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掌の魔法

「きれー……」

なんだか眠れなくて、何となくベランダに出てみた。
空を見上げるとたくさんの星が見える。
遠くでキラキラと輝く空を見ているとまるで別世界に来てしまったみたいだ。

今日も彼はお仕事に行っていて、俺はおかえりなさいを言うためにいい子にお留守番をしている。

「……すごい」

太陽も、知らない人も苦手だから外はあまり得意ではないけれど夜のベランダなら大好きだった。
空に瞬く綺麗な星を見ていると、瞳にキラキラが入ってきて自分の中の悪いものを全部外に出してくれるような、そんな気分になれるのだ。

「……?」

そろそろ眠れそうだと思ってベランダから帰ろうと窓に手をかける。
するとなんだか後ろからなにか物音がしたような気がして、俺は何となく後ろを振り返ってしまった。

「こんばんは。お兄さん」
「……ひぃっ?!」

振り返ると、全身真っ白な格好をした人がベランダの手すりに立っていた。
大きなマントが風でバサバサと揺れる。
夜空を背景にまるで今までずっとそこにいたかのように佇む彼は、驚いて動けなくなる俺にも構わず言葉を紡いだ。

「すみません…。驚かせるつもりはなかったのですが。」
「あ……ぁ……っ……」

怪盗キッド。
いくら俺が外に出ないと言っても、世界中を騒がすほど有名な彼のことは知っている。
予告した宝石は必ず盗む泥棒だと聞いている。

「ぁ……ごめ、なさ…」
「……へ?ちょっと……」

もしかしたらこの家に泥棒をしに来たのかもしれないと判断した俺は、前を向いたまま少しずつ後ろに下がった。
そして一気に窓を開けて逃げるように部屋の中に入って鍵をかける。
これできっともう入ってこないはずだ。
そう思ったけれど、どうしても怖くて部屋の隅に逃げてうずくまった。
どうしよう…今日は彼がいないのに。
早くどこかに行ってください…。

「ひっ……う、うそ……っ」
「お兄さん、私は怪しいものではありません。」

俺の願いもむなしく、鍵をかけたはずの窓がゆっくりと開いて外から泥棒が入ってきた。
どうしよう。俺は留守中の人の家に泥棒をあげてしまったのだ。
おとなしく寝ていればよかった。
部屋の隅でカタカタと震えていると、泥棒はゆっくりとこちらに向かってくる。

「…ごめん…なさ…許して……取らないで…」
「何も取りませんよ。ここですこしだけ羽を休ませていただけませんか?」
「……えっ?」

彼がいない間に盗みに入られたなんて知ったら、流石に彼も怒って俺のことを追い出すかもしれない。
この家では盗みを諦めてもらうために必死に謝った。
しかし、泥棒のはずなのに何も取らないという予想外の言葉に驚いて思わずぱっと前を向いた。
その勢いで瞳に溜まった涙が頬を伝う。

「すみません。泣かせるつもりは無かったのですが……私は怪盗キッド。初めまして、お兄さん」
「わぁ……!!」

離れた位置に立っていた彼が、挨拶とともに手を振ると白い薔薇がポンっと姿を表した。
魔法でも使ったかのような目の前の出来事に驚いて、思わず自分からそそくさと彼に近づいていく。

「……す、すごい…!魔法ですか?……泥棒じゃないんですか?」
「マジックですよ。私はマジシャンです。」
「マジック……」

彼の手の中の薔薇をそっと受け取りながらぱちぱちと目を開け閉めする。
さっき突然目の前に現れたことだとか、閉まっているはずの鍵を開けてしまったことも彼のマジックなのだろうか。

「…もっと出せるんですか?」
「出来ますよ。ほらっ」
「わぁあ…!」

初めて目の前で見るマジックに興味が尽きなくて、キッドに質問を投げかけるとポンポンと違う色の薔薇が姿を現す。
どうなっているのか全くわからない。
俺にとっては魔法と同じようなものだった。
思わずキッドと彼に渡された数本の薔薇を交互に見ていると、なんだか楽しそうに笑われた。
今からマジックショーを見せてくれると言われて、喜んで頷いたのを覚えている。



