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君のために

「ねぇ!森山くん!キッドよりも青子のお父さんを応援してくれるよね?」
「えっ!?中森さんどうしたの急に…」

教室の自分の席でぼんやりと外を眺めていると急に声を掛けられて驚いた。
どうやら、今日も彼女と彼は喧嘩をしていたらしい。
おそらく話題は『怪盗キッド』だ。

「快斗の馬鹿がキッドばっかり応援するの!」
「バーロー。お前の親父みたいなへっぽこ警部にキッドが捕まえられるかよ」
「ひっどーい!!最低。快斗なんて知らないから。」

俺を置いて目の前で言い合いを始める二人に苦笑した。
いつもいつも喧嘩をして飽きない人たちだ。
でも俺はそんな快斗くんが羨ましくてしかたなかった。
なぜなら俺は中森さんのことがずっと好きで、でも彼女はきっと快斗くんのことが好きだから。

「そうだなぁ…、俺は中森さんのお父さんを応援するよ。」
「本当?森山くん優しい!!……快斗も見習いなさいよ」
「うっせー!晶太、こいつに気なんか使わなくていいんだぞ?」
「それどういう意味よ!」

彼女のお父さんを応援すると、彼女は俺に可愛らしい笑顔を見せてくれて胸がどきどきする。
しかしその俺の一言を理由に再び目の前で喧嘩が始まった。
どうやら快斗くんはキッドの味方らしい。

「快斗くんはキッドが好きなの?」
「あぁ。マジシャンだからな。」
「なにがマジシャンよ!ただの犯罪者じゃない!!」
「なんだよ!!」

マジシャン…、そういえば彼はいつも教室でマジックを披露していた気がする。
同じマジシャンとして尊敬しているのだろうか。

俺は、キッドが嫌いだ。
いつも彼女が、「キッドのせいでお父さんが…」と悲しい顔をしているのを知っているから。
彼女のお父さんがキッドを捕まえられれば彼女は元気になってくれるのだろうけれど、奴はいつも狙いの宝石を奪って行ってしまうのだ。。

「キッドがどうしたの?」
「昨日、キッドから予告状が届いたの!お父さんも張り切っちゃってて!だから青子も応援してるんだ。」
「……そっか。予告の日はいつ?」
「今日だよ。」

…今日。今日ならなんの予定も入っていない。
俺は中森さんから予告時間や場所などを聞き出すと、鞄を掴んで帰る支度をした。
大嫌いなキッドを俺が捕まえて中森さんのお父さんに突き出してやる計画を突然思いついたのだ。

「晶太もう帰るのか?」
「えぇー?青子たちと一緒に帰ろうよ。」
「ごめんね。急用思い出しちゃって。また明日。」

俺は不満げな二人に挨拶をしてそそくさと学校を後にした。




「……絶対に俺が捕まえてやる…。」

あの後すぐに俺はキッドの予告したビルの屋上に移動した。
予告現場はおそらく警察や警備の人たちで固められていて、一般人は絶対に入れないようになっているのだろう。
だから俺は屋上の死角に移動して息をひそめている。
現場で宝石を盗んだ後、空から逃げるとしたら屋上に来る可能性が高いと予想したのだ。
ただの高校生の予想だし、絶対に来るとは限らないのだけれど俺が奴と接触できる可能性があるとしたら屋上くらいだった。

「……もうすぐだ。」

もう何度目かわからない時計の確認を済ます。
もうすぐ奴の予告時間だった。
俺はうずくまって、どきどきとうるさい心臓を抑えながら息を潜めた。



…どのくらいそうしていただろうか。
緊張によって何時間にも感じられるような時間キッドを待っていたけれどいつまでたっても奴は現れない。
やっぱり一般人の予想なんてこんなものなのだろう。
俺は緊張を解いて帰る準備をしようとした。
中森さんの役に立ちたかったのだけれどダメだったみたいだ。

「……、っ…!?」

その時、目線を上げると突然屋上に奴が現れたのだ。
驚いて声を上げそうになって慌てて口に手を当てる。
屋上に優雅に表れたキッドは盗んだ物なのだろう宝石を月にかざした。
月光に当てられた宝石はキラキラと輝いてとても綺麗で、思わず見入ってしまう。
そしてその宝石を下げるとなんだか期待外れだとでもいうようにため息をついている。
そこでハッとする。見ている場合ではない。
すぐに捕まえなければ。

