姉川付近で怒鳴り声が聞こえたから、興味本位で足を止めた。
近くに城があり、どうやらそこから聞こえているらしく、庭の木の上から見下ろせば、男と女が一人ずつ。
遠すぎるせいで内容は聞き取れないが、どうやら男が女を叱っているらしかった。
あまりよろしくない方向に進むのであれば、止めさせて頂こうと窓の下に身を潜めた。
「良いか!市!」
「…………はい。」
「私はもう行かねばなるまい!!一人で大丈夫か!?」
「………市、頑張るわ。」
「ならば私は行くぞ!!」
「長政様…。」
「何だ!?やっぱり一人では」
「いってらっしゃい。」
どうやら私の検討外れだったようだ。
戸が閉まる音がして、男が部屋から出て行ったのだろう。
「誰か、いるの……?」
一瞬どきりとした、女の声と共に黒い手が私を探るように触れたからだ。
「……姿を見せて……?」
私は言葉通りに窓の桟に立った。
中に座っていたのは美しい女だった。回りをうごめく黒い影さえなければの話だが。
「貴女は…?」
「名乗るほどの名は無いよ、ただの放浪人だ。」
「そう……聞いていたでしょう……?」
そこまでばれていたとは予想外だ。
私は素直に驚いて見せた。
「少しだけですよ。お市の方。」
「…全部…市のせい……。」
いきなり泣き出しそうな声を出して、お市の方は俯いた。
私は中に入り、そっと肩を抱く。
影が何かしてくる様子は無い。
「…兄様が……。長政様が死んでしまったら……市、どうしたら……。」
話がよく見えないが、どうやら先程の男の心配をしているらしい。
「お市の方、そなたは信じていないのですか。」
「何を……?」
「長政殿をだ。」
少しお市の方が目を見開くが、それはすぐに伏せられてしまう。
「市は長政様に嫌われているもの………。」
「…嫌う相手の身を案じましょうか?」
「……どういう意味?」
「嫌う人間に大丈夫か等と言いはしませんよ。」
「………。」
影が静まり、姿を消した。
お市の方は立ち上がる。私も支えるように立ち上がった。
「……市、行かなくちゃ。」
「何処へ?」
「長政様のところ……市が、お手伝いする…。」
それが戦場だと私は知っていたのに、私は彼女を止めなかった。
「有難う………。」
彼女が小さく微笑んだ。
彼女の目に陰りがないことが喜ばしくて仕方がなかった。
←