「どうですか?」
「す、凄かったです…!キラキラしてました!」

彼の披露するマジックはまるで夜空に満天に瞬く星のようにキラキラと輝いていた。
彼の手から次々と作られるそれはやっぱり魔法のようで、俺は彼が人間だということを忘れて一生懸命に話しかけた。

「喜んでもらえて良かったです。私もマジックを披露する甲斐があります。……ところで、お兄さんはどうしてベランダにいたのですか?」
「あ、えっと…なんだか眠れなくて…」
「…そうですか。では、私がお兄さんの睡眠のお手伝いをさせていただきます。」
「……へ?」

少しだけ恥ずかしくなりながら眠れななかったことを打ち明けると、突然彼が俺の目に手をかざした。
するとなんだか目の前が少しずつぼんやりとしてくる。
体制を保っていられなくなった俺はそのまま彼の方に倒れ込んだ。

「お兄さん、またお会いしましょう」

彼のその言葉と、頬に触れる柔らかい感触を最後に俺は意識を手放したのだ。



「……晶太くん、晶太くん。」
「……んん…?」
「寝坊ですか?珍しいですね。…帰ってきた時に迎えがなかったので少しだけ驚きました。」
「……安室さん!!……あれ?」

心地の良い優しい声で目を覚ますと、困ったように笑った彼がベッドに座って俺のことをのぞき込んでいた。
ガバッと起き上がるとキョロキョロと周りを見渡す。
もうすっかり外は明るくなっていた。
全部夢だったのだろうか。

「??…どうかしましたか?」
「……なんでも、ないです。」

「…そういえば、うちに薔薇なんてありましたっけ?……晶太くんのですか?」
「……えっ」

彼の言葉に驚いて枕元を見ると昨日キッドが出してくれた薔薇がそっと置いてあった。
……夢じゃなかったんだ。
そっと薔薇を拾い上げてみる。
昨日キッドに貰った楽しい時間を思い出していると、彼がなんだか驚いたように声を出した。

「…もしかして昨日何かあったんですか?」
「え?!え……っと……」

楽しかったと言っても人の家に知らない人を勝手に上げたことには変わらないわけで、何となく後ろめたい気持ちになった俺は誤魔化そうと口を開いた。
なんて言えばいいのか。
そもそも俺が薔薇を買いに外に出たりするような人間じゃないことは彼もわかっているはずだ。

「あれ?なにか落ちましたよ?……キッドカード?!」
「……え??」
「キッドが来たんですか?!」

なんとか誤魔化そうと彼の前で手を振っていると、何処からかカードがひらりと落ちてきた。
それを不思議そうに拾い上げた彼が驚いたような声を出すので、俺もなんだか驚いてしまった。
俺の状態を確認する彼の視線を感じながら、そっとカードを拾う。

「…また、お会いしましょう……」
「晶太くん。落ち着いて聞いてください。キッドに何かされていませんか?」
「何か……?」

安室さんは俺の頬に手を当てて自分の方を向かせながら、何故だか必死に俺に質問をする。
どうしたのだろう。
彼の顔がなんだか近くにあって少しだけドキドキした。

「…ベランダにいたら、とつぜん現れて…」
「……、はい。」
「…凄いマジックを見せてもらいました……それで…」

それで、彼が手をかざしたら急に眠くなってしまって……、頬に何か柔らかい……
頬に、

「……、…」
「何かされたんですね!?」

昨日のことを思い出して思わず頬に手を当てた。
そうだ。眠る前にキッドにキスをされたのだ。
きっと向こうからしたら挨拶程度なのだろうけれど、思い出すとなんだか恥ずかしくなってしまって少しだけ赤くなった。

「……何をされたんですか?」
「あ、えと……」
「……ん?」

俺の肩を掴み、彼が質問をしてくる。
どうしてしまったのだろう。
ほんの少しだけ、「赤井さん」と話している時の彼に似ていた。
挨拶のキスを気にするだなんてなんだか自分が恥ずかしい。

