父親の精子が母親の子宮で卵子と合わさって自分が生まれる確率は天文学的な数値になるような膨大なものだ。そんな想像を絶する偶然で生まれたのなら、偶然死んだって文句はないはずだ。ベランダから空を見上げ、下らない思考を巡らせた。灰色の鈍い雲の隙間から見える水色は、我関せずと鳥を侍らせ俺を笑う。コンクリートまで、およそ五メートル。骨折で終わるか、死ぬか。もし死んだとしてもこれは偶然だ。生きるのと何ら変わりはない。柵から身を乗り出して周囲を見渡す。幸いなことに人影は見当たらない。さあ、やってしまえ。足元に咲いたデイジーが背中を押す。遠くの水色へ向けて飛び立つ。当然、伸ばした右腕は水色を掴めずにコンクリートへ向かっていった。まるでSF映画の演出のように時間がゆったりと流れ、俺はコンクリートに近づいていく。昂揚感に支配された脳味噌は警笛を奏でる。視界は徐々に赤く染まった。あと一メートル。あと数センチ。衝撃。
 残暑の残る八月三一日。俺は偶然死んだ。



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