[今日もこうして明日を迎える]
(何か相談事があったわけじゃねえのか?)
藤崎が榛葉と学校を出て数十分。
それまでに二人の間で交わされた話の内容は学校の事であったりテレビ番組の話であったり最近駅前に出来た店の話だったりと普通のものだった。
そもそも何故藤崎が榛葉と帰り道を歩いているかというとそれは数十分前、榛葉がスケット団の部室に来た事から始まる。
スケット団は相変わらず依頼人が少ない。久々にノックが響いたかと思えば知り合いだったというのが大半である。
今回もそうだろうと藤崎が気の抜けた声でどうぞーとドアの向こうに声を掛ければ案の定榛葉だった。
部活動終了時刻直前だったため他の部員は既に部室を出ていっていたがそれを気にすることなく榛葉は藤崎に依頼してもいいかと聞いた。
一人で帰るのも何だし一緒に帰って欲しいなってことなんだけど、と遠慮がちに言った榛葉に対して藤崎は別にいいけど、と平然と返した。
藤崎は依頼というよりはお願いじゃないかと思いながら部室を出る準備をした。
そうして藤崎と榛葉は共に下校する事となったのだ。
藤崎は学校を出る前唯一榛葉と離れることになる下駄箱で、榛葉が一緒に帰ろうと言い出したのは何故なのだろうかと考えていた。帰り道で何か相談事でもされるのではないかと少し身構えていたのだがこれまでの会話からしてどうやら違ったらしい。本当にただ誰かとこうして話しながら帰りたかったのだろう。
そういえば安形の件以来頻繁に榛葉と会うなと藤崎はぼんやり思っていた。安形は見掛けないのにと校内の様子を頭に浮かべたところで三年生は自由登校期間だということを思い出した。
「そういや三年って自由登校だろ?何しに学校来てんだよ」
「んー…藤崎に会いに?」
冗談であってもこういう事を言う奴が少女漫画以外にもいるんだなと藤崎は思った。
「オレに会うために学校来るとか相当の暇人だぞそれ…友達と遊んだりしねえのかよ?」
「藤崎ほど友達に恵まれてるわけじゃないからね」
眉を下げて笑う榛葉になんだか申し訳なく思って藤崎は別の話題に切り替えた。
「ひも、取れてる」
暫く会話をしていて気付かなかったのか今解けたのか分からないが榛葉の靴ひもが解けていることに気付いた。藤崎は榛葉のスニーカーに視線を落とし、それを知らせた。
「あ、ホントだ」
榛葉はそれを追うようにして足下を見た後、紐を極力踏まないように気を付けながら道の端に寄ってしゃがんだ。
「なんで今日はスニーカーなんだ?」
いつもはローファーを履いていたはずだと藤崎は普段の榛葉を思い浮かべた。
「なんとなく、そんな気分だったから」
「貴公子もスニーカー履くんだな」
「イメージ壊れた?」
「いや、かなり前から壊れてるけど…」
解けていた紐は榛葉の手によってあっという間に結ばれていて、念のためにともう片方も結び直していた。
「かなり前っていつから?」
「んー…いつからっていうか会うたび崩れていく感じだと思う。話し易くなったっていうか」
「人は見た目じゃないってことかな」
榛葉が靴紐を結び終わったのを確認して藤崎は再び歩き出した。それに少し遅れて榛葉が隣を歩く。
「つか貴公子って誰が呼び始めたんだよ」
「上級生じゃないかな?」
「まあ普通に考えたらそうだよな」
「あ、ちょっと寄っていい?」
歩き出してすぐ、榛葉が差したのは有名なドリンク専門店だった。
「いいけど」
そうして店内に入れば学校帰りの学生や会社帰りのサラリーマンが同じように喉を潤しに来ていた。
「藤崎は?なんか買わないの?」
「金無いしな。家まで我慢する」
「じゃあ奢ってあげる」
「いいよ別に」
「オレだけ飲むのも悪いじゃん」
気を遣うように接する榛葉に藤崎はなんだか申し訳なく思いながら一つ考えた。
「一口」
「ん?」
「一口くれればいいや」
奢りだと倍金が掛かるしかといってここで榛葉に気を遣わせてはいけないと辿り着いた答えだった。
「はい」
注文したドリンクを受け取り店から出たところで榛葉は藤崎にドリンクを差し出した。
「いや買ったのアンタなんだから先飲めよ」
「いいの?」
「いいって」
「じゃあ先飲むね」
こういうところは先輩というより後輩のようだと藤崎は思った。
「そういえばさ、藤崎は進路とかもう決めてたりするの?」
榛葉達が卒業して新年度が来れば藤崎は三年になる。
「全然。母ちゃんにとりあえず大学は行っとけって言われてるから大学は行くだろうけど」
「ふぅん…じゃあもし本当に行きたい大学が決まらなかったらさ、名教来なよ」
「まあそうなったら考えてみるけど……つか仮にオレが名教選んだとして、そんで入れたとして、その頃にはアンタオレのこと忘れてるだろ」
「忘れないよ」
地味だなんだと言われている藤崎だが周りの人間が個性豊か過ぎるだけなのだ。それでも皆藤崎を慕っているのだからそれに関わった人間ならば藤崎の事を忘れるわけがない。
「あ、オレこっちだから」
なんだか少し真面目な話をし始めてしまったなと思っていた頃、信号で立ち止まったところで榛葉はそう言って藤崎の手を取った。
「はい、これ」
「え、ちょ」
「あげる」
「いや殆ど残ってんだけど」
押し付けられるような形で藤崎の手に渡ったドリンクは先程榛葉が購入したもので少し揺らすようにすれば中身が殆ど残っていることが分かる。
「素直に奢られてくれないからさ、飲んだふりしてた」
榛葉は藤崎と話しをする間に頻繁にストローに口をつけていたのだがそれは口をつけただけで飲んでいなかったということだった。
「まあちょっと飲んじゃったけど依頼料ってことで。じゃあ、また明日ね」
点滅し出した信号を駆けていく姿に藤崎が手を振り返す間もなく榛葉は雑踏に紛れていった。
榛葉が渡っていった信号が赤になり藤崎が待つ信号が青になる前、歩き出す直前に口をつけたストローからは好みのコーヒーの味がした。
果たしてこれは榛葉が自身の為に選んだのかそれとも藤崎に渡す為に選んだのかは榛葉にしか分からないことだった。
今日もこうして明日を迎える
愛されボスは校則違反!