「………キッド!おとなしく警察に捕まれ!」
「…うわぁ!?」

ゆっくりと息を潜めながら近づいた俺は後ろから奴の腰に抱き着いた。
キッドもさすがに驚いたようで、俺の攻撃をよけずにおとなしく捕まった。

「………驚きました。お兄さん、ずっと私を待っていたのですか?」
「もう捕まえたぞ…。中森さんのお父さんに突き出してやる。」
「中森警部のお知り合いでしたか。どうりでお強いわけです。」

奴が逃げないようにぎゅうぎゅうと腰に抱き着きながら声をかけると、焦る様子も見せないどころか馬鹿にされたような気がしてなんだかイライラとした感情が沸いてくる。
見上げると、余裕そうに俺を見下ろししながら微笑むキッドが見えて、どうしてそんなに余裕なのか理解できなかった。

「ふざけるな!お前はもう逃げられないんだよ!」
「おいキッド!!もう逃がさねぇぞ!……え?」
「…おっと、名探偵もご登場のようです。…すこしだけ我慢してください。」
「へ!?うわぁ!?離せ!!!」

俺が懸命にキッドを連れて行こうと力を入れていると突然屋上の扉が開いて小学生くらいの男の子が登場した。
するとキッドがひょいっと俺を持ち上げるので驚いて暴れたけれどまったく通用しない。
そのままキッドは俺を抱えて屋上の隅に移動していく。
おい…まさか…

「うわぁ…!!」
「ちゃんと捕まっていてください。」
「うわぁあっっ!?下ろせ!!」

「……おろしていいんですか?」
「…や、やだ。助けて……」

体中を浮遊感が襲ったと思うと奴は俺を持ったまま空を飛び始めた。
口から出る言葉とは反対にぎゅうぎゅうと奴の首に抱き着く。
下を見ると、今まで経験したことがないくらい地面が遠くにあって顔が青ざめた。
余裕そうに空を飛び回るキッドの首に抱き着いたまま泣いていると、どこか知らないビルの屋上にそっと下ろされる。

「……ふぇ…」
「驚きました。私を捕まえに来たのですか?」

刺激的な空の旅で完全に弱腰になった俺はさっきまでの威勢はもう失ってしまって、キッドに怯えながら少しずつ後ろに下がった。
彼はマントをなびかせながら余裕そうにゆっくりとこちらに近づいてくる。

「…それ以上近づくな!叫ぶぞ…!」
「どうしてですか?叫んだところで誰が助けてくれるのです?」

背中に屋上の扉が当たって、逃げられなくなってしまった俺は震える声で奴を脅した。
距離を縮められて追い込まれる。
顔の横に手をつかれて、腰に手が回された。
俺は、咄嗟の思い付きでキッドを捕まえようなんて思ってしてしまったことを後悔した。
怒りのせいでキッドが犯罪者だということを忘れてしまっていたようだ。

「どうして私を捕まえたいのですか?」
「……好きな子が悲しんでるんだ。だからお前には捕まってもらわないと困る。」

キッドの質問に返しながら、俺は奴を睨み返した。
そうだ。中森さんのために俺はこいつを捕まえて牢屋に放り込んでやらなきゃいけないんだ。

「男らしいですね。でも私はお兄さんのことが好きです。」
「え…?んんっ…!?」

驚いて顔を上げると突然唇を奪われた。
咄嗟のことに反応することができなかったけれど、事態を理解した俺は思い切り奴の胸を押す。
逃げようにも後ろは壁で、腰に手を回されてしまっている。
肩を掴んで抵抗していると、しばらくしてからちゅっという可愛らしい音と共に唇が離された。

「……は…、??」
「お兄さん、刺激的な夜でしたね。是非またお会いしましょう。」

思わず地面にずるずると座り込んだ俺の額に最後にキスを落とすと、奴はそのまま空を飛んで消えていった。
しばらく動けずにいた俺は、じわじわと赤くなる顔に気付かないふりをしたのだ。



「森山くん。お父さん、またキッドに逃げられちゃったみたい…」
「そっか…残念だね…」

次の日、学校に行くと肩を落とした中森さんが俺を迎えた。
キッドを捕まえられずにキスまでかまされたとは言えずに苦笑を返す。

「次はお父さんが絶対に捕まえるから。森山くんも応援してね?」
「バーロー!晶太はキッドを応援するんだよ!なぁ?」
「んー…俺は中森さんのお父さんかな」
「はっぁ!?なんでだよ!!」
「快斗なに怒ってるの?森山くんはいつも青子の味方じゃない。」

今日も目の前で繰り広げられる喧嘩を眺めながらいつものように笑う。
次こそはキッドを捕まえて中森さんにアピールしようと考える俺には、快斗くんの心中など知る由もなかったのだった。