共に暮らそう。そう言ってくれた貴方に一輪の白菊を差し上げたこと、覚えているでしょうか。きっとロマンチストなあなたのことです、四葉のクローバーと一緒に押し花にして今でも手帳に挟んでいることでしょう。

「これはうつろひ菊と言って、私の家では恋の始まりを意味するのですよ」
 感嘆するあなたの両手に枯れかけた白菊を持たせてそう言えば、あなたは照れ臭そうに頬を染めて、ありがとうと呟きました。
「…はい?」
「二度と言わねーよ! 菊の馬鹿!」
「はい」
 あなたの言葉が嬉しくて嬉しくて、つい笑ってしまいました。なに笑ってんだよとあなたは慌てふためいていましたね、あの時、私は嬉しかっただけなのですよ。

 それから二十年の歳月を私たちは分かち合ってきました。あなたと過ごした時間はとても短いものでしたが、幸福が詰まった愛おしいものでした。外の世界を知らない私にそれがどのようなものか教えてくれたのも、愛情を教えてくれたのもあなたでした。きっと私は一生分の幸せをこの二十年で使い果たしたのでしょう。そう言い切っても後悔はない程、あなたと過ごす時間は素敵なものだったのです。ああ、こんなにも筆が進んでしまいました。ロマンチストなあなたの癖が移ったのでしょうか。
 私は今、あなたへ御手紙を書いています。あなたへの最後の恋文をしたためているのです。
 幸せな時間程早く過ぎてしまうのは残念なことです。できることならば、もっとあなたと生きていたかった。ですが、もう私たちに残された時間はなくなってしまいました。神様とは非情なものなのでしょうね。次に出会う時には剣を違えなければいけないなんて誰が想像できたでしょうか。もしかすると空想の裏に野心を抱いたあなたは想像の範疇だったのかもしれませんが。想像力の乏しい私は筆を握る右手が震えてしまい一文字も書けませんでした。最後くらいは自分の言葉でと決めていたのに。無機質なタイプライターの言葉になってしまったこと、どうかお許しください。
 そんなことばかり書いていたら、もうインクがなくなってしまいそうです。最後の最後まで私はとんでもなく阿呆者ですね。あなたへの言葉をまだ書き足りないのに! 御慕いしております。御慕いしておりました。私と過ごした時間を、どうか忘れないでください。枯れ始めた白菊の押し花と共に、この手紙を親愛なるあなたへ捧げます。

うつろひ菊
恋の始まり/移ろう気持ち


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