「き、キスを……」
「……っ、!?されたんですか!?どこに!?」
「頬です…」

彼が昨日のことを詳細まで質問するものだからなんだか恥ずかしくて、頬に手を当てながら俯いた。
このままでは俺の方が恥ずかしくて死んでしまう。
そう思って話題を変えることにした。

「……それより、キッドのマジック…す、凄いんで…うわっ!?」
「……晶太くん…、大人しくしていてくださいね」
「……え?…うわぁ!」

キッドのマジックの話をしようと口を開くと、彼に肩を優しく押されてベッドに戻された。
驚いて彼を見ると、大人しくしろという言葉とともにこちらに近づいてくる。
彼との距離が近くて恥ずかしくなった俺は枕を掴んで顔の前に構えた。
彼の顔が枕に当たる感触。

「……晶太くん?」
「……っ、…」
「邪魔です。」

俺の抵抗も虚しく、彼に掴まれた枕は俺の手から引き剥がされてどこかに行ってしまった。
なんだか恥ずかしくて顔を横に向けると、投げ出された自分の手に握られた薔薇が見えた。
このままでは花びらが散ってしまう…

「…、そんなにキッドが好きですか?」
「……え?」
「……ダメです。ちゃんと僕を見てください。」

彼は俺の手からするりと薔薇を抜き取るとそのまま自分の指を俺の手に絡めた。
その動作がなんだか手馴れていてドキドキと胸が高鳴る。
ちらりと彼の方に目線をやると彼の顔が近づいて来ていて、思わずぎゅっと目を閉じた。

「んっ……」

すると、ちゅっと可愛らしい音とともに頬に柔らかい感触。
驚いて目を開けたけれど、どうやら一回で終わらせる気はないらしく何度も頬に彼のキスが降ってくる。
耳元で何度も聞こえるリップ音が恥ずかしくて抵抗しようにも両手には彼の指が絡められていて動かすことが出来なかった。
顔が熱くて燃えてしまいそうだ。

「……あ、あの…安室さ……も、…やめ…」
「……消毒です。」
「…え??…んんっ……」

前を向いてお願いすると、その言葉とともに優しく唇が合わせられた。
すぐ目の前に大好きな彼の顔が見えるのが恥ずかしくて思わず目を瞑る。
なかなか離れない唇のせいで、ものすごく長い時間キスをされている錯覚に陥ってしまいそうだった。
そして名残惜しむようにゆっくりと唇が離れると同時に両手も解放されて、そのまま彼に優しく抱きしめられた。

「もう、ベランダに出るのは禁止です。」
「…え?でも……」
「お願いします。」

やっとキスから解放されて、ほかほかする頬を冷やそうとしていると彼からベランダ禁止令が出てしまった。
俺を抱きしめる彼の髪の毛からふわりとする良い香りを感じながら、そっと彼の背中に手をまわしてぎゅっと服を握る。
キッドのマジックを見れないのはなんだか残念だったけれど彼がなんだか寂しそうだったので俺は安心させるためにお願いを聞き入れた。

「…わかりました。」
「……僕が一番ですか?」
「……??…はい。」
「よかったです…。」

俺の首に頭を押し付ける彼がなんだか可愛らしくなってしまうけれど、そろそろ彼の重さが苦しくなってきた。
彼の背中を握る手をぎゅうぎゅうと引っ張って足をばたつかせると、気づいてくれた彼が俺を抱きしめながら起き上がる。
正面から彼に抱き着き、支えられながら息を整えた。


「……キッドのマジックそんなにすごかったんですか?」
「すごかったです…!魔法みたいでした!」
「…じゃあ、ご飯を食べながら僕にも聞かせてください。」

腕の中で彼の質問に答えていると、昨日の記憶が蘇ってきて思わず声が弾んだ。
彼の服を握りながら頭をぐりぐりと押し付ける。
どうやら機嫌が直ったらしい彼は俺の話を聞いてくれるようで、俺を持ち上げながら廊下を歩いていく。
そして、俺は大好きな彼のごはんを食べながらキッドに見せてもらった魔法を自慢するのだ。