梅雨時にしては珍しい、よく晴れた昼下がり。悪夢に魘されて目を覚ました宮田は部屋の隅で体操座りをした若い女と目があった。女はグレーのパーカーに緑色のタータンチェックの膝丈のスカートを穿いている。黒いタイツが足の細さを強調している。胸元まで伸びた少しウェーブのかかった黒髪は左右の耳の下で結われていて人形のようだった。
「お前だれ? 何してんの?」
「座ってるの」
利江子とよく似た鈴のような声で女が答える。
「なんで。ていうか誰よ?」
「そういう気分だから」
女が立ち上がって宮田の前に立つ。構ってよ。売れっ子アイドルのような笑顔で言った。
「めんどい」
 こういう面倒くさい人種には関わらない方がいいに決まっている。女から顔を逸らして立ち上がろうとするも、連日続く栄養失調と二日酔いのせいかうまく立ち上がれない。
「お兄さん酷いよぅ」
女優も真っ青な迫真の演技で宮田にのしかかる。
「酷くない酷くない」
 面倒事は嫌いなんだ。宮田は毛布を深く被って寝転がる。どこの誰だか知らないけれど、これだけ拒否しておいてなお構え構えとせっつく人間はそうそういない。
「ていうかさぁ、お前誰よ? いい加減答えろよな」
 誰かを家にいれた覚えはないぞ。毛布から顔を出して少女に尋ねる。
「さぁ誰でしょー?」
意地悪く女は笑った。
「どうでもいいけど家帰れよ」
 ここは俺の家だ。女に背を向けて言う。
「えー? やだぁ」
クスクスと笑いながら女が返す。
「だってさ、お兄さん面白いんだもん」
寝転がる宮田に抱き着いて耳元で囁いた。
「あっそ。俺は面白くない」
 眉間に皺を寄せて無理矢理眠ろうとするものの、寝起きでそんなことができるはずもなく、宮田は少女のスカートを引っ張った。
「うざい、襲うぞ」
「襲えばいいじゃない」
意地の悪そうな笑みを浮かべた女が言った。

「なぁ」
「なぁに?」
抱き着いたままの少女が訊く。
「お前、名前は?」
「利奈」
にたりと微笑んだ。アイラインを引いた目が不自然な三角形を描く。
「利奈、いつまでそこにいるつもりなん?」
 もう日も暮れて夕日が差し込む時間になっていた。そろそろ桐原や利江子が来る頃だ、酒の準備をしよう。そう思って立ち上がろうとするものの、利奈は抱きついたまま動こうともしない。
「そろそろダチ来るんだけど」
 利奈を離そうと身体を揺するが一向に離れる気配はない。
「桐原さんと利江子さんでしょ? 来ないよ」
利奈が当然のように言う。
「はぁ? なんでお前が二人のこと知ってんの?」
「だって私にわからないことはないもの」
 するすると衣擦れの音をたてて利奈が離れる。心なしか身体が軽くなった気がした。寝転がったままの宮田の前に仁王立ちで立った利奈が話を続ける。
「桐原トオルも真辺利江子もあなたの醜態に愛想を尽かしてメールすら寄越さなくなったわ。覚えてる? 先月のメール。あれから連絡もなければ、ここを訪ねてきたことさえない」
「嘘だ。だって昨日」
「昨日って何のこと? あれは全部あなたの作り出した幻覚だったのよ。もちろん私だって元を正せば幻覚のひとつ。あなたの周りに人間は誰ひとりとしていないのよ」
宮田の言葉の上から利奈が被せる。
 ほら携帯電話を開いてみなさい。あなたの着信履歴は先月で止まっているわ。利奈が追い打ちをかける。言われるがままに床に放置された携帯電話を開くが充電が切れていたらしくディスプレイは何も映さない。
「電源入んないとかマジ何なん」
 コンセントに差しっぱなしにされていた充電器を携帯電話に繋げる。ようやく電源が入り発着信履歴を見るが、最近のものは一件もなかった。昨日の夜だって桐原が訪ねてくる前に電話を寄越してきたはずだった。暇だから今から行くわ。桐原の声が脳内で鮮やかに再生される。嘘だ、こんなはずない。
「マジかよ」
「違わない。もう現実を見たらどう? 桐原トオルも真辺利江子もあなたと関わることを諦めた。あなたはもう一人なのよ」
利奈が蔑んだ視線を浴びせた。
「信じらんねーんすけど」
「じゃあ信じなくていいんじゃない?」
 宮田の疑り深い瞳をじっと見つめて利奈は紙コップに注がれた梅酒を飲んだ。

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