印良女みたいな可愛げのなさがあるのはどうしてだろう……って自分でも思うものの、なんだかんだ大学入学を控えた今ですら彼氏はできたことなんてない。テニス部のマネージャーをしていたが秋口には引退をしたし、大学の推薦でそれどころじゃなかった。運動ができるわけじゃないけれどなんとなく人の世話をすることが好きな私はたまたま委員会で同じだった幸村に「名字さんって几帳面だよね。今人手足りないからマネージャーにならない?」って言われてやりたいことがないから中学から高校まで6年間も時間を捧げてしまった。
明日で卒業式だ。ずーっといた大学までエスカレーターの学園の厳しい環境は背筋が伸びるようで好きだったけれど、大学にはやりたい学科がないから私は見知った部活のみんながいる場所にそのまま行くことが出来なかった。外部に行く方が珍しい環境だったからか、告白した瞬間に後輩の赤也は「俺のおにぎり誰が次から作ってくれるんですかぁ!」って泣きつかれた。後輩よ、それはあなたのお母さんか彼女に頼んでくれって思ったけど、赤也が誇らしげに連れてきた彼女がとんでもなくまずいお弁当を持ってきてそれから私が多めに持ってきたお弁当を赤也に、なぜかブン太も来てピクニック状態になってたね。ブン太もあんなにおバカだったのに気がついたら逞しい男の子みたいな背中になってたなあ。ジャッカルと一緒に2人で成長したんだなあって話した最後の3年の春の日。最後の年のはじまりはテニスに興味がなかった私でも胸が高鳴ったのを覚えてる。

卒業式なのに桜は時期的に咲かないし明日はきっと豪雨なのだろう。窓から見える豪雨に体を震わせる。いつかのぬかるんだ雨の試合だとか、燦々と照らす太陽の試合だとか、どんな天候でも文句を言う仁王の姿を思い出した。暑い死ぬ真田死ねってブツブツ言うわりには練習だとか価値に対しては真面目な仁王だから、正反対に見える柳生と根っこの部分で馬があったのかもね。
思い出すとみんなの顔がぐるぐると回って、テニスが好きだと思えた。目を閉じて眠ろうとしているのにアホみたいに熱血でそれでも眩しかった真田や、時には私のテニスをやっていないが故の悲しみに寄り添ってくれようとした柳だとか、夏だとか冬だとか厳しい気候でもみんながいたから私はかけがえのない生活ができた。みんなにとっても私が少しでもそう思われていたらいいなって思えた。なんだか泣きそうで寝れなくて溢れ出る青臭さになんだか泣きそうになったけれど、泣くのはまだ早いっていってるかのように点滅する携帯電話の名前。幸村精市。まるで俺のことも思い出せと言っているようなコール。部屋の時計の秒針はもう2時を指していた。

「……もしもし?幸村?どうしたの」
「夜遅くにすまないね名字。寝れないから声が聞きたかった。こんな時間なのに寝れないのはお前くらいだろうなって思ってしまってね」

幸村精市。私を最初にテニスに出会わせてくれた人。美しい形のテニスをするのに化け物みたいに醜く絶望を他の学校のプレイヤーに沢山教えて、最後の最後に自分も苦しくなってしまっていた私たちの部長。

「普通こんな時間に電話してきたら傍迷惑なのに幸村には敵わないね」
「まあ名字はお人好しだろうし、そもそもこの時間までどうせ真面目なお前だから6年間振り返って泣きそうになってると思うんだよ。違うかい?」

……その通り過ぎてなにも言えない。幸村のオブラートに包んでいるようで意外と剥き出しな優しさだとか怒りにはもう慣れた。本当は幸村のことが好きだっていう下心が生まれてずーっと雑用をしていたことをこの人は多分知らない(もちろん成長していくみんなをみていたかったけれど)。
私は多分この男に好きとも言えずに無神経に心を暴かれて明日を終える。涙なんかもうでない。みんな大好きだから私は泣けない。お願いだからどうか、カーテンの隙間から刺さる月の光よ私を照らさないで。

「幸村」
「どうしたんだい」
「私をテニスに引き込んでくれてありがとう。私がちょうどいい人間だったとしてもテニスに出会えてよかった」

そっか、って幸村は電話越しに囁いた。私だけが好きだったとしてもこれは運命だったのだ。もうすぐ夜が明けて朝が来る。私たちの出会えたテニスは終わって、また違う運命の糸が見知らぬ他人と結ばれて切れて伸びていく。

「変な奴に騙されないように気をつけるんだよ」
「騙されません」
「お酒は飲みすぎないようにね」
「飲みすぎません」
「また明日も会うんだから最後に言わせてくれ」
「お父さんみたいだね幸村」
「もう明かりを消して瞼を閉じなさい。……名字の方がお母さんみたいだったのに子どもみたいだね」

ありがとう、ばいばい、また明日、好きだよ。最後の言葉だけ言えずに瞼を閉じた。幸村はごめんね、おやすみ、好きだよ、と言った。なにそれ、聞き返そうとした時にはもう電話は切れて暗闇と静寂が部屋を支配していた。窓の外では轟々と春の嵐が舞っている。


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